たびねすに新着記事掲載!日本一長い廊下で雑巾がけ!【旧宇和町小学校】

 2015-08-24
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



  入口⇒ 日本一長い木造廊下で、雑巾がけに挑戦!


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ぜひ読んでみてください!



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四国でもっとも阿呆なたび【宇和島/四国のよくない遊び編‐2】

 2015-08-04
界でもっとも阿呆な旅、という世界中の珍名を集めた安居良基さんの本が、最近の僕の旅のバイブルの一つ、ということは以前も書いたかもしれませんが、今回はその四国編。

本人としては、行こうと思っていた場所の近くに「たまたま」珍名スポットがあったので、ちょっと寄り道をした、というくらいのつもりなのですが、まあ、普通の人から見たら「阿呆な旅」=よくない遊び旅の一つに入るのではないかと思います。
まあ小学生レベルですからね。発想が(笑)



さて、ひとつめはこれっ!

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うーん、余計なふりがながふってあるのが惜しいですね。
ふりがなじゃなくって「ち」という送り仮名をつけて、素直に読んでほしいですね。

「朝立ち」、もとい「朝立」は愛媛県の西の海岸沿い、三瓶町(みかめちょう)という町の中心部の地名です。
八幡浜からバスで30分ほどで、これが三瓶町にいくメインルートのようですが、宇和の町並みがある卯之町からも便数は少ないですが(1日5往復)、バスで30分で行けるので、宇和のあとに行ってみたのでした。

米どころ宇和の田園地帯を西へ進み、ちょっとした峠道を上り、トンネルを越えると三瓶町に入ります。
が、バスはそこから海岸沿いの三瓶の町まで下る下る下る!
ちょっとしか峠道を上ってなかったはずなのに、こんなに下るということは、きっと宇和町は台地上の比較的高い場所にできている町だったのでしょう。


宇和島バスの三瓶営業所。

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バスターミナルからすぐに港に出られます。

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これ、三瓶町の有名なスポットだそうです。
何に見えますか?

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寝観音だそうです。
なるほどー!
おすすめは、もう少し遅い時間の夕日のシーンだそうです。


海と山との間のわずかな平地に、三瓶の町並みが広がています。

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海岸通りからちょっと町中に入った場所に「朝立」のバス停がありました。

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土地が狭いため、町中にも広い通りはなく、細い路地が多いのですが、歩いていると、こんなアーケード街をみつけました。

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人は誰も歩いていませんし、商店も今はもうどれだけ営業しているのかわかりませんでしたが、こんな辺鄙な海沿いの町に、昔は立派な商店街があったんですね。

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バックにこんな緑の山を望む銀天街、あまり見たことがありませんでしたので、なかなか新鮮な感じでした。

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「朝立」、珍名に釣られて行きましたが、なかなかいいところでした。

※「朝立」訪問のために使った時間とお金: 約1時間半/1120円



この日ふたつめは、これ。

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これも宇和島バスですねー。
宇和島バス、狙ってるんでしょうかね?

ここは宇和島と高知の窪川を結ぶ、予土線の務田駅から数キロのところ、行政区域的には宇和島市にあります。
そんなわけで宇和島まで行き、予土線に乗ります。

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なんでまたバス停に行くのに列車に乗るんだ、という感じですが、バスの便数が少ないので務田駅から歩いたほうが早いのです。

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土居仲のバス停は務田駅から3~4キロほどでしょうか。
途中も、なかなかいい感じの田舎です。

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この山は乳首山。
ズバリ、見えるままを名前にした、大変レベルの低い名称ですが、これも珍名の一種です。

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冗談です。。。

本当はなんという名前か知りません(笑)


さて、そんなこんなで歩いて行くと最初に出てくるのがこのバス停。

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土居さんと仲西さんのペア、という意味ではありません。
土居仲・西組とわけください。
つまり、どいなかの西の方、という意味です。


そしてついに到着!

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これがバス停付近、どいなかの中心地です。

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思ったより賑やかな中心市街地ですね。
脇道に入ると、ようやく名前らしくなってきます。

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この土居仲の名前の由来ですが、戦国時代の武将、土居清良(どい きよよし)がこの地を治めていたからだと思われます。

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ということは、このあたりは土居時代は中心地だったのかもしれませんね。


途中で見かけた「どいなか集会所」

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この日はこれで宇和島にもどって泊まります。
夕暮れの宇和島駅。ここで線路が行き止まりになっています。

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宇和島駅舎の上は、ホテルになってたので、ここに泊まりました。

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宇和島といえば、闘牛ですね。

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宇和島といえば、宇和島東高校ですね。最近甲子園で見かけませんが。

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宇和島に泊まるのは3回目くらいですが、駅前の通りが広くて開放的なので、いつも大きな町に来たように錯覚して、夜、街に出てがっかりする、というパターンが続いています。

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アーケード街の商店はすっかり閉まっていて、その翌週末に行われる「うわじま牛鬼まつり」の踊りを、商店街のスピーカーから大音量で流れるBGMをバックにたくさんの市民が練習してました。

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<つづく>



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四国のよい旅、よくない遊び旅‐3【宇和町日本一長い廊下編】

 2015-07-31
 
 前編 内子の屋根付き橋


子駅に戻って、さらに西へ向かいます。

内子駅でJR四国の人気の観光列車「伊予灘ものがたり」のポスターを目にしました。

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これは九州の肥薩おれんじ鉄道のレストラン列車「おれんじ食堂」を模したもので、最近はやりですね。
この列車は松山から瀬戸内海沿いに走っていて、今回僕が通った山まわりの内子コースとは違うルートを通ります。
ホームと海が隣り合っていることで有名な下灘駅の写真がよく使われていますね。このポスターの写真もきっと下灘駅でしょう。
残念ながら基本は週末限定の運行なので、今回は乗れなかったのですが、まあまた今度いつか機会があったらトライしたいと思います。
ま、レストラン列車にひとりでは乗れないので、松山松子という新しい友達ができたら、の話ですが(笑)


内子から宇和島行きの特急に乗って伊予大洲を通ります。
車窓から見える大洲城がいいですね。

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昔、なぜか元旦に大洲に来て、雪がちらつく中を歩いた覚えがあります。瀬戸内とはいえ、四国山地が背後に迫っているので、冬にはそんな天気になることもあるんですね。


さて、内子のあとは卯之町という駅で列車を降ります。

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ここは今は西予市という町になっていますが、昔は宇和町といって、かつて宇和島藩の領地で、街道ぞいの宿場町だったため、今でも古い町並みが残っているところです。またここは米作の盛んな場所として藩の米蔵の役目を果たしていた「米」の町でした。

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人気のない商店街。

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商店街から一本山側の道へ行くと、ここが旧街道になっていたのか、古い町並みが現れます。

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このあたりは伝統的建造物群保存地区になっているようです。

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すごいなあ、こんな伝統的建造物が貸家になってるんだ!
どこかのITベンチャーあたりが古民家オフィスかなにかにしててもおかしくない感じです。

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町並みの中にあったいかにも老舗、という感じの雰囲気のある旅館

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よくみると、ここに滞在した人リストがなかなかスゴイ!
犬養毅に浜口雄幸、前島密に新渡戸稲造ですよ。
高校の日本史の教科書みたいですね。

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町並みからちょっと外れて、やや小高い場所にあるのが開明学校。

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ここは明治15年に建築された小学校で、日本の伝統的木造建築の中に洋風のアプローチ型の窓をとりいれたモダン建築で、国の重要文化財。長野県の松本にある重要文化財「旧開智学校」と昭和62年に姉妹館提携しているそうです。

館内は、明治時代を中心とした教科書を展示する教育資料館として利用されていて、明治・大正時代の授業が体験できる「明治の授業体験」を行っているとのこと。算術、読み書き、唱歌といった授業内容で、当時教科書として使用されていた掛図を使った楽しい授業だそうです。

受けてみたいなー、明治の授業。
でも一人だと寂しいので、宇和宇和子さんと友達になってからまた来よう!

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再び古い町並みを歩いて町はずれまで行くと、とんがり屋根のモダンな小学校が見えてきます。
これが宇和町小学校。

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この小学校のさらに山側、高台にあるのが、旧宇和町小学校。
昔の宇和町小学校の校舎を移築し、「米どころ宇和」のPRのため「宇和米博物館」として平成3年にできた施設です。

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中には100種類を越える稲の標本をはじめ、明治時代以降の農具が展示してあります。

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それだけなら、よほど農業に造詣がある方か、稲作オタクの方以外はあまり興味があるものだとは思えないのですが、ここの特徴は、この廊下。

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百間廊下と言われているこの廊下は、木造校舎の廊下としては日本一の長さで、なんと109m、しかも廊下と土間の間には柱が一本もありません。
しかもこの長い廊下で、雑巾がけ体験&タイムトライアルができるという話。
教室には完走者のタイムがズラーっと並んでいます。

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なんと毎年、雑巾がけのタイムを競う「z-1」グランプリ(雑巾がけグランプリ!)が開催されて いるのことでも有名だそうです(知らなかった!)

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芸能人の雑巾がけタイムの記録も!

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ここもやはり台風あけの平日なので、僕以外誰も入館者はいなかったのですが、スタッフのおねーさんに「雑巾がけ体験いかがですか?」とすすめていただきました。



その続きは次回、こうご期待!



<つづく>



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四国のよい旅、よくない遊び旅‐2 【内子/屋根付き橋】

 2015-07-28
 
 前編 その1 台風直撃 松山/内子編


子座を出て、さらに商店街を奥へと進むと、町の中心部あたりに出てくるのが内子町ビジターセンター A・runze(あるんぜ)。
もともとは警察署として建てられた建物のため、かなり重厚な作りになっています。

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その向かいあたりにあるのが、江戸から明治時代の商家を活用した「商いと暮らし博物館」。

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これは大正時代の薬局の店舗と家屋を再現しているそうです。博物館の中身にはあんまり興味がないのですが、この建物は立派ですね。

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これは何の建物でしょう?
2階の窓が独特ですね。自動販売機が・・・惜しいです。

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内子が奥深いのは、このメイン通りのさらに奥に、もっとすごい町並みが続いているというところです。

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重要伝統的建造物群保存地区に指定されている八日市・護国の町並みと言います。

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台風のあとなので、観光客も誰ひとり見当たらず、時代劇のセットのように静まり返っています。

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町並みの真ん中くらいにある、本芳我家住宅と大村家住宅。
木蝋(もくろう)の生産で財をなした本芳我(ほんはが)家の主屋は明治22年に建てられた、なまこ壁の黄色い建物。
その隣りの白壁の建物は、内子最古級の町家、大村家住宅で1793年に建てられたもの。

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なかなかじゃないっすか、内子町、奥が深い!
しかしバスの時間もあるので、あまりゆっくりはできず、いったん内子駅に戻ります。


今回の内子訪問のメインはこのあとの屋根付き橋に行くことでした。
何で見たのかは忘れましたが、山間の小さな川にちょこん、とかかっている屋根付きの木造橋を見て以来、僕の「いつか行きたいところリスト」にずっと入っていたのでした。

内子駅前から町営のバスに乗り、古い商店や住宅街が続く内子の生活道を経由しながら次第に山深くへと入っていきます。
台風で、山間部にはかなりの雨が降ったのでしょう。本来は春の小川のようなおだやかなはずの川には、濁流が渦巻いています。
バスは、切り立った崖が道幅いっぱいまで迫っている道を右へ左へと進むので、台風で緩んだ地盤から土砂崩れが起こらないようにちょっとだけ祈っていました。

内子のガイドを見ても、屋根付き橋までのバスでの行き方はどこにも案内されていないので(そもそもバスで行く人はいないのかもしれませんが)どのバス停で降りたらいいかわからなかったのですが、運転手に聞くと、下河内のバス停で降りなさい、とのこと。

なので僕が内子のガイドブックに変わってお教えしましょう。
内子の屋根付き橋へバスで行く方、内子町営バス「石畳の宿」行きに乗って下河内で降りてくださいね。
すぐ目の前です。料金はたぶん280円くらいだったかな(笑)

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ちなみに内子町営のバスは、こんな感じのマイクロバスでした。この区間は1日5往復くらい運行しているようです。

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屋根付き橋への降りる道の入り口には、ちゃんと案内板もありました。
正式には、河内にある田丸橋という屋根付き橋なんですね。

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内子には実は屋根付き橋が5つもあり、今回は行けませんでしたが、このずっと上流にも「弓削神社の太鼓橋」という有名な屋根付き橋があるそうです。


さて、念願の屋根付き橋。
上から下りて行くと、川面がみえないので橋というより小屋のように見えますね。

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しかし近づくと、やがて川面が見え、古い木造の橋であることがわかります7。

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雨上がりの緑が、素晴らしいですね。

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橋の上から見ると、やはり結構な濁流ですね。

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こんな古い木の橋だと流されないか心配でしたが、実は遠くから見ると橋脚は川の流れには接しておらず、両側の土手に「ふわり」と接しているのだそうです。これも洪水から守るための工夫なんでしょう。

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橋を渡った対岸側から。

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橋の屋根には昔の橋の様子を描いたこんな絵が。

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昔、ここは橋であると同時に物置だったり、井戸端会議の場所だったりしたようです。

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遠景。
春の小川のような、穏やかな晴れた日もいいのでしょうが、今日みたいな荒天明けの幽玄な感じも、なかなか絵になる内子の屋根付き橋でした。

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<つづく>



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四国のよい旅、よくない遊び旅‐1【台風直撃/松山-内子編】

 2015-07-26
の日の3連休前の木曜日、急遽、所用があって四国松山へ行くことになりました。
せっかく3連休が後ろに控えていたので、誰かのお言葉に甘えたわけではありませんが、自分で勝手に金曜日を1日休みにして、梅雨明け近い盛夏の4連休を四国からスタートすることにしたのでした。


ところが、なんと台風11号。

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事前予報では、どうやら四国直撃のようでした。


木曜日の松山での所用に影響がないように、さらに金曜以降の僕の旅には、もっと影響がないように祈ったことが功を奏し、なんと台風は木曜日の夜中がピークだったようで、ほとんど影響はありませんでした。

図1

これがピーク時の実際の天気図。
見事に僕のいるところからは雨雲が消えています。
まあ普段の行いがいい、晴れ男の僕ですから、こうなることはずっと前からわかっていたんですけどね!
松山市民の皆さんは、僕に感謝してもしきれないですね。


ちなみに。台風前の松山城。

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風雲急ですね。
まあ、デジカメマジックがかなり入ってますが(笑)


さて、翌朝の松山。
台風のピークは過ぎたとはいえ、雨は降っています。

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この日から休みなので、4日間、ぶらぶらと四国をまわりながら帰るつもりではあったのですが、急な用事で出かけてきたため、旅行の方まではあまり細かい日程を決めてなかったので、とりあえず雨の降っていなさそうなところに向かうことにしました。
ところが、朝からJR四国は全線で運転を見合わせているというニュース。
高知や徳島、愛媛でも東予の方はかなり激しい雨が降ったようで、安全の確認に時間がかかっている様子です。

そんなわけで、動いている交通機関を使ってとりあえず行けるところまで行ってみよう、ということで路面電車で松山市駅まで出て、伊予鉄道を使って伊予市まで行ってみることにしました。


伊予鉄市内電車(路面電車)の松山市駅。いよてつ高島屋に面しています。
むかしは「いよてつそごう」だったような気がしますが。

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これが伊予鉄郊外電車の松山市駅。
ここから3路線が松山郊外へ延びています。

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実は僕は伊予鉄の郊外電車に乗るのは初めてでした。
伊予鉄の郊外電車が伊予市まで行くことは知っていたのですが、駅に行って、伊予市までのきっぷを買おうと思ったら、どこにもそんな駅名はなく一瞬迷ったのですが、調べると、この電車の行先に書いてある、郡中港という駅が、伊予市のことだったのでした。
そんなわけで、今回はこの郡中線の電車に乗ります。

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松山市から郡中港までは11,2キロ程度の距離ですので、松山の市心から郊外にかけて数多くの小さな駅にチョコチョコと停車しているうちにとくにハイライト的な何かがあるわけでもないまま終点となっています。

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終点の郡中港駅。

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そしてそのすぐ前がJRの伊予市駅。

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もともと伊予市は、郡中町という名前だったため、古くあらある伊予鉄道の駅は郡中のままだったのでしょう。もちろん両方とも現在の伊予市にあります。


JRの伊予市に行ってみると、宇和島方面の特急列車は予定通り走り始めている、ということで、それに乗って内子に向かいます。

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内子は山間の小さな町ですが、木蝋(もくろう)や生糸などによって財をなした古い立派な商家が建ち並ぶ町並みがあり、近年は観光地としても有名です。僕もずっと前に一度来て、町並みを歩いたことがあったのですが、正直、どんなところかあまり覚えていませんでした。
今回は、その古い町並みをもう一度歩いてみたいのと、もうひとつ、僕の「行きたい場所リスト」に書かれている「内子の屋根つき橋」というところに行ってみたかったのです。

内子駅は松山と宇和島方面を結ぶ新線が開通した際に作り変えたられたので、高架の比較的新しい駅舎となっています。

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駅を出て町の中心部のほうに歩いていくと、狭い道の両側に古い商店街が出てきます。

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内子の町の中心にある内子座。
大正5年、芸術・芸能を愛好する内子の豪商たちが建てた劇場です。木造2階建てで回り舞台や花道、枡席などを整えた劇場で、当初は芝居などが上映されていましたが、その後映画館などに改装され、最後は老朽化のため取り壊されそうになりましたが、町並保存運動が高まったこともあり、昭和60年に復原され、劇場として再出発し、今では、町内外の芸術文化活動の拠点として活用されているそうです。

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今回はあまり時間がなかったので中には入りませんでしたが、徳島の脇町オデオン座、秋田・小坂の康楽館など、こういう劇場がある町並みはどこも風情がありますよね。

内子の町はなかなか奥が深く、この先にもたくさんの見所がありました。



<つづく>



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