たびねすに新着記事掲載!千年の町並みがGWに輝く【ゆあさ行灯アート展】

 2016-04-11
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!


去年のGWの旅の途中で偶然見つけました。
お金をかけた派手なイベントではありませんが、手作り感あふれるあたたかいイベントです。


  入口⇒  千年の町並みがGWに輝く 和歌山ゆあさ行灯アート展




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ぜひ読んでみてください!



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甲子園、和歌山経由奄美大島行き【2014奄美の旅‐1】

 2016-03-07
春の息吹身に染み、春草萌えいづる季節を迎え、春寒次第に緩み、桃の蕾もふくらみ、桜前線の待ち遠しい今日この頃、弥生の空美しく晴れ渡ると言いながらも、まだまだ三寒四温と申しますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか(ながっ!)

3月になるといよいよ球春到来ですね。
2年ほど前の春先に甲子園にセンバツ高校野球を見に行ったついでにちょっと寄り道して奄美大島までいったので(寄り道とは言わないか。。。)、その時のことを新シリーズとしてスタートしたいと思います。



奄美大島、ね。

そういう場所が存在することはもちろん知っていましたが、正直なところ、僕にはあんまり関係ない場所だなあ、と思っていたのでした。

なんと言っても遠い。
というか飛行機に乗らないと行けないでしょ。
それも沖縄みたいにでかい機材じゃなくって小さめなプロペラ機とか(これは大いに誤認だったのですが)。
飛行機嫌いの僕にとって、これが最大の壁。
そんなわけで、僕の行きたいところリストでは対象外、となっていたのです。

ところが、ある時、奄美群島(奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島)で観光振興をしているおにーさんたちと一緒に仕事をすることになって、さすがに奄美のことを何にも知らなかったらマズイだろ、ってことでいろいろ調べているうちに、この、本土でも沖縄でもない独特の文化風習がおもしろそうだったのと、何よりこのおにーさんたちがみんななかなかデゲテゲ(奄美語でテキトー)でユニークだったので、一挙に奄美に興味がわいてしまったのでした。

おにーさんたち曰く、飛行機使わなくても鹿児島まで来れば船で渡れるさ。
ということだったので、思い切って行ってみることにしたのでした。
まあ飛行機を使わずに奄美に行くには、新大阪か博多あたりで東海道新幹線から山陽・九州新幹線に乗り換えて鹿児島まで行き、そこから夜行フェリー乗る、という壮大な旅をしなければなりませんが。



2014年、たまたま友達の母校がめったにない春の甲子園に出場したこともあり、甲子園を経由して新幹線で鹿児島に行き、そのあと船で奄美へ、という日程になったのでした。

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おー、やっぱり甲子園はいいなあ。
2012年の春に僕の母校が31年ぶりにセンバツに出場したので、その時初めて甲子園にいったのですが、それ以来すっかりハマってしまって春も夏も結構来ているんですよ。

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開幕直後の第1試合で、友達の母校は残念ながらチャチャっと負けてしまいましたが、また奄美大島の帰りにでもタイミングよくいいカードがあれば見に来ようと思います。

その日の午後は大阪でちょっとした用事を済ませ、和歌山に宿泊。
和歌山城あたりの桜がちょうど咲いてないかなあ、と思っていたのですが・・・・・・まだちょっと早かったようですね。

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それでもせっかく和歌山まで来たので、翌日の朝、和歌山城を散策してみます。

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和歌山城は2回目ですが、さすがに徳川御三家。
大きな天守ではありませんが、秀麗という表現が似合う美しいお城ですよね。

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石垣の武者返しもなかなかご立派!

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朝早く天守閣にある資料館もまだ空いていないので、さてどこへ行こうか、とお堀端を歩いていると、何やらブクブクと水が沸き立っているのを発見。

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なんだなんだ?
このままゴジラかなにかが出てきて、和歌山城の上で火を噴いたりするのか?

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そう思っていると、水の中から籠を抱えた駕籠舁(かごかき)が二人現れて、こう尋ねてきます。
「殿、これから向かわれるのは紀伊国学所でございますか?それとも紀伊國屋でございますか?まさかとは思いますが遊郭でございますか?」
「もちろん学問をしに行くに決まってるじゃないか。いくつになっても常に新たな学びを得ることは大切だからね、わっはっは」
「殿、さすがでござる。それではさっそくご案内しましょう」

そう言って駕籠に乗せられると、僕を乗せた駕籠は再びブクブクと水の中に沈み、和歌山城下の秘密の水路をワープしはじめたのでした。

「殿、到着でござる」
そう言われて駕籠の外に出てみるとこんな場所に。

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女子寮、ってあーた。
国学を習う女子たちが住まう場所なのかここは。
それともその奥の「くにとりものがたり~兵達(つわものたち)の華の夢、傾城(けいじょう)美人との一刻」ってところで諸行無常の響きでも学ぶのか?

なるほど。それも悪くない。。。


ま、そんなことは置いておいて、せっかくなので和歌山の繁華街を歩いてみます。

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ぶらくり丁。
味のある名前ですよね。
前に来た時も気になっていたのですが、ここは紀州藩の時代から続く歴史ある繁華街で、当時は間口の狭い店が多く、商人たちが商品をぶらくって(吊り下げての意)軒先を飾っていたのがその名前の由来なのだそうです。
長い間、大阪以南の紀伊半島最大の歓楽街だったらしいのですが、最近はご多分にもれず郊外型のショッピングモールや専門店
に押されて活気がどんどん失われているようです。寂しいですね。


このあとは和歌山から新大阪に戻り、一路鹿児島まで向かいます。



<2014年3月21日~22日訪問 つづく>



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那智大社・青岸渡寺の三重塔・那智の滝ハイライト【那智山】

 2016-01-18
   前編 那智駅の日の出と、熊野古道大門坂より


門坂の長い階段を上り終わったと思ったら、門前町から那智大社までさらに473段という長い階段が。
ちなみにスマホのアプリの計測によると、この日僕はビルの階段97階分を登ったみたいです。

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階段をズンズンあがり、お土産屋さんを抜けるとようやく見えてきました。那智大社の社が。

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普通はそのままこの鳥居をくぐって最初に那智大社に行くのでしょうが、僕は先に青岸渡寺の三重塔に行くことにしました。
なんとなく混む前に先に三重塔に行ったほうがいいような気がしたのです。

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那智の景観といえば、これですよね。
青岸渡寺の三重塔と那智の滝の図。
ここが人であふれる前に写真を撮っておきたかったのです。
今日あたりから年末年始の行楽のピークですが、まだ9時前だったせいか、誰もいない絵を写真に収めることができました。

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三重塔の脇からぐるっと半円を書くように登ると、高台から滝と塔を見下ろすような位置に出ます。

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この絵も素晴らしいですね。

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登り切ったところにあるのが、那智山 青岸渡寺(せいがんとじ)。
僕は那智にあるのは那智熊野大社と那智の滝だけだと思っていたんですが、この青岸渡寺も仁徳天皇時代に開山されたと言われ「西国第一番の礼所」でもある、由緒ある寺院だ、ということを初めて知りました。

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その青岸渡寺とほぼ同じ敷地内のような感じで隣接して那智熊野大社があります。
神と仏がこんなに近すぎていいんだろーか、と思っちゃうくらいなんですが、もともと那智大社と青岸渡寺は神仏習合の修験道場だったそうなので、いいみたいです。

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那智大社も新年を迎える準備の最中で、慌ただしい中にもなんとなくウキウキした感じがありました。

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青岸渡寺から那智大社と反時計回りにぐるっと一周したので、三重塔の横あたりから森の中の参道をズンズン下って那智の滝に向かいます。

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下り切ったところで県道に交差すると、そこが那智の滝前のバス停です。

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まえはここは「滝前」という名前だったような気がします。
というのも、昔、この「滝前」というバス停で、雨の中、傘を差して、僕がひとりで立っているモノクロームの写真があったのです。
ある年の年賀状にその写真を使ったのですが、確か、当時発売されていたキムタクの写真集並みに増刷が必要だったことを覚えています。
あー、今残ってたら見せてあげたいんですけどね。残念ながら残ってないんですよねー。


さて、那智の滝の前には飛瀧神社(ひろうじんじゃ)があり、那智の滝はこの飛瀧神社のご神体そのものなのだそうです。
この「一の滝」が日本三大名滝の一つとされています。

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確かに、見るからに厳かで、御神体っぽいですね。

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熊野の山塊の奥から落差にして133mも一挙に流れ落ちてくる姿は圧巻です。

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一般の見学は飛瀧神社の鳥居のところまでなので、下から見上げる形になってしまいますが、別途300円を払うとその先の那智御滝拝所まで行くことができます。

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ここが一番近くで拝める場所になるのでしょうか。
ここのところ雨が降っていないため水量も少なく、浴びると延命長寿の霊験があるという滝の飛沫はここでも届かないようでした。
ちょっと物足りない感じはしましたが、新緑の季節や梅雨の水量の多い時期だと、また全然違った姿を見せるんだと思います。


<2015年12月30日訪問>



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那智駅の日の出と熊野古道大門坂【那智大社・那智大滝】

 2016-01-16
伊勝浦の「ホテル浦島」や「ホテル中の島」と言えば、船でしか行けない半島や孤島に突然現れた、それはそれは豪華絢爛な竜宮城のようなホテルとして有名です。

僕も、夜の飴、那智黒を活用できるようなシチュエーションにあったのであれば、浦島でも中の島でも酒池肉林島でも、人里離れた絶海のホテルに熊野熊子と二人でこもってムフフな一晩を楽しんだのですが、今回は残念ながらそのような設定になかったので、浦島や中の島に向かう船着き場の目の前にあるビジネスホテルで、ひとり枕を濡らして一晩を過ごしたのでした。


これがホテル浦島とホテル中の島行きの船乗り場。

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ここにも那智黒。
くそー、みんな那智黒舐めてムフフなことしやがって・・・・・


日の出直前の海と東の空。
左側にホテル浦島、右側にホテル中の島の灯りがうっすらと見えますね。

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これがホテル浦島。

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このホテルの名物は、すぐ目の前に海が迫る洞窟の露天風呂、『亡帰洞』。その昔、紀州の殿様があまりの素晴らしさに帰るのを忘れてしまったことがその名の由来だそうです。その他にも『玄武洞』などの洞窟風呂をはじめ計6種類の風呂があるので館内だけで湯めぐりができちゃったり、山上から海辺まである4つの館の収容人員は最大3000人。毎日まぐろの解体ショーが行われているバイキング会場や、毎日シースルーの人魚が踊り狂うナイトキャバレー(注:一部妄想)と、竜宮城の巨大版みたいなホテルなんだそうです。



さて、こっちがホテル中の島。

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完全な海上の孤島にこのホテルだけがあって、収容人数は700名だそうです。ホテル浦島とくらべると小さく感じちゃいますが、かなり大きなホテルです(浦島が別格すぎるのです)。洞窟ではないようですが、このホテルにも眼前に波が押し寄せる、絶景露天風呂『紀州潮聞之湯』という有名なお風呂があるそうです。


特に泊まったわけでもないのですが、「船でしか行けない、竜宮城的」なところがなんとなく妄想をかきたてますね。
でも実際は家族連れとか訪日外国人が多いとのこと。
やっぱり大人のムフフは、もう少しスモールラグジュアリーなところでないと。。。


前置きが長くなりましたが、この日はまず那智山に向かいます。

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JR紀伊勝浦駅は、この勝浦温泉や那智山の観光の拠点で、駅の構内もこんな感じ。

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紀伊勝浦から列車で2駅で、那智駅に到着。
名前の通り、那智山方面のバスへの乗り換え駅となります。

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今はもう無人駅になっていますが、駅舎は立派な社殿風のまま残されています。

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那智駅のホームからは目の前に海が見渡せて、ちょうど日の出の直後でした。

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那智駅を通ったことは何度もあり、この駅にも以前降り立ったこともあるのですが、どうも那智というと滝とか山と思いがちで、こんなふうにきれいな日の出が見られるなんて思ってもいなかったので、想定外のちょっとしたサプライズでした。

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那智駅から熊野那智大社や那智の滝まで熊野古道を歩くと約7~8キロ、ゆっくり歩いても2、3時間程度なのですが、一般的な観光散策コースは、那智駅から那智大社行きのバスに乗って、途中の大門坂まで行き、そこから熊野古道に入るパターンです。
ここでバスを降りて、この左側の旧道をすすみます。

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このコースだと距離はずっと短く約2.5キロ。途中、石段の上りが続きますが、苔むした石段や杉木立といった熊野古道の雰囲気を味わうことができるのです。
今回は時間の関係上、僕もこの短縮コースで行きました。

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鳥居をくぐって小さな集落を抜けます。

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やがて樹齢800年と言われる夫婦杉があり、この間をくぐると、この先は熊野古道に沿ってしばらくの間、杉並木が続きます。

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しばらくすると右手に多富気王子の社がありました。
「九十九王子最後の王子跡です」という説明板がありますが、なんだかよくわかりません。

僕もよく王子と呼ばれていましたが、ここで言う王子とは、熊野詣が一大ブームとなった12世紀から13世紀にかけて、熊野権現の御子神として作られた神社のことで、皇族・貴人などが熊野詣の途上で儀礼を行う場所だったのだそうです。
熊野古道の紀伊路、中辺路に沿って、ゴールの熊野那智大社まで続いた九十九の王子の、最後の王子がココだったのです。

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今は道端に、大きな石の社がただ置かれているだけでしたが。


ここから先は杉木立の中を急な石段が続きます。踊り場もなく、容赦なく階段がずっと続くので結構疲れますが、雰囲気は最高です。
歩く人もあまりいませんでした。

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石段を登り切ると、ここで大門坂は終わり、お土産やが並ぶ、那智大社の門前町となります。

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<2015年12月30日訪問 つづく>



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伸び~るトルコアイスとか橋杭岩とか【和歌山・紀伊大島&串本】

 2016-01-13
 
 前編:ムーンライトながらのオークションとか、近大マグロとか


伊大島は、本州最南端の町、串本の沖合にある周囲28kmの和歌山県では最大の離島。
今はくしもと大橋で串本市街と道路がつながっているので、島というよりは、半島のようなイメージかもしれません。


ここになぜかトルコにまつわる場所がある、ということで行ってみることにしたのでした。
島の東端、樫野埼の駐車場に車を停めると、その先はこんな通りになっています。

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1890年にトルコの軍艦「エルトゥールル号」がこの樫野埼灯台沖で遭難し、587名もの犠牲者を出したのですが、生存したまま島にたどり着いた69名が当時の住民の手厚い保護を受けたことを記念して、トルコ軍艦遭難慰霊碑やトルコ記念館がここにあるのでした。

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記憶にある方も多いと思いますが、1985年のイラン・イラク戦争時に、テヘランに取り残された日本人の救援のため、トルコ政府が救援機を飛ばして救出してくれたのは、このエルトゥールルの遭難の際に受けた恩義に対するトルコ政府からのご恩返しだった、と言われています。

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これがトルコ軍艦遭難者慰霊碑。

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ちょうどこの12月から、「エルトゥールル号」遭難事件を題材にした『海難1890』という映画が封切されていたこともあって、そこそこの数の観光客が見られました。

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通りには、トルコの民芸品の店やじゅうたんのお店もあり、さながら、ミニトルコという感じ(というほどではないか・・・)
途中でこんな魅惑的なポスターを見つけました。
うわー、すごいなこれ!
ということで、買ってみることにしました。

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うーん、伸びたぞ、2cmくらいは・・・

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全然伸び~るじゃないじゃん!
しかも店にいたのはトルコ人じゃなくって日本人だし・・・
誇大広告で訴えてやろうかと思いましたが、日本とトルコの今後の友好のため我慢しておきました。。。


エルトゥールル通りの一番奥にあるのが樫野埼灯台。

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「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンが日本で最初に設計した、日本初の石造灯台として有名なんだそうです。
この灯台には僕の高所恐怖症を克服するような階段もなく、それを後押ししてくれるような脚のきれいな女の子もいなかったので登らずにパス。


樫野埼灯台で折り返して紀伊大島をあとに串本に向かう途中、対岸から橋杭岩がうっすらと見えました。

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別の場所からはこんな感じ。

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夕日に映えてなかなか幻想的ですね。

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橋杭岩は、串本の市街地近くの海岸にあり、国道沿いにできた道の駅が見学コースの起点になっています。

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大小約40の岩が約850メートルにわたってまっすぐに連続してそそり立っていて、その姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれています。

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昔、熊野の山の大神、熊雄(♂)は、熊野の海の女神、熊子(♀)のことをいつか口説き落としたいと思っていました。
毎晩あまりに激しいアプローチを受けていた熊子は、
「串本から沖合いの島まで夜の間に橋をかける勝負をして、私に勝ったら朝が来るまであなたに身を委ねるわよ」と言って二人は勝負をすることにしました。
熊子は、海の神の自分が山の神の熊雄に負けるわけない、と思っていたのですが、熊雄の精力、もとい、腕力はものすごく、山の岩をばんばん海に投げ入れてあっという間に橋の杭を並べていきます。
このままでは賭けに負けてしまうと思った熊子は、一瞬、まあ、このスゴイ精力、もとい、腕力で抱かれてもいいかな、と迷ったのですが、やはり私にはスマートな海のオトコがいいわ、と思い直し、一か八か、ニワトリの鳴きまねをしたのだそうです。
するともう朝が来たと勘違いした熊雄が作りかけのまま諦めてその場を立ち去ってしまったため、橋の杭のみが残った、という伝説が残っているそうです。

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なんかボードに書いてある絵と、この話の内容がちょっと違うような気もしますが、まあ似たような感じなので、気になる場合はご自身でお調べください。


さて、ここは橋杭の間からのぼる日の出の美しさで有名ですが、「和歌山県朝日夕日100選」となっているので、夕日もきれいなのでしょう。

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角度的に、夕日そのものは見えないのですが、夕日に映える岩と、暮れゆく海の色、空の色は美しい、ということなのでしょうね。

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串本からは紀伊勝浦へと移動。

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すっかり人気のない勝浦の駅前商店街ですが、いたるところに「那智黒」の文字が。

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那智黒 (なちぐろ)は、この那智勝浦周辺で販売されている名物の黒飴で和歌山を代表するお土産品ですね。

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浜松のうなぎパイが夜のお菓子、と言われているように、この那智黒は夜の飴、と言われて・・・・・ないか。
橋杭岩に続き、単なる妄想です、はい。

この日はこのまま紀伊勝浦に泊まります。


<2015年12月29日訪問>



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