越後妻有 大地の芸術祭‐3【おっちゃんムンク/松之山編】

 2015-07-24
 前編  天国への棚田 松代編


代エリアの南側、松之山エリアも芸術祭の特徴的な作品がたくさんある場所です。
日本三大薬湯といわれる松之山温泉という鄙びた温泉街がある以外は、長野県境に接する山々に囲まれた急傾斜地の多いところで、冬はものすごい豪雪地帯でもある、厳しい自然にさらされた地域です。
「大地の芸術祭」がなければ、東京から人々が訪れることなんてめったにない場所だったと思います。

ここの中心施設が「森の学校キヨロロ」。
里山の自然と文化を学ぶ自然科学館です。

Y019_Anzai-720x360.jpg ©大地の芸術祭

昆虫や蝶のコレクションがあったり、里山の自然についての展示があったり、ちょっとしたアート作品があったりしますが、「里山の生き物体験」などの屋外・屋内でのワークショップが豊富なのがここの特徴だと思います。

キヨロロの塔と呼ばれる展望台からは、美しい里山の風景と、それを囲む周辺の深い森が見渡せました。



松之山地区の代表的なアートは、クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマンの「最後の教室」。

ここも廃校となった学校の校舎を使ったアートのひとつですが、「最後の教室」という名前の通り、かなり異色のアートです。
最初に真っ暗な体育館に入ります。
中に入ると、かすかな明かりの中に、草の匂いと、何かモーター音のようなもの。目が慣れてくると、それが藁の敷かれた館内に置かれた無数の扇風機だということに気づきます。

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撮影:倉谷拓朴


体育館を抜けて校舎に入ると、どこからかドクン、ドクンと低く脈打つ鼓動のような音が聞こえてきます。
2階に上がってその音の方へと進むと、一番奥の教室、昔の理科室らしき部屋から、真っ暗闇の中、一定の間隔で点滅する電球とともに鼓動の音が大きく鳴り響いています。
ここが学校の心臓、ということなんでしょうね。

3階にあがると、真っ白な布に覆われたく四角い箱が無数に並んでいるスペースがあります。
間仕切りの取り払われた教室や廊下に、蛍光灯の入った透明の箱型ケースがいくつも展示されています。

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ここはまるで学校の棺置き場ですね。


「最後の教室」のテーマは「人間の不在」なんだそうです。
なんとなくわかるような、わからないような・・・やっぱりわからないですね。


2012年の芸術祭限定で、今回はもう見られないのですが、人によってはこれが最も面白かった、という評価が多かったアートが、「上鰕池(かみえびいけ)名画館」。

この地区のおじさん、おばさんをはじめとする住人の皆さん(総人口で55人だそうです)が、美術の教科書で一度は見たことのあるゴッホやフェルメールの名画の登場人物になりきってカメラに収まっています。


フェルメールの「牛乳を注ぐ女」が

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こんなふうに。

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注いでるのはどぶろくでしょうか?



かの有名な「最後の晩餐」は、

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こんな宴会に。

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「田休祭(たやすまつり)」という、その年の収穫を祈願する宴会だそうです。



一番人気は、ムンクの叫びを題材にした、

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おじさんの叫び。

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タイトルは「宝橋」だそうです。
ちなみにこの方は、この地区の区長さんで、冬期「孤立集落」になっていた上鰕池に、平成6年、待望の「宝橋」が架けられたことに対して「ありがと~」と叫んでいるのだそうです。

テレビなどでも取り上げられて人気の高かったこの名画館、最盛期は連日住民人口の20倍を超える人々が押し寄せたということですが、残念ながら2015年の芸術祭ではないようです。
ただ、上鰕池という名前がついたアートが予定されているので、もしかするとまたこの村人たちが関わるものができるのかもしれません。



大地の芸術祭は今回紹介した十日町、松代、松之山地区以外にも、川西地区、津南地区、中里地区と広範囲にアートが散らばっているので、全部を制覇するのはなかなか容易ではありません。

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芸術祭のパスポートを買うと、訪れた場所にスタンプが押せるようになっているのですが、僕たちは2日間周って22個、それでも全体の10分の1くらいしか回れませんでした。

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越後妻有の夏は、正直めちゃくちゃ暑いです。
それでも、この里山をひーひー言って、水をガブガブ飲みながら巡った夏は、かけがえのない思い出です。


<おわり>



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越後妻有 大地の芸術祭-2 【天国への棚田/まつだい編】

 2015-07-22
 前編  その1 十日町編

大地の芸術祭で、十日町につぐ規模のアートが集まっているのが、松代(まつだい)エリア。
その中心にあるのが「農舞台」。
北越急行ほくほく線まつだい駅のすぐ目の前にある雪国農耕文化とアートのフィールドミュージアムなんだそうです。

D053_main-720x360.jpg ©大地の芸術祭

ここから見えるアートが、大地の芸術祭の代表的なシーンとして、いろんなところで紹介されている「棚田」という作品。

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これ、写真で見ていたときは棚田に立てた長い針金に、大きな文字を書いた透明な板を吊っていたのかと思っていましたが、実は農舞台の展望スペースに透明なガラス版が置かれていて、その文字の向こうに棚田があるので、棚田に文字が書いてあるように見える、というからくりのアートなのでした。

瀬戸内の直島かぼちゃで有名な草間アートもここにあります。

D061_Nakamura-720x360.jpg ©大地の芸術祭



松代はずっと昔から厳しい自然の中で知恵を絞りながら稲作を続けてきたのだといいます。
その代表が山間の土地を切り開いてつくりだした棚田。
この地域にはたくさんの棚田があるのですが、その中でも特に美しいのが星峠の棚田。

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やわらかに形取られた小さなたんぼの明るい緑が、天に向かってどこまでも続いていくようなこの風景、絶景です。

この星峠の近くにあるのが「脱皮する家」

D-143_2-940x470.jpg ©大地の芸術祭

これは、日大芸術学部彫刻コースの有志が、家全体を彫ることで、内側に内包された空間を広げ、空家をアートとして脱皮・再生させた作品(と説明がありました)。

ふと外を見ると、こんな民家が眼下に見えます。もちろんこれはアートではなく、この地方の普通の民家です。

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大地の芸術祭は、こういう場所でひと夏を過ごすのも、子供には必要なのかもしれないな、と考えてしまう場所でもありました。



<つづく>



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越後妻有 大地の芸術祭2012 【十日町編】

 2015-07-20
地の芸術祭―越後妻有アートトリエンナーレは、新潟県越後妻有地域(十日町市、津南町など)で開催される世界最大規模の国際芸術祭といわれ、2000年が第一回目の開催で、以降3年に一度行われています。2015年の今年は、第5回目の開催となります。
ちなみに妻有は「つまあり」ではなくて「つまり」と読みます。

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まだ子供が小さかったころ、僕の家では毎年夏に避暑を兼ねて新潟の高原へ家族旅行に行っていたので、いつかこの芸術祭も見てみたい、と思っていたのでした。
そして初めてこの芸術祭を見たのが、前回開催の2012年。
家族旅行の合間の2日間という限られた時間に主な会場を回ったのですが、これが想像以上に素晴らしく、僕たちはすっかり里山アート好きの家族になってしまいました(それで翌年は瀬戸内国際芸術祭にも行ったのです)。

今回はそのときまわったいくつかを紹介します。ほとんどのアートに子どもが写りこんでいるので、写真はあまり多くないですが、少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ今年の「大地の芸術祭」に行ってみて下さい!


大地の芸術祭は十日町、松代、松之山、川西、津南、中里という6つのエリアで行われています。
その表玄関となるのが十日町エリア。
十日町駅まで、列車だとJR飯山線または北越急行ほくほく線の十日町駅下車(上越新幹線で越後湯沢でほくほく線に乗り換えが早い)、関越自動車道からだと六日町ICで降りて30分くらいでしょうか。

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大地の芸術祭の事務局機能などが集まっている十日町エリアの中心施設が、越後妻有里山現代美術館「キナーレ」。
「大地の芸術祭 」のメインステージとされています。

到着した僕たちの目の前にいきなりあらわれてきたのがこれ。

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いきなりアートですよ。
クリスチャン・ボルタンスキーの「No Man's Land」
およそ16トンもの膨大な古着の山。これらの衣服が、クレーンで無造作につかみあげられ落とされています。

ここは普段は中庭となっている場所で、これは大地の芸術祭2012期間限定のアートだったため、現在はもう見られませんが、今年は、きっとまた別のアートがここに完成するでしょう。


レアンドロ・エルリッヒの「トンネル」。

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遠近法を使ったトリックアートみたいな感じです。


カールステン・ヘラー「Rolling Cylinder, 2012」

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Photo by Osamu Nakamura

目が回るかどうかは、実際に入って体験してみてください。

この二つは常設作品として今でも展示されています。



十日町エリアのもうひとつのお勧めは、「絵本と木の実の美術館」。
絵本作家として有名な田島征三さんが中心となって十日町市内の廃校となった旧真田小学校の校舎を改修して作った美術館。
最後の在校生3人を主人公とした絵本の世界が校舎全体に展開する、いわば空間絵本ともいえる美術館です。

絵本のタイトルは、「学校はカラッポにならない」。
この物語がいいんですよ。


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絵本の出だしはこんな感じです。

ぼくは4年生のユウキ。
6年生のユウタロウと、3年生のケンタ、ぼくと同じ学年のユカ。
ぼくの学校は全員そろってもたった4人なんだぞ。
ながい冬がおわって、まちにまっ た春がやってきた。
なのにぼくらはさびしい。
ユウタロウがそつぎょうし、先生はいなくなった。
学校は、こわされてしまうんだろうか?

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閉校式の次の日、学校にやってきた3人は、学校オバケ・トペラトトに出会うところから物語が始まります。

館内はこんなふうに絵本の世界がそのままアートになっています。

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体育館においてあったピアノ、うちの娘、勝手に弾いてましたがこれもアートなんじゃないかな・・・(笑)

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なんか感動して絵本も買っちゃいました。


<つづく>



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サヨナラ模様とか夜汽車とか。【青春18たび 1982春‐2】

 2015-03-23
前編  君は「青春18のびのびきっぷ」を知ってるか? からつづく


和57年3月26日、高崎駅深夜0時46分発の鈍行夜行長岡行きで、記念すべき「青春18のびのびきっぷの旅」がスタートしました。

今考えると、始発でもない駅からこんな夜行列車によく乗ったなあ、と思いますが、日記を見ると通勤客が高崎で降りたのか、何とかボックスシートを2つ確保して座れたようでした。
座席は8割がた埋まっていて、青春18キッパーらしい旅行客が多い、と書いてあるので、きっとみんなこのきっぷを持って夜行列車に乗り込んでいたのでしょう。

今は青春18きっぷで乗れる夜行列車は東海道線の大垣行「ムーンライトながら」だけになってしまいましたが、当時は東海道本線のほか上越線、中央本線、紀勢本線、山陰本線、土讃線、長崎本線、青函連絡船、函館本線と、全国に鈍行夜行列車が走っていたので、ビンボー旅人には優しい時代でした。。。

長岡行夜行は雪の上越国境を越えて、4時40分に長岡の一つ手前、宮内駅着。
ここで4時45分発の米原行きに乗り換えて北陸方面へ向かいます。
雪の舞う暗闇の中から「明治時代のような古い客車列車」がやってきた、と書いてあります。

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(この写真は、同年5月に撮影したもの)


この列車、よくよく時刻表を見てみると新潟の長岡を4時40分に出発し、滋賀県の米原駅に17時45分に到着するという、426.9キロを13時間以上かけて走る超長距離の鈍行列車です。

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当時は山陰本線に豊岡(兵庫)発門司(福岡)行き、という17時間近く走るもっとスゴイ長距離鈍行列車もありました。


柏崎の手前あたりで明るくなって、車窓右側に日本海が姿を現し始めますが、雪の舞う日本海は灰色。
左側に日本離れした雪山が見える、とあるのは上越国境の山々のことでしょうか。
直江津で36分停車するので特上の天ぷらうどん(290円)を食べたようです。貧乏なのに、特上なんて奮発したなあ。

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(当時の直江津駅。同年5月撮影)

7時51分着の糸魚川で7時53分発の快速列車に乗り換え。
この列車は富山から急行立山2号になって大阪まで行くもので、ヘッドマーク付きの立派な電車でした。

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(同年5月撮影)


糸魚川といえば、この雄大な北アルプスをバックにした赤レンガ造りの車庫。

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(同年5月撮影)

初めて糸魚川を通ったこの日から、何度もこの眺めを見ていますが、めちゃくちゃ旅情あふれる風景なんです。
そういえば北陸新幹線開業で、糸魚川の駅も再開発されたようですが、このレンガの車庫は残っているのでしょうか?

当時の糸魚川駅。
北陸新幹線糸魚川駅決定、という横断幕が見えますね。
あれから32年、ようやく開通したんですね。

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(同年5月撮影)


それから糸魚川といえば、伊藤敏博。
知ってますか?伊藤敏博さん。

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国鉄の車掌として在職中に製作した「サヨナラ模様」がヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを獲得し、シンガーソング車掌として有名になったフォークシンガーです。
彼はこの糸魚川の出身で、ちょうどこの頃は富山県内を中心とした北陸地区で現役の車掌だったのです。

しかもこの方、「青春18のびのびきっぷ」の発売に合わせて、なんと「青春18」というシングルをリリースして、国鉄の観光プロモーションまでしていたのです。

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「サヨナラ模様」は大ヒットしましたが、売れませんでしたね、「青春18」は。


彼のファーストアルバムの2曲目に「夜汽車」という曲があるのですが、これがいい。

♪  夜汽車の窓に映る貴方の 横顔を見てると
♪  これが二人の最後の恋と  とても思えない

暗いんですよ、全般的に。
灰色の日本海、って感じにぴったりなんですが、しかし、イイ!

伊藤敏博さんに敬意を表して、ウォークマンでそんな曲を聞きながら、雪の舞う暗い海を車窓に眺めていたのでした。



<1982年3月26日訪問 つづく>






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夕日とジェロと良寛のまち 【新潟県・出雲崎】

 2014-09-27
国街道に沿って続く、妻入りの街並みを見たくて、新潟の出雲崎に行ってみました。
けしてジェロが「海雪」で、その寂寥を歌い上げたからではありません。



新潟と柏崎を結ぶ、JR越後線に出雲崎の駅はあるのですが、ここから妻入りの町並みがある日本海沿いまでは、ひと山越えて4、5キロを歩かなければなりません(ということを行こうと思ってから知りました)。
出雲崎の駅からバスもあるのですが、長岡からのバスもあることを知って、今回はそれでアプローチしてみました。

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長岡花火は今や全国的に有名、ということもあって、こんなモニュメントも。

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長岡から出雲崎へは、約1時間。
東京方面からであれば、この行き方が一番近いはず。

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しばらくの間、長岡の郊外を走り、旧三島町の中心地を過ぎ、最初の低い峠を越えると出雲崎の内陸部に入ります。
JRの駅や町役場、中学・高校などはこの周辺に集まっていますが、いったんはバスに乗ったまま通過します。



バスを降りたのは良寛記念館前。
出雲崎に来てみると、町にとっては1に良寛、2に夕日、3が妻入り町並みで、4がジェロ(・・・それはないか)という序列なんだろうなーという気がしました。

ここで生まれた江戸時代の俳人良寛は、それほどまでに町の大スター的な扱いです。

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閉館時間も近かったこともあって、あまりゆっくりも見られなかったのですが、記念館自体は本人直筆の句だの書だのが飾ってある、極めてシンプルな施設でした。
ただ記念館の敷地から小高い丘を登ったところの展望台が素晴らしかったのです。


上から見た、妻入りの町並み。

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そしてでーん、と日本海。遠くに弥彦山。

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弥彦山拡大。

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にいがた景勝100選の第1位だそうですよ。

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で、やっぱり良寛じいさん。

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ここから見る夕日は得も言われぬ美しさなんだとか。
夕日の時間にはまだちょっと早かったのですが、こんな感じ。

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しかし、この夕日が、とても残念なことになってしまったのです・・・(詳しくは後ほど)



展望台から町の方へ下りながら、妻入りの家々を眺めます。
江戸時代の出雲崎町は、越後で一番人口密度が高く、多くの人が居住できるように間口が狭く、奥行きの長い作りになっていたためこうした形式の建物になったようです。
また、当時は間口によって税金が掛けられていたとのことで、小さい間口で広い建物にするためにこんなふうになった、とも言われています。

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妻入りの建物があったかどうかは定かではありませんが、似たような雰囲気の町は北海道の日本海側に多い気がします。増毛とか小樽~積丹半島のあたりでしょうか。

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地上から見ると、こんな感じ。
確かに長いですね。昔の小学校の校舎かと思っちゃうくらいです。

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そしてまた、良寛の生誕地(良寛堂)。

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海側から見た町並み。
海のすぐ近くまで山が迫っていて、わずかな海岸沿いの敷地に細長く町並みが続いています。

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野良猫?
首輪しているので飼い猫かも。。。

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空には雲一つなく、いい感じで日も暮れはじめ、今日は最高の夕日が見られそうだなーと思っていたのですが。。。

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なんとスマホの電源が突然OUT!に。。。
(iPhoneのバッテリー不具合の対象機になっていて、突然電源0になってしまったりするのです)
もう1台の仕事用のケータイも、予備のバッテリーもほんのわずかしか残っていない状態だったのです。

この日はホテルも予約していないし、このあとスマホを使わなければならない用件もあったので、もうこれ以上消耗させるわけにはいかず、一刻も早くホテルで充電しなければならなくなり、夕日の時間まで待てない状況になりました。

そんなわけで予定を繰り上げ、バスで出雲崎駅へ。

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新潟行きの列車に乗って、西の丘陵の向こうにあるはずの日本海側を眺めると、空は橙のようなピンクのような、得も言われぬほど美しい色に染まっていましたが、そのシーンを間近に見ることは叶いませんでした。

ただ東の空からはちょうど中秋の月が上り、黄金色がだんだんと蒼くなってゆく時間帯の、越後平野の美しい稲穂を、得も言われぬほど美しく照らしてくれたので、今日のところはよしとしておきました。

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<2014年9月7日訪問>




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