夜のかまくら ハイライト 【秋田県・横手かまくら‐2】

 2015-01-31
  前編 横手かまくら-1

手かまくらのハイライト、夜の部がはじまりました。

横手かまくらの主な会場は、横手城のある横手公園、羽黒町武家屋敷通り、二葉町かまくら通り、市役所本庁舎前道路公園の4か所です。
期間中はこの4か所を結ぶシャトルバスが10分間隔で運行されていますので、移動は便利なのですが、ピーク時は結構混むので、何本か待たなくてはならないケースもあります。

かまくら館近くの乗り場は案の定混んでいたので、まず最初に二葉町かまくら通り会場まで歩いて行ってみることにしました。
途中、横手川を渡る蛇の崎橋にかかると、眼下にミニかまくらの灯りが。

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おぉ、これはなかなか幻想的。
川原に降りてみると、ひとつひとつのミニかまくらの中にはろうそくの火が。
これ全部に点灯するの、大変だろうな、と思うほどの数です。

二葉町会場は、普通の民家の並ぶ細い路地のところどころにかまくらが点在しています。
昔からこの通りのかまくらは町内会が主体的に運営していて、最も伝統的なかまくらの姿を残している会場だと言われています。

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しかし週末で人がたくさんいるので、なかなか中に入るきっかけがつかめません。
かまくらと言えば、中にいるめんこい子供たちから「はいってたんせー」と声をかけられて「おぉそうか、じゃあお兄さんもちょっくらお邪魔してみよっかな」的な感じでものごとが進むと思っていたのですが、とんでもありません。
かまくらの外には順番待ちの人々が待っているような状態だったので、ささっと一通り眺めてここは終わりにします。

次の会場は、横手城の天守閣とかまくらのコラボレーションが味わえる横手公園。
ここは山道となるので、シャトルバスを利用して移動します。

横手城とかまくら。

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そのまま横手城の天守閣まで登ってみます。

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上から見たかまくらの頭頂部。

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なんかプリンみたいですね。



なんかこのままだとかまくらの中に入らずに終わってしまいそうなので、仕方なく僕も順番待ちして、いざ、カマクラ!

『かまくらに入ったら、まずは水神様が祭られている祭壇にお賽銭をあげてください。そうすると子供たちが甘酒や焼餅をふるまってくれますので、火鉢にあたり、子供たちとの「話っこ」を楽しみながら、雪国情緒を味わいましょう。』

かまくらでの振る舞い方マニュアルにはこんなふうに書いてあったのですが、子供たち、結構あっさりしてました。
なかなか共通の話題もなく(あたりまえか)会話もさほど弾まないので、お餅食べて、甘酒飲んで、まあ雰囲気が味わえたからよしとしよう、ということであえなくかまくら体験は終了いたしました。



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横手のかまくら。
ちょっと人が多すぎて、にほん昔話に出てくるような鄙びたかまくらではなかったけど、でもやっぱり来てよかったと思います。

欲を言えば、観光客もいないような普通の通りになぜかポツンとひとつだけかまくらがあって、「はいってたんせー」という声に誘われて中をのぞいてみたら、そこには色白秋田美人のお姉さんがひとり佇んでいた、みたいなシチュエーションがあるともっとよかったのですが。



このシリーズ、終わり。


<2013年2月16日 訪問>




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戦略的寒さ?あけぼのゴロンとシート【横手かまくら‐1】

 2015-01-28
手のかまくらには、ずっと前から行ってみたいと思っていました。


大学時代の同級生に横手出身の女の子がいて(彼女は雪のように白くきれいな肌でした)、彼女から何度かかまくらのときの話を聞いていたからでした。
今まで横手の町には2度、3度と降り立ったことはあるのですが、かまくらの時期に訪れたことはなく、今から2年前の2013年2月、ようやく念願の初かまくらを体験することになったのでした。


横手のかまくらは、毎年2月15日と16日に行われる小正月行事で、約420年の歴史があるといいます。
町の至るところに作られた雪のやしろ「かまくら」の中から、地元の子どもたちに「入ってたんせー」と呼びかけられ、かまくらの中に入って水神様にお賽銭をあげると、子どもたちが甘酒やお餅でもてなしてくれる、という雪国の情緒ある行事です。

この年は15日が金曜日、16日が土曜日というカレンダーだったので、16日の早い時間から横手に着いて目一杯かまくらを満喫しよう、ということで、上野から秋田経由で青森まで走る夜行列車、「あけぼの」で出発したのでした。

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ちなみにこの「あけぼの」、今はもう定期列車としては運行されておらず、繁忙期の臨時列車でときどき見かけるだけになってしまいました。

この列車には「ゴロンとシート」という寝台料金(6300円)がかからず、特急料金だけで乗車できる、というなんともお得なカテゴリーのシートがあるのでした。

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しかもこの座席は普通のB寝台席と同じものなのです。
ただ寝台車のような布団セットがついていないので、ベッドの上に直接ゴロ寝しなければなりません。
こんな感じです。

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でも布団があるかないかの違いだけで寝台料金がかからない、というそのお得感に誘われて、ためしに乗ってみることにしました。
別にケチったわけではないのです。
いや、やっぱりケチったかもしれません。。。


感想は・・・・・・・・・・・・・・・・・サムい!


布団がないので、とにかく寒い。
もちろん車内には暖房が入っているのですが、2月の新潟やら山形やら秋田のギンギンに冷えたすきま風がどこからか入ってきて、ごろんとシートに巣食うケチった星人たちに「それみたことか」と襲い掛かってくるのです。

ちょっとちょっとちょっと、この車両だけもうちょっと暖房強くしてくれよ、と思いましたが、構造上1両だけ調整はできないのか、それとも戦略的に(寝台車との優劣差を出すために)寒くしているのかはわかりませんが、まー大変な一夜でした。

結論。
「ごろんとシート」に冬に乗る場合は、布団を持ち込むか(これは無理ですね)、いつも以上に厚着をして(股引とかタイツとかがマストレベル)乗りましょう。

と、えらそーにアドバイスしてはみたものの、すでにあけぼのは定期列車としての役割は終えていて、今は繁忙期に臨時列車として運転されるだけで、なおかつこの「ごろんとシート」は連結されていないようですので、もう利用する機会はないと思いますが。



秋田駅到着時のあけぼの。
こりゃ、サムいはずですね。

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秋田から奥羽本線の普通列車に乗り換えて、約75分で横手駅に到着します。

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かまくらは、毎年2月15~16日に行われる横手の小正月の伝統的な行事。
横手では、かまくらの中にまつられた水神様にお賽銭を上げて、家内安全・商売繁盛・五穀豊穣などを祈願するという風習があり、それがこのかまくらの原型だったそうです。

暖かそうな橙色の明かりを灯したかまくらが、雪の中にポツンポツンと並び、袢纏を来た子供たちが「はいってたんせー(はいってください)」と呼びかけ、その中であたたかい甘酒やお餅を振舞ってくれる…
かまくらのハイライトはもちろんこうした夜の情景にあるのですが、昼間もいろんなイベントが盛りだくさんで、結構楽しめるのです。


まず行ってみたのは、市役所本庁舎に隣接して建っている横手ふれあいセンターかまくら館。
ここは横手市街の中心部にあり、横手かまくらイベントの本部基地のようなところです。

そこで見かけたのが、これ。

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これも横手の小正月の伝統行事のひとつ、ぼんでん、と呼ばれる催しのひとコマ。
豪華絢爛な頭飾りをつけたぼんでんの秀麗さを競うコンクールの最中でした。

このぼんでんは明日、ここから約3キロを練り歩いて旭岡山神社に奉納されるのですが、最後は先陣を競って激しい押し合いが繰り広げられる勇壮な伝統行事だということです。

コンクールのあとには餅まきが行われ、地元の人々と観光客が入り乱れての餅取り合戦。
結構たくさんまかれるので、本気になれば1食分くらいは取れるかもしれません。。。


これはかまくら館に貼ってあったぼんでんのPRポスター。

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ボディコピーがなかなかイケてるので転記しますね。



豪華な頭飾りのぼんでん、30本。
山の上の神社まで4キロを練り歩く男衆、853人。
男衆の中にいるいい男の数、自称も含めてだいたい八割。

あったか冬靴はいて、
数えに行こう。



なかなかやるなあ、横手!



さて、横手の中心部にある文化交流施設、かまくら館に「かまくら」を1年中体感できるファンタジックギャラリーという施設があったので覗いてみることにしました。

入場料100円を払って中に入ると、かまくらを紹介するパネルや映像があり、一番奥に「かまくら室」というものがあります。

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ここは1年中-10℃保たれて、かまくらの実物が展示されています。記念撮影用の袢纏なども用意されているので、かまくらの季節以外に来るにはいいかも。
かまくらの季節に来てしまうと、あとで本物を見るのであんまり意味ないんですけどね。。。


そんなこんなでお昼どきになったので、横手やきそばにチャレンジしてみます。
ご存知横手やきそばは、B級グルメの祭典、B1グランプリも獲得している、ご当地グルメの代表格。太くてまっすぐな角麺に甘めのウスターソース、てっぺんに半熟の目玉焼きが載っているのが特徴で、横手市内を中心に「横手やきそば暖簾会」公認の47軒のお店で味わえます。

残念ながら行ったお店の名前は忘れてしまいましたが、横手やきそば四天王にも選ばれたことのある有名店だったような気がします。もちろんおいしかったですよ、ハイ。


午後は、夜のかまくら会場となっているところを先取りしてブラブラと散歩してみます。

横手南小学校。

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校庭には数個の大きなかまくらと、無数のミニかまくらが作られています。
夜はミニかまくらにろうそくの火が灯されて、きっときれいなことでしょう。

この年はまだやっていなかったのですが、どうやら今年(2015年)からこの小学校で3Dプロジェクションマッピングショーが行われるらしいです。
お口の恋人、ロッテが協賛するイベントで、タイトルは「雪見の夜、かまくらレトロ浪漫」。

ロッテ?雪見?・・・

そう、このタイトルは、ロッテのアイスクリーム、「雪見だいふく」から来ているようです。
雪見だいふくのもちもちした食感と白くて丸みを帯びた形状が、かまくらのほっこりした世界観と似ている、ということから生まれたコラボレーションなんだそうです。

見てみたいですね。
校庭に作られたかまくらやミニかまくらとちょっとモダンな校舎に映し出されるプロジェクションマッピングの共演、たぶんかなり感動的な作品になると思いますよ、ホント。


横手南小学校からすぐのところにある、羽黒町武家屋敷通り。

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夜の本番を控え、職人によるかまくらのメンテナンスシーンなんかも見られて面白かったのですが、ここのかまくらは雰囲気ありましたね。

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昼間の誰もいないお屋敷の立派な門前に、ポツンと佇む真白な無人のかまくら、風情ありますよ。


そんなわけで、かまくらはもちろん夜が本番ですが、昼も結構おススメなのでした、ハイ。



<2013年2月16日 訪問 横手かまくら‐2へつづく>




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軍艦島、初上陸メモ。【青春18 対馬への旅‐番外編】

 2015-01-26
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艦島に、2度目のチャレンジで初上陸しました。

っといってもこれは2013年の大晦日のお話。
年末の東海道&瀬戸内紀行が間に入ったため、すっかり忘れていましたが、連載中だった「青春18 対馬シリーズ」の帰りに長崎の軍艦島に寄ったので、今回はその報告です。



念のため、軍艦島の概要をまとめると。。。

長崎市の西約19キロメートルの沖合に浮かぶ小さな島。面積6.3ヘクタール、外周約1.2キロメートル。
外観が軍艦に似ていることからこう呼ばれるが、正式名称は端島。
かつて海底炭田の採掘地として栄え、狭い土地にたくさんの労働者(とその家族)が住むために、1916年には、日本初の鉄筋アパート(7階建て)が建設された。その後、7~9階建ての高層住宅が次々に建てられ、最盛期には東京ドームの1.3倍ほどの面積に約5200人が暮らし、人口密度はぶっちぎりの世界一だったという。
現在は無人の「廃虚の島」。炭鉱施設の多くは解体されており、朽ちたコンクリートの高層住宅群だけが往時のおもかげを伝えているが、貴重な明治期の産業施設として世界遺産に申請しようという動きがある。。。こんな感じでしょうか。



実は数年前にも一度、軍艦島上陸ツアーに参加したことがありましたが、その時は悪天候のため船が接岸できず、上陸は中止となり、海上で島を一周しながら見学をするコースに変更になってしまったのでした。
聞くところによると、軍艦島上陸ツアーをはじめた頃は、リスクを考慮したり慣れていない点があったので上陸率は1/3くらいだったのですが、今は(運航会社や季節によって違いますが)2/3以上の確率で上陸できるということです。

軍艦島へはいくつかの運航会社が上陸ツアーを出していますが、僕が乗ったのはやまさ海運、という会社のもの。
前の時は確かこの会社しか軍艦島ツアーがなかったような気がしますので、このツアーでは一番の老舗という感じです。



ツアーは大波止の長崎港から13時ちょうどに出発して、所要時間は約150分です。
長崎港を出て軍艦島まで片道30分、上陸して見学を1時間、再び船に乗って海上を30分ほど周遊したのち、30分かけて長崎港に帰ってくる、といったような日程です。

途中、この図のように女神大橋やら三菱重工の造船ドックやら伊王島やらを船の上から眺めながら進みます。

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そして見えてきました、軍艦島。

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最初に上陸するため、ドルフィン桟橋という軍艦島唯一の船着場に到着します(これは帰りの写真ですが)

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上陸後の観光コースは決まっていて、すべて集団行動、このコースを外れての自由行動は許されていません。
掟破りが見つかったら帰りの船に乗せてもらえず、このままここにおいて行かれ、軍艦島に今も夜、現れる人食い猫の餌食になるそうです。

そんなわけでこの赤い見学通路の部分しか観光できないようになっています。

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船を降りて見学通路を歩き始めると、いきなりこんな眺め。
来たぞー軍艦島って感じです。

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島内ではガイドさんが説明してくれる場所が決まっていて、まず第1見学広場というところで最初の説明があります。
山の上のほうに見える建物は、確か三菱石炭鉱業の幹部職員の社宅だということでした。
一番見晴しのいいところに建っていて、この社宅だけは内風呂があったそうです。

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少し移動すると竪鉱桟橋と呼ばれる階段付きの建物があrます。
これはこの島の主力鉱であった第二竪鉱への「桟橋」へ出入りするための建物だったそうです。

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続いて現れるレンガ造り建物は、資材置き場や総合事務所として使われていたところ。
ここには大浴場があって、さっきの坑道桟橋から戻ってきた人が、みんなここで風呂に入ったそうです。

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第2見学広場にて。
みんなこんな感じでガイドさんの解説を聞きます。

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これは総合事務所と会議室とをつなぐ建物の下を道路がくぐっているので、トンネルと呼ばれている場所。

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やがて島の先端付近(軍艦の船首、へさきの部分)に着くと、第3見学広場があって、ここで見学通路は終わりになります。
目の前に見えるのが仕上工場と言われている建物。

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そしてその向こうに30号アパートと31号アパート。
手前の30号アパートは、大正5年(1916)築で、日本最古の高層アパートとも言われています。

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奥の31号アパートは昭和32年築と比較的新しいのですが、屋上付近が崩落しています。潮風の影響かなにかでしょうか。
ここが上陸ツアーの最奥の場所となり、あとは桟橋まで引き返すのみとなります。

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ツアーで歩くのは島の外周の1/5程度ですので、ほんの一部です。
また、崩落の危険がないように、建物の密集していない比較的安全な場所が多いため、本当に迫力のある廃墟部分は見られません。

土地がないので、7階建てにもなってしまった端島小中学校、ビルとビルの間の狭い路地に行商の露天が並んでいた端島銀座通り跡と地獄坂階段などいろいろ見てみたい場所があったのですが、これはまあ、仕方ありません。



脱走者がいないように一人残らず船に案内されると、今度は海上からの軍艦島見学のため出航します。
ところどころ解説をするために海上で停泊してくれるのですが、これが結構揺れるのです。
高速で走っている分には多少の波は気にならないのですが、停まっていると少しの波でもまともに揺れの影響を受けるようです。

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なので、写真はこれでおしまい。
なるべく船と一緒に自分の意思で揺れる、という船酔い防止の鉄則に従って、甲板でゆらゆらとしながら、ぼんやりとこの島の過去を妄想していたのでした。



<2013年12月31日 訪問>




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桶狭間で戦国女子奇襲か?【東海道テキトー完歩 鳴海~池鯉鮒‐後編】

 2015-01-24
『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
 

とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。

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会館を過ぎてしばらくすると、有松の古い町並みは終わります。
大晦日だったおかげでほとんど観光客もいなかったので、ここでも写真撮りまくり、ゆっくり満喫できました。


有松の町を通った旧東海道が国道1号線に合流するとすぐに見えてきたのが、これ。

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おー、桶狭間、こんなところにあったのか。
地名も史実も知ってたけど、こんな場所にあるなんて全く想像もしてなかったぞ。
名前からして、もっと山に囲まれた谷間のようなところだと思ってた!
しかも中京競馬場と看板並んでるし!!

でもまあ、とにかく行ってみます。

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公園のような感じに整備されていますが、敷地はさほど大きくはありません。

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桶狭間の戦いとは、織田信長が自軍の10倍もの兵を率いる今川義元を悪天候にも乗じて奇襲、見事討ち取り、新たな時代の幕を開いた戦いとして有名です。

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勝利を確信した今川義元が一瞬の隙を見せ、陣中で宴席を開いていて信長に急襲されたのがちょうどこのあたりだったのでしょうか、ここが今川義元の墓とされています。

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いつの間にかどこからか戦国女子が現れ、ひととおり史跡を写真に収めると、義元が急襲されたあたりの石の上に座り、弁当を広げはじめたではありませんか。

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その背中がまるで、信長サマ、私を襲って、と言っているように見えたので、「21世紀の信長」との呼び声高い僕が一戦交えるしかないか、と迷いましたが、奇襲は100%成功してしまいそうだったのでビビッてやめておきました。。。



桶狭間を過ぎると、住所が名古屋市から豊明市に変わりますが、これといって特徴のないベッドタウンのような町並みがずっと続きます。
どこかで休んでランチでもとりたいんだけど、なかなかよさそうな店がなく、ダラダラと歩くよくないパターン。
おまけになんだか右足の裏に違和感が。
今日は出だしは快調だったのですが、やっぱり往路の静岡ロードの疲れが抜け切れていないのでしょうか。
ようやく名鉄の富士松駅に隣接の喫茶店を発見し、遅いランチで休憩。

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再び歩きだしてみたものの、違和感が痛みに変わって次第に強まっていくような気がします。
富士松駅でリタイヤして名鉄に乗っちゃえばよかったな、と思うも後の祭りで、すでに東海道は国道1号に合流し、しばらく名鉄とは離れた場所を進まなくてはなりません。
残り3~4キロ、無理すればこのまま歩けない距離ではないのですが、無理するとしばらくの間痛みが残ってしまうのです。
一度同じような状態で無理をして、その後3日間、歩くだけでもつらかった時がありました。

ときどき立ち止まったり、伸ばしたり、足の裏を地につけないように歩いたりしながら、国道沿いの特徴のない道をだましだまし進みます。

途中で目に留まったのはこの看板くらい。

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どんなに苦しくてもこんな看板に反応しちゃうなんて、さすが21世紀の信長だな、俺。

なーんて思ってたら次から次へと逢妻シリーズ。

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そんなこんなでなんとか気を紛らわせながら歩いていると、ようやく池鯉鮒の文字が。
池鯉鮒と書いて「ちりゅう」とは読めませんでした。
なんかこの宿場町、名鉄の知立駅に近いけど、なんて読むのかな、なんて思ってたらまさか「池鯉鮒=知立=ちりゅう」だったとは。

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池鯉鮒は宿場としての面影を残すものはほとんどなく、ちょっとした市街地を通るとすぐに名鉄の知立駅でした。

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今日のテキトー散歩はここまで。
このまま名鉄で豊橋まで行って、青春18きっぷ旅、無駄遣いパターンで、新幹線を使って東京に帰ります。

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なんとか紅白のスタートには間に合いそうな感じです。
かえずがえすも、紅白は見ないけど。



今回の結果:鳴海宿~池鯉鮒宿 12kmを制覇! 
実際の歩行距離は寄り道入れて13.87キロを3時間26分
東海道テキトー完歩まで:現在の合計 221㎞/512km



<2014年12月31日訪問>





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大晦日、紅白・有松・50万【東海道テキトー完歩 鳴海~池鯉鮒‐前編】

 2015-01-22
『東海道テキトー完歩』とは・・・・・
 

とある本に触発され、旧東海道に沿って五十三次、約500㎞をテキトーに、しかし完歩しようという試み。

時間がある時にぶらっと出かけて、気の向くままに歩くシステム。歩く順番もランダム。よって何年かかるか不明。
名所旧跡を語るより、街道沿いの人々や風俗(変な意味ではない・・・と思う)、B級スポットなどを、ときどき妄想なんかも入れながら紹介する滑稽本(になったらいいな)。

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戸内と吹屋の帰り道、関西の友達のところに立ち寄って1泊し、いよいよ今日は大晦日。

大晦日だし早めに家に帰ろうか(紅白がはじまるまでに帰るイメージ。紅白は見ないけど)、それともせっかくここまで来てるので目一杯時間を使おうか(除夜の鐘までに帰るイメージ)と悩みます。
青春18きっぷで帰るとなると、大阪から東京まで全部各駅停車で10時間。朝から電車に乗りっぱなしでようやく紅白間に合うかな、という感じ。ちょっとでも寄り道したら、除夜の鐘コースです。

うーん、せっかくなので寄り道したいけど、さすがに今日は早めに帰りたい。
ということで目一杯遊んで、途中から新幹線で早めに帰る作戦に。

青春18きっぷでは新幹線、乗れません。
なので特急券と乗車券、別途買うことになります。青春18きっぷ、もったいないじゃん。。。

でも、よくやっちゃうんですよね、これ。
特に大阪方面から東海道本線を戻ってくるときに多い現象で、だいたい豊橋から東京までの区間が新幹線となります。
なぜ豊橋なのか?
豊橋までは新快速が走っているので、青春18きっぷでも早く快適に移動できるという点と、名古屋からのぞみの自由席だとなかなか空いていないけど、豊橋からひかりの自由席だと結構座れるという点が、その理由であろうということが最近の研究で明らかになってきました。
この「青春18キッパーは、なぜわざわざ新幹線を使うのか」という論文が完成したら、JR東海から表彰してもらい、今まで余計に使った切符代、10万円くらいは賞金としていただきたいと思っています。



さて、それはそれとして・・・
夏の青春18きっぷの旅では、同じように関西からの帰りがけに旧東海道の宮宿から鳴海宿までを歩いたので、今回はその続き、鳴海宿から東へ向かうことにしました。


金山駅でJR線から名鉄へ乗り換えます。
山陽本線の姫路のあたりで事故があったらしく、JR西日本の新快速が運休していた影響で、結局名古屋に着くのが12時近くになってしまいました。

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4か月ぶりの鳴海駅。
ここからスタートします。

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鳴海駅から細い川を渡って旧街道を東へ。
穏やかな冬晴れの大晦日。
窓のサッシを拭いているおばさん、庭で水撒きをしているおじいさん、車に乗り込む家族連れ。
普通の住宅街を歩いていても、のんびりとした、しかしどこかウキウキしたような空気が流れています。

鳴海の住宅街を抜けて、名古屋環状高速の下をくぐると、有松の一里塚があります。

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するといきなり街道脇の眺めが変わって、ここから有松の町並みがはじまります。

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有松は池鯉鮒宿と鳴海宿の間の宿として設けられた宿場でしたが、江戸の初めに竹田庄九郎によって誕生した有松絞がのちに街道一の名産品となり、旅人が故郷へのお土産に競って絞りの手拭、浴衣などを買い求め、大いに繁栄しました。
そしてその当時の町並みが今でもそのまま残り、江戸時代の風情が味わえる、東海道でも有数の町並みです。

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当時の商家の繁栄ぶりを、今に残している竹田家住宅。

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今でも街道沿いには有松絞りのお店が並んでいます。

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有松は、1784年の大火で村の大半が焼失したことの反省から、火災に備えて建物は漆喰による塗籠造とし、萱葺きだった屋根を瓦葺とした、ということです。

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見事な蔵ですね。塗籠造とはこういう壁、ってことなんですよね?スミマセン、ちょっと自信ありませんが。。。

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服部家住宅。
愛知県の有形文化財になっていて、有松を代表する建物です。

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ここは今も井桁屋の屋号で有松絞りの製造販売を行ってますが、今日は年末で臨時休業。
一着50万円くらいの着物をオーダーメイドしようと思ったんですが。。。残念!

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さて、服部家住宅(井桁屋)の向かいにあるのが、有松の観光の中心となるスポット、絞会館。

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絞りに関する歴史資料の展示や伝統工芸士による絞実演、絞り体験なんかもできるようですが、ここもお休み。

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有松絞ののれんにも、お正月飾り。

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まあ、おかげで人が少ないからよしとしましょう。




<2014年12月31日訪問 続く>





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もんげークールな、吹屋小学校 【岡山県・高梁市‐後編】

 2015-01-20
屋のもうひとつの見どころに、平成24年3月まで現役の木造校舎として国内最古とされていた、旧吹屋小学校校舎があります。


吹屋の町並みのちょうど真ん中あたりからゆるい坂を上って高台を越えると、もんげーカッコいいその雄姿が見えてきます。
標高550m、中国山地の山あいの小さな集落の小学校にしては不釣合いともいえる大きな規模と贅沢な意匠は、そのまま当時の吹屋の隆盛を象徴する建物だったのでしょう。

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最近では古い木造校舎を再活用した施設もいろいろとでき始めていますが、この築110年を越える校舎をつい2,3年前まで現役の学校として使っていたのはすごいなあと思います。

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おー僕が生まれる30年以上も前だ!
そんなことはないか。。。

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この紅い部分は、やっぱり吹屋らしくベンガラ塗装を使っているのでしょうか。

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もうここはすでに現役ではないのですが、「田舎の美しい小学校リスト」の番外編第1位に入れておこうと思います。



ちなみに、吹屋小学校のすぐそばに、似たような建物がありますが、これはラフォーレ吹屋という宿泊施設。
もちろん吹屋小学校を模してあとから建てられたものです。

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さて、吹屋小学校から再び吹屋の町並みに戻ります。
途中の高台から見た、吹屋の町並み。
やはりベンガラ色の壁のお屋敷が多いのがわかります。

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美しい格子戸の家。
旧成羽町公民館の吹屋分館跡です。

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真っ赤ですね。

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御手洗や竹原にもあった、なまこ壁の家も、やっぱりここは色が違います。

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紅ののれんが映える町並みです。

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この吹屋も年末でほとんどの施設がクローズしていたため、日中でもほとんど観光客がいませんでした。

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普段の休日は、もっと賑わっているのかもしれません。
だから今日のようなこの静けさがやっぱりいいよな、と思う反面、こんなにもんげーな場所なのに、訪れる人があまりにも少ないのはもったいないよな、といういつもの葛藤を感じた1時間でした。



<2014年12月30日訪問 吹屋編 終わり>







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もんげー紅い、吹屋の町並み  【岡山県・高梁市‐前編】

 2015-01-18
回、御手洗、竹原、大久野島、と広島県内を中心に瀬戸内の島々をめぐったあとの予定を決めていませんでした。
途中で天気が崩れそうだったので、予備日のようなつもりで天気次第でどうするか決める1日を用意しておいたのですが、なんと予報に反して毎日好天となってしまったので、さてどうしようか、という感じです。
結構なことなんですけどね(笑)

このあたりだと呉にある江田島も未踏の地だったので行ってみたかったのですが、メインとなる海上自衛隊の第1術科学校(旧海軍兵学校跡)が年末でクローズされているので、さすがにこれは外せないだろう、ということで今回は見送り。
あとは瀬戸内国際芸術祭の際に回り切れなかった塩飽本島(香川県丸亀市)にも前々から行きたかったのですが、やはりここは次回の芸術祭の時に行って、アートもみたいなあ、という気もするので今回どうしても、という気にはなりません。

そんな消去法的な理由で出てきたのが、岡山県の中国山地にある吹屋という町。
でも、ここは僕の「いつか行きたい場所ノート」の中でもかなりの大物としてずっと前から大事にとっておいたところで、消去法で決めてしまうのにはもったいないくらいの場所なんです。

ただ、今回は瀬戸内中心に回るつもりだったので、予想外の出番になってしまったということだけです。


吹屋といえば、ベンガラの町として美しい紅色の建物が並ぶ景観で知られています。
ただ、関東の方にはあまりなじみがなく、距離的に近い関西の方々の知名度の方が高いかもしれません。



前夜、岡山に泊まっていた僕は、JR伯備線の黄色い電車で、吹屋への玄関口、備中高梁駅に向かいます。

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備中高梁は、岡山平野の北にある盆地の町。
ここに降り立つのは2回目ですが、ここから先は本格的な中国山地がはじまるから覚悟しろよ、という雰囲気があります。

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備中高梁といえば、備中松山城。
今でこそ、天空の城といえば但馬の竹田城が有名ですが、ここが元祖天空の城。
標高430メートルの臥牛山山頂にあり、現存天守を持つ山城としては最も高い所にあるお城らしいのです。

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デジカメのズームを最大にしてみると、山の上にちょこっと天守閣が見えますよね。
岐阜城とか岩国城も結構な山の上にあったと思うのですが(両方ともロープウェイがあるくらいですから)、それより高いってことですね。
確かに僕も初めて備中高梁駅に降り立った時、せっかくなので、と無謀にも徒歩で頂上までチャレンジしてみたのですが、あまりにも急坂が続くので予定より時間がかかりすぎ、途中で時間切れでリタイヤしたことがあります。

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今回は吹屋行きのバスが出るまでの30分しか時間がないので、もちろん遠くまではいけませんが、ちょっと駅から足を延ばして武家屋敷が並ぶ地区の手前まで行ってみました。
伯備線の黄色い電車がちょうど通りかかります。

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備中高梁駅前の高梁バスセンターに戻って、吹屋行きのバスに乗ります。
吹屋までは約1時間の行程ですが、土休日は1日に3往復しかありません(平日でも3.5往復しかありませんが)。
今回は高梁駅を10:48に出るバスで吹屋に向かい、11:48に終点の吹屋着。
ちょうどその1時間後、12:48に吹屋を出て高梁に戻ってくるバス、という行程です。
地方のバスは終点で10分くらいで折り返し出発してしまうことが多いのですが、吹屋で観光する客のことを考えて1時間後の出発にしてくれているのなら感謝です。なんといってもこの後のバスはまた3時間後までないのですから。


途中伯備線の備中川面駅までは高梁川に沿って、盆地の中を進みますが、そのあとはいよいよ中国山地の山ひだへと切り込んでいきます。

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写真のような、やや小ぶりのバスが、最後はすれ違いもままならないほどの狭い道を上りつめ、やや開けて明るくなった場所に出ると、吹屋の町並みが現れます。



吹屋は、紅色の町でした。

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郵便局も、ポストだけじゃなく、見事にぜんぶ紅。

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吹屋は、江戸から明治にかけて銅や鉄の鉱山町として栄えた町でした。
特に硫化鉄鉱石を酸化・還元させて製造したベンガラ(酸化第二鉄)の日本唯一の産地として繁栄を極めたのでした。
ベンガラは主に美術工芸用の磁器の絵付け・漆器、神社仏閣の外壁塗装に多用され、その紅色の塗装はもちろんこの町の建物にもふんだんに使われています。

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吹屋の町の素晴らしいところは、個々の屋敷が豪華さをまとうのではなく、旦那衆が相談の上で石州(島根県)から宮大工の棟梁たちを招いて、町全体を統一されたコンセプトの下に作り上げて行ったという点にあります。
だから今もこうして調和のとれた見事な景観が残っているのです。

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昭和52年には国の重要伝統的建造物群保存地区の認定を受けています。

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旧片山家住宅。
吹屋にはこうしたベンガラで賑わった豪商の家がいくつも残っています。

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おぉっ、広島に影響されたのか、岡山でもこんなんはじまってましたか。
「もんげー」って何かと思いましたが、岡山弁で「ものすごい」という意味らしいです。

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しかしこの「もんげー」という方言、妖怪ウォッチの狛犬妖怪「コマさん」というキャラクターが多用するため、全国の小学生の間で大ブームらしいのです。
それに乗っかったのかどうかはわかりませんが、今がチャンスってわけですね。

もんげー岡山のサイトをみてみましたが、(やや詰め込みすぎ、という感はありますが)スタートはなかなかいい感じです。
岡山県、この後が大事ですね。
広島みたいに「おしい」→(「おしくない」「おいしい?」)→「泣ける」(→「感涙」)みたいな華麗な展開ができるでしょうか。
今後に期待しましょう。



<2014年12月30日訪問 吹屋編その2へ続く>







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静寂・幻惑・時空旅行。‐夜の竹原フォトアルバム‐【広島県・竹原】

 2015-01-16
うしても人のいない竹原の町並みを見てみたくて、大久野島を訪れた後、再び竹原に戻ってきました。

時刻は17時半。
つい先日、冬至を迎え、これからはだんだんと日の入りが遅くなってくるとはいえ、まだ12月の末。
年の瀬迫った通りからはすでに人影も消え、音もなくゆっくり下りてくる夜の帳が、古い町並みを包み込みます。

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ここから先はあまりグタグタと説明するよりも、まるで江戸後期にタイムスリップしたかと勘違いしてしまうようなこの町並みを写真で見てもらった方がいいと思うのです。

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昼間見た、鉢植えのライトアップ。

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そして、これが、個人的にはベストショット。

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本町通りから外れ、裏道へ。

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蔵のある通り。

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脇道の路地へ。

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自転車も、アートのよう。

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こうして、竹原の夜は、静かに、静かに更けてゆき、夢と現実との境のあたりで、僕をいつまでも惑わせるのでした。

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<2014年12月29日訪問>




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ウサギのち毒ガスの島 ‐毒ガス編 【広島県・大久野島】

 2015-01-14
 大久野島前編(ウサギ編)  はこちら

の中心部、「休暇村大久野島」を過ぎると、人もウサギもにわかに少なくなり、休暇村関連の施設がしばらく海岸に沿って続くものの、なんとなく荒涼とした雰囲気になってきます。
太陽もいい具合に傾きかけて、海からの風もだんだん冷たく感じられる時間帯になってきました。


そんな中、休暇村の裏手あたりにまず現れるのが、三軒家毒ガス貯蔵庫跡。

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猛毒で皮膚がただれる、びらん性毒ガス「イペリット」・・・って説明聞くだけで恐ろしや。
三軒家ってことはもう一軒あったのでしょうか。

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途中に小さめの毒ガス貯蔵庫もあるのですが、もっとも大きいのは長浦毒ガス貯蔵庫跡。

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この廃墟っぷりは、軍艦島に通じるものがありますね。

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残念ながら、中は立ち入り禁止です。

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うーん、こんな負の史跡ばっかりで気が滅入るなあ、と思っているとまた現れましたウサギさんチーム。
さすがに今までのような大群はいませんが、廃墟の前にも、ときどきこうやって現れます。

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ここまでやってくる人間は少ないので、ちょっと僕が通りかかるだけでみんなワサワサと寄ってきて、かなり餌を期待されちゃってる感じなんですが、ないものはないのです、ゴメン。

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海を挟んだ向こう側には本土の工業地帯が見えます。

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島の北のほうのちょっと高台に登ったところにあるのが、北部砲台跡。

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毒ガス工場とは別に、この島は芸予要塞大久野島保塁なんちゃら、と言って、日露戦争の頃から海上保安のための大砲が設置されていたそうです。

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ここから坂道を上ると、島の頂上である中部砲台跡と展望台に行けるようなので、結構長い階段を上ります。
今日は御手洗に続き、2度目の展望所巡りですな。

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頂上付近の比較的平らなところに中部砲台跡があります。

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僕は見たことがないのですが、こういうの、よく「天空の城ラピュタ」っぽいと言われているのですが、そうなんでしょうか。
和歌山の友が島がそう言われてますよね。
友が島には行ったことがないのですが、写真で見た友が島の砲台跡と確かに雰囲気は似ています。

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大久野島の砲台跡は、最も完全な形を残しているらしく、たしかにそんなに朽ち果てた感じはしませんでした。

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展望台近くから、西の方を眺めた写真です。
まだ夕暮れではありませんが、瀬戸内の日没イメージはこんな感じなのでしょうか。

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展望台から東の方に向けて坂を下ると、フェリー桟橋まで行けるようになっています。
坂を下りきったところあたりにあるのが、発電所跡。

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これもいい感じで軍艦島っぽい姿になっています。

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しかし、こんなところにも奴等が。

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そういえばこのウサギ軍団、一説には毒ガス実験で使われていたウサギたちの生き残りだ、などというまことしやかな噂もありますが、どうやらそれは違うらしく、40年以上前に本土の忠海小学校で飼っていたウサギ8匹をここで放したら、それが繁殖して、今は700匹を越える数になっているということです。


発電所跡からは1、2分でフェリー乗り場に着きました。
帰りは休暇村が運航している小さな客船でした。
2時間で島内を一周した感じですが、僕にはちょうどいいペースでした。

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大久野島。
ウサギのち毒ガス、ときどき砲台、ところによりまたウサギ。
そんなシュールでクールな島でした。


<2014年12月29日訪問 大久野島編 終わり>




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ウサギのち毒ガスの島、‐ウサギ編 【広島県・大久野島】

 2015-01-12
久野島を語るとき、必ず枕詞のようについてまわる二つの単語があります。
それは、「毒ガス」と「ウサギ」。
ときどき、それに「地図から消された島」なんて説明が加えられることもあります。

大久野島は、今でこそリゾートみたいな国民休暇村もあるし、数百匹ものウサギが飛び跳ねてるし、それを目当てにやってくるファミリーであふれてるし、なんとも平和この上ない島ですが、戦争中は日本軍がここで人知れず戦闘用の毒ガスを製造していたこともあり、地図にも書かれていなかった、平和とは正反対の島でした。

僕がこの島の存在を知ったのは、2、3年前のことでしょうか、「毒ガス」と「ウサギ」というまるで正反対のふたつの枕詞を持つワンダースポットですから、当然のようにいつか行ってみようと思っていたのでした。


大久野島には、竹原からJRの呉線で東へ3つ目の駅、忠海(ただのうみ)で降りてすぐの港からフェリーで渡ります。

忠海駅の看板。
ウサギはあっても、さすがに毒ガスのことは書かれていません。

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駅を出て国道沿いをちょっと歩き、右に曲がると、フェリー乗り場があります。徒歩5分くらいでしょうか。

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港から向こうに見える山は黒滝山という名前だそうです。
徒歩40分くらいで山頂まで行けるらしいのですが、奇岩屹立して、なかなかカッコいいですね。
きっと瀬戸内の眺めがきれいでしょう。

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フェリーは大久野島を経由して、しまなみ海道の大三島、盛港まで運航しています。

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車両も積載できる、思ったよりも大きな船でした。

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午後2時過ぎの船だったのですが、家族連れ、カップルが結構たくさん乗り込みます。
この時間から出かけて、日帰りで帰ってくるのはきっと僕くらいのもので、みんな休暇村に宿泊するのでしょう。


出航すると15分ほどで、あっという間に大久野島到着です。

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フェリーに接続して休暇村の無料シャトルバスが待っています。
これには宿泊者以外でも乗れるのですが、混んでいたので島内をブラブラ歩きます。
島の中心地、休暇村までは歩いて行っても10~15分くらいで着くはずです。

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歩き始めると、いました!いきなり。

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このキャベツはウサギ用の餌として売られているものですが、僕があげたものではありません、はい。
僕があげなくても家族連れの子供たちがたーくさんあげてますから。

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うわっ、うわうわ。
たくさん出てきた。
聞きしに勝るウサギ軍団です。

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彼ら(彼女ら)は非常に人間に慣れていて、人が近づいていくとこうやって餌をおねだりしてきます。
ゴメン、おにいさん餌持ってないんだけどね。

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やがて島の南側の海岸沿いに出て、ビジターセンターが見えてくると、その向かいに毒ガス資料館が現れます。

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ここには見てみたかったのですが、なんと今日から年末年始でお休み、残念。

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毒ガス資料館からちょっと内陸に入ると、休暇村大久野島です。

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このあたりは人も多いので、必然的にウサギも群れています。

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大久野島には民家はないと思うので、ここが大久野島の中心で、唯一人がいる場所。
人もウサギもここから奥はグッと少なくなりますが、周囲4.3キロの小さな島なのでぐるっと一周してみたいと思います。

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しかしここから先は、これまでの平和な空気とはうって変わって毒ガスや戦争関係の施設跡が続くことになるのでした。



<2014年12月29日訪問 毒ガス編へ続く>




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