さくら

 2018-04-01
しぶりに一人きりの週末だったので、ふと思いたってお花見に行ってきました。
東京から北へ電車で2時間。
古い神社の裏山の頂にたったひとりでひっそりと立つ、大きな桜の老木です。

参道の桜並木はまだ1,2分咲きで、本格的なお花見は来週以降ということもあり、人影はほとんどありませんでしたが、僕はかまわず奥へ奥へと進み、裏山へと抜ける緩い傾斜の砂利道を登っていきました。
小高い丘の上のような、山の頂近くに出ると、その古桜はありました。
誰よりも先に、満開の花を両手いっぱいに湛えて。
そう、あの頃と同じように。


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高校2年生のとき、僕のクラスに交換留学生がやってきました。
グレンという名前のハワイからやってきた男の子でしたが、彼は毎年やってくる留学生とは明らかに違っていました。

まずだいいちに、彼は日本語がペラペラでした。
それは彼の母親が日本人だったからです。
それに、見てくれが今までの留学生とは全然違いました。
留学生と聞いて僕たちが想像するような、色白で金色の髪をした細長い男の子たちと違って、彼は浅黒い顔に度の強そうな眼鏡をかけた、ずんぐりむっくりの体型をした男でした。
だから留学生というよりは、どこかの山奥から平地に出てきた転校生のようにも見えました。

2学期の初日に、突然やってきた彼の第一印象は、クラスのみんなには滑稽でへんてこな日本人のようには見えたかもしれないけれど、なかなか悪くなかったんじゃないかと思います。
でも不幸なことに、最初の体育の時間で起こった事件をきっかけに、彼は早々にクラスから孤立してしまったのです。

その日の体育の競技はラグビーでした。
ハワイの高校でアメリカンフットボールをやっていた彼は、ちょっとしたラフプレーをきっかけに、クラスに何人かいるラグビー部の連中といさかいを起こしてしまったのです。
当時、僕たちの高校のラグビー部は全国大会の常連で、ラグビー部員の影響は、それは強力なモノでしたので、彼に話しかける人間はほとんどいなくなってしまいました。
その日以来、彼は休み時間も、いつもクラスの席にひとりぽつんと座って、ウォークマンを聞きながら目を閉じているばかりでした。



学校の裏にある神社の、小高い丘の上に彼が座り込んでいるのを目にしたのは、事件から何日かが過ぎた、ある日の放課後でした。
誰もいない音楽室に忍び込んで、ドラムを叩いていた僕がふと窓の外に目を向けると、彼がいつものようにイヤフォンを耳にして、じっと座っている姿が目に飛び込んできました。

「こんなところで何してるの?」
丘を登りきったところで僕がそう話しかけると、彼は不思議そうに僕を見上げました。
一応最初は英語で話しかけるべきだったのかな、と思っていると、彼は耳からイヤフォンをはずしながら流暢な日本語で言いました。
「ねぇ、この木は桜なんだよね?」

そう、彼が寄りかかっている1本の古い大木は、桜でした。
3月の終わりから4月のアタマにかけて、春の遅いこのまちでは僕が知る誰よりも早く花開き、誰よりもゆっくりと散ってゆく、孤高の1本桜でした。
「是非桜の花を見てから帰ってきなさい、とお母さんに言われてるんだ」

彼のバッグの中には恐ろしい数のカセットテープが入っていました。
それも、僕にはなかなか手に入りそうもない、アメリカの珍しいロックアルバムばかりが。
僕はいつの間にかそこに座り込んで、彼が話す夢のような異国のレコードショップやTVのミュージックチャンネルの話に心奪われていました。
それ以来、その桜の木の下が、放課後の僕とグレンの待ち合わせ場所になったのでした。



「ねぇ、僕が住むホストファミリーの家には僕らと同じ年の女の子がいるんだよ」
ある日、突然グレンがそんなことを言いました。
「うそだろ?男の留学生と同じ年の娘を一緒に住まわせる親なんかいるの?」
グレンによると、彼のホストファミリーは大学の先生で、毎年必ず留学生を受け入れている、ということでした。そのためにわざわざ母屋から離れた別棟に留学生用の部屋まで作っているのだ、と。
「一人じゃなかなか声をかけにくいから、今度一緒に彼女を誘ってくれないかな?」

彼女は僕たちの隣の女子高に通っている、色白で、とても美しい声を持った女の子でした。
彼女の両親がいない隙を狙って、ある日、僕が帰宅直後の彼女に声をかけると、彼女はあっさりと母屋から、別棟にあるグレンの部屋まで遊びに来たのでした。

彼女はそのおとなしそうな外見とは違い、無垢なのか大胆なのか、パジャマ姿にカーディガンを羽織っただけで夜中に部屋を抜け出して、よく僕とグレンのところまでやってきました。
そうして空が白むまで話し込み、時にはグレンの部屋の狭いコタツで3人で朝まで眠り込んでしまうこともありました。

グレンは口にこそしなかったけれど、明らかに彼女に好意を寄せているようでした。
彼女がグレンのことをどう思っているかはわからなかったけれど、こんなふうに僕たちのところへ頻繁に遊びに来るくらいだから、まんざらではないのかもしれないな、と思うこともありました。
僕があの部屋に行かない日も、彼女はああしてあの部屋に遊びに行っているんだろうか?
僕は一人になると幾度となく、そんなことを想像していました。

彼女の細くて長い首。小ぶりなお椀のような乳房の頂にある、つぼみのようにまだ固い乳首。
つるりとして滑らかな白い尻が、誰かの浅黒くて逞しい肉体の上でうごめいている。
でもそれが本当にグレンなのかどうかは暗闇が深すぎてわからない。。。そんな想像を。



「ねぇ、僕が帰る前に桜は咲くのかな?」
年が開け、暦の上では春になる頃から、グレンは何度となくそう口にするようになりました。
3月末の彼の帰国までに、春の遅いこの町で桜が咲くのか、僕には確信が持てませんでした。
「普通の桜は咲かないけど、あのいつもの桜だけは咲いてくれるんじゃないかな」
「そうだといいけど・・・」

グレンは3月に入る頃から急激に口数が少なくなっていました。
放課後も僕をめったに部屋に呼ばなくなり、ひとりで帰ってゆくことが多くなっていました。
ときおりグレンの部屋に遊びに行っても、以前のように彼女が遊ぶに来ることがぱったりと途絶えてしまったため、彼に何があったのか、彼女に聞くこともできませんでした。

春はちょっと近づいたと思うと、すぐにまた遠ざかり、もどかしいくらいにゆっくりと一進一退を繰り返していました。彼岸に前後して、春らしい陽気が数日間続き、桜のつぼみの硬い殻もようやくほころびはじめるんじゃないか、と期待したと思うと、すぐにまた冷たい風がそれを打ち消すように北から強く吹き付けてくるのでした。

3月29日、僕たちの高校2年の終業式の日は、同時にグレンの最後の登校日でもありました。
前日からのみぞれまじりの雨が朝から降り続く中、グレンは来たときと同じようにひとりぽっちで教室の前に立ち、言葉少なに別れの挨拶をしていました。
僕は教室の窓から外を眺め、裏山にある古桜のことをぼんやりと考えていました。
本当はすぐにでも丘の上に駆け上がって、そのつぼみがどうなっているのかを知りたいと思っていました。
でもその勇気は僕にはありませんでした。
このままグレンが桜のことなんてすっかり忘れて、これ以上がっかりすることなく帰っていってくれないかな、と、そんなことばかりを考えていたのでした。

「あした、もし桜が咲いていたら、僕を呼びに来てくれないか?」
帰り道、グレンは突然そんなことを言いました。
「夜10時のフライトで日本を発つから、お昼までに呼んでくれたら間に合うと思うから」
そう言って彼は笑いました。彼の本当に楽しそうな笑顔を見るのはずいぶん久しぶりのような気がしました。
「あ、そうだ、そのときは彼女も忘れずに誘ってくれよな」



カーテンの隙間から射す、細くて硬い光のスティックで目が覚めました。
前の日の夜、なかなか寝付けなかった僕は、部屋のコタツの中でそのまま眠り込んでしまっていたようでした。

午前11時25分。

時計を見て飛びあがり、慌ててカーテンを開けてもっと飛び上がりました。
春が、まばゆいばかりの春が、そこにやってきているのがわかったからでした。
もう裏山に行くこともせずに、直感だけで、僕は走り出していました。
2階の部屋の窓ガラスに小石をぶつけると、まるですべてわかっていたかのように支度をした彼女が、すぐにグレンの部屋の前まで出てきました。

「急げグレン、桜だ!」

考えてみると、こうして3人でこの桜の木の下に来たのは初めてでした。
グレンも彼女も、そして僕も、何も言わずに桜の老木に寄りかかって、がっしりとはりめぐらされた節の多い枝を見上げていました。
いつまでもそうしていると、春の空が薄桃色に見えました。

「もし10年後に、みんな寂しく独りモノだったら、またここに集まろうか?」
僕が冗談でそう言うと、グレンはちょっとびっくりしたような顔になって言いました。
「ホント?ホントにそうする?」
彼女は黙って笑っていましたが、その顔はYESと言っているようにも見えました。

寂しくなるから見送りに来なくていい、とグレンはひとり、丘を下っていきました。
グレンに笑顔が戻ったことで、僕はなんだか急にほっとしてしまい、だんだんと小さくなってゆく彼の背中を見送りながら不覚にも涙が出そうになって、必死でこらえていたからでしょうか、
「10年後のはなし、ホントなの?」
と言った彼女にYESと答えたのか、NOと答えたのかは、今でも覚えていません。

<了>




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おじいちゃんの野鳥の家【群馬県藤岡市・庚申山】

 2016-02-25

じいちゃんは鳥の先生だった。
毎朝、こうしん山にさんぽに行って、いろんな鳥をみつけてたみたい。
おうちには鳥の写真が何千まいもあるよ。
夏休みにおじいちゃんといっしょにこうしん山に行くと、すれちがう人はみんなおじいちゃんのことを知ってるんだ。

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あの青い鳥はなに?
あれは「オオルリ」
すずめのなかまだけど、しっぽが長いでしょ。

あの美しい声の鳥はなに?
あれは「がびちょう」
よその国から来た鳥だからみんなにきらわれててちょっとかわいそうなんだよ。

おじいちゃんは毎日どこになんの鳥がいるかがわかっていて、「クロツグミちゃん」とか「オオタカくん」とか名前でよんでいて、まるで友だちの家にあそびに来てるみたい。
鳥たちも、おじいちゃんが来るとうれしそうにきれいな声で鳴くんだ。
いいなあ。僕も早く大きくなって鳥とお話がしたいなあ。

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でもある日、おじいちゃんがとつぜん入院しちゃった。
いつものように鳥に会いに行くとちゅうで胸が苦しくなってきゅうきゅう車で病院にはこばれて、僕たちがかけつけたときには、おじいちゃんはもう話すことができなくなっていた。

そしてだれにもさよならを言わないまま、おじいちゃんは死んじゃった。
お別れのときにおじいちゃんの顔をみたら、泣いているような、笑っているような顔だったよ。

僕もさよならをいえなかったのはくやしいけど、おじいちゃんもみんなにさよならを言えなくって悲しかったのかもしれないね。だからちょっと泣きそうな顔なのかな。

でも、もしかすると、おじいちゃんも鳥になって今ごろこうしん山で「おおたかくん」とか「クロツグミちゃん」といっしょ空を飛んでるのかもしれないね。
「がびちょうのがびさん」とか「オオルリのルリちゃん」といっしょに歌をうたっているのかもしれないね。だからきっとちょっと笑っているのかな。



だから僕はいつかこうしん山におじいちゃんの野鳥の家をつくってあげたいとおもうんだ。
おじいちゃんのとった写真がいつでもたくさんかざってあって、おじいちゃんの友だちがいつでも集まってくる場所。
そして鳥になったおじいちゃんが友だちの鳥たちをつれていつでも帰ってこられる場所。

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おじいちゃん、野鳥の家でまた会おう。
夏休みになったら、ううん、今度はもっともっとたくさん遊びに来るからね。




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僕と彼女の世界遺産 ~高山社跡 【群馬県/藤岡市】

 2014-06-21
群馬県にある、富岡製糸場と絹産業遺産群が世界遺産に登録されることになりました。

その、「絹産業遺産群」の中のひとつに、高山社跡、という小さな史跡があります。

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ここは養蚕法「清温育」の研究と社員への指導を行っていた高山長五郎という人の生家です。

富岡製糸場は、それなりに大きな建物で、多少は見どころもあるようですが、この高山社跡は昔の民家のような建物が1棟あるだけです。
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たぶん、来た人は100%「えっ、これが世界遺産?」と思うような地味な史跡です。

この高山社跡は、僕が昔住んでいた町の、山の奥のほうにあります。

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僕の中学校時代、「高山3人娘」と呼ばれる同級生の女の子がいました。
彼女たちだけが、唯一、この高山社跡がある「高山」地区から遠路はるばるバスで30分もかけて通学していたからです。同じ校区にあったとはいえ、そこだけがまるで別世界かと思えるほど、僕たちには遠く、未知な場所でした。



高山3人娘は3人とも全くタイプの違う女の子でした。

1人は、わりと優等生タイプ。すらっとした外見に、物静かで、勉強もそこそこできる女の子。

もう一人は、田舎の典型的なやんちゃな女の子。格好も、行動も、限界を超えないレベルでツッパっているけど、どことなくあか抜けない感じで、なおかつ基本的にはやさしいので、本当の極道にはなりきれない女の子。

そして3人目は、実にのどかで、純朴な女の子。町の生徒たちとは時間の流れもモノの価値観も全く違っているようでした。おかっぱ頭で器量もよいわけではなし、勉強もスポーツもどちらかといえば苦手なようでしたが、どこか人をホッコリさせるものがあったのでしょう、今で言ういじられキャラのようにみんなから、からかわれながらも、楽しそうに過ごしていました。

3人とも、普通に教室で過ごしていたら、それぞれがまったく異なるグループに属して、あまり接点はなさそうですが、小さい頃から3人でずっと一緒に過ごしてきたせいか、毎日、行きも帰りも仲良く3人でバス通学していました。



僕は3年間で彼女たちとそれぞれ1回づつ同じクラスになりましたが、今でも一番記憶に残っているのは、3番目の女の子です。

彼女とは1年生のときに同じクラスでした。
入学早々、自己紹介を兼ねて、朝の学活で全員が3分間スピーチというのを行ったのですが、彼女が語った「山の生活」はその想像を超えた純朴なキャラクターと語り口でクラス中が大爆笑だったことを覚えています。



3年生になったある夏の日、1学期の期末試験の最終日だったような気がします。
午前中で試験が終わり、いったんは家へと向かった僕は、途中で忘れ物をしたことに気づき、教室に戻ったのですが、その時に隣のクラスの席にひとり坐っている彼女の姿を発見したのです。

彼女は訳あって、午後一番のバスに乗り遅れてしまったようでした。
高山に帰るバスは1日たった3本しかありませんでした。朝1本、昼過ぎに1本、そして宵に1本。
次のバスまで、あと5時間もある、というのです。

それはちょっとかわいそうだな、と思いつつも、彼女を残して再び家に帰ろうと歩き始めたとき、なぜだかふと、高山という未知の場所まで行ってみるのも悪くないな、という気がわき起こりました。

歩いて帰ったことがないからわからないけど、家まで20キロくらいあるよ、と彼女は言いました。
でもそれは、高山まで歩いて行ってみようか、という僕の突拍子もない提案を、否定する口ぶりではありませんでした。

途中で疲れてギブアップしても、結局乗るバスは同じだから、まあいいか。
大らかな彼女にとって、そんな気軽な感じだったのだと思います。

中学校を出てからしばらくは比較的平坦だった道は、1時間ほど歩いて車の往来の多い県道を外れ、高山へと向かう一本道に入る頃からだんだんと勾配を感じるようになってきました。
7月の午後2時の日差しは今ほど強烈ではなかったにせよ、テストのためずっしりと教科書を詰め込んだカバンを抱えて、ほぼ真上からこれでもか、とばかりに照り付けてくる太陽の下、日蔭もない山里の一本道を歩くのは、さすがに楽ではありませんでした。

それでも彼女は文句ひとつ言うことなく、まる昔話の絵本のような山の暮らしをずっと話し続けていました。

野ウサギ、タヌキ、カブトムシ。
クワの実、野イチゴ、山ぶどう。

ずっと向こうのアスファルトに、まるで水が撒かれたように、透明な液体のようなものが揺れているのが見えました。そうか、これが世に言う蜃気楼なのか、と僕はその時はじめて気づきました。
彼女の話は子守唄のようで、まるで夢の中でその言葉を聞いているような錯覚さえありました。年の近い友達が少なくても、ゲームセンターどころか、駄菓子屋さえなくても、なんだか人生は十分事足りるような気さえしてきたのでした。

彼女の通っていた小さな小学校(小学校ももちろんバスでの通学でした)を過ぎると、人家は極端に少なくなり、渓流に沿った一本道は、両側から山が迫ってくねくねと曲がりはじめました。
それと同時に、あまり縁起の良くなさそうな雲が、いつの間にがじわりじわりと空を覆い始め、遠くから上州の夏の風物詩、雷鳴が聞こえ始めました。

学校を出て2時間。ちょうど10キロくらい歩いた頃でしょうか、ポツリポツリ、と落ちてきた大粒の雨は、最初の10秒ほど、僕らの様子をうかがうように遠慮がちに降り始めましたが、次の10秒でアスファルトの全面を濡らしてしまうほど激しく豹変したのでした。

僕たちは慌てて近くにあった大きな門の屋根の下に逃げ込みました。
横殴りの雨を避けようと、屋根の下のわずかなスペースに背中を張り付けると、彼女の濡れた肩が僕の左の二の腕に触れました。

稲妻や、突風や、意地悪な水鉄砲から放たれてくるような攻撃的な雨が、容赦なく僕たちの逃げ道を狭め、それを避けるためには、もう僕と彼女が折り重なるしかない、というレベルまで追い込まれたところで彼女が言いました。

このお屋敷の中に入ろう。たぶん、誰もいないと思う。
ここは高山の昔の有名な人のお屋敷だけど、今は誰も住んでいないって聞いたことがあるから。



中に入ると、はじめは暗くてほとんど何も見えませんでしたが、だんだん目が慣れてくると天井の高い玄関の両脇に、荒れ果てた土間や畳間、板の間があるのがわかりました。
もわっとした生暖かい空気と、古いお屋敷の匂いが僕たちをじわじわと包み込みました。
ときどきどーん、という地響きのような音を立てて雷が落ちると、彼女の体がびくっと震えるのがわかりました。

こんな時、倉本聰の「北の国から」なら、暗闇の中、濡れたシャツを乾かすために二人とも下着姿になって、「ドキドキしていた・・・」みたいな純君の語りが入るのでしょうが、当時の僕にはそんな余裕はなく、ただ、早くこの嵐が去ってくれないか、とばかり考えていたような気がします。


結局、雨が上がっても、僕たちはそこから動くことはなく、高山に向かう最終バスを待って、それに彼女を乗せ、僕はその折り返し便で町まで帰ったのでした。

バスが来るまでの2時間ちょっとの間、何を話したかはもう忘れてしまいました。
道路からちょっと高くなっている門の前に座ると、夕立ちが去った後の風がすごく心地よくて、
彼女は僕に寄りかかって、スヤスヤと眠ってしまったようでした。

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あの日からもう30年以上が経ったなんて、改めて考えるとなんだか信じられませんが、去年の冬、高山社跡に行ってみると、あの頃に比べると、ずいぶんこぎれいになっていました。
世界遺産登録が決まったこれからは、さらに整備されるのだろうと思います。

でも、僕と彼女が、かつてほんの一瞬だけ心を通わせたこと以外、何の歴史も事件もないように思える、平凡で平和な場所に、人々が押し寄せてくるなんて、やっぱりなんだか変な感じです。


彼女が高山に住んでいるのかどうかは、今では僕もわかりませんが、高山社跡にたくさんの人々がやってくるのをもし彼女が見たとしたら、あの、ちょっとスローな独特の話し方で、
ふーん、なんでだろうね?
と首を傾けながら不思議そうに言うに違いないことは、今でも僕にはわかります。


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