電車なのに、国道ですか?【東海道テキトー完歩 川崎宿~保土ヶ谷宿 その1】

 2014-09-29
『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
 

とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

8月31日、日曜日。
子供たちにとっては、長かった夏休みが終わってしまう、寂しい1日でもあります。

前回の散歩で川崎にたどり着いた時は夕暮れが近かったので、堀之内の妖しい看板がどうも気になって仕方なかったのですが、今日はまだお昼前なので、「かぐや姫」にも「ムーランルージュ」にも「女体神社」にも負けないぞ、という感じです。



今日の東海道テキトー完歩、川崎駅を11:45にスタートです。

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すぐに駅前からちょっと歩いたところの繁華街ですが、ちゃんと「旧東海道」の文字があります。

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そのまま繁華街を抜け、マンションや雑居ビルが立ち並ぶ中を進むと、こんな看板がありました。

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川崎市立川崎小學校なんて、確かに歴史ありそうな小学校です。

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坂本九さんはもちろん知っていますが、佐藤惣之助さんは知らなんだ。。。しかも六甲おろしとか・・・

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その後、芭蕉の句碑とかあるのですが、ふーん、という感じなので先に進みます。

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やがて鶴見川を渡ると横浜市に入ります。

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橋を渡ってほどなく発見したのが、この「汁なし担々麺 てんか」
結構並んでますね。人気店なんでしょうね。
東海道テキトー散歩恒例、「通りがかりに発見した、地元人気店」の4店目です。

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そのままちょっと歩くと鶴見駅前を通ります。

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そしてしばらくして現れたのが、ココ!何だと思いますか?

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このトンネルの反対側から見ると、こう。

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そう、知る人ぞ知る、都会のワンダー駅、JR鶴見線の国道駅。


高架下がトンネルになっていて、かなり渋いテナントのラインナップです。

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こんな都会のど真ん中にあって、無人駅、しかもこの改札の前近代的な装い。

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ホームに登る階段の途中から駅入り口と改札を眺めた図。

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ホームに上がってみます。

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線路は高架線になっていて

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確かに国道が下を通っています。

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鶴見線なんて乗ったことないなあ、と思っていたら3両の黄色い帯の電車がゴトゴトとやってきました。

予定はなかったんだけど、せっかくだから乗ってみることにしました。


<2014年8月31日訪問/つづく>




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夕日とジェロと良寛のまち 【新潟県・出雲崎】

 2014-09-27
国街道に沿って続く、妻入りの街並みを見たくて、新潟の出雲崎に行ってみました。
けしてジェロが「海雪」で、その寂寥を歌い上げたからではありません。



新潟と柏崎を結ぶ、JR越後線に出雲崎の駅はあるのですが、ここから妻入りの町並みがある日本海沿いまでは、ひと山越えて4、5キロを歩かなければなりません(ということを行こうと思ってから知りました)。
出雲崎の駅からバスもあるのですが、長岡からのバスもあることを知って、今回はそれでアプローチしてみました。

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長岡花火は今や全国的に有名、ということもあって、こんなモニュメントも。

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長岡から出雲崎へは、約1時間。
東京方面からであれば、この行き方が一番近いはず。

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しばらくの間、長岡の郊外を走り、旧三島町の中心地を過ぎ、最初の低い峠を越えると出雲崎の内陸部に入ります。
JRの駅や町役場、中学・高校などはこの周辺に集まっていますが、いったんはバスに乗ったまま通過します。



バスを降りたのは良寛記念館前。
出雲崎に来てみると、町にとっては1に良寛、2に夕日、3が妻入り町並みで、4がジェロ(・・・それはないか)という序列なんだろうなーという気がしました。

ここで生まれた江戸時代の俳人良寛は、それほどまでに町の大スター的な扱いです。

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閉館時間も近かったこともあって、あまりゆっくりも見られなかったのですが、記念館自体は本人直筆の句だの書だのが飾ってある、極めてシンプルな施設でした。
ただ記念館の敷地から小高い丘を登ったところの展望台が素晴らしかったのです。


上から見た、妻入りの町並み。

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そしてでーん、と日本海。遠くに弥彦山。

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弥彦山拡大。

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にいがた景勝100選の第1位だそうですよ。

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で、やっぱり良寛じいさん。

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ここから見る夕日は得も言われぬ美しさなんだとか。
夕日の時間にはまだちょっと早かったのですが、こんな感じ。

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しかし、この夕日が、とても残念なことになってしまったのです・・・(詳しくは後ほど)



展望台から町の方へ下りながら、妻入りの家々を眺めます。
江戸時代の出雲崎町は、越後で一番人口密度が高く、多くの人が居住できるように間口が狭く、奥行きの長い作りになっていたためこうした形式の建物になったようです。
また、当時は間口によって税金が掛けられていたとのことで、小さい間口で広い建物にするためにこんなふうになった、とも言われています。

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妻入りの建物があったかどうかは定かではありませんが、似たような雰囲気の町は北海道の日本海側に多い気がします。増毛とか小樽~積丹半島のあたりでしょうか。

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地上から見ると、こんな感じ。
確かに長いですね。昔の小学校の校舎かと思っちゃうくらいです。

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そしてまた、良寛の生誕地(良寛堂)。

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海側から見た町並み。
海のすぐ近くまで山が迫っていて、わずかな海岸沿いの敷地に細長く町並みが続いています。

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野良猫?
首輪しているので飼い猫かも。。。

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空には雲一つなく、いい感じで日も暮れはじめ、今日は最高の夕日が見られそうだなーと思っていたのですが。。。

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なんとスマホの電源が突然OUT!に。。。
(iPhoneのバッテリー不具合の対象機になっていて、突然電源0になってしまったりするのです)
もう1台の仕事用のケータイも、予備のバッテリーもほんのわずかしか残っていない状態だったのです。

この日はホテルも予約していないし、このあとスマホを使わなければならない用件もあったので、もうこれ以上消耗させるわけにはいかず、一刻も早くホテルで充電しなければならなくなり、夕日の時間まで待てない状況になりました。

そんなわけで予定を繰り上げ、バスで出雲崎駅へ。

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新潟行きの列車に乗って、西の丘陵の向こうにあるはずの日本海側を眺めると、空は橙のようなピンクのような、得も言われぬほど美しい色に染まっていましたが、そのシーンを間近に見ることは叶いませんでした。

ただ東の空からはちょうど中秋の月が上り、黄金色がだんだんと蒼くなってゆく時間帯の、越後平野の美しい稲穂を、得も言われぬほど美しく照らしてくれたので、今日のところはよしとしておきました。

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<2014年9月7日訪問>




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そして砂丘へ。 平成版砂の女 完結編 【山形県・酒田市】

 2014-09-24
前編  都バス最長距離路線の女
前編—2 青梅・昭和レトロ街の女
前編—3 平成版 砂の女
前編‐4 平成版 砂の女 後編


<前編—4から続く>


目が覚めると、そこには誰もいませんでした。

家の中から砂は消え、渇きも、昨日のような喉の痛みも、もうありませんでした。
ただ、砂と一緒に、女もどこかに消え去ってしまったようでした。


家の外に出ると、目の前の高い砂の壁には、いつの間にか縄梯子がかかっていました。
どうやら僕は元の世界に戻れるようです。
ただ、この梯子を上って地上に出てしまうと、もう二度と彼女には会えないような気がしました。


「砂の女」の物語の中では、女の家に囚われた男は、最初の頃は何度も脱出を試みたものの適わず、結局最後は自ら選んで女の家に残る、という結末で終わるようです。

縄梯子を登り、一歩一歩元の世界へと近づけば近づくほど、そこに残った男の気持ちも少しは理解できるような気がしました。




地上に顔を出すと、外には見慣れぬ景色が広がっていました。

目の前には荒涼とした砂丘が、そしてその向こうには朝の穏やかな海が広がっていました。
いつの間にか、青梅とは全く別の場所に来てしまったようでした。

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海岸から陸の方へ砂丘を横切り、丘の頂上のあたりの獣道のようなところを抜けると、その先に集落がありました。

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浜風で砂が舞い込んでくるのでしょう、家々の周りには厳重な砂囲いが巡られています。

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集落の畑も、よく見てみると砂ばかりです。

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さらに丘を陸地側に下ると、集落の中心が見えてきました。

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「浜中」という表示があります。

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どうやらここは山形県の酒田と鶴岡の間に広がる、庄内砂丘の中にある集落だったようです。

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安部公房は、飛砂の被害に苦しめられている庄内砂丘の寒村の姿を写真でみたことから「砂の女」の着想を得たのだ、ということを聞いたことがあります。
きっとそれはまだ日本が戦後復興途中で貧しかったころの、このあたりの集落の姿だったのでしょう。


そう、僕(たち)は、いつの間にか「砂の女が生まれた場所」へと瞬間転移していたようでした。


しかし、現在のそこは、飛砂を避ける頑丈な塀に囲まれてはいるものの、もう絶望的な寂しさや貧しさを感じるほどではありません。

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ホテル夕陽。

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日本海に面した砂丘の頂上付近から見る夕陽は、確かに格別でしょう。
けれどもこの建物だけは、絶望的な貧しさと息苦しさ、そして底知れぬ妖しさを持っていた、あの女の部屋のような匂いを、今もなお感じることができるような気がしました。

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女のことを思うと、僕の渇いたからだに水がしみわたってゆくのがわかります。
僕に必要だったのは砂ではなく、本当は水だったのかもしれません。




集落を抜けてさらに内陸の方に歩いて行くと、ほどなく庄内空港へと行き当たりました。

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ターミナルビルを入ると、本数は少ないながらも、東京行き、大阪行き、という行先掲示板が見えました。

ちょうど東京からの朝の便が到着したばかりで、空港ロビーはしばらくの間、観光客や商用客、帰省客などが発する小さな日常の幸せで溢れかえっていました。



この砂丘のどこか深い穴の中には、今なお砂の女が、渇きを抱えた男たちがやってくるのを待っているのです。
けれども、そんなこと、きっと誰も知る由もありません。



<このシリーズ、完>




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渇望 ~平成版 砂の女/後編 【東京都】

 2014-09-22
前編  都バス最長距離路線の女
前編—2 青梅・昭和レトロ街の女
前編—3 平成版 砂の女


<前編—3から続く>

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「今日、ここに泊まっていきますか?」

いつの間にか僕の後ろに迫っていた彼女が、僕の耳元で、あの、ちょっと鼻にかかったような厚みのある声でささやきました。



「それは、僕もここに閉じ込められてしまう、ということ?」

しばらくの間、沈黙がありました。
僕にはそれが、落ちても落ちてもなかなか砂が減らない、大型の砂時計のような長い時間に思えました。

図13




時間の経過とともに、地響きのような音が遠くから聞こえはじめ、それはだんだんと大きくなってくるようでした。
そして突然、どーん、という地震のような大きな揺れがやってきて、屋根の方から何か重いものが降りかかってきたところで、僕は一瞬意識を失ってしまったようでした。

図12




僕が目を覚ましたことに気付くと、砂よ、と彼女は言いました。
さあ、早く砂を掻き出さなければ。

いつの間にか、どこからか大量の砂が降ってきて、砂の女の家を次第に埋めつつありました。
彼女はモンペのような作業着に着替え、頭に砂除けの手拭いをかぶって一心不乱にシャベルで家の中から砂を掻き出していました。
板の間に敷かれたゴザの上で横たわっていた僕の横にも、着替えの作業着と大きなシャベルが用意されています。

図15




「掻き出しても掻き出しても、上から砂がどんどん降ってきたらキリがないじゃないか。
 これはいつまで続くんだろう?」
黙ってみているわけにもいかず、彼女を真似てシャベルを使いながら僕は言いました。
「いつまで続くかわからないんですよ。とにかく砂が止まるまで掻き出し続けなければ、家と一緒に埋まっちゃうので、止まるまでは休めないんですよ」



彼女の額や首筋から吹き出る汗に、飛び散る砂が次から次へとまとわりつきます。
やがて、水への渇望が激しく湧き上がってきます。

「水は、ないの?」
「すみません、水は、砂が止まらないと手に入らないんです」

砂埃で、喉や鼻の奥がだんだんと塞がっていくような息苦しさを感じます。
このまま窒息死してしまうのではないか、という恐怖が頭をよぎります。



「ねえ、君はなぜこんなに苦しい思いをしてまでここにいるの?」
「それは、あなたに砂が必要だからですよ」
彼女は砂をすくっては投げ、すくっては投げ、という作業を機械的に繰り返しながら平然とそう言いました。
「僕に、砂が?」
「そう、あなたに、砂が」



図14


再び、どーん、という音とともに木造の家を軋ませながら乾いた砂が落ちてきて、僕はそれを避けきれずに地面にたたきつけられたようでした。




砂?
それよりなんでこんなに喉が渇く?
それは彼女が無防備に素裸で寝ているからだ。
そんな声でささやくのはやめてくれ、
僕は都バスで最長の路線バスに乗りに来ただけなんだ。。。




口の中に不思議なうるおいを感じて目を覚ましました。

「ダメよ、飲み込まないで。最初は口の中の砂を吐き出して」
僕の目の前に彼女の顔がありました。
「砂が止まったのよ。水もほら、あっちの方に」
彼女はそう言って土間の水瓶のような入れ物の方へ歩いていきました。

「ここにはグラスもないので・・・」
彼女は水を含んで戻ってきます。
そしてそのまま横たわっている僕の前にひざまずくと、とても自然に顔を寄せ、僕を潤してくれたのでした。



もっと水がほしい。
彼女の中にある水分を、一滴残らず手に入れたい。
その一心で、僕は彼女を激しく求めはじめたのでした。


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図11



<これだけ広げちゃった風呂敷をどうたたむのか・・・次回、結末へ続く>



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The Woman in the Dunes  ~平成版 砂の女 【東京都】

 2014-09-20
前編  都バス最長距離路線の女
前編—2 青梅・昭和レトロ街の女

<前編—2から続く>

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の女 -The Woman in the Dunes

そうか、あの名刺に書いてあった「Dunes」というのは、たしか砂丘という意味だったよな。
遠い昔の高校時代の頃からでしょうか、そんな淡い記憶がよみがえってきました。

砂の女 — もちろんそれが安部公房の代表的な小説であることは知っていました(読んだことはありませんが)。
そして遠い昔に映画化されて、海外で高い評価を得ていることもなんとなくは知ってました(観たことはありませんが)。



しかしこのポスターに描かれている「砂の女」の、この忘我の表情のなんと神々しく、美しいこと。

そこにさっきのバスで隣り合った女性の、やや鼻にかかった厚みのある声や、首をかしげるようにして、僕の目をまっすぐに見上げる視線が、いつの間にか重なってくるのです。

そう、見れば見るほどこのポスターの中にいる砂の女と、さっきの女性とが同じ人物のように思えてくるのです。

このドアの先には何が僕を待っているんだろう。
僕はなかなかその先に踏み込めずに、しばらくの間、その前に立ちすくんでいました。




「こんにちは。やっぱり来てくれたんですね」

突然後ろからそう声をかけられて、僕は一瞬心臓が止まるかと思うほどでした。
振り返らずとも、彼女が僕の後ろにいるのはすぐにわかりました。
もちろんあのちょっと鼻にかかった、厚みのある声のせいで。

「ここはとても限られた人たちだけのクラブなので、簡単には中に入れないのよ」

彼女はそう言って、古びたドアにはどう考えても不釣り合いな最新のセキュリティシステムのような機械に暗証番号を打ち込みました。
するとロックが解除されるような大げさな音があたりに響き、彼女は僕をドアの中へと導きました。

僕が薄暗い建物の中へ進もうとすると、彼女は待って、と小さく叫び、僕を後ろから羽交い絞めにするように抱きかかえました。

「この先には大きな穴があるのよ、そのまま進んだら、真っ逆さまよ」
そんなふうに彼女が僕の耳元でささやく声を、とうとう聞いてしまいました。
水で塗り固められた砂の銅像のように、その場で固まってしまった僕からゆっくりと躰を離しながら、彼女は言いました。
「ここから先は、私の言うとおりにしてください」



建物の中は、天井の高い広大な空間になっていました。
中には照明施設がなく、天井近くにあるいくつかの窓から天然の光が差し込んでいるだけなので、晴れた昼間でもやや薄暗い感じがしました。

次に目に入ってきたのは、巨大な砂場に掘られたような深く黒々とした穴でした。
その穴のずっと底の方に、半ば砂に埋もれ、今にも崩れ落ちそうな木造の家が1軒建っています。

あそこが「Kinema club dunes」の場所よ。
町の中に黙ってこんなに大きな穴を掘っちゃったので、あまりたくさんの人に言うわけにはいかないのよ。

そう言って彼女は穴の中へと降りる縄梯子を勝手にするすると下って行きました。
高いところが苦手な僕にとっては、こんなところから不安定な縄梯子を使って下に降りるなんてとんでもないことでしたが、梯子の途中から、やや首をかしげ、しかしまっすぐに彼女に見上げられると、意を決してあとに続かざるを得ませんでした。

ここは「砂の女」の世界を忠実に模した場所なの。
ところで、「砂の女」はご存知?
僕が穴の底まで下り終わると、彼女は僕の髪の毛や肩に降りかかっていた砂を手で軽く払いながらそう言いました。

名前は知っていたけど、小説を読んだことも、映画を観たこともない。
僕がそう答えると、彼女はゆっくり頷いて屋内に僕を誘い、映画の中のいろいろなシーンを写真にして飾ってある場所の前に立ちました。


大きな穴の底にある、「砂の女」の家。

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女の家へと下りる、縄梯子。

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こことそっくりだ。
僕がそう呟くと、彼女は首を振りながらおかしそうにクスクスと笑って、こう訂正しました。

違うわよ。ここが映画や小説の世界をそっくりまねたのよ。





都会から、砂丘に住む珍しい昆虫を探しに来た若い教師が、知り合った村人の好意で部落の民家に泊まることになった。
砂地の大きなくぼみにあるその家に、縄梯子を伝って下りてみると、そこには若い寡婦がひとり、住んでいるだけだった。
とどまることなく地上から砂が舞い散ってくるその家で、慣れない一晩を過ごし、朝、目覚めてみると、昨晩まであったはずの縄梯子がなく、地上に戻ることができなくなっている。

そして家の中では、女がただ顔に砂除けの手拭いをかけただけで、全身に何もまとわずに横たわって眠り込んでいる。

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女の躰の上に、滑らかな曲線の形のままに降り積もる、砂。

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女を起こし、縄梯子がない理由を聞く男。
しかし、女はそれに答えず、ただ謝るばかり。
女手一つで暮らすことが難しい、過酷な砂丘での生活のため、村人の仕業により、男はここに閉じ込められたのだった。

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彼女からそこまでのあらずじを聞いた僕は、ふと気になって古びたドアの隙間から、外を見たのでした。
そこからでは角度が悪いのでしょうか、さっきまであったはずの縄梯子が見あたりません。
慌てて外に飛び出して、家の周りをぐるりと見回してみましたが、それはもう、どこにもありませんでした。

「今日はここに泊まっていきます?」

いつの間にか僕の後ろに迫っていた彼女が、僕の耳元で、あの、ちょっと鼻にかかったような厚みのある声でささやきました。


<さらにまたつづく>




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青梅・昭和レトロ街の女 ~The Woman in the Dunes 【東京都】

 2014-09-17
前編  都バス最長距離路線の女


<前編から続く>


西武柳沢を出て2時間とちょっと、最長距離都バスは、終点の青梅車庫に到着しました。
細長い市街地の北側、そして多摩川に切り開かれた南側の谷の向こうには、いつの間にか新緑の奥多摩の山々が迫っています。

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青梅車庫は青梅駅を抜け、市街地から1キロくらい西の外れにあります。
付近の青梅街道沿いには、こんな建物も残っていて、同じ東京とはいえ、2時間前とはまったく別の世界のようです。

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JR青梅線、青梅駅まで歩いてもどります。

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青梅は昭和レトロの街として売出中です。

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特に昔の映画看板を町じゅうに飾って、昭和っぽさを演出しているのが特徴です。

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青梅出身で、最後の映画看板師といわれる久保板観さんが、昭和30年代の邦画・洋画の映画作品を泥絵の具一本で描きあげた作品が至る所に掲示されています。

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バス停。

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電話ボックス?

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で、赤塚不二夫。

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赤塚さんの方は青梅とは直接のかかわりはないようですが、昭和を代表する漫画家であり、青年時代に映画看板の仕事に従事した事があるというつながりから、青梅は赤塚不二夫ワールドの街でもありました。

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ネコねた多いです。。。

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ぶらぶらと銀幕看板街を歩いていると、さっきの昼顔妻が残していった名刺の場所は、もうそれほど遠くないようです。

「Kinema club dunes」の場所を示す★印をたどると、どうやらそこはメインストリートから外れた路地の先のようです。

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こんな奥まったところに観光客が来るような施設があるんだろうか、
そんなふうに思いながら歩いていると、突然こんなポスターが貼ってある古い建物が僕の目の前に現れたのでした。

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<つづく>



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都バス最長距離路線の女 ~昼顔妻(仮)~ 【東京都】

 2014-09-14
西武新宿線の西武柳沢駅から青梅車庫まで、都営バスの最長距離を走る,、知る人ぞ知る路線があります。

その距離31.8キロ、定時走行時間は約1時間45分。運賃580円。

わざわざ2時間もかかるバスに乗るために、特に用事もない青梅に行く。
GWの旅で散財したせいで、懐は寂しいけど暇はある、よく晴れた5月半ばの休日の過ごし方としては悪くありません。



そんなわけで2014年の5月11日、日曜日の午前、西武柳沢駅に向かったのでした。

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駅前のバス乗り場。
車両は、普通のよくある都バスのものと変わりません。

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この路線は約1時間に一本の便が運行されています。
僕が乗ったのは西武柳沢駅発10時半くらいのバスでした。

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このバスの経路を地図上で見るとこんな感じです。
1枚の画像に収めてしまうと小さくてあまりよくわかりませんが、停留所の数が多すぎて、若干気持ち悪い感じです。
たぶん100個くらいあったと思います。。。

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西東京市の西武柳沢駅を出て、青梅街道に入り、そのまま西へ進みます。
小平駅、東大和駅と立ち寄って新青梅街道へ。
新青梅街道をまっすぐ進み八高線の箱根ヶ崎駅を通り、再び青梅街道に合流して青梅の市内へと入っていきます。

これだけ長いと、3つないしは4つくらいの生活圏を通り抜けるので、始発から終点まで通しで乗るのは
①よっぽど暇なおじさん
②ちょっと変わった旅オタク
③稀に僕のような侘び寂びとか、もののあはれとか、いとをかしとか、伊藤菓子とかを極めた、風雅な吟遊詩人
という感じでしょう。
事実、小平や東大和といったターミナルに着くたびに、中の乗客はごそっと入れ替わります。

そんな中、日曜日だったこともあるのでしょうが、①らしい人物が僕の3列ほど前の席に約1名、②に違いないと思われる人物が最前列のかぶりつき座席に約1名、乗車していました(結構いるもんなんですね・・・)

僕は一番うしろのロングシートの左端に座って、時とともに移り変わる車内の栄枯盛衰を、祇園精舎の鐘の声を聞きながら諸行無常の思いで眺めていました。



バスに乗車して1時間くらい経った頃でしょうか、僕は車内のちょっとした異変に気付いたのでした。
僕と同じロングシートの右端に座る女性が、始発からここまでずっと乗り続けているのです。

小平や東大和といったターミナルで、①②③のいずれか以外はすべて新しい血に入れ替わったと思っていたのですが、彼女だけは西武柳沢駅からずっと窓の外をぼんやりと眺めながら乗り続けています。

④夫は海外単身赴任、子供は部活。こんなよく晴れた5月の日曜日に家にいるのももてあまして、どこかにちょっとだけ逃避行したい、アンニュイな人妻。いまふうに言うと、(平日じゃないけど)昼顔妻?
おー、それだ、それ。いい得て妙だ!

バス完乗族の新種の生態を発見したので、そんなふうにぼんやりとその定義を考えていると、突然彼女がするするとロングシートの席を伝って僕の横にやってきました。
それはバスが箱根ヶ崎駅を過ぎ、片側2車線と広くなった道路を快走しはじめ、青梅に向かっていよいよ最終第4コーナーに入った頃でした。彼女も僕がこの先、もう青梅以外で降りることはない、思ったからでしょう。



「青梅まで行かれますか?」
彼女は、やや鼻にかかった厚みのある声でした。
そっとささやかれたら、かなり効んだろうなあ、という感じの声質です。

「はい」と答えて様子を伺います。
急にささやかれても、ノックアウトされないように、心を確かに持たねばなりません。

「では、もしお時間があったら、ここにお越しください」
そう言って彼女はざらりとした手触りの名刺大のカードを僕に手渡しました。

Kinema club dunes

そしてとても簡単な地図と所在地を示す★印。
住所も、電話番号も書いてありません。



「キネマクラブ?」
Dunesは意味も読み方も僕にはちょっと自信がなかったので、わかるところだけを呟いてみました。

「そう、そこで私はお待ちしていますから」
彼女は、やや首をかしげるようにして、僕の目をまっすぐに見上げながらそう言いました。
ささやきだけでなく、これもかなり効きそうだ、ということがわかりました。

彼女はそれだけを残して、青梅駅より手前の、市街のバス停で降りて行きました。



ささやかれそうになったら、耳をふさげばいいんだし、見つめられそうになったら目をつぶればいいだけだ。
もう一回彼女にあったとしても、だからそんなに危険はないはず。

そんなことを考えていると、バスはいつの間にか終点の青梅車庫へと到着していたのでした。



<つづく>


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♪今日は吉原・堀之内~中州ススキノNY~♪の巻 【東海道テキトー完歩3 日本橋~川崎宿/後編その2】

 2014-09-12
『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
 

とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。

<前編はこちらから>
 東海道テキトー完歩3 日本橋~川崎宿 前編
 東海道テキトー完歩3ー2 日本橋~川崎宿 中編
 東海道テキトー完歩3ー3 日本橋~川崎 後編その1

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<後編その1からつづく>


日本橋を12時に出て約3時間45分、京急の大森町付近でちょっと休憩します。ここまで約16km。

このあたりから再び第1京浜に合流してしまい、多摩川を渡る六郷橋までは、あまり面白い道のりではありません。

それでも京急蒲田駅前まで来ると、目の前にこんな建物が。

IMG_5781 (640x480)


この形状から、アート系の専門学校か何かかな、と思いましたが、あとで調べてみると「大田区産業プラザ」という貸ホールのようなものでした。

IMG_5780 (640x480)



実はこの時すっかり忘れてしまい、あとから行けばよかった!と悔やんだのですが、このあたり(京急線雑色駅近く)に「タイヤ公園」として有名な、知る人ぞ知るB級(?)スポットがあったのでした。

taiya.jpg  @大田区HP

ご覧のように古タイヤを利用したゴジラやロボットなど、たくさんのタイヤ遊具があります。特に親ゴジラは、足から頭までの高さが8m、頭からシッポまでの長さが20mもあり、子どもたちに大人気で、日本全国だけでなく、アメリカやオーストラリアなど、海外でも紹介されたほどだそうです。

うーん、行けばよかった。残念!


さて、いよいよ多摩川を渡る六郷橋に到着しました。

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多摩川を歩いて渡るのなんて初めてですが、意外に水量豊かなんだなあ、と思いました。

IMG_5787 (640x480)


昔はこの多摩川を渡る橋がなく、旅人も荷物もみんな渡し船を使って越えていた、と想像すると、なかなか大変だったんだろうなあと思ってしまいます。

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そしてとうとう神奈川県に突入しました!

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六郷橋を越えると、そこはもういきなり川崎の町。
マンションやら雑居ビルやらが並ぶ旧東海道を歩くのですが、ちょうどこのあたりの一本南側の通りに、気になる地名があります。

堀之内町。

堀之内といえば、「オレたちひょうきん族」の「タケちゃんマン」で唄われた、あの有名な歌
♪ 今日は吉原、堀之内  中州ススキノニューヨーク ♪
で有名な、あの堀之内です。

思わず通りを一本それて、写真を撮ってしまいました。

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かなり近づいていますが、写真だけです。

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ということで、「タケちゃんマン」のあのメロディーが、頭の中を繰り返し駆け巡りつつも、堀之内の誘惑に負けず、無事に川崎駅前に到着しました。

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今日のテキトー完歩はこのあたりで終わりにしますが、地図を見ていて川崎駅近くに気になった地名があったので、ちょっと行ってみました。

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女躰神社。まあ、全国に同じ名前の神社、割とたくさんありますが。

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女体幼稚園、じゃなかった、女躰神社幼稚園もありました。
なんだか妖艶な保育士のお姉さんがたくさんいそうでワクワクします。

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ここはラゾーナ川崎のすぐ横です。
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ラゾーナ側から駅へと向かおうとしたら、会社の後輩夫妻にバッタリ会ってしまいました。

このあたりにお住まいでしたっけ?と聞かれたので、
正直に「いや、ちょっと散歩中」と答えましたが、かなり不思議そうな顔をしていました。

もし堀之内で会っていたら、散歩中、と言っても絶対に信じてもらえなかったんだろうな、と思います。




今回の結果:日本橋~川崎宿 19kmを制覇! 
実際の歩行距離は寄り道入れて22.11km、所要時間4時間47分、消費カロリー2115cal
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 45㎞/512km


<今回の道のり>
図1


<2014年8月17日訪問/完>




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透明人間/月へ

 2014-09-10
図2



帰り道、月があまりにもきれいだったので、公園のブランコに座ってひとり、お月見をしていたら、僕はいつの間にか透明人間になってしまったようでした。
月の白さに吸い込まれるように、時間も忘れて見とれてすぎていたからかもしれません。

透明人間になったのは生まれて初めてのことでしたが、僕はとりたててびっくりすることもなく、不思議なくらい冷静でした。



公園のすぐわきにある、33階建てのタワーマンションからやってきた小さな女の子が、まっすぐにこっちの方に駆けてきて、僕の座るブランコの上にひょい、と腰掛けても、まだ若い彼女の母親が、僕の背中をやさしく押しだすかのようにブランコをゆらゆらと揺り動かしても、もちろん僕は透明人間ですから、彼女たちに気づかれることもありません。



「お月さまがまんまるだね」
まだ自分ではブランコを上手にこげない小さな女の子が、背中を押すお母さんの方を向いていいました。
「うんうん。まんまるできれいだね」
ゆりかごのように心地よい揺れに身を任せて、僕はふたりのそんな会話を聞いていました。

「お月さまには何があるのかな?おうちはあるのかな?」
「お月さまにもおうちがあるよ。きっとうさぎさんが住んでると思うけど」
「うさぎさんのおうちもあるの?じゃああすかの知ってる人も住んでるのかな?」
「さあ、それはどうかなあ・・・知ってる人が住んでれば、今度お月さままで遊びにいけるけど、遠い遠いところだからねぇ・・・」
「じゃあパパのおうちはお月さまにあるのかな?遠い遠いところなんでしょ?」
お月さまを見上げる、その若い母親のツンと上を向いた小さな鼻を十五夜の透明な光が静かに照らしていました。



彼女たちの部屋は、タワーマンションの上層階の、眺めの良い2LDKでした。
ダイニングテーブルの上には、大きなお皿と小さなお皿が1枚づつ、そして二人分のカレーが入った小さなお鍋がありました。
彼女たちはふたりっきりで、でもとても楽しそうにそれを食べ終えると、手をつないでバスルームへと消えてゆきました。
バスルームからは、楽しそうな嬌声が聞こえてきました。僕はいてもたってもいられなくなり、少しの罪悪感を感じながらも、洗面所に足を踏み入れると、磨りガラス越しに母親の白く滑らかなうしろ姿が映し出されていました。足元の洗濯カゴには、ちいさな白い下着と、薄いレースの黒い下着がきちんと折りたたまれて置いてありました。



母親は女の子が寝静まるまで、布団のそばで彼女の背中をトントンと指先で包むようにたたきながら、とても素敵な、お月さまのお話をしてくれました。

お月さまはね、とっても遠いところにあるの。
だから歩いては行けないし、お月さままでの電車も、バスも走っていないの。
いつかみんなが乗れるロケットが発明されたら、誰でも行けるようになるかもしれないけど、まだそれはずっと先のことなの。
でもね、お母さんはひとつだけお月さまに行く方法を知ってるの。
それはね、透明人間になって、飛行機みたいに風に乗って、お空を泳いでいくことなの。
でも、透明人間には、なかなかなれないんだけどね。
1年に1回、お月さまが本当にまんまるで一番きれいな夜に、お月さままで本当に行きたい、と強くお祈りした人しかなれないみたいなの。
でもね、頑張って透明人間になって、お空をぴゅーっとひとっ飛びして、お月さまに着いたらね、遠い遠いところに行ってしまった人に、会えるんだって。
だからいつかふたりで、お月さまにお祈りしてみようね。



女の子が寝静まると、母親はひとり布団から抜け出して、白いバスローブを羽織ったままで30階のベランダへと出てゆきました。昼間はまだ残暑に汗ばむ季節とはいえ、仲秋の22時に、まだ乾ききらぬ髪を結わえたままのそのうしろ姿は、ちょっと肌寒いように見えました。

天頂には、白から黄金へと色を変えた月がありました。
彼女はバスローブをそっとすり落とすと、黄金色に輝く身体を、惜しげもなくさらけ出しました。
それはまるで月に住む誰かと、何かを確かめ合っているかのように見えました。
しばらくの間、彼女はちょっと泣いて、でもすぐにあの小さな鼻をちょっと上に向けて、十五夜の月明りが織りなす美しい影を、僕に見せてくれました。



なぜかわからないんだけど、僕の方が先に透明人間になっちゃったみたいでごめん。
でもきっと来年は君たちふたりが透明人間になれると思うよ。
そうして、お月さまで大事な人に会えるといいね。
だから毎日、いつも空を見ながら、歩いたらいい。
君のその、ちょっと上を向いている姿が、とても美しいから。



でも僕はお月さまで、いったい誰に会えるんだろう?




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親分とかパンチラとか追いはぎとか!の巻 【東海道テキトー完歩3 日本橋~川崎宿/後編その1】

 2014-09-08
『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
 

とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。

<前編はこちらから>
 東海道テキトー完歩3 日本橋~川崎宿 前編
 東海道テキトー完歩3ー2 日本橋~川崎宿 中編

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<中編からつづく>

青物横丁を過ぎると、交差点の先にこんな看板が見えました。

IMG_5764 (640x480)

八幡神社御神輿なんちゃら、と書いてあります。


このあたりから鮫洲の町に入ったようでした。

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どうやらお祭りは、鮫洲八幡神社例大祭で、最終日のこの日は、これから御神輿の宮納めが行われるようでした。

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そとからの人間はほとんど来ることもない、地元の町会だけの、小さな、しかし伝統あるお祭り、という感じですが、町じゅう総出で祝っているのが感じられます。

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そして、その町の人々がいいのです。

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(怖くて前からは撮れなかったので)この着物を着たうしろ姿の親父さん、相当渋いです。
もうかなりお年を召している感じがしましたが、どちらの親分さんですか?というくらい風格があって、かっこいいのです。

やはりこのあたりの人は昔ながらの下町気質の方々なんでしょうか。
自転車ですれ違うお母さんも、そこらへんの新興住宅街のお母さんとは乗り方が違います。
かなり気合の入ったこぎ方で、フルスピードで飛ばしてきます。
あっ、スカートの中、見えちゃいました。
もちろん意図せずところで、不覚にも。。。

こういうのも一本向こうの第1京浜沿いには絶対にない、旧東海道の町ならではの風景かと思います。
旧東海道って、やっぱ、いいなあー。



さて、鮫洲、立会川と過ぎ、旧東海道が再び第1京浜と合流する手前になんだかおどろおどろしい史跡に巡り合いました。

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なんでもここは、江戸時代にあった刑場で、220年間で10万人とも20万人ともいわれる人々がここで処刑されたとのことです。僕は見なかったのですが、火炙用の鉄柱や磔用の木柱を立てた礎石などもまだ残されているそうです。

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僕は霊感とかヤマカンとか第六感とか(古っ!)を全く持ち合わせていないので、こういうのを見ても何ともないのですが、持ってる人はやっぱりビンビン来るのでしょうか?



そういえば、霊には出会わなかったのですが、不思議なお婆さんには出会いました。
鮫洲の街を過ぎたあと、どこかの公園の前あたりで、そのお婆さんは僕を待ち構えていたかのように近寄ってきてこう言いました。

婆 「ここから新宿御苑までは遠いですか?」
僕 「新宿御苑っ、ここからだと結構遠いですねえ・・・」
婆 「遠いですよね、そうですよね。近頃足の調子がよくないもんで、バスだと大変でねえ・・・」
僕 「・・・・・」
婆 「だからタクシー代、恵んでもらえないかねえ・・・」

いきなりど真ん中のストレート、きました。
しかしタクシー代って、物乞いにしてはちょっと贅沢すぎるんでないかい?
百歩譲って、食べるものがなくてぇぇぇぇ、といわれれば心動かされることがないとも言えませんが、タクシー代は、ねぇ。
タクシーだったら俺だって乗りたいし。

ということで東海道の追いはぎ(というほどのものではないか・・・)は丁重にお断り申し上げて駆逐しました。
いろいろあります、東海道。


さて、いったん第1京浜に吸収された旧東海道は大森本町のあたりで、またちょっとだけ旧街道が復活します。

IMG_5776 (640x480)


このあたりは海苔の産地だったようで、海苔屋さんが何軒も目に付きました。

IMG_5775 (640x480)


ホントはシリーズ3回目の今回で終わりにするつもりだったのですが、やっぱりさすがは東海道、たった半日の散歩なのに書きたいことが多すぎて、まだまだ足りません。

ということでもう一回続けることにします。
とりあえず、後編その1終わり。


<2014年8月17日訪問/後編その2へつづく>




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