Fly Me to the Moon (In Other Words) ~つまり、抱きしめて。【静岡・天竜川】

 2016-07-09
「私、月に住んでいたの」

彼女が最初にそう言ったとき、僕はなんだか悪い冗談を聞いてしまったんじゃないか、と思ったのでした。
彼女は会社こそ違えども、ここ最近の僕の仕事のパートナーで、いつもきちっとしたスーツを着て、どんな難題もテキパキとこなす凛とした女性で、そんな乙女のようなロマンチックなことを言うようなタイプだとは思ってもいなかったからです。

そんなわけでしばらく返す言葉が見つからず、突然アフリカのジンバブエに異動を命じられた商社マンのように口を半開きにして、魂の抜けたような顔をしている僕に向かって、彼女は今度は笑いを堪えながら、もう一度言いました。

私、月に住んでいたのよ。
静岡の山の中に、『月』という名前の集落があるの。私、そこの出身なのよ。


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テーブルの上には、よく冷えた白ワインと、涼しげな夏色が散りばめられたオードブルがありました。
僕らは来週に迫ったイベントの最終の打ち合わせを兼ねて、彼女の行きつけのレストランで遅い食事をはじめたばかりでした。

「びっくりしたよ、本番前で忙しすぎてアタマが月まで飛んでっちゃったのかと思ったよ」

彼女は楽しそうに、でも必要以上にくだけ過ぎることない笑顔でよく冷えた緑の前菜を切り分けながら、ないない、というふうに首を2.3度振りました。

もう今は古い家だけが残っていて誰も住んでいないんだけど、夏になると無性に帰りたくなることがあるのよね。



『月』と聞いても、僕にはあの、クレーターのでこぼこだらけの荒涼とした灰色の土地、というイメージ以外は全く想像できず、『夏』という季節とうまく結びつけることができませんでした。

天竜川っていう大きな川がすぐ横を流れていてね、ううん、天竜川に「月」の集落がおまけみたいにちょこっと張り付いてる感じかな、天竜川の色は夏が一番似合うのよ。


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彼女によると『月』という場所は静岡の浜松からずっと山奥に入ったあたり、浜松市天竜区(浜松と合併する前は天竜市だったんだけどね)というところにあるのだそうです。
急流として知られる天竜川が下流のダムでせき止められて、ここでは湖のように穏やかな水をなみなみとたたえていました。
季節や天気、時間や角度、そして見る人の心によって、それはいろいろな表情を見せてくれるのだといいます。


「月」には天竜川のボート場があって、みんな小さいころからボートに乗るのよ。
だから私も子供の頃は夏は真っ黒に日焼けするまでボート漕いでいたのよ。今はそんなふうには見えないと思うけど。

よく冷房の効いた白い壁をバックにワイングラスを傾ける彼女が、真夏の太陽の下で必死にオールを引く姿は、確かに想像しようと思ってもなかなか難しい、と思いました。


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ょうど夏の盛り、お盆の前の数日間が、僕たちが携わっていたイベントの本番でした。

イベントの直前、彼女はおそらく2日くらいほとんど寝ずに準備をしていたはずでした。
それでも本番になると、次々と訪れる外国人を相手に、彼女は相変わらずスマートでひとつの隙もない所作を見せていましたが、もしかすると本当はかなり無理をしていたのかもしれません。
もともと肌が白いせいでしょうか、普段はあまりメイクをしているようには見えない彼女でしたが、イベントの期間中は今まであまり見たことのないような濃い目のルージュを引き、まるでエメラルドのようなグリーンのアイシャドウ姿で現れたのでした。
そんな彼女を見ながら、なんとなく夏の『月』は、今、彼女の目元を覆っている色に似ているのかもしれない、と思ったのでした。


2日間のイベントのあと、関係者のちょっとした打ち上げが終わると、僕たちもそのままお盆休みに入り、毎日のように顔を合わせていた彼女と会うこともなくなりました。
ここ数か月の忙しさにかまけて、何の予定も立てていなかった僕は、たった5日間の休みでさえ時間を持て余すありさまでした。



そうだ、月に行ってみよう。

突然、そんなことを思いついたのは、お盆休みも3日目の午後、そろそろUターンラッシュが始まりかける頃でした。
「月」という名前や、一年で一番美しいという天竜川の夏の色が気になっていたことは間違いありませんが、何よりも彼女がかつて住んでいた場所を見てみたくなったのです。

15時すぎの新幹線に乗って浜松まで行き、そこから先は小さな私鉄に乗り換えて終点まで。
月にはどうやらそこからバスで行けるようでした。

1日5往復しかないバスの最終便、夕方6時半過ぎのバスに乗ると、やがて車窓の左に湖のように豊かな水をたたえた天竜川が寄り添ってきます。けれども残暑といわれる季節になっても容赦なく照り付けていた太陽はすでに山の端に隠れ、天竜川は夏色ではなくモノクロームに染まりかけていました。
出発して20分、バスが国道わきの路肩に突然停まると、そこが「月」のバス停でした。


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そこには彼女が言っていたような水辺の静かな集落は、ありません。
右手はすぐに山林、左手はすぐに天竜川の崖。「月」のバス停の周囲には民家も商店もありません。
ただ、モノクロームの天竜川を挟んたはるか向こうの対岸に、漕艇場の桟橋らしき一角と、「天竜川のほとりにおまけのようにちょこっと張り付いている」集落が見えたのでした。

上流を見ても、下流を見ても、この近くに両岸を結ぶ橋があるようには見えませんでした。
「月」の集落のはるか西、伊那谷へと続く幾重もの山々の向こうに太陽が沈み終えると、あたりを闇が加速度的に覆いはじめました。そんな中、どこにあるかもわからない橋を渡って、今からあの対岸までたどり着くのは不可能のように思えました。

まあ、仕方ない。
彼女が育った「月」がどんな場所なのか見られなかったのは残念だけど、このまま上りの最終バスで帰ろう。


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「『月』のバス停に行っちゃったの?」

携帯電話の向こうの彼女は、珍しく驚いたような声をあげました。

そうか、私、話したことなかったっけ。月のバス停は月の集落からはずっと離れているのよ。なんであんなに何もない場所にバス停作ったのか、よくわからないんだけど・・・

本当は東京に帰るまで、彼女には黙っておくつもりでした。
イベントが終わって、もう今までのように会って話をする必要がなくなってしまった彼女を食事に誘い出すためのネタとして、「月」に行った話を使おうと考えていたのでした。
けれども予想外の展開で「月」に行くことができなくなったので、どうせなら笑い話にしてしまおう、と思ってバスを待つ間に彼女に電話をかけてしまったのでした。
しかし次に彼女から返ってきた言葉は、さらに予想外のものでした。


「仕方ないなあ。今クルマがないから、すぐには行けないけど、もうちょっと待っててくれれば迎えに行くから」
「えっ?」
「月、あっ、ホンモノの月のことよ、月が出て、もう少し明るくなれば、ボートが出せるから」


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ードレールを乗り越えて、草や木につかまりながら天竜川の崖を川岸近くまで降りると、彼女の乗った二人用のボートが1メートルほど下にありました。それは競技用のような細長くて尖ったものではありませんでしたが、桟橋もない不安定な水の上に浮かぶ小舟に、何事もなく飛び乗るのは至難の業のように思えました。

僕の体重を乗せた右足が着地し、船が大きく傾くと同時に、彼女は僕の両腕を抱えこみ、船の底に引きずり込むように伏せたのでした。
まるで嵐の大海原のように右へ左へと激しく揺れていた船の振幅がだんだん小さくなるのにあわせて、僕の両腕を抱えた彼女の力がゆっくりと抜けていき、限りなくゼロに近づいたところで迷ったように止まったのがわかりました。
このあと再び力を入れようか、それとも手放してしまおうか、と。



「ねえ、私が『月』に帰ってることを知っててここに来てくれたの?」

いや、そんなことまったく知らなかった。
僕がそう答えると、彼女はなあんだ、と言って僕から両手を放し、狭い船の底から起き上がりました。



いつの間にか東の山の端から大きなホンモノの月がのぼっていて、天竜川に月色の道を描き出していました。
彼女のボートはその上をゆっくりと「月」へと進みます。

「月の夜の天竜川もなかなかいいでしょ。でも本当の夏の「月」の色、あの時間からじゃ見られなかったんじゃない?」
「うん、そうだね。本当の「月」の色を僕はまだ見ていない」

でも、明日の朝になるまで見られないわよ。
彼女はスイスイと滑らかにオールを操りながら、そう言いました。
それが真夏の太陽の下ではなく、川面から反射するちょっと妖しげな月の明かりの下だったからでしょうか、あれほど想像できなかった彼女のボート姿は、意外にもしっくりと僕の頭の中に入りこんできたのでした。



「ねえ、私が『月』に帰ってることを知っててここに来てくれたの?」

彼女がもう一度そう聞いた時、本当はそうなることを期待していたのかもしれない、ということに気づいた僕がゆっくりとうなづくと、自分の生まれた「月」の家に向かって漕ぐ彼女のオールの力が少しだけ強くなったような気がしました。



Fly me to the moon And let me play among the stars
Let me see what Spring is like On Jupiter and Mars
In other words, hold my hand !
In other words, darling kiss me !



<おわり>




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花のように花のように ~奄美の夜~ 【奄美大島】

 2016-03-23
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気をしぼってその小料理屋ののれんをくぐると、カウンター越しに予想外に若い女性が一人、所在なさげに佇んでいました。
店内には他に客はありません。

視線があった時、瞳の奥にちょっと戸惑いの漣がたったように見えましたが、彼女はすぐに少し不器用そうな笑顔を作ると、いらっしゃい、と僕を迎え入れてくれました。



知る人ぞ知る、島唄の名店、そんな話を聞いて僕はここにやって来たのです。
奄美を代表する唄い手、と言われる女将がここを一人で切り盛りしているはずでした。

地元の常連客で賑わう店に、一見の客として、しかもたった一人で入るのは苦手でした。
引き戸を開いた途端、目の前に奄美の男たちの方言が飛び交い、僕が飲んだこともない島の酒が盛大に酌み交わされている、という情景が広がることを覚悟していた僕は、驚いたというより、拍子抜けして、女性に導かれるままにカウンターに腰かけました。


今日はみんな野球の応援なの。
僕のそんな様子に気づいたのか、彼女は聞かれることなく自分から理由を話し始めました。

「大島高校が奄美で初めて甲子園に出たもんだから、みんな島から出て行っちゃったのよ」
「この店の女将も、常連さんも?」
彼女は、そうだ、というふうにあいまいな微笑みを僕に向けて、焼酎グラスを僕の前と、自分の前に二つ並べました。

「お母さんから、今日だけ店を任されて困ってたんだけど、よく考えたら今日はお客さんなんて本当は来るはずないのよね」
彼女はそう言って、カウンターから出て、引き戸を開けると、のれんを下げてしまいました。
私、ひとりで何人もなんて相手できないし、もうきっと誰も来ないからいいわよね、と彼女は独り言のように言うと、カウンターの僕の隣に座ったのでした。

「たいしたものはできないけど、今日は私にまかせてもらっていい?」


彼女も、彼女の母親(女将)も、それからもうずいぶん前に亡くなった彼女の父親も、そしてこの店の常連たち(そのほとんどが彼女の父親の友人)もみんな大島高校の出身だ、と彼女は話してくれました。
特に父親はその昔大島高校野球部のエースだった、ということもあり、女将は店の常連たちと連れ添って、意気揚々と甲子園に乗り込んで行ったということでした。

君は応援に行かなくていいの?という僕に、彼女はまたあいまいに微笑んで小さく首を振りました。
年は30代の半ばになる頃でしょうか、彼女は奄美のひとにしてはすっきりとした顔立ちでした。島焼酎を薄めの水割りで飲んではいましたが、上気した頬には、ほんのりと赤みがかかっていて、それが一層彼女の微笑みをあいまいにみせて、僕はその続きを聞くことができませんでした。
僕のロックグラスの中で、カラン、と氷が溶けて跳ねる音が聞こえました。


唄、うたいますか?
ひとしきりの沈黙が終わった後、彼女がそう切り出し、私のはお母さんみたいに島の伝統的なのとは違うけど、と言って三線を手を伸ばしました。

奄美三線の独特のシャープな音にのせて彼女が歌う唄は、難解な島の言葉ではなく、僕にも聴き取ることができるものでした。
音階も、琉球島唄のような特徴のあるものではありませんでしたが、時折あらわれる裏声と、独特のこぶし、そしてやはりどこか物哀しい三線の音が、僕をどこか遠い異国の地にいるような不思議な気持ちにさせるのでした。

これは島出身の中孝介さんの唄なの。
歌い終わると、彼女は一つ大きく息を吐いてそう話はじめました。
「花」という唄。とても綺麗な唄。

中さんは、東京でデビューする前に、この店で彼女の母親から島唄の教えを受けていたのだ、と言います。彼女はときどき店に来て、彼の唄を聞いていたということでした。

私、これしか唄えないの。ごめんなさいね。
彼女はそういうと、焼酎で喉をちょっと潤し、また小さな声でその唄を口ずさみはじめました。


酔いが回るほど焼酎を飲んでいたわけではありません。
でも気づくと僕は彼女の唄を聞きながら、いつの間にかカウンターで眠ってしまったようでした。

目覚めたときも、彼女は僕の隣で「花」を口ずさんでいました。彼女のほうから、なんだか甘く気だるい香りがして、僕の中の何かが麻痺したように、もうこのままここから動きたくない、という気持ちになりました。

今夜の船の出航時間まで、あと30分でした。急いでも間に合うかどうかフィフティフィフティです。
彼女はそれを見透かしたように、僕にこうつぶやきます。

今夜は二階が空いてるから、よかったら泊まっていってください。
島の時間はとってもゆっくり流れるから、急ぐことないですよ。
たくさん飲んで、たくさん唄って、そしてまた眠りたくなったら、眠ればいいんですから。

そう、今夜は私が花のように、あなたをすべて包んであげるから。



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おじいちゃんの野鳥の家【群馬県藤岡市・庚申山】

 2016-02-25

じいちゃんは鳥の先生だった。
毎朝、こうしん山にさんぽに行って、いろんな鳥をみつけてたみたい。
おうちには鳥の写真が何千まいもあるよ。
夏休みにおじいちゃんといっしょにこうしん山に行くと、すれちがう人はみんなおじいちゃんのことを知ってるんだ。

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あの青い鳥はなに?
あれは「オオルリ」
すずめのなかまだけど、しっぽが長いでしょ。

あの美しい声の鳥はなに?
あれは「がびちょう」
よその国から来た鳥だからみんなにきらわれててちょっとかわいそうなんだよ。

おじいちゃんは毎日どこになんの鳥がいるかがわかっていて、「クロツグミちゃん」とか「オオタカくん」とか名前でよんでいて、まるで友だちの家にあそびに来てるみたい。
鳥たちも、おじいちゃんが来るとうれしそうにきれいな声で鳴くんだ。
いいなあ。僕も早く大きくなって鳥とお話がしたいなあ。

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でもある日、おじいちゃんがとつぜん入院しちゃった。
いつものように鳥に会いに行くとちゅうで胸が苦しくなってきゅうきゅう車で病院にはこばれて、僕たちがかけつけたときには、おじいちゃんはもう話すことができなくなっていた。

そしてだれにもさよならを言わないまま、おじいちゃんは死んじゃった。
お別れのときにおじいちゃんの顔をみたら、泣いているような、笑っているような顔だったよ。

僕もさよならをいえなかったのはくやしいけど、おじいちゃんもみんなにさよならを言えなくって悲しかったのかもしれないね。だからちょっと泣きそうな顔なのかな。

でも、もしかすると、おじいちゃんも鳥になって今ごろこうしん山で「おおたかくん」とか「クロツグミちゃん」といっしょ空を飛んでるのかもしれないね。
「がびちょうのがびさん」とか「オオルリのルリちゃん」といっしょに歌をうたっているのかもしれないね。だからきっとちょっと笑っているのかな。



だから僕はいつかこうしん山におじいちゃんの野鳥の家をつくってあげたいとおもうんだ。
おじいちゃんのとった写真がいつでもたくさんかざってあって、おじいちゃんの友だちがいつでも集まってくる場所。
そして鳥になったおじいちゃんが友だちの鳥たちをつれていつでも帰ってこられる場所。

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おじいちゃん、野鳥の家でまた会おう。
夏休みになったら、ううん、今度はもっともっとたくさん遊びに来るからね。




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クリスマス エクスプレス 【東京~徳山】

 2015-12-24
からもう25年くらい前、そう、ちょうどバブルが絶頂だった5年間と時を合わせるように、JR東海のCMに「クリスマスエクスプレス」というシリーズがありました。

山下達郎さんの「クリスマス イブ」をBGMに、遠く離れた恋人が、クリスマスに新幹線に乗って会いにくる、という物語になっていて、「クリスマスは恋人同士で過ごす」という社会現象を起こした、とも言われている有名なCMです。

そのころの僕は社会人になったばかりで、東京で初めて迎えるクリスマスで、まさかそんなCMの中の物語のようなことが自分に起きるとは思ってもいなかったのです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


会社に入ってすぐの新入社員研修で、僕は山口の女の子と仲良くなりました。
彼女は山口県の徳山市(今は周南市)の出身で、四国の国立大学を卒業して入社していました。
彼女は南国(彼女の出身大学にはそんなイメージがあったのです)の女の子のわりには、よく日焼けしたスマートなタイプではなく、小柄で色が白くて、いつもちょっと笑っているように見える口元をした、どちらかというと童顔の女の子でした。

彼女は、東京に出たい、東京で働きたい、とことあるごとに僕に話していました。
徳山なんか工場とコンビナートしかないのよ。だから町の空気もなんだか重いの。
夜になって工場に明かりがついた時だけはきれいだけど。

それでも結局、2週間の研修の最後に告げられた彼女の配属先は、地元徳山での勤務でした。
彼女の父親は徳山で最も大きな化学メーカーの、かなりの地位の要職にいるようだったので、その影響もあるのかもしれません。

僕たちの研修クラスで東京に配属になったのは僕を含めて3人だけだったので、僕はなんだかとてもすまない気持ちになって、ときどき遊びにおいでよ、と彼女と住所を交換したのでした。



それから時々、彼女との手紙のやり取りがはじまりました。
そう、それはまだメールもケータイもない時代だったのです。
時々、100円玉を10枚握りしめて近所の電話ボックスまで行き、長距離電話で話すことはありましたが、それでも東京と山口との間では、30分も話していると、最後の100円が落ちる音とともにブーッ、という不愛想な警告のような信号が受話器から聞こえ、お互いの仕事の話、東京での生活、山口での変化のない毎日など、まだまだ語り尽くせないまま、二人の時間は切り裂かれてしまうのでした。



「ねえ、クリスマスエクスプレスって知ってる?」
慣れない仕事で忙殺されたまま、あっという間に迎えた12月のあるとき、彼女からの手紙にそんな文面がありました。
「東海道新幹線のCMでやってるの。私、あのCM、すごく好きなんだ」

僕はそのころほとんどテレビを見る時間もなく、そのCMのことはあまりよく知りませんでしたが、それは遠く離れた恋人同士が、クリスマスの夜、新幹線に乗って再会を果たす、という内容で、深津絵里や牧瀬里穂などがそのヒロインを演じて、多くの人々の共感を得ている有名な作品なのだ、ということでした。

「私もクリスマスエクスプレスに乗って東京に行きたいの。ねえ、新幹線のホームまで迎えに来てくれる?」

だって東京で知っている人はあなたしかいないから。
彼女の手紙には続けてそう書かれていました。


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会社が終わったら、すぐに徳山駅から新幹線に飛び乗れば、東京行きの最終のひかりに間に合うと思うの。
彼女はそう言ったあと、こう付け加えました。
本当は休みをとってもっと早く行けるといいんだけど、新入社員だからそんなわけにはいかないのよ。

博多発の最後の新幹線が東京駅に着くのは夜の23時。
12月24日の夜、さすがにこの日はそんなに遅くまで仕事をすることはないだろう、と思っていました。

ところが、12月25日に本番があるイベントの制作がかなり遅れていて、本来の担当ではない僕の部署までヘルプの依頼が来たのが12月24日の夕方でした。
そして当然のように僕が真っ先に駆り出されることになりました。
そう、僕も新入社員だったので、断るわけにはいかなかったのです。
これから会場のホテルで夜を徹して設営やらリハーサルやらを続けないと間に合いそうもありません。
彼女を乗せたクリスマスエクスプレスは、もう徳山を出発してしまっています。



1時間だけ、という約束で、なんとかイベントの設営会場を抜けだした僕が、タクシーで東京駅に着いたのが24時ほんの少し前。
ホームへの階段を駆け上がる時、何組のカップルとすれ違ったことでしょうか。
新大阪からの最終の新幹線がちょうど到着し、すべてのクリスマスエクスプレスが今年の役目を終え、東京駅の新幹線ホームは、今まさに眠りに入ろうとしている時間帯でした。

もう遅いかもしれない、と思いながらホームの端まで行ったところで、明かりが消えかけた柱にもたれかかっている彼女を見つけました。
暗がりの中で、かすかに彼女の唇がバカ、というのが見えましたが、その特徴的な唇のせいか、それは怒っているというより、拗ねた子供のように見えました。

遅れてゴメン、と僕は言いました。
でも、もう一つゴメンを言わなければならないんだ。

僕が2つ目のゴメンを言ったとき、バカ、と動いた彼女の唇は、もうけっして笑っているようには見えませんでした。



翌日、本番の1時間前にリハーサルが終了し、ようやくお役御免となった僕が彼女の宿泊しているホテルに行ってみると、すでに彼女はチェックアウトを終えた後でした。

それ以来、彼女からの手紙が来ることはなくなってしまいました。
僕もなんだかコンタクトをとるのが気まずくて、何度か100円玉を握りしめて公衆電話に向かったのですが、結局彼女の家のダイヤルを回すことができませんでした。

彼女がその後、地元の人と結婚して会社を退職した、という話は風の噂で聞きましたが、その消息は僕にはわからず終いでした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「クリスマスエクスプレスに乗って、夜景を見に来ませんか?」

それから25年後、僕が書いたブログの夜景の記事に突然そんなコメントがありました。
それは今や工場夜景ですっかり有名になった徳山で夜景ガイドをしているという女性からのメッセージでした。

なんだかんだ言って、私、こっちで結婚しちゃったから、結局まだ徳山を離れられずにいるのよ。
しかも今は夜景の観光ガイドになんかなっちゃって、あの頃あんなに嫌がってた徳山の魅力を伝えてるだなんてね、なんだか笑っちゃうけど。

でもね、と彼女は言いました。
ここの夜景は本当にきれいなの。あなたにも見てほしいのよ。

彼女はあの日、恋人たちであふれるクリスマスイブの赤坂プリンスにひとりチェックインしたものの、夜も眠ることができず、結局、六本木、渋谷と東京のイルミネーションの洪水の中を歩いたのだそうです。

でもね、どこにも私の居場所なんてなかったし、そこはすごくよそよそしい場所だったの。
翌日徳山に戻って来て、新幹線のホームから工場の夜景を見たらすごくホッとして、やっぱり私に似合うのはこの街なのかなって。

だから私が今、ここでこうして幸せに暮らせているのもあなたのおかげでもあるし、あなたのせいでもあるのよ。
だからあなたへのお礼とあなたからのお詫びを兼ねて、クリスマスエクスプレスに乗って来てほしいの。


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新入社員だったあの頃と違って、多少は自分の時間を自由にできるようになった僕は、休みを取って早く出かけることもできたのですが、やはりここはクリスマスエクスプレスの筋書きに従って、会社が終わってからスーツのまま新幹線に飛び乗ることにしました。
博多行きの最終ののぞみ(そういえば、あの頃はひかりしか走っていませんでした)に乗っても、徳山には日が変わる前には着くはずです。

そう話すと彼女は、そんな遅い時間に真面目な主婦が家を出られるかなんてわからないわよ、と言って笑いました。
もし私がいなくってもあの時のバツだと思ってひとりで徳山の街を歩いていてね。



12月24日、午後23時12分。
最終ののぞみが徳山駅に到着します。
長いホームに人影はありません。
新幹線の高架ホームのガラス窓の向こうには、本当に、まばゆいばかりに工場とコンビナートの灯りが広がっています。
まあ、それも仕方ないのかな、と思いながら、僕はしばらくの間、そんな光の海原をぼんやりと眺めるしかありません。

バーカ、という小さな声に振り返ってみると、あの頃とおなじように童顔で、ちょっと笑っているように見える唇を尖らせている彼女の姿が見えたかと思うと、すぐにそれが僕の中に飛び込んで来ました。

あなたももう新入社員じゃないんだから、今度はすぐに帰るだなんて言わないよね。
私もこう見えて、それなりにいい大人になったおかげで、少しだけ自分で自分の時間を使えるようになったのよ。
ずっと忙しくしてた頃は、もう自分にはクリスマスなんて関係ない、って思ってたけど、そんなの寂しいじゃない?

そして彼女は少し顔を離してこう言いました。

あの年のクリスマスエクスプレスのCMのキャッチコピー、覚えてる?

『会えなかった時間を、今夜取り戻したいのです。』だよ。



<おわり>




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なごり雪 【大分】

 2015-09-17
の美女、というイメージのわりには、彼女は薄く壊れやすいガラスの幕のような、透明なベールをまとっているように見えました。
いや、そもそも謎の美女というのは僕が勝手に思い込んでいただけで、別に彼女が自分で謎の女だと言ったわけではありませんでした。
ただそれまでの彼女の言動や、少しだけうかがい知れていた風貌から、僕は彼女のことを美しいけれど、クールでちょっと影のある、謎めいた大人の女性だと思っていたのでした。

実際に目の前にしてみると、彼女はほのかに甘い香りの漂う、色の白い女性でした。
それなりにいろいろな経験を重ねた年齢であることはあらかじめ知っていましたし、実際にそうではあるのでしょうが、彼女にはどこか無垢な初々しさがあったのでした。
そう、それは高校時代に、当時の彼女が初めて口紅を塗ってデートに現れた時のことを僕に思いださせてくれました。



「あいにくの雨になっちゃってごめんなさい」
大分駅前で、僕が助手席に乗り込むと彼女は言いました。
「私、雨女なのよ」
そう言って彼女はかすかに指先を震わせて、カーナビを操作し始めました。



大分県にある、トトロのバス停と宇佐のマチュピチュ。
僕が今回の九州の旅で行こうと思っていたところをWebの旅行サイトで書きこむと、突然、謎の女性からメッセージが届いたのでした。

「車がなければ1日でその2つを回るのは相当大変だと思います。そもそもどちらも公共交通機関でそうそう簡単に行けるところではありません」

メッセージの主は、大分に住む女性のようでした。
彼女は時々、僕が書く旅の日記を見ていたのだそうです。
そして何度目かのやり取りのあと、彼女は僕にこう言ったのです。

「もしよろしければ私が車でご案内しましょう。ちょうどその日は夏季休暇を取っています」




正直なところ、まともな旅行者ならあまり行かないようなB級スポットに付き合ってもらうのは申し訳ないし、また、多少は苦労してでもそうした辺鄙な場所に自分の足で行くのが旅の醍醐味だと思っていることもあり、僕はその好意を受けるかどうか、最初は悩んだのでした。
それでも僕が最終的にその提案を受け入れたのは、その謎めいた女性に興味が湧いたからでした。



「トトロもマチュピチュも、私の思い出の場所だったのよ」
彼女はせわしなく動くワイパーの向こう側をまっすぐに見つめながらそう言いました。
「小学校の教員になって初めての赴任地が宇目町(今は佐伯市)という場所。近くに轟(ととろ)という集落があってそこがトトロのバス停のあるところ。その次の赴任地が院内町(今は宇佐市)の西椎屋。あのマチュピチュみたいな山の下にある小学校」
あなたが行きたいと言っていたトトロもマチュピチュも、全部私の仕事場だったのよ、と。



彼女は東京の音大を出たあと、生まれ故郷である大分に戻って教員になったのでした。

「本当は東京でピアノを続けたかったんだけど、いろいろあって結局は大分に帰って来ちゃったのよ」
彼女はそう言って遠くを見つめたまま、少しだけ口角を上げました。それは彼女がちょっと困ったときに見せる照れ隠しの笑顔なのかもしれません。

「最初は赴任地の名前を聞いてもどこだか全く分からなくって、調べてみたら児童が30人しかいない山の中の学校だったの。当時はジブリのアニメもまだそんなに有名じゃなかったので、轟(ととろ)なんて変な名前だし、目の前が真っ暗。でもね、行ってみたらすごく楽しかった。その次の宇佐のマチュピチュの小学校も同じ。それぞれ3年づついたんだけど、どっちも離れるのが辛かったくらい」

「それで僕を案内してくれることに?」


「そう、どっちもずいぶん長い間行っていなかったので、急に懐かしくなっちゃったの。
それに、こんな場所に両方行きたいだなんて言ってる人、どんな人だろうって」




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トトロのバス停は、もともとあった場所から移されてしまったようで、彼女はしばらく迷っていました。どうやらトトロを通る大分バスの路線が廃止され、地域のコミュニティバスが走ることになったのをきっかけにバス停の場所も移設したようでした。
大分バス時代のバス停表札や木造の待合所はそのまま残され、(おそらくどこかのファンが描いた)ジブリのアニメを模した看板が飾られているので、トトロのバス停は静かな集落の中では少し華やいでいるように見えましたが、厚い雨雲の下、人影はどこにも見当たりませんでした。

彼女の最初の赴任地だった小学校は、今はもう廃校になっているようでした。
彼女は朽ちかけた校舎の周りを遠巻きに歩きながら、しばらくの間何かを探しているようでした。
「この学校はね、卒業式のあと、子どもたちが毎年『なごり雪』を唄うのよ」

「なごり雪」は、イルカのヒット曲として知られていますが、彼女によるとこの歌は、ここからほど近い、大分の津久見出身の伊勢正三が作った歌なのだそうです。

彼女は毎年、卒業式の日にピアノでその伴奏をしていたのですが、彼女自身の卒業式の日-それは彼女が学校に赴任してから3年後、彼女の異動が決まり、宇目の町を去っていくとき-重岡駅という1日に6本しか列車の来ないこの町の小さな駅で、在校生だけでなく、今までの卒業生たちがみんなでなごり雪を唄って見送ってくれたのだそうです。

「嘘みたいな話だけど、その時、本当に季節外れの雪が降ってきたのよ」

古い列車がギシギシと車輪の音を立てて動き始めても、子どもたちの透き通るような歌声はずっとずっと、そう、それは今でも耳に残っているのだ、と彼女は言いました。

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トトロのバス停から宇佐のマチュピチュまでは、縦に長い大分の南端から北端への移動となります。
いつの間にか雨は上がり、阿蘇や九重の山々の空も、やや明るくなりつつありました。

「晴れ男と一緒でよかったわ」
遠くを見つめたままの姿は変わりませんでしたが、今度はさっきよりちょっと口角を上げて彼女が言いました。
「次に行く小学校は、雨だと大変なのよ。特にこんな格好だと」

アクセルとブレーキに軽く添えた彼女の金色のハイヒールからは、白くて瑞々しい足がまっすぐに伸び、膝上10cmのあたりから薄い涼しげな白のスカートの中に吸い込まれていました。
彼女がまっすぐ前を見続けていることを理由に、ずっとその夏の白色を見ていたかったのですが、なんだかそれはよくないことのような気がして、僕はまた高校生のようにドキドキしていたのでした。




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宇佐のマチュピチュに着く頃には、時折青空が眺められるほどに天気が回復していました。
彼女の2つ目の小学校に行くには、展望所の駐車場に車を止めて、村の集落に続く長い下り坂を歩かなければなりませんでした。
時々彼女は僕の肘につかまりながらも、その急な坂を夏の白い装いで下り終えると、さっきと同じように廃校になった校舎の周りを歩きながら何かを探しているようでした。

ピアノが残っていれば、と彼女は言いました。
なごり雪をもう一回弾いてみたかったんだけど。

朽ちかけた校舎はかろうじて残っているものの、周りには背の高い雑草が生え、中を覗くのさえ大変なだけでなく、教室の中に何か彼女の記憶とつながっているものがあるようには思えませんでした。

なごり雪を唄っちゃだめ、ってことなのかな。
口角をさらに上げ、そして今度はまっすぐ僕のほうを見て、彼女はちょっとはしゃいだようにそう言いました。



予定よりずいぶん早く2つの場所をまわり終えてしまった僕たちは、大分駅へと向かっていました。
どうやら、僕たちのなごり雪の時間も近づいてきているようでした。

「まだ時間も早いので、もうひとつ案内したいんだけど、いい?」
沈黙を破るように彼女はそう言って、目の前に由布岳を望むICで高速道を降りました。

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彼女が連れて行ってくれたのは、高原のリゾートにある三角屋根の美しい小学校でした。
駐車場に車を停めると、彼女はまっすぐ別棟の校舎に向かい、小さな音楽室へと僕を招き入れました。

ホントは関係者以外誰も入れちゃいけないんだけど、今日は誰も来ないと思うから、と言って彼女はピアノの前に座りました。

なごり雪、どっちが唄おうか?
鍵盤にその白い指をかけたところで、彼女が突然そう言いました。

なごり雪を唄うのは、まだちょっと早いんじゃないかな。
僕が思わずそう口にすると、私もそう思ってたの、と言って彼女は静かに微笑みました。



彼女の弾く、歌のない『なごり雪』が響き渡る小さな音楽室の窓からは、雨上りの透明な午後3時の光を受けて、由布岳がこれ以上ないくらい緑に輝いているのが見えました。
彼女の白いスカートがひらひらと舞うと、どこからか夏の終わりの香りがしました。

僕はその音や光や匂いの詰まった柔らかなクッションの上に横たわって、この時間と空間がずっと続くといいな、と思っていました。

                                         
<おわり>



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