国鉄最高地点とかバブル前の清里とか【青春18たび 1982年春‐5】

 2015-03-31
前編-1  君は「青春18のびのびきっぷ」を知ってるか?
前編-2  サヨナラ模様とか、夜汽車とか 
前編-3  幽玄な飛騨川とか、女湯展望列車とか。
前編-4  目覚めよ、若者!恐怖の夜汽車3連泊



央本線初鹿野駅、深夜1時54分。
上り新宿行きの夜行列車を降りた僕たちは、寒々しい駅の待合室で2時12分発の下り長野行きの夜行を待っていました。
あの眠さ、あの寒さ、駅前の闇の暗さ、なんか覚えてるなー、30年以上前のことなのに。

しかもこのブログを書くために調べてわかったのですが、今はもう初鹿野駅という名前はないんですね。
甲斐大和という名前の駅に変わっているのだそうです。

初鹿野駅のスタンプが残っています。あんな山の中の小駅にもちゃんとスタンプが置いてあったんですね。
駅名が変わってしまった今はもうない貴重なスタンプということですね。

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ついでに甲府駅のスタンプも。
甲府駅では下車していなかったので、夜中の停車時間中に押しに行ったのでしょうか?

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途中、日野春という駅で夜明けを待つために長時間停車し、小淵沢にはAM5時1分着。
ここで小海線の始発列車に乗り換えます。

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なぜかのあたりこから写真が残っています。
これより前は写真を撮ってなかったんでしょうか?
謎です。。。


小淵沢駅スタンプ。

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小海線といえば、八ヶ岳の麓、国鉄で一番標高の高いところを走る路線として有名です。

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国鉄駅の標高順に並べると、1~9位が小海線、10位に辛うじて中央本線の富士見が入る、ということで、ほぼベスト10を独占です。
国鉄最高地点を目指して、きっとウキウキしながら小淵沢5時45分発の小海線始発列車で野辺山へ向かったのでしょう。


野辺山駅に到着。
今は白い高原の教会チックな駅舎ですが、当時は木造の建物でした。

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国鉄最高駅という文字入りの入場券が残っていました。

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そのあと、歩いて野辺山~清里間にある、国鉄最高地点へ。

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うしろに見えるのが八ヶ岳です。
今は『日本鉄道最高地点』として「幸せの鐘」付きの石造りの立派なモニュメントができていますが、当時は至ってシンプルな木の標識でした。


このあたりで写したのでしょうか、何枚か列車の写真も残っていました。

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時代を感じさせるディーゼルカーですね。

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そのあと歩いたのか、もう一度列車に乗ったのかは不明ですが、清里駅を訪れています。

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駅前を歩くおねーさんに時代を感じますね。
清里はバブル時代に東京の女子大生がこぞって押し寄せて、テニスやらペンションやらひと夏の冒険やらでたいそう賑わったところですが、まだこの頃はそこまでのイケイケ感はありませんでした。

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国鉄のワン・ツー・スリーが揃っている切符、とか言って煽られたのかもしれませんが、無意味なきっぷ買ってます。

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再び戻った小淵沢駅で見たあずさ。
今はもうこんな車両じゃないですよね。

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そのあとは下諏訪に行って、ようやく初めてホテルに宿泊した記憶があります。


最終日の3月29日は上諏訪に移動して諏訪湖や高島城を見たようです。

P3210758 (640x480)


そのあと中央本線で新宿方面に戻り、帰り際になぜか高尾山に登り、八王子から八高線で群馬まで帰ったようでした。
最終日はさすがに疲れたのでしょうか、日記も写真もあまり残っていませんでした。

こうして初めての「青春18のびのびきっぷ」の旅は終わったのですが、これは結構ヤミツキになりました。
このあと長い休みをつかっては北海道、山陰と「金はないけど若さはあるぜ!」的な旅に出かけていますので、また機会あったらここでご紹介します。



<1982年3月28~29日訪問 終わり>






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平成猫町紀行 つげ義春の幻想を追って 【山梨県・犬目宿】

 2014-08-23
本の寂れた町並みや風景、湯宿の放浪マニアから、今なお絶大な人気を得ている、つげ義春。
彼の「貧困旅行記」のなかに「猫町紀行」というタイトルで、夢幻のような描かれていた山梨の犬目宿に行ってみました。

無題



もともと「猫町」とは、萩原朔太郎の散文詩風な短編小説です。
彼が滞留していた北陸地方のある温泉地近くの見慣れた町。そこに普段は軽便鉄道で行っていたのに、ある日ふと歩いて行ってみたら、途中で道に迷ってしまい、突然今まで見たこともないような美しい町に出てしまう。
ところがそこは実は人間ではなく猫が住んでいる町で、その恐ろしさに身の毛もよだつ思いをしたが、ふと気が付くともとの平凡な町に戻っていた、というお話。



つげ義春は、犬目宿に行こうとして、友人と車で旧甲州街道を辿っているうちに道に迷ってしまい、その途中、道を横切る一瞬の間に見た、街道沿いの美しい宿場町の風景を、まるで朔太郎の書いた猫町のようだ、と思ったのでしょう、「猫町紀行」というタイトルで、その幻想的な町の様子を描いています。

実は、今なおそれが犬目宿だったかどうか、本人にもわからないようなのですが、この謎を解くために犬目に向かうファンは多いようです。



犬目があるのは山梨県の上野原市。前編で書いた、同じ上野原にある「コモアしおつ」のあとに歩いて向かうことにしました。

「コモアしおつ」から約5キロ、距離だけ考えれば、歩いても1時間くらいです。
けれども地形的に見ると、ほぼ全区間が上り坂のように思われます。暑さも考慮すると、平地の2~3倍の疲労度はありそうです。


図2 (640x358)    @Google Map



まず、空中都市のコモアしおつから下界に降りるため、猛烈に急な階段を降りなくてはなりません。

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クルマだと、こんな感じの急こう配を、ずっとずっと下ります。

IMG_2740 (640x480)



犬目に向かう県道と合流して、しばらく進むと大野ダム脇の分岐路に出ます。
ここをまっすぐに進むと旧甲州街道野田尻宿を経て犬目へ、左に曲がると直接犬目へと抜けられます。

IMG_2743 (640x480)


ダムに沿って比較的平坦な道をしばらく進み、やがてまた上りとなり、旧犬目小学校(現在は廃校)を過ぎると、犬目入口というバス停があり、こんな看板を発見しました。

IMG_2746 (640x480)

魅かれますねえ、この名前。
しかも日本一富士も見える、と書いてあります。

今回は行かなかったのですが、戻ってから調べると、ここは犬目宿からさらに奥まったところにあり、民家のような小さな温泉で、登山客が帰りに日帰り温泉として利用することが多いそうです。内湯だけで露天風呂はなく、富士山は見えるけど、湯船の中から見えるわけではないそうです。

色白で女性が、誰も知らない山奥の野天風呂にひとり浸かっていて、ちょっとのぼせそうになってしまい、浴槽の淵に腰かけると、その火照った後ろ姿の遠く向こうに富士山がそびえている、というような絵をイメージしていましたが、どうやらそういうのはなさそうです(笑)。

また、君恋という名前は、東征を終えた日本武尊が自ら海中に身を投じた弟橘姫を偲びながらこの地の峠を越えたことから名付けられた「君越(ごう)」と、日本武尊が姫の霊を祀るために建てた供養の塚「恋塚」とが合体して「君恋」という地名になったのではないか、とのことです。



犬目入口から分岐するさらに細い急勾配の道を上ります。
すると、今度はこういう場所に出ます。

IMG_2748 (640x480)

中央道の談合坂SAから少し甲府側あたりを陸橋で越えて、さらに上ります。


上のほうから登山帰りの夫婦が降りてきます。
バックに付けられたクマよけの鈴がちりんちりんと鳴り響いています。
熊はさすがにいないだろーと思いますが、道はさらに細く、坂はさらにキツくなってくると、なくはないかも、という気にもなります。


坂を上り切ったところで、野田尻宿の方から来た旧甲州街道と合流し、ようやく犬目宿に入ります。
そしてまた君恋温泉。

IMG_2749 (640x480)


犬目宿のメインストリート。

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つげ義春が犬目宿(かもしれない町並み)を見たのは、1969年のことのようです。
ちょうど陽が沈みかける頃、薄紫色に染まる夕食前のひと時、浴衣の女の子が縄跳びに興じ、腕白の男の子は大人用の自転車を円を描いて得意げに乗りまわし、縁台にはくつろぐ老人。
都会ではもう忘れられかけている、秘密の桃源郷のような風景がここにあったのだといいます。



犬目宿は昭和50年代に大火があったため、その時と今の犬目宿の姿はずいぶん違うものになってしまったようですし、実はつげ義春が見たのは、犬目宿でなく、野田尻宿だったのではないか、という説もあります。

それでも、ここに確かにそういう時代があったのだ、といわれれば、そうかもしれないね、という雰囲気はある場所でした。



帰りは犬目宿から南に少し下ったところにある太田上という停留所から、上野原まで出るバスに乗りました。


IMG_2754 (640x480)

バス停付近の看板によると、やっぱり熊は出てもおかしくないようでした。




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