クリスマス エクスプレス 【東京~徳山】

 2015-12-24
からもう25年くらい前、そう、ちょうどバブルが絶頂だった5年間と時を合わせるように、JR東海のCMに「クリスマスエクスプレス」というシリーズがありました。

山下達郎さんの「クリスマス イブ」をBGMに、遠く離れた恋人が、クリスマスに新幹線に乗って会いにくる、という物語になっていて、「クリスマスは恋人同士で過ごす」という社会現象を起こした、とも言われている有名なCMです。

そのころの僕は社会人になったばかりで、東京で初めて迎えるクリスマスで、まさかそんなCMの中の物語のようなことが自分に起きるとは思ってもいなかったのです。


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会社に入ってすぐの新入社員研修で、僕は山口の女の子と仲良くなりました。
彼女は山口県の徳山市(今は周南市)の出身で、四国の国立大学を卒業して入社していました。
彼女は南国(彼女の出身大学にはそんなイメージがあったのです)の女の子のわりには、よく日焼けしたスマートなタイプではなく、小柄で色が白くて、いつもちょっと笑っているように見える口元をした、どちらかというと童顔の女の子でした。

彼女は、東京に出たい、東京で働きたい、とことあるごとに僕に話していました。
徳山なんか工場とコンビナートしかないのよ。だから町の空気もなんだか重いの。
夜になって工場に明かりがついた時だけはきれいだけど。

それでも結局、2週間の研修の最後に告げられた彼女の配属先は、地元徳山での勤務でした。
彼女の父親は徳山で最も大きな化学メーカーの、かなりの地位の要職にいるようだったので、その影響もあるのかもしれません。

僕たちの研修クラスで東京に配属になったのは僕を含めて3人だけだったので、僕はなんだかとてもすまない気持ちになって、ときどき遊びにおいでよ、と彼女と住所を交換したのでした。



それから時々、彼女との手紙のやり取りがはじまりました。
そう、それはまだメールもケータイもない時代だったのです。
時々、100円玉を10枚握りしめて近所の電話ボックスまで行き、長距離電話で話すことはありましたが、それでも東京と山口との間では、30分も話していると、最後の100円が落ちる音とともにブーッ、という不愛想な警告のような信号が受話器から聞こえ、お互いの仕事の話、東京での生活、山口での変化のない毎日など、まだまだ語り尽くせないまま、二人の時間は切り裂かれてしまうのでした。



「ねえ、クリスマスエクスプレスって知ってる?」
慣れない仕事で忙殺されたまま、あっという間に迎えた12月のあるとき、彼女からの手紙にそんな文面がありました。
「東海道新幹線のCMでやってるの。私、あのCM、すごく好きなんだ」

僕はそのころほとんどテレビを見る時間もなく、そのCMのことはあまりよく知りませんでしたが、それは遠く離れた恋人同士が、クリスマスの夜、新幹線に乗って再会を果たす、という内容で、深津絵里や牧瀬里穂などがそのヒロインを演じて、多くの人々の共感を得ている有名な作品なのだ、ということでした。

「私もクリスマスエクスプレスに乗って東京に行きたいの。ねえ、新幹線のホームまで迎えに来てくれる?」

だって東京で知っている人はあなたしかいないから。
彼女の手紙には続けてそう書かれていました。


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会社が終わったら、すぐに徳山駅から新幹線に飛び乗れば、東京行きの最終のひかりに間に合うと思うの。
彼女はそう言ったあと、こう付け加えました。
本当は休みをとってもっと早く行けるといいんだけど、新入社員だからそんなわけにはいかないのよ。

博多発の最後の新幹線が東京駅に着くのは夜の23時。
12月24日の夜、さすがにこの日はそんなに遅くまで仕事をすることはないだろう、と思っていました。

ところが、12月25日に本番があるイベントの制作がかなり遅れていて、本来の担当ではない僕の部署までヘルプの依頼が来たのが12月24日の夕方でした。
そして当然のように僕が真っ先に駆り出されることになりました。
そう、僕も新入社員だったので、断るわけにはいかなかったのです。
これから会場のホテルで夜を徹して設営やらリハーサルやらを続けないと間に合いそうもありません。
彼女を乗せたクリスマスエクスプレスは、もう徳山を出発してしまっています。



1時間だけ、という約束で、なんとかイベントの設営会場を抜けだした僕が、タクシーで東京駅に着いたのが24時ほんの少し前。
ホームへの階段を駆け上がる時、何組のカップルとすれ違ったことでしょうか。
新大阪からの最終の新幹線がちょうど到着し、すべてのクリスマスエクスプレスが今年の役目を終え、東京駅の新幹線ホームは、今まさに眠りに入ろうとしている時間帯でした。

もう遅いかもしれない、と思いながらホームの端まで行ったところで、明かりが消えかけた柱にもたれかかっている彼女を見つけました。
暗がりの中で、かすかに彼女の唇がバカ、というのが見えましたが、その特徴的な唇のせいか、それは怒っているというより、拗ねた子供のように見えました。

遅れてゴメン、と僕は言いました。
でも、もう一つゴメンを言わなければならないんだ。

僕が2つ目のゴメンを言ったとき、バカ、と動いた彼女の唇は、もうけっして笑っているようには見えませんでした。



翌日、本番の1時間前にリハーサルが終了し、ようやくお役御免となった僕が彼女の宿泊しているホテルに行ってみると、すでに彼女はチェックアウトを終えた後でした。

それ以来、彼女からの手紙が来ることはなくなってしまいました。
僕もなんだかコンタクトをとるのが気まずくて、何度か100円玉を握りしめて公衆電話に向かったのですが、結局彼女の家のダイヤルを回すことができませんでした。

彼女がその後、地元の人と結婚して会社を退職した、という話は風の噂で聞きましたが、その消息は僕にはわからず終いでした。


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「クリスマスエクスプレスに乗って、夜景を見に来ませんか?」

それから25年後、僕が書いたブログの夜景の記事に突然そんなコメントがありました。
それは今や工場夜景ですっかり有名になった徳山で夜景ガイドをしているという女性からのメッセージでした。

なんだかんだ言って、私、こっちで結婚しちゃったから、結局まだ徳山を離れられずにいるのよ。
しかも今は夜景の観光ガイドになんかなっちゃって、あの頃あんなに嫌がってた徳山の魅力を伝えてるだなんてね、なんだか笑っちゃうけど。

でもね、と彼女は言いました。
ここの夜景は本当にきれいなの。あなたにも見てほしいのよ。

彼女はあの日、恋人たちであふれるクリスマスイブの赤坂プリンスにひとりチェックインしたものの、夜も眠ることができず、結局、六本木、渋谷と東京のイルミネーションの洪水の中を歩いたのだそうです。

でもね、どこにも私の居場所なんてなかったし、そこはすごくよそよそしい場所だったの。
翌日徳山に戻って来て、新幹線のホームから工場の夜景を見たらすごくホッとして、やっぱり私に似合うのはこの街なのかなって。

だから私が今、ここでこうして幸せに暮らせているのもあなたのおかげでもあるし、あなたのせいでもあるのよ。
だからあなたへのお礼とあなたからのお詫びを兼ねて、クリスマスエクスプレスに乗って来てほしいの。


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新入社員だったあの頃と違って、多少は自分の時間を自由にできるようになった僕は、休みを取って早く出かけることもできたのですが、やはりここはクリスマスエクスプレスの筋書きに従って、会社が終わってからスーツのまま新幹線に飛び乗ることにしました。
博多行きの最終ののぞみ(そういえば、あの頃はひかりしか走っていませんでした)に乗っても、徳山には日が変わる前には着くはずです。

そう話すと彼女は、そんな遅い時間に真面目な主婦が家を出られるかなんてわからないわよ、と言って笑いました。
もし私がいなくってもあの時のバツだと思ってひとりで徳山の街を歩いていてね。



12月24日、午後23時12分。
最終ののぞみが徳山駅に到着します。
長いホームに人影はありません。
新幹線の高架ホームのガラス窓の向こうには、本当に、まばゆいばかりに工場とコンビナートの灯りが広がっています。
まあ、それも仕方ないのかな、と思いながら、僕はしばらくの間、そんな光の海原をぼんやりと眺めるしかありません。

バーカ、という小さな声に振り返ってみると、あの頃とおなじように童顔で、ちょっと笑っているように見える唇を尖らせている彼女の姿が見えたかと思うと、すぐにそれが僕の中に飛び込んで来ました。

あなたももう新入社員じゃないんだから、今度はすぐに帰るだなんて言わないよね。
私もこう見えて、それなりにいい大人になったおかげで、少しだけ自分で自分の時間を使えるようになったのよ。
ずっと忙しくしてた頃は、もう自分にはクリスマスなんて関係ない、って思ってたけど、そんなの寂しいじゃない?

そして彼女は少し顔を離してこう言いました。

あの年のクリスマスエクスプレスのCMのキャッチコピー、覚えてる?

『会えなかった時間を、今夜取り戻したいのです。』だよ。



<おわり>




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