いよいよゴールへカウントダウン&哀れな蝉丸とか【東海道テキトー完歩 大津~三条大橋 前編】

 2017-03-09
  
 前編「東経136度とかロームのイルミネーションとか


いようであっという間だった東海道テキトー完歩も、今日でゴール。
完歩の瞬間には、三条大橋前にゴールテープでも張ってもらって、箱根駅伝の青学並みのガッツポーズでもキメようかな、と思っていたのですが、ファンクラブ会員を手当たり次第に呼んでしまうと、ゴール直後から祝勝会のお誘い合戦でまたまた河合奈保子の「けんかをやめて」状態になってしまいそうなので、今回は人知れずひっそりとゴールすることにしました。

けっして僕がひとりぼっちのろんりーちゃっぷりん的でシャネルズあらためラッツアンドスター的な男だからではなく、あえて、みちのくひとりたび的な、角刈り的な、ジョージヤマモト的な気分だったからですので誤解なきように。。。



最後に残していた区間は、もちろん大津から京都の三条大橋まで。
前日、京都に泊まっていたため、朝、いったんJRの大津駅まで戻って、浜大津の駅前から旧東海道完歩を再開します。

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JR大津から京阪の浜大津方面に向かうなだらかな下り坂の先に、琵琶湖が見えます。
ここだけ見たら横浜とか、長崎みたいですね。
前回大津まで歩いてきた時は真夏で、真っ青な琵琶湖にヨットが何艇も浮かんでいて、湖国滋賀とはこんなに美しいのか、と感動したことが思いだされます。

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大津の町なかを抜けた旧東海道が、京都方面に向けて曲がり、目の前に逢坂の関(おうさかのせき)を迎える眺め。
この絵、何度見てもいい。自然と気合も入る感じ。
この京阪の路面線路もいい味出してますね。

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と思っていたら京阪電車がやって来ました。
ちょうど京町あたりで右にカーブし、路面線路と別れて軌道線路に変わるあたりに上栄町の駅があるんですね。

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旧東海道はここでしばらく京阪と別れ、そのまままっすぐ進むと、やがてだんだんと勾配がキツくなり、逢坂の関越えとなります。

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逢坂の関といえばもちろんこれ!

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「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」

訳 :昔はここに京への関所があったから、知ってる人も知らない人も、たくさんの人々がここを行ったり来たりしてたんだなあ。そこにはきっといくつもの出逢いや別れがあったんだろうなあ。逢坂の関なんていうくらいだから、ムフフな人の出逢いもたくさんあったのかなあ。だったら僕も逢瀬の場所としてここで誰かを待ってみようかなあ。

※注)訳者は一応文学部出身で文芸に関しては大変優秀な学業成績を残したとされておりますが、専門は現代文学なので和歌の解釈をさせると相当妄想が入るケースがあるようです。試験の解答に転用するのは、どうぞお控えください。


というか、この歌の読み手、蝉丸さん、ですよね。
この蝉丸神社は、琵琶の名人であり、この逢坂の関に庵をむすんでいた蝉丸を祀った神社。

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神社に祀られるほどすごい人なのに、「蝉丸」と聞くとなんだかイロモノの香りが漂ってしまうのは、やはりあの百人一首の坊主めくりの影響なのでしょうか?
僕の記憶だと、蝉丸=エロティックという記号で結びついてるんですけど、なんでだろ?若い時の何かの妄想?(笑)


ちなみに峠の頂上付近にこんなお店がありました。

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この日本一のうなぎってのも相当なイロモノっぽいなーと思っていたら、大正時代に詩人の野口雨情がこの店に来て、箸紙に「ここのうなぎが日本一」的な歌を詠んだのだそうです。
雨情くんもいろんなところで結構やらかしてんなぁー

とりあえずうなくんの飛び出し坊や。

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さて、この逢坂の関を越えると下りとなりますが、まだそこは京都ではなく、滋賀県内。
ずいぶん下って、国道一号から旧道に入ったあたりから、京都市と大津市の市境(というか京都府と滋賀県の県境)を行ったり来たりします。

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このあたりは、旧東海道が県境となっていて、通りの片方は京都市、片方は大津市という町並み?だとするとお向さんは他県というとても珍しいパターン。

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さらに進んで四宮の町並みが現れると完全に京都に入り、やがて山科へ。
京阪山科駅は天井の立派なドームが特徴的。

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山科って新幹線でもJR在来線でも京都の手前のトンネルとトンネルの間にあるので、相当な山の中かと思ったんですが、駅前はかなり栄えていて思ったよりずっと都会でした。


旧東海道沿いの山科の商店街でみた洋菓子店。
このゴテゴテさからなのでしょうか、妙に気になって、しかもなんだか名店の香りがしたので戻ってから調べてみると、ローヌ本店というスイス菓子のお店で、チーズケーキがすごく有名なお店のようです。

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山科の商店街を抜けると御陵という地名の土地へ。
御陵というのはもちろん天皇陵のこと。
宮内庁が直接管理し、敷地もとてつもなく広いのです。

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ここに眠っているのは天智天皇。
正式名は山科陵(やましなのみささぎ)というそうです。

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天皇陵には、独特の静けさが確かにありますね。
少し寄り道になりますが、旧東海道を歩くなら、ここは外せないですね。

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御陵をすぎると、再び目の前に上り坂が現れます。

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京都の市中までは日ノ岡峠という名の峠をもうひとつ越さなくてはならないのでした。



<2017年12月26日訪問 つづく>

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『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。


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東経136度とか、ロームのイルミネーションとか【東海道テキトー完歩 石部~草津&京都】

 2017-03-06
前編「碁苦楽快館とか飛び出し坊やコレクションとか




口の宿場を出たのがまだ7時前だったので、今日の旅程のちょうど真ん中にある石部宿に着いても、まだ午前10時すぎ。
石部駅に併設の観光案内所のようなところでたっぷりと休憩して再び草津へと向かいます。

国の指定重要文化財、和中散本舗。

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家康が腹痛を起こした時、ここの薬を服用し快復したところから「和中散」と名付けられ、その後も道中薬として広く普及した薬を製造販売していたのがこの和中散本舗。この建物は石部と草津との「間の宿」の本陣とされ、東海道名所図会にも描かれているほど有名だったそう。

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石部と草津との中間点近くにある手原駅。
統計136度の通る駅だそうですが、いろんな称号があるんですねー。
日本標準時子午線が通ってる東経135度(明石のあたりですね)なら自慢してもいいかもしれないけど、136度ってびみょー。

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駅前の石碑を見ながらそんなふうに思っていたら、ジャジャン!とTVのクイズ番組のような効果音とともに赤いメガネの女の子が横から飛び出てきて、僕に突然質問を投げかけます。
「では問題。日本標準子午線である東経135度が通る明石市と、この東経136度が通る手原駅の日の出の時間差は何分か答えなさい」
「・・・・・えっと、24×60÷360で・・・4分こっちが早い」
「だいせいかーい、ちゅうううううう」

ってなわけないか。。。


おおお、突然UFOじゃなくってカップヌードル!
これはおなじみ日清食品の滋賀工場ですな。
わかりやすくていいですよね。近くまで来たらまず迷うことないし。

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この立派な建物は田楽茶屋「京伊勢屋跡」。
目川と呼ばれたこのあたりは豆腐田楽発祥の地だったらしく、こうした茶屋が何軒もあったようです。

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さて、草津宿の手前、旧東海道からは少し外れた幹線道路沿いにあるのが本家「うばがもちや」。

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うばがもちは、400年以上続く草津名物・東海道中でも屈指のスイーツ。
信長に滅ぼされた近江源氏佐々木義賢の3歳になる曾孫を育てるため、その乳母が餅をつくっては売り、つくっては売り、養育の糧としたことから、誰からともなく「姥が餅」と呼ばれたのだといいます。

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おひとりさまなので、ミニサイズ買っときました。

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うばがもちやから旧東海道に戻ると、草津の宿はもうすぐ。
この追分道標は東海道と中山道の分岐点という超重要スポット!
ここから三条大橋までは東海道と中山道が合流した大幹線だったんですねー。

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ということは、東海道を完歩して、万万が一、中山道にチャレンジすることになると、ここがゴールってことですかね。。。
ま、まだこのあとのことは考えてないのでいいんですが。。。


草津宿本陣跡。

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草津本陣の周辺は、まわりの店舗も旧道らしく整備されていて統一感がありました。

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大津から南草津の駅前までは前年の夏に歩いていたので、今日はそのままもう少し歩いた先、南草津の駅前がゴールとなっています。

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ほどなく南草津へ到着。
これでいよいよ残すは旧東海道の大津から京都・三条大橋まで、最後の一区間だけとなりました。

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この日は京都に泊まったのですが、朝早くから歩き始めたこともあり、まだ日が高いうちにゴールしたので、もうひとつ夜の観光に出かけてみたのでした。

それがロームのイルミネーション。

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これは京都に本社を持つ「ROHM(ローム)」という半導体・精密機器の会社が、本社の周辺を80万個の電球で彩る恒例のイベント。

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企業の社会的貢献活動として、無料で誰もが楽しむことのできる、素晴らしい取り組みですよね。
もちろんしっかり収益を上げている優良企業でなくてはできないことですが、このROHM、超優良企業なんですよ。
私、株やってますから、この会社のスゴさ、よーくわかります。

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イルミネーションは比較的シンプルで、本社周辺の通りの樹々を彩る電球が中心。
隣接した公園に巨大なLEDのビジョンがあり、ここでちょっとしたイベントが行われているようです。

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この日は日曜だったので、光と音楽の体験型イルミネーションというホリデーイベントをやっていました。
うちの娘が小さいころにハマってた、ラブ&ベリーのイルミネーション版?(古っ!)

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これはメタセコイヤの木なんだそうです。
針葉樹なのでこういうイルミネーションには映えますね。

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クリスマスイブじゃなかったけど、まあクリスマスの夜にちょっとそれっぽい気分になったので、よかったことにしましょう。

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今日の結果:水口宿~草津宿 21.3kmを制覇!
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 502.2㎞/512km



<2017年12月25日訪問>

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とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。


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碁苦楽快館とか、飛び出し坊やコレクションとか【東海道テキトー完歩 水口~石部】

 2017-03-03
2年半前、関西地方を直撃した台風の影響で夏の高校野球甲子園大会が順延したため、途中の静岡でヒマつぶしにちょっと東海道を歩いてみた、というきっかけから始まった僕の東海道テキトー完歩。
気づくともうゴールは目前になっていたのでした。

九州や中四国、関西方面への旅行の行きかえりとか、日帰り散歩とか、順番もテキトーにブラブラ歩いているうちに、東京・日本橋から京都・三条大橋のすぐ手前の近江の国まで、残りはあと30キロ、時間にしてゆっくり歩いて1日半、というところまで到達していたのでした。


あとはいつゴールするか。
もういつでもゴールできる状態にはあったのですが、なんだかゴールしてしまうのも寂しくて、最後に歩いてから5か月近く、なんとなく放っておいたのでした。

大晦日か元旦の京都にゴールするのもいいなー、とも思ったのですが、年末年始は別の用事があったため、その前のクリスマス休暇の広島旅行の帰りにゴールしてしまうことにしました。
ま、すごくこだわってるわけじゃないので。


そんなわけで呉から戻って12月24日、クリスマスイブ夜を過ごしたのは草津。
「草津」って言っても草津温泉で湯女たちに囲まれてホットな夜を過ごしたわけではなく、近江の国の東海道・草津宿。
こんな渋い場所で過ごすクリスマスイブは初めてだぜ!

翌朝の列車で日本橋方面に2つ戻った宿場町、水口(みなくち)まで行き、今日はそこからこの草津宿あたりまで歩きます。

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草津から水口まではJRの草津線で貴生川まで行き、そこから近江鉄道に乗り換えてすぐ。
旧東海道と近江鉄道が交差する水口石橋駅で下車します。

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1年ちょっと前の秋、鈴鹿峠を越えてこの場所まで来ていたので、今日はその続きからスタートです。

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今日は西に向かって歩くのですが、東の方を振り返ると、「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて」。
ちょっと違うな・・・春じゃないし山際もないし。

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でもこのあたりの旧街道沿い、いい感じですね。
水口城址公園もすぐ近くです。

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途中にちょっと目立つ建物があったので足を止めてみます。
碁盤の中にハートマーク??
「忍碁 碁苦楽快館」??

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かなりストイックな囲碁教室なのか?と思って眺めていると、落ち着いた和装姿の妙齢の女性が出てきて

「忍ぶの。冬の嵐に晒されても、あの人にずっと責められ続けても。忍んで、忍んで、忍んだ先に、この世のものとは思えないほどの幸せが待っているの」

と演歌のような勧誘をされたら、旧東海道はさっさと放棄して、忍碁の極楽快感の世界へと道を踏み外してもよかったのですが、朝早かったのでそんな勧誘もあらず、残念!

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でも旧東海道を歩く人はみんなここで「?」と思うらしく、「碁苦楽快館」でググると旧東海道散歩人のブログばっかり出てきます。


そして近江の国といえば飛び出し坊やですよね。
この日もたくさんの飛び出し坊やを見たので、その一部を「飛び出し坊やコレクション」として紹介します。

これがオリジナルの飛び出し坊や、いわば「0系」。

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甲賀地方だと忍者バージョンも結構たくさん見られます。

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これは飛脚っぽいので、旧東海道限定でしょうか・・・?

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これは自分で叫びながら飛び出してくる「オラオラどけどけ坊や」。

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反対にこれは道路を渡るだけで悲壮感の漂う「おびえ少女」。
ところでこれ、パンツ見えてるっていう設定なんですかね?

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こんな感じで手作り感いっぱいの作品もあります。

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同じ手作り感でも、これは版権的にマズくないか?
いや、単なる普通のネズミなのかな?

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これは南草津駅前のメガネ店。
近江では飛び出し坊やを店頭の販促用看板につかっているお店も結構あるのです。

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番外編・・・・・くりちゃん。
ちなみに飛び出し坊やではありません。

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東海道十三渡しのひとつであった横田の渡し跡を過ぎて野洲川を渡ります。

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JRの三雲駅前を過ぎて、しばらく行くとやがて見えてくるのが大沙川隧道 (おおすながわずいどう)。
トンネルの上にある大きな杉は「弘法杉」と言われています。

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トンネルの上に登ってみると、こんな感じ。
なんと旧東海道の上を大沙川という川が流れているのです。
ただ、ふだんはほとんど水は流れていないようです。

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旧東海道の途中から形のよい、美しい山が見えています。
近江富士とか言うのかな、と思っていたら、本当にそう呼ばれているみたいで三上山、通称近江富士という山でした。

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甲西駅手前あたりの旧街道。
造り酒屋の白壁がいいですね。

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水口から10キロちょっとで石部宿に到着します。

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近江富士もだんだんと近くに見えてきました。

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<2016年12月25日訪問 つづく>

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『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
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東海道テキトー完歩 鏡岩のイケメン好き女鬼とか【鈴鹿峠~水口】

 2015-12-26
 前編 : 鈴鹿鈴子と鈴鹿峠越え



鹿峠の朝、というよりバーベキュー鈴鹿峠の朝。

鈴鹿馬子唄で「峠は曇る」と唄われた鈴鹿峠も今日は雲一つない快晴。
この天気なら峠を越えても雨が降ることはないでしょう。
さあ、出発です!

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えっ?ちょっと待ってよ。
鈴子と過ごした鈴鹿峠のムフフな一夜はどうしたの?
たぶん読者の47人のうち46人はそう期待されていることでしょうから、ここで何も包み隠すことなく赤裸々に告白しようと思います。

ここの宿泊施設には、なんとお風呂が一つしかなくて、家族風呂のように「入浴中」というボードをぶら下げて交代で入る入れ替え制だったのです。
いやーまいったなあー。いきなり家族風呂で混浴ですかー
とかなんとか勝手に妄想していると、鈴子にこう強く念を押されました。

「私がお風呂に入って入る姿を、絶対に覗かないでください。絶対に絶対に覗かないでください。きっとよくないことが起こります。間違いなく不幸が起こります」

鶴の恩返しかよっ!
いや、鶴の恩返しよりはるかに怖そうだぞ・・・

そんなわけで(どんなわけだ!)鈴鹿峠の夜は、静かに、何事もなく更けていったのでした。
以上、報告おしまい。



さて、本編に戻ります。
バーベキュー鈴鹿峠から国道を少し戻って旧東海道に入り、いよいよ峠越えへ。

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鈴子の先祖、鈴鹿御前を祀ったといわれる片山神社のすぐ脇にある鈴鹿流薙刀(なぎなた)術発祥の地の石碑。
かつてこのあたりを跋扈した盗賊やら鬼やらを、鈴鹿御前がぶった切ったのもこの鈴鹿流薙刀術だったのでしょうか?
鈴子が白い道着と長い袴を着て、薙刀を振り回す姿を想像してみたのですが、確かになかなか様になっているかもしれません。

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いよいよここから「八町二十七曲り」と呼ばれる鈴鹿峠の本番!

と思ったら感覚的には10分も歩かないうちに杉木立に囲まれた平らなスペースに出てしまい、どうやらここが鈴鹿峠の頂上らしいのです。

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旧東海道の鈴鹿峠を徒歩で越えた人で、特に箱根越えを経験している人の感想を聞くと、ほぼ100%近い人が「あっけなく頂上に着いちゃった」と言っていたので、まあそんなもんだろうな、という感じです。


私の役目はここで終わりだから。
鈴鹿峠の山頂付近、旧街道から少し外れたところにある「鏡岩」の前まで来ると、鈴子はいきなりそんなことを言い始めました。
私は東海道のここから先、近江側には行けないことになっているの。

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この裏側にはかつて鏡肌岩と呼ばれ、ホンモノの鏡と変わらないほどツルツルの光沢を誇っていた大きな岩があったのだ、といいます。
そしてそこにはかつて女鬼が棲み、旅人が通るたびに絶世の美女に姿を変え、もろ肌を脱いだ姿を鏡岩に映して誘惑し、身体以外のものは身ぐるみ剥いでしまったのだ、と鈴子が説明してくれました。

「この岩をぐるっと回りこんだ先に、今でも鏡岩があって、男の旅人が通ると、妖艶な女の肌が映し出されて誘惑されるみたいよ。ただ、昔の女鬼と違うのは、普通の男は身ぐるみ剥がされて放り出されちゃうらしいんだけど、いいオトコだとモノは取られず、身体だけ襲われちゃうらしいわよ」
そして一呼吸おいて最後にこう付け加えました。
「どう?試しに行ってみない?」


おぉー、そうか。
いーじゃないか、鈴鹿峠の女鬼。
僕が通れば間違いなく襲われちゃうだろうけど、それも旅の勲章、大いに結構!

と思って鏡岩へと足を進めようとしたのですが、すぐに満足に手すりもないような崖っぷちを歩かなければならないことに気づいたのでした。

ゴメン、高所恐怖症なんでこの先歩けないわ。

そう言うと、鈴子は寂しそうに、そっか、と言って一人、鏡岩の方へと消えていきました。



戻ってきてこの伝説を調べたところ、かつての女鬼が坂上田村麻呂によって征伐され、改心して生まれ変わったのちの姿が鈴子の先祖である鈴鹿御前だったのでした。
そうなると鈴子も必然的にその女鬼の子孫であることになります。
そう、昨日の夜、お風呂に入っていたのは鬼だったのかもしれません。。。

でも鈴子、ここまでありがとう。おかげで寂しいはずの鈴鹿峠越えがめちゃくちゃ楽しかったぜ。
次にいつここに来るかはわからないけど、その時はだまされてみたいぜ。



さて、頂上付近の杉並木を近江側に抜けると、そこは一面の茶畑。

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ここが伊勢と近江の県境。鈴鹿峠の頂上。
ここから先、近江の国は僕ひとりで歩くことになります。

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鈴鹿峠は三重県側は厳しい山道なのですが、滋賀県側はゆるやかに開けた台地のようになっていて、次の宿場、土山宿に向けて長い距離をかけてゆっくりと坂を下っていく感じです。

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茶畑の脇を少し進むとあるのが「万人講常夜燈」
270年前に建てられ、この峠を照らし続けていました。
高さ5.4m、重さ38tもあるそうです。

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常夜灯を過ぎると、すぐに国道1号と合流となり、滋賀県の甲賀市に入ります。
案の定、滋賀県に入るとすぐに出てきたのが、この滋賀県発祥、飛び出し坊や。
滋賀に来た、って安心感がありますね。

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が、なんだかちょっと、いや、かなり変です。
顔の形がクレヨンしんちゃんですが、なんでこうなっちゃうんだろう?
最初はちゃんとしたしんちゃんの顔を書いてたんだけど、著作権違反とか言われて、わざと下手くそ顔にしたとか?


峠を越えても次の土山宿まではかなり距離があります。
国道1号をずっと歩き、旧東海道では(たぶん)唯一、工場の中を通るかのような場所を抜けたりします。

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坂上田村麻呂を祀った田村神社の横を通り、旧道が国道1号と交わるところにあったのが、道の駅あいの土山。
昨日関宿を出てからここまで、何か物が買えるようなところを見たのは久しぶりでした。

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この道の駅脇の旧街道から先が土山宿の宿場町となります。

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土山宿も比較的よく保存された古い町並みが旧街道に沿って長く続きます。

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途中の町なかの小さな橋に貼ってあった鈴鹿馬子唄の2番の歌詞でしょうか。
僕的にはとても好きな歌詞なのですが、昔の人たちはこうして鏡岩に映った妖艶な娘にみんなだまされちゃったんでしょうかね。
まあ、仕方ないですね。

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宿場町の中央部あたりにある旧土山本陣跡。

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このあたりは町並みもきれいですね。

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土山はお茶でも有名なところで、旧東海道沿いにも茶畑をよく見かけました。

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土山の宿場町を抜けると左側に見えてくる野洲川。
奥のほうに見える山塊が、越えてきた鈴鹿峠方面でしょうか。

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土山の次の宿場町は水口(みなくち)。
土山から水口までの区間も結構距離が長く感じます。

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いくつもの集落を抜けて、ようやく水口の町へ。
ここで旧東海道は、近江鉄道の水口石橋駅と交差するので、今回はここ水口をゴールとすることにします。
水口には旧街道沿い、宿場町の中心部あたりの大池町(おいけまち)と、この水口石橋の駅前にからくり時計がありました。

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このあと近江鉄道で貴生川に出て、草津、米原を経由して新幹線で帰ることになります。

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三重県を完歩し、西の難所である鈴鹿峠を越えたことで東海道の西の端もかなり制覇した感じですが、やっぱり3日間歩き続けるのは結構疲れますね。

そして突然現れて僕と一昼夜を共にした鈴鹿鈴子。
それは夢だったのか幻だったのか、今でも僕にはよくわかりません。



今回の結果(2日間合計):亀山宿~水口宿 34kmを制覇! 
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 308㎞/512km



<10月12日訪問>



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『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。




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東海道テキトー完歩 大津は結構いい街だった、の巻【大津~草津編‐2】

 2015-08-20
 
 前編 ひこにゃん高校、惜敗す


阪電車、浜大津駅前の展望コーナーからの琵琶湖の眺め。
こんなよく晴れた日中に、まともに琵琶湖を見たことがなかったのですが、素晴らしい眺めです。

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右側には大津港。
かつての琵琶湖湖上水運の拠点で、今はここから琵琶湖汽船の遊覧船などが出ています。

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左側には大津港マリーナ。
クルーザーがたくさん停泊していますね。
向こう岸のマンションも、眺望は素晴らしいんでしょうね。

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なんだかペルシャ湾みたいですね。
遠くのビル群が、ドバイみたいに見えてきました(ペルシャ湾にもドバイにも行ったことありませんけど・・・)

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正面には伊吹山(だと思います)がくっきりと。

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いやー大津、素晴らしいじゃないですか!
大津には来たことあったけど、こんなにいい場所だったかなあ。
冬の寒い時期に比叡山に行ったのと、あとはパチンコだけして帰ったことくらいしかなかったからかなぁ。


後半戦はこの浜大津から石山までと瀬田から草津までを歩く予定です(石山~瀬田間はさっき歩いたので電車移動)。

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浜大津駅前の交差点。
京阪電車が悠々と曲がっていきます。

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京阪電車の京都方面を望みます。
正面の京滋県境の山塊に向かって真っすぐに進む路面電車、いいですね。
あの山の向こうにはどんな世界が広がっているんだろう、と妄想が広がるのは、僕だけでしょうか?

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旧東海道からちょっと外れたところにありますが、滋賀県庁。
14年5月に竣工の堂々とした建物です。
どこかで見たことあるような、と思っていたらこれは早大大隈講堂や旧群馬県庁を建築した佐藤功一氏の設計なのだそうです。
大隈講堂にはあまり共通部分感じませんが、旧群馬県庁とは確かに共通する部分がありますね。

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旧東海道沿いには歴史を感じる町並みも一部に残っています。

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そしてなんといっても、ときどき街なかに現れ、琵琶湖に向かって勢いよく流れる、この豊かな水。

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午後の灼熱の時間帯ですが、この川のほとりは、涼しそうですね。



途中にあった義仲寺(ぎちゅうじ)。

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木曾義仲の死後、愛妾であった巴御前が日々この墓前にて供養したのが、義仲寺という名前の由来だと言われています。

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また、湖国を愛した松尾芭蕉の墓がここ木曾義仲の墓に隣り合ってあるのだそうです。

木曽殿と 背中合わせの 寒さかな    芭蕉の弟子、島崎又玄(ゆうげん)の句。


中に入ってその句碑を見たかったのですが、なんだかご機嫌斜めなわがまま坊やがいて、寺の中で泣き叫んでいるので入るのやめました。
よくいる勘違いセレブっぽい出で立ちの両親、何もできずにおろおろ。
頼むよ父さん、母さん、こんなわがままじゃ、ロクな大人に育たないぜ。
そんなへんてこなサングラスと帽子かぶってないで、しっかり教育しようぜ。


やがて大津市膳所(ぜぜ)の住所が現れます。
かつてこのあたりには膳所藩がおかれていた、由緒ある地名です。

近くに膳所高校があったので寄ってみます。

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大学時代の友達に膳所高校の出身で、琵琶湖ブルーのように明るく透明で、瑞々しい女の子がいたので、ちょっと懐かしいです。
ちなみにその子と付き合っていたわけではありません。。。(そんなこと聞かれてないか)

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浜大津を出て1時間半、石山駅に着いたので、ここから瀬田まで電車に乗って移動します。

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再び瀬田の駅前から、今度は東に向かって草津方面へ歩きます。

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やっぱり真夏はヘヴィーですよ!(ヘビーよりちょっと重い感じ、伝わりますか?)
暑いのでところどころで涼んだりしないとヤバいので、いつもより時間も余計にかかってしまいます。
ようやく「ここから草津」の看板が見えてきましたが、ゴールにしている草津駅はまだまだ5キロ以上先。

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うぉー、暑さでもうろうとして道中で池の幻が見えたのか、と思ったら(それは言い過ぎですね)、本当の池でした。

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これは弁天池という古くからの農業用のため池のようです。
江戸時代、ここに住んでいた美しい農家の娘が、江戸と膳所藩を結ぶ飛脚の若い青年との悲しい別れの末、この弁天池に身投げをするという『弁天池とおつゆの悲恋』という伝説があるそうです。

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そんなこともあってか、幻の中に江戸時代の美しい娘が出てきて、池の中へ僕を呼び込んでいるかのようにおいでおいで、と手招きをするので、さすがに限界を感じ、手前の南草津の駅で今日は散歩を終了することにしました。
新幹線の時間も迫っていることですしね。

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駅前に大きなショッピングセンターの建つ、典型的なベッドタウンの駅、南草津から米原まで行って東京に戻ったのでした。



今回の結果:大津宿~草津宿 15.kmを制覇! 
実際の歩行距離は寄り道入れて16.04キロを3時間42分
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 255㎞/512km

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『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
 とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。




<2015年7月20日訪問>





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