錦帯橋 シャイな鵜飼体験編 【山口県・岩国市】

 2014-08-31
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口県岩国市出身の後輩が僕の職場にいます。
彼がことあるごとに故郷の話をするので、なんだか知らないうちに岩国は僕にも縁のある町であるかのような錯覚に陥ったのか、山陰から瀬戸内に向かうついでに、わざわざ遠回りして岩国に行ってしまったのでした。

出雲大社のあと、出雲市から高速バスで広島に入り、翌日、宮島・弥山とまわって、岩国の錦帯橋前のホテルに着いたのは夕方近くになってのことでした。

10年くらい前、なぜか大晦日の夜に岩国に泊まって、ここで新年を迎えたことがあります。
年末にパチンコで大勝ちしたので、せっかくだからどこかに出かけよう、と12月30日の当日でも唯一予約のとれた寝台特急「あさかぜ」に乗って、なんとなく岩国で降りたのでした。
岩国から錦川鉄道渓流線に乗りかえて終点の錦町まで行ってみたはいいものの、雨だったのですぐに折り返して、錦帯橋でも見ようと思ったら、その手前のパチンコ屋でまた大勝ちしてしまい、終わってみたら暗くなっていたのでそのまま岩国に泊まってしまった、ということがありました。
僕がまだ旅打ちをしていた頃の話です。いつか機会があったらこの頃の話も書きたいと思います(笑)



そんなわけで岩国も錦帯橋も確か3回目くらいなのですが、今回初めて体験するイベントがあります。
それは鵜飼。
岐阜の長良川で有名な、あの鵜飼です。

岩国の錦帯橋前でそんなことをやっているなんて全く知らなかったのですが、今まで生で鵜飼を見たこともなかったので、鵜飼観覧船に乗ってみることにしました。

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あたりが薄暗くなりかけた頃、10人強の客を乗せて船は錦帯橋より少し上流の橋の下から出航し、そのまま錦川を上流の方へ向かいます。

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が、ちょっと進んだところで船は停まってしまいました。
どうやら錦川の水量が通常より多いらしく、安全上これ以上は行けないらしい・・・のですが、この船頭さん、とてもシャイなのか、ほどんど説明がありません。

鵜飼鑑賞船は最初の1時間が食事をしながらの錦川遊覧で、後半の1時間が鵜飼の鑑賞となっています。
夕食用に各々が注文したお弁当がテーブルの前に揃っているのですが、船頭さんは食べてもいいとも悪いとも言わないので、船も進まず、時間だけがただ過ぎ去ってゆく中、乗船客は弁当と船頭さんを交互に見ながらどうすべきか悩んでいます。

結局、誰かが我慢できずに弁当を食べ始めると、みんなそれに倣って無言でもぐもぐと食事を始めたため、夏の終わりの虫の声と、ときどき船を撫でる錦川の波の音を聞きながらの船上での静かな晩餐、という(文字にしてみると)とても情緒あふれる体験ができたわけです。

シャイな船頭のおじさん、ありがとう。
でももうちょっとホスピタリティを磨いたほうがいいよ。。。



さて、後半の1時間は鵜飼の時間です。
篝火を焚いた鵜飼船がやってきて、僕たちの乗る鑑賞船の横を通り過ぎます。

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鵜飼とは、伝統装束に身を包んで船の先端に乗っている鵜匠(うしょう)という人が、5~10匹の鵜(ウ)を紐で操って、鮎などの魚を漁獲する伝統的な漁法のことを言います。
手前に鵜が泳いでいるの、わかりますか?

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鵜は、鵜匠から鮎をとるための厳しい訓練を受けて、一人前、もとい、一鵜前になるのに3年かかるのだそうです。
鵜は、篝火に驚いて逃げる鮎を水の中に潜って次々と捕獲します。鵜匠はタイミングよくそれを引っ張り上げるのです。

完全に観光用の漁なので、鵜に捕獲された鮎は、僕らが乗る鑑賞船の方にどんどん投げ込まれてきます。
女子大生くらいのグループや家族連れの子供たちが、きゃあきゃあ言いながら鮎を集めています。

でもこんな時間に生の鮎をもらっても困るだろうに。みんな家に帰るのかな?



鵜飼船とすれ違いざまに、鵜匠と鵜の動きを注視するのですが、暗闇の中、篝火だけが頼りなので、結局鵜が鮎を捕まえて吐き出す、という決定的なシーンは目撃できませんでした。
まあ、その分幻想的な雰囲気ではあったし、日本の伝統イベントとして、一度は経験しておいてもいいのかな、という感想です。

(残念ながら錦帯橋の鵜飼は先日(2014年7月末)事故があり、今年いっぱいは運航中止になっているようです。新たな対策を整えて、来年以降の再開が待たれます)



宵の錦帯橋。
ライトアップされて、川面にくっきりと反射しています。

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夜もなかなかいいですね。

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橋の向こう側まで行ってみようかと思いましたが、岩国城下の落武者の霊がいると怖いので、やめておきました(笑)

<後編へ続く/2013年8月訪問>



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日本で47番目に有名な都道府県 【島根県・出雲市】

 2014-08-29
て、みなさん、日本で47番目に有名な県はどこでしょうか?



それは・・・

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しまねSUPER大使の吉田くんいわく、それは島根県だそうです。
おまけに島根は人口より神様の数の方が多いらしいです。

よく北海道の別海町なんかは、人口より牛の数が7倍とか8倍とか言われていますが、まさか神様で来るとは。

このほかにも島根の自虐ネタ、秀逸です。

「いいえ、砂丘はありません」とか
「島根って、鳥取のどのへん?」とか
「島根は鳥取の左側です」とか
日本で(おそらく)46番目に有名な、鳥取県よりさらにマイナーという立てつけが何とも面白いです。



鳥取、境港のあとは松江に泊まって(いいところですよ、松江!)去年はちょうど60年に一度の式年遷宮だったこともあり、出雲大社に行ってみました。

松江しんじ湖温泉駅。
モダンできれいな駅舎です。
ここから一畑電車で出雲大社駅に向かいます。

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出雲大社は(たぶん)二回目だと思いますが、一畑電車は初めてです。
ということは、国鉄大社線が走っていた頃、たぶん高校2年の春、山陰を旅行した時に行ったのだと思います。
大社線の記憶はほとんどないのですが、大社駅の立派な駅舎の写真が、実家のアルバムに残っていたような気がします。

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映画のRailwaysもここがロケ地だったようです。残念ながらまだ見たことないのですが。
実際に一畑電車では運転手体験ツアーなどもやっているようです。


黄色い一畑電車(ばたでんというらしいです)。かなり年期入ってますが、かわいらしいおばあちゃん、という感じです。

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ばたでんは、松江を出ると、やがて左車窓に広がる宍道湖に沿って緩やかにアップダウンを繰り返しながら西へと進みます。なかなかいい景色です。
一畑薬師の下車駅である、一畑口で進行方向が入れ替わるスイッチバックがあり、沿線最大の町、雲州平田駅に着きます。一畑電車の本社や車両基地はここにあるようです。
雲州って名前もいいですね。

ばたでんは川跡駅で出雲市方面と出雲大社方面に分岐しますが、乗った列車は出雲大社行き直通の電車だったので、松江を出て約1時間で、そのまま終点の出雲大社前駅に到着しました。



大社前駅からしばらく参道を歩いて出雲大社へ。

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立派な注連縄!

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式年遷宮だからでしょうか、結構な人出でした。

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下の写真の真ん中が新しくなった御本殿でしょうか。本殿を修繕するために大國主大神に仮の本殿にお遷りいただき、完成後、再び本殿にお還りいただく一連の祭事のことを遷宮というのでしょう。
平成20年に始まった本殿の修繕は、平成25年の5月に完成し、無事に遷宮が終わったとのことでした。
訪れたのは8月だったので、このときはもうすでに大國主大神様は新しい本殿に御還幸なされたあとのことでした。

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縁結びだったりパワースポットだったりで出雲大社にはたくさんの女の子たちがいたし、松江の島根牛もうまかったし、昨日行った砂丘美術館ゲゲゲの町も楽しかったし、まだまだ鳥取、じゃなかった島根も捨てたもんじゃないよ、吉田くん!(笑)





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徹底的にゲゲゲの町! 【鳥取県・境港市】

 2014-08-27
ゲゲの町として、あまりにも有名になった鳥取県の境港市。
こんな田舎の港町に、全国からたくさんの観光客が押し寄せてくるなんてなんだか不思議な感じがしますが、全国どこの自治体もが目論んでいる、観光で地域の活性化という点では、ここは数少ない勝ち組なんじゃないか、と思います。

僕が初めて境港に行った2008年の冬も、すでに町はゲゲゲ仕様になっていて、冬休みだったせいか観光客もちらほらと見かけましたが、まだ今回ほど盛り上がってはいませんでした。



境港の本格的なブレイクは、なんとってもNHKのドラマ「ゲゲゲの女房」がきっかけだったのでしょうが、実はゲゲゲをテーマにしたまちづくりは、今から20年も前から始まっていたようです。

1993年、妖怪の銅像23体を町のメインストリートに設置して「水木しげるロード」オープン。
同時にJR境港線にラッピング車両「鬼太郎列車」の運行も開始(当時はラッピングはまだ珍しかったんじゃないでしょうか?)
2003年、水木しげる記念館オープン
2010年 ゲゲゲの女房放送で人気沸騰    現在に至る。



去年(2013年)の夏休みも終わりに近くなった頃でしたが、すごい人でした。
でもやっぱりなんとなく楽しいんです、町全体の雰囲気が。人気の秘密がわかります。


JR境港線のラッピング列車で米子から境港へ。いろんな種類が走っています。

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境港線は、全駅が妖怪の駅になっています。
終点の境港駅が鬼太郎駅。ちなみに始発の米子駅はねずみ男駅です。

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こっちは普通の駅名標。

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駅のベンチもこんな感じ。

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ここまで来ると、やや鬼太郎に便乗しすぎの感もありますが(笑)

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さて、駅を出て、まっすぐすすむと水木しげるロードに向かいます。

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妖怪の銅像だけでなく、町にはゲゲゲのキャラクターがあふれています。

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便乗してますねー

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水木しげるロードの一番奥まったところに、水木しげる記念館があります。

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ここにはちゃんとキャラクターがいて、来館者と記念撮影しています。
キャラクターは町の中を歩いていることもあるようです。

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記念館の中は、まあそれなりでしたが、とにかく境港の町じゅうが、これでもか、というくらいゲゲゲの一色なので、ここまで徹底してると、なかなか楽しくなってきます。


水木しげるロードで最も妖しいお菓子、妖怪食品研究所の「妖菓目玉おやじ」。 HP: 妖怪食品研究所

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こうやって必ず目玉おやじに変身してから食べるのがお作法だそうです。

なんと1本350円!
しかし飛ぶように売れてました。。。

やるなぁ、境港。





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鳥取砂丘砂の美術館 【鳥取県・鳥取市】

 2014-08-25
取・島根というと、一般的には日本の都道府県の中でも地味な県の最右翼を争う(最近は自らそれを逆手に取ったかなり自虐的な観光プロモーションなんかもやってます)というイメージがありますが、僕は結構よく訪れています。

ちなみに、2011年3月11日の東日本大震災の時、僕はたまたま旅行中で鳥取の智頭という町をブラブラと歩いていたのでした。揺れもほとんどなかったので、もちろんそんな大地震が起こったなんて全く気付かず、会社からの安否確認のメールでようやくそれを知ったのでした。

年度末に余った有給休暇を使って、青春18きっぷで山陰をまわろうと前夜の夜行バスに乗って大阪に出て、姫路、佐用、津山、智頭と北に向かったところで地震が発生し、結局その晩は鳥取に泊まって、翌朝東京にとんぼ返りしたのでした。
(そういえば、あの時の青春18きっぷの残り4日分はどう使ったんだろう?)



そんなふうに鳥取にはもう5、6回(米子も含めればさらに多く)行ったことがあったのですが、鳥取出身の職場の同僚から、鳥取砂丘に砂の美術館、というの施設があってこれがなかなかのものなので、ぜひ行ってみてほしいと言われ、去年(2013年)の夏のちょうど今頃、瀬戸内の島に行く前に寄り道をしてみたのでした。



鳥取駅からバスに乗って、鳥取砂丘入口の交差点へ。
この交差点の案内標識、昔から好きなんです。

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拡大版は、これ。

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左・京都、右・鳥取
大きな文字で、ただそれだけ。潔いですよね。



この鳥取砂丘入口からすぐのところに砂の美術館があります。



美術館の作品は、こんな感じです。
結構スケールも大きいです。

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近づいてみると、細かなところも手抜きがありません。

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全体を見ると、こんな感じ。

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2006年に開館した砂の美術館は、「砂」を素材にした彫刻作品を展示する世界で初めての美術館なのだそうです。
砂像彫刻家兼プロデューサーとして国内外で活躍している茶圓勝彦氏が総合プロデュースを務め、毎年海外各国から砂像彫刻家を招き、世界最高レベルの砂像を展示しているそうです。
砂像彫刻家って初めて聞きましたが。

最初のころは屋外や、仮設テントの下での展示だったようですが、2012年に屋内展示施設が完成し、このようにスケールの大きな展示も可能になったとのことです。
毎年テーマを変えて展示内容を入れ替えるため、会期が終われば、砂像はもとの砂にかえっていきます。
限られた期間しか存在することができない砂像。永遠に残らないがゆえの美しさが、砂像のもつ大きな魅力なのだそうです。



さて、砂の美術館のあとは、お約束の鳥取砂丘へ。
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あまり人が見えなければ、サハラ砂漠だ、と言ってもきっと信じてもらえるでしょう(んなことはないか・・・)。

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こうなっちゃうとやっぱり鳥取砂丘ですね。

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あまり人がいない、未踏の地っぽいところを探しあてたので、ここに足を踏み入れた証を書き残そう、と思ってたまたま持っていた傘で娘が文字をしたためはじめたとたん・・・

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「こちらは鳥取市観光協会です。鳥取砂丘は落書き禁止です」

と拡声器で注意されてしまったことを付け加えておきます。



みなさん、鳥取砂丘に落書きは、やめましょう。




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平成猫町紀行 つげ義春の幻想を追って 【山梨県・犬目宿】

 2014-08-23
本の寂れた町並みや風景、湯宿の放浪マニアから、今なお絶大な人気を得ている、つげ義春。
彼の「貧困旅行記」のなかに「猫町紀行」というタイトルで、夢幻のような描かれていた山梨の犬目宿に行ってみました。

無題



もともと「猫町」とは、萩原朔太郎の散文詩風な短編小説です。
彼が滞留していた北陸地方のある温泉地近くの見慣れた町。そこに普段は軽便鉄道で行っていたのに、ある日ふと歩いて行ってみたら、途中で道に迷ってしまい、突然今まで見たこともないような美しい町に出てしまう。
ところがそこは実は人間ではなく猫が住んでいる町で、その恐ろしさに身の毛もよだつ思いをしたが、ふと気が付くともとの平凡な町に戻っていた、というお話。



つげ義春は、犬目宿に行こうとして、友人と車で旧甲州街道を辿っているうちに道に迷ってしまい、その途中、道を横切る一瞬の間に見た、街道沿いの美しい宿場町の風景を、まるで朔太郎の書いた猫町のようだ、と思ったのでしょう、「猫町紀行」というタイトルで、その幻想的な町の様子を描いています。

実は、今なおそれが犬目宿だったかどうか、本人にもわからないようなのですが、この謎を解くために犬目に向かうファンは多いようです。



犬目があるのは山梨県の上野原市。前編で書いた、同じ上野原にある「コモアしおつ」のあとに歩いて向かうことにしました。

「コモアしおつ」から約5キロ、距離だけ考えれば、歩いても1時間くらいです。
けれども地形的に見ると、ほぼ全区間が上り坂のように思われます。暑さも考慮すると、平地の2~3倍の疲労度はありそうです。


図2 (640x358)    @Google Map



まず、空中都市のコモアしおつから下界に降りるため、猛烈に急な階段を降りなくてはなりません。

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クルマだと、こんな感じの急こう配を、ずっとずっと下ります。

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犬目に向かう県道と合流して、しばらく進むと大野ダム脇の分岐路に出ます。
ここをまっすぐに進むと旧甲州街道野田尻宿を経て犬目へ、左に曲がると直接犬目へと抜けられます。

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ダムに沿って比較的平坦な道をしばらく進み、やがてまた上りとなり、旧犬目小学校(現在は廃校)を過ぎると、犬目入口というバス停があり、こんな看板を発見しました。

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魅かれますねえ、この名前。
しかも日本一富士も見える、と書いてあります。

今回は行かなかったのですが、戻ってから調べると、ここは犬目宿からさらに奥まったところにあり、民家のような小さな温泉で、登山客が帰りに日帰り温泉として利用することが多いそうです。内湯だけで露天風呂はなく、富士山は見えるけど、湯船の中から見えるわけではないそうです。

色白で女性が、誰も知らない山奥の野天風呂にひとり浸かっていて、ちょっとのぼせそうになってしまい、浴槽の淵に腰かけると、その火照った後ろ姿の遠く向こうに富士山がそびえている、というような絵をイメージしていましたが、どうやらそういうのはなさそうです(笑)。

また、君恋という名前は、東征を終えた日本武尊が自ら海中に身を投じた弟橘姫を偲びながらこの地の峠を越えたことから名付けられた「君越(ごう)」と、日本武尊が姫の霊を祀るために建てた供養の塚「恋塚」とが合体して「君恋」という地名になったのではないか、とのことです。



犬目入口から分岐するさらに細い急勾配の道を上ります。
すると、今度はこういう場所に出ます。

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中央道の談合坂SAから少し甲府側あたりを陸橋で越えて、さらに上ります。


上のほうから登山帰りの夫婦が降りてきます。
バックに付けられたクマよけの鈴がちりんちりんと鳴り響いています。
熊はさすがにいないだろーと思いますが、道はさらに細く、坂はさらにキツくなってくると、なくはないかも、という気にもなります。


坂を上り切ったところで、野田尻宿の方から来た旧甲州街道と合流し、ようやく犬目宿に入ります。
そしてまた君恋温泉。

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犬目宿のメインストリート。

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つげ義春が犬目宿(かもしれない町並み)を見たのは、1969年のことのようです。
ちょうど陽が沈みかける頃、薄紫色に染まる夕食前のひと時、浴衣の女の子が縄跳びに興じ、腕白の男の子は大人用の自転車を円を描いて得意げに乗りまわし、縁台にはくつろぐ老人。
都会ではもう忘れられかけている、秘密の桃源郷のような風景がここにあったのだといいます。



犬目宿は昭和50年代に大火があったため、その時と今の犬目宿の姿はずいぶん違うものになってしまったようですし、実はつげ義春が見たのは、犬目宿でなく、野田尻宿だったのではないか、という説もあります。

それでも、ここに確かにそういう時代があったのだ、といわれれば、そうかもしれないね、という雰囲気はある場所でした。



帰りは犬目宿から南に少し下ったところにある太田上という停留所から、上野原まで出るバスに乗りました。


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バス停付近の看板によると、やっぱり熊は出てもおかしくないようでした。




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日本のなんちゃってマチュピチュ ~コモア四方津~ 【山梨県・上野原市】 

 2014-08-21
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梨県が世界に誇る(というほどでもない)ワンダースポット、「コモアしおつ」に行ってきた。

何がそんなにスゴイかって、山の上に高野山にも匹敵する(というほどでもない)巨大な空中都市があると聞いたからだ。
そんでもってふもとのJR四方津駅からそこまで登るために世界一の長さに匹敵する(というほどでもない)エスカレーターがあるという。


いいじゃないか、コモアしおつ。

巨大な空中都市というからには、出玉ジャンジャンバリバリのパチンコ優良店がきっとあるだろう。
夕方6時まではジョッキ1杯100円、赤字覚悟の涙のサーヴィス実施中の格安居酒屋もあるに違いない。
さらには地上では見たことのないウスウスの空中ファッションをまとった女性が眩しい、ムフフなお店とかもあるかもしれない。

それに世界一長いエスカレーターの下から山上のほうを望めば、爽やかな新緑の山々が見えるかもしれない。
たまたま運悪くミニスカートの女性とかが乗っていたりすると、美しい自然を満喫しているつもりなのに、美しい太ももなんかが見えてしまうかもしれないが、それはそれで仕方がない。

ということでさっそく行ってみることにしたのである。



ぜんぜん関係ないが、往きの中央線でたまたま前に座っていたグループの人間分析もしたので、合わせて報告する。
特に興味があったわけではないが、人間観察検定準一級の私くらいになると、自分の意思とは関係なく、勝手に脳みそとか八丁みそとか手前みそとかが反応し、ターゲットの人間関係を即座に分析してしまうのである。

まずこのグループは、男ひとりと女3人である。
これは人間観察検定準一級の私からしても、非常に珍しい組み合わせである。
しかも男は羽賀研二に似た、相当なイケ面である。
それに加えて女性陣が梅宮アンナレベルの美女たちだったりしたら、誰かが持ち込んで中央線の車内に立てかけてある折りたたみ自転車でも蹴っ飛ばして帰ろうかと思ったが、3人ともその母、梅宮クラウディアのほうが年齢的にはやや近い熟女たちだったので、まあ許してやろう。

羽賀研二はワインボトルやフランスパンの先っちょなんかをさりげなくチラ見せさせたバッグを持っている。

おいおい、日曜の午前の中央線大月行きでそんなものを持ってちゃダメだろう。

小汚いバックパックを背負った熟年ハイカーとか、甲斐駒ケ岳の頂上でアルプス一万尺を唄うのが人生の至福である渡辺武57歳(仮名・年齢も推定)とか、車両の最前面に張り付いて、上りの特急あずさがすれ違う時刻が一分たりともダイヤグラムと狂っていないことに満足して、ひとり笑顔でうなずいているような鉄道ファン以外は、こんな電車に乗ってはいけないのである。
(ジーンズ姿で本を一冊だけ持って、まるで代官山の蔦屋書店で午前中の読書をするような格好で乗ってしまった私だけは、無農薬有機栽培で育った野菜のように本当に素直な格好よさなので、JR 大月駅長から特別に許可されている)

話を戻すと、要するに羽賀研二は、山登り、ではなくて高原の別荘に、しかも日帰りで行くような雰囲気なのである。
しかも普通ならいかにもいやな奴っぽく思えてしまうのだが、今のところ実に爽やかなのである。



そして注目すべきは、その彼を囲んでいる3人の熟女である。

3人の中で一番こぎれいに着飾っているのは、一番年齢が高いと思われる女性。羽賀研二の右側にピタっとくっついて笑顔でご機嫌な様子だ。

一方、羽賀研二の左隣は、一転、ほぼノーメイクの女性。年齢が年齢なので、ノーメイクのお肌はちょっと残念な感じなのだが、もともとの作りは悪くない気もする。もったいないぞ、左隣熟女。白髪とかもちょっとは染めろよ!

3人の中で私が一番気に入った、もとい、羽賀研二が、このあと高原の別荘で霧に包まれて迷子になってしまい、二人しか入れない洞窟で朝まで助けを待たなくてはならなかったとしたら、きっと選ぶと思われる女性は、眼鏡をかけた、ちょっとローバー美々が入ったような熟女だった。
彼女だけが羽賀研二と離れて座っていた(間にこぎれい熟女が入っていた)が、胸元をやや不自然にはだけさせ、そこからスペシウム光線のような必殺ビームを発して、2人に負けず劣らず彼を捉えているようだった。

なんなんだ、羽賀研二とその取り巻き。
これから4人で別荘でワインパーティーでも開くのか?
お前らいい年こいて昼間っから酔っ払っちゃったふりとかするんじゃないのか?
ベッドルームが3つくらいある大きな別荘だったりしたら許さんぞ。
その時の気分で順番考えよう、とか、そんなの全然うらやましくないぞ。

そんなことを考えていたら、肝心の四方津駅で降り忘れそうになり、慌てて電車を飛び降りた。



駅のホームから、山の上の空中都市に向かう半円の透明なシェルターがどーん、と見える。

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おー、これから太もも注意報発令中という荒天の中を、逃げずに進まなければならないのか、と思うと自然と胸が高鳴る。

「近隣住民のご迷惑となります。お静かにお歩きください」
空中シェルターに向かう階段に、こんな看板がたくさん立っている。

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空中都市と地上都市ではちょっとした戦争が起こっているのか?
しかし日曜日の午前10時は、いったん休戦期間中らしく、国境兵士の姿もなく、パスポートも不要であった。
おまけに、なんとエスカレーターまで止まってしまっているではないか!

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いくら太もも注意報発令中だからと言って、それはないだろうコモアしおつ。
わかったよ、運悪くミニスカートの女性がいたら、潔く下を向くよ。神に誓ってそうするから動いてくれよ。

私のそんな願いもむなしく、エスカレーターはやっぱり動かず、無意味に天高くまで延びている。
仕方なく、エスカレーターのすぐ横に設置されている斜行エレベーターに乗る事にする。
これなら望みもしないのに美しい太ももを下から見上げてしまう、というリスクはない。
しかし、エレベーターという密室に、生太ももとともに数分間閉じ込められてしまうという恐れはある。
頼むぞ生太もも、それだけはやめてくれよ、と思って一人でエレベーターに乗り込むと、駅のほうから急いで階段を駆け上がってくる気配がする。

まずい。生太ももだったらどうしよう。

念のためドアの「開」を押したまま、相手を待ってみる。

・・・・・・・・・・

やがて汗だくのおっさんが全速力で角を曲がり、こっちに向かって駆け込んできた。


おっさんと僕を乗せたエレベーターは、音もなくするすると山を斜行し、地上からみるみると離れてゆく。

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エレベーターの中には高度位置を示すランプがあり、20、40、60(m)・・・と進んで行く。
TVのモニターにも現在高度が示されている。

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さすが最先端の空中未来都市である(いつの間にか私の想像力は「未来」まで付け加えてしまっていた) 約3~4分でエレベーターは山頂へと到着する。
目の前に見渡す限り、戸建ての住宅地が広がっている。

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山頂の終点駅の前にスーパーが1件、クリニックが1件、駐在所、そして洗濯屋ケンちゃんがあるほかは、一面の戸建て住宅である。
ムフフな感じの店どころかパチンコ屋や居酒屋でさえ、どこにも気配がない。

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どうしたんだ、コモアしおつ。
日本のマチュピチュではなかったのか?

おっさんとエレベーターで箱詰めになりながら、毎日こんな山上から東京まで通っている人間がほとんどだというのに、日曜の楽しい余暇を過ごす娯楽がなにもなくていいのか?

ちょっと散歩のついでに、月30000円のお小遣いから、なけなしの2000円だけパチンコ勝負してみようと思っている貧乏父さんはどうするのだ?
夜中にお酒が飲みたくなったり、ムフフな気分になっちゃったりしたら、この空中都市の人間はどうするんだ?写経とか写生でもして煩悩を追い払うつもりか?



どこまで行っても延々と続く住宅街を、あてもなく歩きながらそんなことを考えていると、羽賀研二と酒池肉林な熟女たちがエレベーターの終点の方から歩いてくるのが見えた。

そうか、やはりやつらは空中煩悩都市の人間だったか。私の人間分析はさすがだ。そんなことは最初からすっかりわかっていたのだ。


やつらもきっと煩悩を追い払うために、私の力が必要だろう。
そこで私もちょこっと混ぜてもらおうかと、彼らが入っていったバカでかい戸建て住宅の前に立っていると、さっきエレベーターで一緒だったおっさんがこっちへやってくるのが見えた。

おーこれで3対3だ。羽賀研二もたいそうホッとすることだろう。

そう思って、なにも知らないおっさんを捕獲し、私はまるで日曜午前の礼拝を終えたばかりのミッション系大学生のようなピュアな顔をして、インターフォンを押したのであった。



※この作品は、僕のリスペクトするテキトー旅エッセイスト 宮田珠己さんの「ときどき意味もなくずんずん歩く (幻冬舎文庫) 2007」のオマージュとして書いたものなので、今までの作風とちょっと違うことをお断りしておきます(笑)


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郡上おどりのひと 【岐阜県・郡上八幡】

 2014-08-19
めておどりの時期に郡上八幡を訪れたのは、2012年の8月12日のことでした。
郡上には以前も来たことがあったのですが、ゴールデンウィークの時期だったので、いつかおどりのシーズンにもう一度ここに来たい、と思っていたのでした。

青春18きっぷを使って朝、東京を出て、岐阜から郡上行きの高速バスに乗りかえ、ここに着いたのは、もう夕暮れに近い頃でした。

よく言われている通り、郡上はとても水のきれいな町です。
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町の中心を流れる吉田川の清流を中心に、町中には縦横に水路が張り巡らされています。
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その中でも、最も有名なのが、宗祇水。

町なかから宗祇水のちょうちんをくぐって、吉田川の河岸へと坂を下ると、小駄良川との合流点付近に小さな祠から湧き出ている水源に行き当たります。

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それが宗祇水です。
宗祇水は、全国名水百選の第1番に選定された名水。名前は室町時代の連歌の名人・飯尾宗祇がこの泉近くに草庵を結び、湧水を愛飲したことに因(ちな)んでいます。
町の誰かのものでしょうか、スイカがひとつ、冷やされています。

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日が暮れてくると、町の人々、そしてたくさんの観光客がポツリポツリと町なかに出てきます。

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今日は8月12日、納涼祭といって、明日からの盂蘭盆会徹夜おどりの前夜祭のような日です。
郡上おどりが本当に盛り上がるのは、やっぱり13日から16日まで続く、4日間の徹夜おどりなのでしょう。会場の城下町プラザにも今日はまだのんびりとした空気が漂っています。

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少し短くなった夏の日が、ちょうどとっぷり暮れる頃、おどりが始まります。

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“郡上のナァー 八幡 出ていく時は 
 雨も降らぬに 袖しぼる”
 
三味の物悲しい旋律に、太鼓に笛の音。
響く手拍子、げたの音。
思った通りの、郡上八幡の夏でした。



そんなことを考えていたら、なんだか胸がいっぱいになりそうになって、おどりの輪を外れ、再び町なかを歩いてみます。
いつの間にか川畔には小さな明かりが無数に灯されて、まるでどこか違う世界へと紛れ込んでしまったかと錯覚するほど、不思議な空間が広がっています。

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同じように賑やかな郡上踊りの輪から外れ、ひとりぽっちでいつまでも橋の上に立ったまま、旧盆の宵の生暖かい風に身を委ねている浴衣姿の女性がいました。
その後ろ姿はこの世のものとは思えないほど幻想的な光景でした。

「踊らないんですか?」
「人混みが苦手なの。でもお祭り囃子が好きなので、この場所がちょうどいいのよ」
「そうなんですか。みんなここには踊りに来るのかと思ってた…」
「私もここでお囃子に合わせてひとりで踊ることもあるのよ。そうだ、ここで一緒に踊りましょうか?」

風の悪戯で、ときおり彼女の浴衣の襟元あたりから懐かしい香りが漂ってきます。
それはまるで僕を17歳の夏休みにタイムスリップさせてしまうような。


遠くで聞こえていた祭り囃子が少しずつ大きくなってきているようです。

でも、踊りはまだ、始まったばかりです。





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東海道テキトー完歩の旅2 宮宿〜鳴海宿【愛知県】

 2014-08-16
<前編> 東海道テキトー散歩1-1 府中宿~丸子宿
     東海道テキトー散歩1-2 丸子宿~藤枝宿

子園からの帰り道、青春18きっぷでこのまま東海道本線を驀進して東京まで帰れば、交通費をこれ以上出費しなくても済むことになります。しかしつい先日、東海道をテキトーに完歩しようと決意したばかりだったので、そのまま帰るのも惜しい気がしました。
どこかで下車して散歩するとなると、時間的にも肉体的にもつらくなるので、別途出費を覚悟で新幹線を使って帰ることになりそうですが、まあ小さいことは気にせずに、思い切って(結局ホントはちょっと迷った)名古屋の隣、金山駅で豊橋行きの新快速を下車したのでした。

名古屋近郊の旧東海道鳴海、有松の宿場町あたりには、古い街並みが残っているので、以前から一度歩いてみたいと思っていたところでした。
そこで今回は、名古屋熱田神宮の近くにある宮宿から鳴海宿もしくは有松あたりまで歩いてみることにしました。

金山から地下鉄で3つ目の伝馬町まで行きます。
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ここから歩いて10分ほど歩いた、七里の渡し跡を今日のスタート地点としました。

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旧東海道は宮宿(名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの間は東海道五十三次で唯一、海上の渡し船が運航されていたところで、ここはその名古屋側の船乗り場の跡です。
そのため、旧東海道は宮宿でいったん陸上の道は途切れてしまいます。しかも現在は渡し船の定期航路はないので、旧東海道ウォーカーはみんなここから桑名まで、国道1号に沿ってあまり面白くもない道を27キロほど歩いているようです。

とりあえず、名古屋近郊のポイントとなる場所なので、ここをスタート地点に今回は東に向かいます

こんな感じで桟橋らしきものはあります。以前はここから桑名までクルーズ船があったようです。
江戸時代はここから7里(約28キロ)を4時間かけて運航していたようです。
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現在の七里の渡し跡にある、常夜燈と道標。
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昔はこんな感じだったのか?と思ったけど、安藤広重の絵を見ると、もっとずっと賑わっていた様子です。
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時の鐘
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七里の渡しを出発したのが14時20分、すると午後の日差しが照りつける中、何やら人が並んでいる建物が。
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いい匂いがしてきました。うなぎですね、これは。

ここは、ひつまぶしの老舗、あつた蓬莱軒というお店のようです。水曜日の午後2時過ぎでこの状態ですから、きっと地元の有名店なんだと思います。
今度、七里の渡しから桑名方面に歩く前にぜひ行ってみたいと思わせるお店です。


しばらく歩いて旧東海道の表示がある通りに入ります。
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と、なにやら旧街道沿いに、なんだか香しい感じの建物が。
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今はもう東京ではほとんど見ない、ファッションへ◯スのお店のようです。
ここも老舗で、創業400年、江戸時代から続く、旧東海道のオアシスだったとのことです。

っていいのか、旧東海道!さりげなくこんなお店出しちゃって。
ここも次回七里の渡しから桑名方面に歩く前にぜひ行ってみたくなっちゃったらどうするんだよ!!


と、妄想しそうになりましたが、旅を続けます。

旧東海道は、典型的な名古屋の郊外、という感じの通行量の多い広い幹線道路から1本外れた裏道のような感じでしばらく続きます。ところどころ地味な史跡のようなものもありましたが、それよりも幹線道路沿いの看板のほうに興味深いものがありました。

なんだか名古屋っぽいのが見えてきました。
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近くで見ると大迫力です。
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何屋さんなのかわかりませんが、やっぱりなんだか名古屋っぽくないですか?
織田よりも豊臣のほうが名古屋っぽい、と思うのは、僕だけでしょうか・・・

続いて、これ
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パロマの本社工場のようです。
このほかにも、パロマからちょっと進んだところにBrother(ブラザー工業)の本社があったり、地味に知ってる会社の本社が続きます。

まあ、地上にあまり注目すべきものがなかった、ということですが。


外の気温は今日も酷暑、というほどではありません。
まあ、真夏日(30℃以上)は間違いないですが、猛暑日(35℃以上)ではない、というレベルで、もちろん暑いには暑いですが。

暑さのせいでしょうか、それとも上ばっかり見て歩いていたせいでしょうか、気づくと、今までは路肩や家の佇まいなど、多少なりとも旧東海道っぽい雰囲気を残していた道も、本当に何の変哲もない普通の住宅地の道路ふうに変わっていました。一応旧東海道を赤線で示したGoogle Mapのサイトをプリントアウトして手持ちの地図としていたのですが、どうやらどこかで曲がる道を間違えていたようです。

間違いに気づいたときは、7~800mほどすすんだ後でした。
しかしゴメンナサイ。テキトー完歩なのでこのまま先に進みます。

このあたり、「呼続」と書いて「よびつぎ」と読むようです。
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割とめずらしい地名だな、と思っていたら、呼続小学校を発見しました。
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この校章のマル呼マーク、カッコいいと思いませんか?
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呼続を抜け、しばらく行くと笠寺観音の商店街に入ります。
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温泉施設付きのお気に入りのビジネスホテル(名古屋笠寺ワシントンホテルプラザ)があるので、JRの笠寺駅には何回か降り立ったことがあるのですが(今回の往路も、静岡散歩の疲れを癒すためにここに宿泊&マッサージしました)、名鉄の本笠寺駅に近いこっちの方に来たのは初めてでした。

先に進むと旧東海道沿いに笠寺観音がありました。
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旧東海道は、笠寺観音をぐるっと半周するように続きます。
池?と木立が涼しそうに見えます。
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笠寺の一里塚。
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歩き始めて1時間20分、ここまでまだ6kmほどしか歩いていないので、カラダは疲れていないのですが、バッグを担いだ肩が張ってきました。
今回は距離も短いので、バックパックの荷物を背負ったまま歩いてみたのですが、自然と前傾姿勢になってしまうのでしょうか、肩に不自然な緊張があります。やっぱりテキトー散歩なので、バックなんか背負って歩いてはいけないのでしょうか?
交差点の信号で止まると肩をグルグル回してみたりしましたが、なかなかすぐには回復しません。
なので今回は無理せず、2~3km先の鳴海駅までで終わりにすることにしました。
この肩こり対応、次回から要検討事項です。

笠寺を抜け、天白川の橋を渡ると、旧鳴海町(現在は名古屋市緑区)へと入ります。
鳴海は京都側から数えると、宮宿の次の宿場町でしたが、幹線道路沿いには郊外型のチェーン店が並んでいます。
旧東海道はその1本裏道をくねくねと緩やかに曲がりながらすすみます。
鳴海とこの先にある有松あたりには旧東海道沿いに古い街並みが残っているというイメージでしたが、僕が通った限り、鳴海にはところどころに「古い家」はありましたが、「古い町並み」と呼べるほどのものは見当たりませんでした。
もっとこの先の有松の方に進めばあるのかもしれません。

鳴海の町なかにあった、古いお菓子屋さん。こうした建物がポツポツとはありましたが。
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鳴海の小さな町なかに入る直前、「鳴萬」という焼肉屋さんの前で人が並んでいました。
お盆休みとはいえ、まだ午後4時です。きっと地元で大人気のお店なんだろうと思います。
ここにも次回、鳴海から歩きはじめる前に寄ってみたくなりました。
今回はかなり穴場的な(地元では有名なのかもしれませんが)お店を2件も発見できたので、これもテキトー散歩ならではの収穫でした。


名鉄の鳴海駅は、とってもモダンな高架駅で、中は小さな駅ビルのようでした。
ここから名古屋まで戻って、この日は結局、新幹線で東京に帰りました。
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今回の結果:宮宿~鳴海宿 7kmを制覇! 
実際の歩行距離は寄り道入れて9.22km、所要時間2時間2分、消費カロリー472cal
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 26㎞/512km


今回の散歩経路

図1




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東海道テキトー完歩の旅1-2 丸子宿〜藤枝宿【静岡県】

 2014-08-14
<前編> 東海道テキトー散歩1 府中宿~丸子宿

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とろろ飯を食べて、400年前の旅人と同じ気分になったつもりで、いよいよ宇津ノ谷峠に挑みます。


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だんだん谷が狭くなってきて、旧東海道と離れて並走していた国道1号が寄り添うような形で近づいて来ます。
峠の手前に道の駅があり、そこから国道1号はトンネルで峠の下を藤枝側へ抜け、旧東海道は山道をのぼっての峠越えとなります。

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下は国道1号の下り線のトンネル、平成に新しく掘りなおしたもので、通称「平成のトンネル」と言われています。

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すぐ横に国道1号上り線のトンネル「昭和のトンネル」もありますが、旧東海道散歩の人は、もちろんこんなところは通ってはいけません。
テキトー散歩ですが、おさえるところはおさえないと、弥次さん喜多さんに顔向けできません。



と言ってはみたものの、実は今回、旧東海道ウォーカーにほどんど会いませんでした。
真夏なので普段からこの時期にはいないものなのか、それとも台風の影響でみんな自粛しているのかわかりませんが、途中、それらしき人にすれ違ったのは1回だけでした。それも地元のおっちゃんなのか、東海道ウォーカーなのか微妙な感じでしたが、すれ違いざまに「こんにちは!」と元気よく挨拶されたので、同類ということでカウントしました。

歩き始めた直後は、横浜からやってきた旧東海道ガール(32歳独身、普段は外資系金融機関勤務)から、峠の茶屋かどこかで期せずして声をかけられちゃったりしたら困っちゃうなあー、と思っていたので、まったくもってひと安心です。。。よかったよかった。

旧東海道ウォーカーを見ない代わりに、旧東海道サイクリストには何度か会いました。
たいていは単独♂なのですが、1組だけ家族3人のチャリンコファミリーがいました。

僕と同年代か、ちょっと若いくらいのお父さんと小学校高学年くらいの女の子、ジムにでも通い詰めていそうなスレンダーなお母さん、というラインナップです。
その格好からすると、普段からこうして3人でサイクリストとして活動しているような感じがします。おそらく旧東海道も今回だけでなく、定期的に少しずつ走破しているのではないかと思います。
この3人が、とろろ屋を出たあたりから僕とつかず離れず、ずっと同じペースで巡っているのです。
もちろん移動するスピードが違いますので、彼らはいろいろなところで寄り道しているのでしょうが、さすがに何度も顔を合わせるとちょっと気になります。

体型だけ見るとあまりサイクリストとは言い難いお父さんなのですが、一丁前に無線機を腰に装備していて、先陣を切って走り、後を走る二人にあれこれ指示を出しています。
小6娘(たぶん)は、お父さんのむちゃぶり(たぶん)に健気に応えて一生懸命頑張って後を追いかけていますが、スレンダー母は、あまりお父さんの指示を聞いている様子はなく(たぶん)、ややうんざりした感じで最後尾から二人に遅れてついて行っています。

そのお母さんが僕と交わるたびに会釈をするのです。
うしろから僕を追い抜く時に会釈。
彼らが道中で止まっている時に僕が横を通り過ぎると会釈。
再び僕を追い抜きざまに、スピードを緩めてわざわざ振り返って会釈、微笑、そしてウインク・・・(これはウソ)。

そうか、ロマンスは旧東海道ガール32歳独身外資系金融機関勤務と生まれるのではなくて、このスレンダー母と生まれることになっていたのか、と思ってしまうほどです。

まあ、結局何もありませんでしたが。




・・・・・・・・さて、本題に戻ります。

トンネルで峠を貫通してしまう国道1号を横目に、旧東海道はゆるやかに坂を登りながら宇津ノ谷の 集落に入ります。

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この集落がまた雰囲気があるのです。石畳なども含めて旧街道らしい町並みに多少は揃えて改築されているのでしょうが、妻籠とか馬籠といった観光地に比べて自然体なのがいいのでしょう。あるいはこの坂と峠の山の配置のバランスもいいのかもしれません。

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坂の上からの集落全景。

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坂を上がり切ったところからさらにその奥に続く階段でまっすぐに進みます。

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右へまがる道を進むと大正のトンネルを経て峠を抜けます。
まっすぐ進んだ先に明治のトンネルが現れました。

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名前の通り、明治の時代にできたトンネルですが、ご覧のとおりとても狭いトンネルです。車一台が通るのもやっと、という感じですので、今は車両は通れません。
自転車はどうなんでしょうか、この時はチャリンコファミリーが僕のすぐあとに来ていましたが、僕がトンネルを歩いている間は会いませんでした。

大正のトンネルには行きませんでしたが、そこは車も通れるようです。

明治、大正、昭和、平成と4世代のトンネルが残っている珍しい場所なのではないか、と思います。
ところで明治以前はどうしたか、というと、さらに山を登って歩いて越えていたのです。
厳密な旧東海道散歩なら歩いて越えないとアウトですが、僕のはテキトー散歩なので明治のトンネルで峠を越えてしまいます。
だってこの明治のトンネル越えも今回の散歩の目的の一つだったのですから。

トンネルの長さは2〜300mでしょうか、幸いにして誰もいないトンネルを独り占めしてゆっくり歩けました。
中はレンガづくりです。

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ところどころに電燈がありますが、真ん中あたりは一時的にけっこう暗い部分もあるので、肝試しするほどではありませんが、プラトニックを卒業したいカップルが一緒に歩く場所としてはいいかもしれません。

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藤枝側出口付近。
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古いトンネル、いいですね。古いトンネルマニアになってしまいそうです。



トンネルで峠を越えてしまうと、山道をズンズン下って岡部川沿いに出て、しばらく川沿いを歩きます。
長い釣竿を持ったお父さんを、小さな男女の兄弟が小走りに追いかけています。
ずっと昔にみたことがあるような、平和な夏休みです。

途中で見かけたホーロー看板。
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平野部に出たところで旧岡部宿に入ります。
岡部本陣跡の公園。
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ここのベンチで休憩します。
15時30分。静岡の駅を出てから4時間半が経過しています。
とりあえず、宇津ノ谷峠のハイライトを越えて岡部まで行ってしまえば、そこから先は雨が降ったらバスで藤枝まで行ってもいいや、と考えていたので、いったんひと安心です。

岡部の次の宿場は藤枝。しかし実はここからが長いのだ、と久住さんの本にありました。
さてどうするか。
カラダは少し疲れていますが、暑さはそれほどでもなく、天気ももう少し持ちそうです。
まあ行けるところまで行ってみよう、ということで16時に再出発しました。

ここから先は、ハイライトとなるようなスポットがあるわけでもなく、淡々と歩を進めます。

岡部の町並み。
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歩いてきた道、越えてきた山々。左が旧東海道。
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藤枝のマンホール。
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旧藤枝宿があった藤枝の中心部に到着したのは17時15分、岡部を出て1時間15分後でした。
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アプリで計測中の歩いた距離を見てみると、26.2km。
静岡駅から藤枝駅までなんとなく24~25㎞くらいだろうと思っていたので、もうすでに予定距離をオーバーしています。
さすがにかなり疲れてきて、カラダが自然とバス停近くのベンチに腰かけてしまいます。

しかもゴールにしている藤枝駅はこの藤枝中心部からかなり離れていて、まだ4~5km先にあるようです。
そんなの藤枝駅を名乗っちゃいかんだろう、と思いますが怒っても駅が近づいてきてくれるわけでもありません。
15分休んで、最後の力をふりしぼり商店街を南へと歩きます。

こういうのを見ると、ちょっと元気になります。
そういえば、サッカー名門の藤枝東高校も近くにありました。
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こんなのも、疲れた体をちょっとだけほぐしてくれます。
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駅の手前から雨が降りだしましたが、ここまで来てしまえば、もう多少濡れても大丈夫です。

そして18時20分、とうとう藤枝駅に到着しました!
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アプリの距離計測だと30.24km、所要6時間31分59秒(休憩時間除く)、消費カロリー1653カロリーとなっていました。
人生でおそらく2番目に長い距離を歩いた1日でしたが(最長は約35km)、終わってみればとても楽しい1日でした。

これはクセになる、というか、藤枝駅に到着したとたん、もうすでに旧東海道全行程を制覇してやろう、という気になっていました。

というわけで、日本橋から京都の三条大橋まで約492㎞、53の宿場町をちょこっとずつ歩いて踏破してみようと思います(一応、宣言です)

なのでこのシリーズのタイトルも「東海道テキトー散歩」から、「東海道テキトー完歩の旅」に変えようと思います。

といってもこれに集中するわけでもなく、たまたま西に行く旅の途中で、とか、たまたま2日間ヒマな時間ができたので、とか、そんなユルい感じでやってみます。歩く順番もまちまちです。あんまり厳密なルールも決めません。だってテキトー完歩ですから。
なので何年かかるかわかりません。

とりあえず今回(第1回)の成果 
府中宿~藤枝宿 19km/512kmを制覇!(寄り道を除く。また実際は藤枝宿から先の区間も一部歩いていますが、それは次回の分に算入します)

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<おまけ>

あべかわもちは結局道中では食べる機会がなかったので、ホテルまで持ち帰り、夜食として食べました。
ビニール袋にぶら下げられたまま、手持ちで移動したため、かなり疲れた姿になっています。
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きなこには砂糖が入っておらず、袋入りの砂糖が添えられ、自分で甘さを調整できるようになっています。
こちらではみんなそうなのでしょうか、僕には初めての食べ方でした。
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東海道テキトー完歩の旅1—1 府中宿~丸子宿【静岡県】

 2014-08-12
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8月9日から4日間休みだったので、青春18きっぷ使ってブラブラしながら甲子園に高校野球でも見に行こう、と朝早く家を出ました。

台風11号が西日本に接近していることはわかっていたのですが、駅の改札で青春18きっぷの第1日目の欄にスタンプを押してもらい、ホームに降りたとたん、台風のため甲子園の開幕がなんと2日間も順延、というYahooニュースを発見したのです!
一番見たいと思っていた試合も日程がずれてしまい、このままだと休み中に観戦できなくなってしまいます。しかも台風が接近する中、わざわざ関西に向かっても2日間何して過ごせばいいのか甚だビミョーです。
このまま家に帰って、台風が過ぎてから出直す方があきらかに賢明でした。

しかし、僕はそのまま足を前に進めました。もう引き返しません。
だって、既にスタンプは押されてしまったのですから。

このまま先に進んで甲子園まで行こうと、家に帰ってふて寝しようと、青春18きっぷの一日分を消化することには変わりないのです。



もともと今回甲子園に向かう途中でやろうと思っていたことがありました。
それは東海道の旧道を歩くことでした。

たまたま図書館で借りて読んでいたこの本がその引き金です。

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久住昌之著「野武士、西へ 二年間の散歩」(2013 集英社)

とある漫画家が、東京から大阪までなんとなく東海道に沿って散歩で踏破する紀行エッセイ。ただし一挙に歩くのではなく、二年間かけて細切れに何回にも分けて歩く。歩く区間や距離もその日の風まかせ、ただし地図やネットは見ず、勘だけでトライしてみる。
そんな感じの本なのですが、これが僕の波長と妙に合うのです。

その中でもとりわけ魅力的に書かれていた、宇津ノ谷峠越えの区間を歩きたい、と思っていたのでした。
幸い、静岡はまだ台風の影響はなく、雨も夕方からの予報でした。
最高気温も30℃、酷暑というほどではありません。
東海道を歩くには、なんら問題はありません、というか今の時季としてはベストコンディションかもしれません。

そんなわけで、明日以降のことはまた明日考えることにして、とりあえず東海道線の熱海行きに乗ったのでした。



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静岡の駅に降り立ったのが11時ちょっと前。
テキトー散歩なので、迷った挙句、リュックはコインロッカーに預けます。
これだといったん西に進んでも、また静岡駅まで戻ってこなくてはなりませんが、重いリュックを背負って苦しく歩くのはテキトー旅に反するのではないか、ということで、折り畳み傘と、ケータイのバッテリーを入れただけのボディバックを肩から下げて出発します。

静岡、といえばさくらももこ・・・・・の他に駿府城を忘れてはいけません。

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静岡の駅から北に5分歩き、徳川家康に敬意を表して駿府の城跡から出発です。

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現在の静岡市内の中心部のあたりを昔は府中宿と言いました。
旧東海道地図をなぞって歩くと、最初は伊勢丹のある繁華街を通ります。

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旧東海道とは思えないスタートですが、地図に従って道を一本曲がると、急になんとなくそれらしい感じになってきます。

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この道を西にずっとまっすぐに進むと、やがて大きな橋が見えてきます。
駿府城からここまで約30分、安倍川越えです。

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安倍川といえば、あべ川もち。
橋のたもとに、2、3軒のお餅屋さんが並んでいます。

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そのうちの1軒、おばあさんがひとりでお餅を作っていた店に入ります。
昼食の時間が近いので、ここでおやつを食べるわけにいかないのですが、もち好き&きなこ好きの僕としては、本場のあべ川もちを目の前にして買わないわけにもいきません。
峠越えの非常食用としてきなこ2個、あんこ2個を買いました。400円。

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バックもないので、おばあちゃんに包んでもらったパックを白いビニール袋に入れてぶらぶらさせながら、結局道中ずっと持ち続けることになります。


安倍川の橋の上から見た静岡北部の山々。

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このずっと先のほうは山梨の南アルプスあたりにつながっているのか、結構高い山があるように見えます。
だからでしょうか、安倍川をはじめ天竜川、大井川、富士川と、静岡の川は雄大で、でも荒々しい大河が多いような気がします。


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安倍川を越えると、静岡の市街地は終わり、なんとなく旧街道沿い独特の雰囲気が出てきます。

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府中(静岡)を出て、最初の宿場は丸子宿。

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丸子と書いて、MARIKO、と読みます。
鞠子と書くこともあったようですが、なかなかかわいい名前です。

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丸子のバスの営業所のあたりは、まだまだ静岡市郊外のちょっとした住宅地といった雰囲気がありますが、街道をさらに奥に進むと、やがてかつての丸子宿の集落に入ります。
ここは東海道で一番小さい宿場町だったとのことですが、この先にある宇津ノ谷峠の山々を背にした、全長2~300mあまりのこじんまりとした町並みでした。

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丸子の宿場町を越えて、街道が(たぶん)丸子川と交わるところに、今回来てみたかった有名なとろろ汁屋があります。

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安藤広重の東海道五十三次にも描かれた歴史あるとろろ汁屋なんだそうです。

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あまり食には興味がない僕ですが、久住昌之さんが「野武士、西へ 二年間の散歩」の中で、運悪く食べられなかった、と嘆いていたのを読んで、じゃあせっかくだから食べてみよう、と思っていたのでした。


普通はあまりひとりでこんな店に入らないのですが、静岡市内を出てから2時間、ここまでずっと我慢して来たので(あべかわもちも食べずに持ったままだし)、躊躇なく入ってみます。

中は思ったよりずっと広く、奥のほう、2階のほうにもたくさんの部屋があります。

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基本のメニューは、このとろろ御膳、1440円也。
とろろとご飯でこの値段、高いと言えば高い。
でもなんとなく仕方ないのかな、と思ってしまう。
これが伝統の力なのか…

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温かいご飯に、とろろ。
何も足さない、何も引かない。
そんな感じ。

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店内大広間の雰囲気こんな感じ。
ひとり飯、僕以外なし。

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資料館みたいなスペースもあって、そこにいたのがこの方。

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十返舎一九だそうです。
十返舎一九、東海道中膝栗毛、
滝沢馬琴、南総里見八犬伝。
よくセットで覚えましたよね。

東海道中膝栗毛の碑もお店の前にあるので、この作品にも登場するのかもしれません。

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ここまでの道のり

丸子



13時30分、いよいよ宇津ノ谷峠越えに向けて出発します。




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