軍艦島ふたたび。恥ずかしながら、上陸率100%キープ【長崎・軍艦島】

 2016-11-06
界遺産になった軍艦島ですが、上陸のためには船が着岸するための風や波などの安全基準を満たしていることが条件になっており、行けば必ず上陸できるというものではありません。
せっかく軍艦島行ったのに上陸できなかったぜー、という話を結構いろんなところで聞いていたので、そこへの上陸率は、季節によっても多少前後はするものの、結構厳しい数字(平均すると5割から6割くらい?)なんじゃないか、と勝手に思っていたのでした。

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僕が最初に軍艦島に行ったのはたぶんもう10年以上前で、たしかその頃はまだ観光客は船に乗って島の周りを周回しながら見ることしかできませんでした。
そのあと2009年から島に上陸して観光ができるようになったため、2回目の軍艦島が上陸への初トライでしたが、無事に成功。
そして今回が3回目ですが、今回も全く波のない、素晴らしい天気だったのです。

さすが、俺。
あの困難な軍艦島上陸を2回連続、100%の成功率でキメちゃうだなんて!

なーんて感じでわりとSNS系でも自慢しちゃったりなんかしてたのですが、どうも帰ってから調べてみると最近はかなりの確率で上陸できているようで、運航会社によっては平均90%以上の上陸率、なんていう実績もあるらしく、2回連続なんてお茶の子さいさい、って感じなんだそーです。。。
僕に自慢された方、失礼シマシタ・・・



さて、今回はくまもと復興のための会議のあと、この軍艦島へやってきたのでした。
長崎市から許可を得て軍艦島への公認ツアーを運航している会社はなんと5社もあるようですが、今回乗船したのはブラックダイヤモンド号という船。

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ブラックダイヤモンド・・・軍艦島から生まれた黒い宝石、石炭のことですな。
土曜日ということもあり、船は定員めいっぱいのぎゅうぎゅう満席。

過去2回は「やまさ海運」という昔から軍艦島ツアーをやっている老舗の船に乗ったのですが、料金が他よりも高い分、船も大きくてゆったり感がありました。今回の船はリーズナブルな分、ハード面ではちょっと劣るかな。
しかし結果的に言うと、ガイドを含めたソフト面は素晴らしく、これはこれでよかったのです。まあ何を重視するかによりますね。

この他にも軍艦島コンシェルジュという船(運航会社)があって、ここは平均上陸率が90%超ということで人気。ガイドさんも面白くて総合評価は高いみたいですね。


さて、船は長崎港を出ると坂の上に長崎の町、海上に三菱の造船所などを見ながら女神大橋をくぐって湾の外へ。

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軍艦島同様、かつては炭鉱の島として栄えていた伊王島。
今はリゾート地として開発されています。

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このブラックダイヤモンド号は軍艦島に行く前に、高島に寄港して下車観光するのが特徴。

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この高島にもかつて炭鉱があり、石炭資料館というちいさな資料館があるのですが、そこに軍艦島の模型があり、実際に軍艦島に行く前にこの模型を使って概要や見どころを説明してくれるのです。

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軍艦島に停泊できる時間は各船それぞれ決まっていて、ここでその時間調整をしつつ、軍艦島にはトイレがないので、トイレタイムも兼ねた停泊なのかもしれません。


高島を出ると、いよいよ軍艦島に接近し、上陸、という流れになりますが、上陸後に見られる範囲が決まっているため、まずは陸上からは見られない場所を海上から遠望します。

このあたりからが、その名の由来となった軍艦(戦艦土佐)らしく見える最もいい角度ということです。

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軍艦島というのはもちろん愛称で、正式名称は端島。
長崎市の西約19キロメートルの沖合に浮かぶ、面積6.3ヘクタール、外周約1.2キロメートルの小さな島なのですが、海底炭田の採掘地として栄え、狭い土地にたくさんの労働者(とその家族)が住んでいたために、最盛期には東京ドームの1.3倍ほどの面積に約5200人が暮らし、人口密度はぶっちぎりの世界一だったのだそうです。

まあ、これだけ有名になるともうこれ以上の説明はいらないですよね。

海上から見た軍艦島の小中学校跡。

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なんと7階建てで、1~4階までが小学校、5階と7階が中学校、6階が共通の講堂だったようです。
エレベーターもない校舎を7階まであがってたんですね。


高層住宅の向こう側、左の高台の上に端島神社の祠跡が見えますね。

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この狭い島内には、病院や学校・寺院・神社・派出所や映画館・理髪店・パチンコ屋までが立ち並び、島の施設だけで完全な都市として機能していたんだそうです。


軍艦島に上陸後は、最初に第1見学広場という場所に案内され、全体の説明を受けます。
島内では参加者は全員で決められた見学ルートに沿って行動することになっていて、勝手に冒険したりすることはできません。
ま、万一船に乗り遅れでもしちゃったら、翌日の船が来るまでここで野宿するしかないんですが、灯りも何もない廃墟に夜ひとり、はさすがに怖いでしょうね。

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第2見学広場からの眺め。
灰色の軍艦島の中で珍しく色を感じられるレンガ色の建物が、総合事務所跡。
山の上にあるのは三菱の高級社員の社宅跡だそうです。

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これが見学ルート最奥の第3見学広場からの眺め。
正面に見えるのが大正5年建築で日本の鉄筋アパート最長老である30号棟跡。

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見学コースはどの会社で訪問しても同じなのですが、ガイドさんの説明はそれぞれ異なるようです。
今回のブラックダイアモンド号のガイドさんはストーリーテラー型で、話の内容はもちろん、ストーリーの構成、展開、そして話し方も非常に巧みでした。


そのクライマックスが、この第二竪坑桟橋跡の話。

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竪坑とは石炭採掘現場へ行くために垂直に掘られた穴の事。
つまり炭坑で働く人はこの橋を渡った先から、毎日地下深くへ仕事に出かけたのです。
この炭坑の深さは、閉山間際には地下1000m以上。
秒速8mというスピードで地中深くまで運ばれる中、採掘現場に到着する前に早くも体調を崩したり、失神してしまうこともあったそうです。
海底の坑道は気温30℃、湿度95%という劣悪な環境なだけでなく、他にも危険だらけ。昔はメタンガスによる爆発もしょっちゅうのことで、粉塵によるじん肺患者もたくさんいたのだそうです。

それゆえ桟橋に架かるこの階段は、命の階段と呼ばれていたそうです。
命をかけて毎日この階段を上り、無事に仕事を終えて戻ってきた時に下るこの階段で、今日もまた生きている、ということの大切さを実感できたそうです。

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「毎日毎日、命をかけて仕事場に向かうなんて、みなさん想像できますか?」

ガイドさんは私たちにそう問いかけます。

どこよりも賑やかで活気があって楽しい毎日。
子供も大人もみんなが家族のように一つの輪になった生活。
そんな穏やかな中、炭鉱内で事故があると島中にサイレンが鳴り響き、みんな裸足で家を飛び出したのだと言います。
そして島全体が悲しみに包まれる炭鉱葬。

「それでも命の階段を毎日上り、命のカンテラを頭につけて、黒いダイヤの石炭を男たちが命がけで掘っていたのは、命より大切な家族があるからなんですよ・・・」


しーん (&すすり泣き)


ですよ。


いやー、もちろん僕も感動したんですが、それよりも久しぶりにいいプレゼン聞いたなぁ、みたいな感覚。
やっぱり同じことを話すにしてもストーリーの構成、表現、伝え方は大切だな、と。
まあここに書いたのは抜粋でもあり、僕の表現にも変わっているので、実際の感動はうまく伝わらないかもしれませんが、いい勉強になりました。



※おまけ

軍艦島から戻ったあと、長崎の料亭花月に行きました。
あ、もちろん宴会でどんちゃん騒ぎしたわけではなく、あくまでも業務上の視察で(笑)

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ここは江戸の吉原・京の島原と並び日本三大花街に数えられた長崎の花街・丸山にあり、坂本龍馬ら幕末の志士たちをはじめ、勝海舟、シーボルトら諸藩の武士や文人墨客が数多く訪れた創業三百七十四年の史跡料亭です。

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この花月で有名なのがこの床の間の柱の傷跡。

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これはあの坂本龍馬が酔って付けた刀傷、と言われています。

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建物にもさすがに得も言われぬ風格がありますね。

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ま、今回はあくまでも業務視察だったので、次回来たときはは暴れて刀傷つけるくらい酩酊してみたいものです。。。



<2016年9月10日訪問>



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たびねすに新着記事掲載!次の世界遺産はココ!【長崎・上五島】

 2015-07-17
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



  入口⇒ 次の世界遺産はココ!長崎・上五島の2大教会へ急げ!


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たびねすに新着記事掲載!美しすぎる教会と絶景ビーチドライブ【五島・福江島】

 2015-07-13
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!
(ちょっと前ですが・・・)



  入口⇒ 美しすぎる教会と絶景ビーチ。五島列島・福江島一周ドライブ


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軍艦島、初上陸メモ。【青春18 対馬への旅‐番外編】

 2015-01-26
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艦島に、2度目のチャレンジで初上陸しました。

っといってもこれは2013年の大晦日のお話。
年末の東海道&瀬戸内紀行が間に入ったため、すっかり忘れていましたが、連載中だった「青春18 対馬シリーズ」の帰りに長崎の軍艦島に寄ったので、今回はその報告です。



念のため、軍艦島の概要をまとめると。。。

長崎市の西約19キロメートルの沖合に浮かぶ小さな島。面積6.3ヘクタール、外周約1.2キロメートル。
外観が軍艦に似ていることからこう呼ばれるが、正式名称は端島。
かつて海底炭田の採掘地として栄え、狭い土地にたくさんの労働者(とその家族)が住むために、1916年には、日本初の鉄筋アパート(7階建て)が建設された。その後、7~9階建ての高層住宅が次々に建てられ、最盛期には東京ドームの1.3倍ほどの面積に約5200人が暮らし、人口密度はぶっちぎりの世界一だったという。
現在は無人の「廃虚の島」。炭鉱施設の多くは解体されており、朽ちたコンクリートの高層住宅群だけが往時のおもかげを伝えているが、貴重な明治期の産業施設として世界遺産に申請しようという動きがある。。。こんな感じでしょうか。



実は数年前にも一度、軍艦島上陸ツアーに参加したことがありましたが、その時は悪天候のため船が接岸できず、上陸は中止となり、海上で島を一周しながら見学をするコースに変更になってしまったのでした。
聞くところによると、軍艦島上陸ツアーをはじめた頃は、リスクを考慮したり慣れていない点があったので上陸率は1/3くらいだったのですが、今は(運航会社や季節によって違いますが)2/3以上の確率で上陸できるということです。

軍艦島へはいくつかの運航会社が上陸ツアーを出していますが、僕が乗ったのはやまさ海運、という会社のもの。
前の時は確かこの会社しか軍艦島ツアーがなかったような気がしますので、このツアーでは一番の老舗という感じです。



ツアーは大波止の長崎港から13時ちょうどに出発して、所要時間は約150分です。
長崎港を出て軍艦島まで片道30分、上陸して見学を1時間、再び船に乗って海上を30分ほど周遊したのち、30分かけて長崎港に帰ってくる、といったような日程です。

途中、この図のように女神大橋やら三菱重工の造船ドックやら伊王島やらを船の上から眺めながら進みます。

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そして見えてきました、軍艦島。

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最初に上陸するため、ドルフィン桟橋という軍艦島唯一の船着場に到着します(これは帰りの写真ですが)

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上陸後の観光コースは決まっていて、すべて集団行動、このコースを外れての自由行動は許されていません。
掟破りが見つかったら帰りの船に乗せてもらえず、このままここにおいて行かれ、軍艦島に今も夜、現れる人食い猫の餌食になるそうです。

そんなわけでこの赤い見学通路の部分しか観光できないようになっています。

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船を降りて見学通路を歩き始めると、いきなりこんな眺め。
来たぞー軍艦島って感じです。

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島内ではガイドさんが説明してくれる場所が決まっていて、まず第1見学広場というところで最初の説明があります。
山の上のほうに見える建物は、確か三菱石炭鉱業の幹部職員の社宅だということでした。
一番見晴しのいいところに建っていて、この社宅だけは内風呂があったそうです。

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少し移動すると竪鉱桟橋と呼ばれる階段付きの建物があrます。
これはこの島の主力鉱であった第二竪鉱への「桟橋」へ出入りするための建物だったそうです。

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続いて現れるレンガ造り建物は、資材置き場や総合事務所として使われていたところ。
ここには大浴場があって、さっきの坑道桟橋から戻ってきた人が、みんなここで風呂に入ったそうです。

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第2見学広場にて。
みんなこんな感じでガイドさんの解説を聞きます。

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これは総合事務所と会議室とをつなぐ建物の下を道路がくぐっているので、トンネルと呼ばれている場所。

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やがて島の先端付近(軍艦の船首、へさきの部分)に着くと、第3見学広場があって、ここで見学通路は終わりになります。
目の前に見えるのが仕上工場と言われている建物。

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そしてその向こうに30号アパートと31号アパート。
手前の30号アパートは、大正5年(1916)築で、日本最古の高層アパートとも言われています。

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奥の31号アパートは昭和32年築と比較的新しいのですが、屋上付近が崩落しています。潮風の影響かなにかでしょうか。
ここが上陸ツアーの最奥の場所となり、あとは桟橋まで引き返すのみとなります。

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ツアーで歩くのは島の外周の1/5程度ですので、ほんの一部です。
また、崩落の危険がないように、建物の密集していない比較的安全な場所が多いため、本当に迫力のある廃墟部分は見られません。

土地がないので、7階建てにもなってしまった端島小中学校、ビルとビルの間の狭い路地に行商の露天が並んでいた端島銀座通り跡と地獄坂階段などいろいろ見てみたい場所があったのですが、これはまあ、仕方ありません。



脱走者がいないように一人残らず船に案内されると、今度は海上からの軍艦島見学のため出航します。
ところどころ解説をするために海上で停泊してくれるのですが、これが結構揺れるのです。
高速で走っている分には多少の波は気にならないのですが、停まっていると少しの波でもまともに揺れの影響を受けるようです。

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なので、写真はこれでおしまい。
なるべく船と一緒に自分の意思で揺れる、という船酔い防止の鉄則に従って、甲板でゆらゆらとしながら、ぼんやりとこの島の過去を妄想していたのでした。



<2013年12月31日 訪問>




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2万円と壱岐での2時間 【青春18 対馬への旅‐7】 

 2014-12-27
12月30日。

今日は午前中のフェリーで壱岐に渡り、国盗りゲームの壱岐の国を統一したのちに、壱岐~唐津という渋い航路で九州本土に戻る予定です。

対馬を出る前に、朝の散歩にでかけてみます。


厳原の市街地でもっともメジャーな観光スポットが、対馬藩主、宗家の菩提寺であった万松院。

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朝早すぎて中に入れなかったのですが、ここは対馬藩の2代藩主・宗 義成(よしなり)が、父・義智の冥福を祈って1615年建立し、代々宗家の菩提寺となっていた由緒ある場所です。

対馬島主であった宗義智は、秀吉から朝鮮出兵での先陣を命ぜられ、今まで友好を保っていた朝鮮に心ならずも攻め込んだのみならず、天下が変わった徳川の時代には、家康の命を受け今後は逆に朝鮮との和平交渉を任されるなど、苦悩に満ちた生涯を送った大名だったそうです。

宗義智って「信長の野望」でなかなか能力の高い武将だったと思うのですが、そんな運命だったとは。初めて知りました。


この階段は百雁木(ひゃくがんぎ)といいます。雁木とは石段のことで、石段の数が132段あることから、こう呼ばれているようです。

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いったんホテルに戻って、8時50分発のフェリーに乗ります。

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ここから壱岐までは約2時間半。

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対馬がだんだんと遠ざかっていきます。


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船から見ると、対馬はやはり平地がほとんどない、険しい断崖に囲まれた島だ、ということがよくわかりますね。

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午前11時15分、壱岐の芦辺港に到着。

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壱岐には芦辺港のほかにも、郷ノ浦(たぶん島の中心)、印通寺(ここは小さい港)の二つの港があります。

各港には主要拠点で乗り捨てが可能な「壱岐ちゃり」という便利なレンタサイクルがあるので、芦辺港で自転車を借りて、島内を4時間くらいでぐるっとまわったあと、唐津行きのフェリーが出る印通寺港から帰りの船に乗るつもりでしたが、芦辺港に降り立つと、微妙な小雨が降り始めています。

少し待てばやみそうな感じもしたので、港の前にあるパチンコ屋で少し時間をつぶそう、と入ったのが幸か不幸か、なんといきなり大当たりして、なかなか終わらなくなってしまいました。
ヒマつぶしのつもりだったので、1円パチンコというローリスクローリターンのものだったのですが、2時間近く大当たり状態が続いてしまい、手にしたのは20,000円。

普通はラッキー、と喜ぶところなのですが、2万円と貴重な壱岐での2時間、どっちが大事か、という話ですね。


パチンコ屋を出ると、すっかり雨はあがって、うっすらと晴れ間まで出ています。
中途半端な時間になってしまったので、自転車のレンタルは諦めて、ぶらぶらと歩いて印通寺まで歩くことにしました。


壱岐は対馬にくらべると穏やかな女性的な島でした。
多少のアップダウンはありますが、高い山もなく、なだらかな丘陵地が続いています。


一支国(いきこく)博物館への経路標識。

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斬新な展示方法っぽいので、壱岐に来たならばここはぜひ見てみたかったのですが、残念ながら年末年始でお休みのためスルー。

そのかわり、原の辻にある一支国王の復元公園に寄ってみました。

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ここは弥生時代の集落跡で、魏志倭人伝に記された「一支国」の王都とされている遺跡だということでした。

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芦辺港から印通寺港までは約9キロ。寄り道しながら歩いてちょうど2時間。
港の弁当屋で遅い昼食を買って、唐津行きのフェリーに乗り込みます。
ちなみにこの日は対馬から壱岐までも、壱岐から唐津までも、とても穏やかな波でした。


1時間40分で唐津に到着。
フェリーターミナルからバスに乗り、唐津の大手口バスセンターで下車したあと、唐津駅まで歩く途中の商店街が、なかなか風情ありました。

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あと1日で2013年も終わろうとしている、年の瀬の、夕暮れの商店街でした。




<2013年12月30日>




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