たびねすに新着記事掲載「旧東海道屈指の古い町並み 静岡・蒲原」

 2015-04-29
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



  入口⇒ 旧東海道屈指の古い町並みが残る宿場町 静岡・蒲原宿



安藤広重 「蒲原夜之雪」記念碑

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なまこ壁の家

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旧五十嵐歯科医院邸

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ぜひ読んでみてください!



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さくら/二十間道路 【北海道・静内】

 2015-04-27

っぱり咲いてなかったね。
桜前坂を登り切って、二十間道路と呼ばれる桜並木が目の前に現れると彼女はポツリとそう言いました。

ずっと先のほうに見える日高山脈に向かって、まっすぐに伸びる道路脇に植えられた三千本の桜の樹々には、何千万、何億というつぼみがあるはずでしたが、その中のたった一輪でさえ、まだ咲いていないように思えました。



彼女と出会ったのはまだほんの2時間前、静内駅前のレンタサイクル店でのことでした。

二十間道路まで静内駅から片道15キロ。簡単に歩いて往復できる距離ではありませんが、朝7時半という早い時間のためレンタカーも借りられず、1日数本の路線バスが出る時間もずっと先のことでした。

駅前の旅館で自転車を貸している、という話を聞き、あわてて行ってみると最後の1台が今、まさに借りられてしまったところでした。

今日は宿泊のお客さんの予約が入っててね。もともと出せる台数が少なかったんだよ。
気の弱そうなフロントのおじさんは、がっかりした僕の表情を見て、とても恐縮しているようでした。

「よかったら、一緒に乗りますか?」
横のカウンターで申込書に何かを記入していた女性が、突然僕に向かってそう言いました。
「ただし、私を後ろに乗せて桜並木まで連れて行ってくれれば、の話ですけど」

こうして僕は、やや古ぼけてあまり気の利かなそうなママチャリの後ろに彼女を乗せて、曇天の日高のまっすぐな道を走り始めました。



彼女は途中、サラブレッドの親子を見つけると自転車を飛び下りて駆け寄り、雪解け水をたっぷりと運ぶ小川を見つけては冷たい水に嬌声を挙げ、広大な草原に立つサイロに感動しては写真に収めたりしていました。

「はい、ゴールまであと10キロ。頑張って。ペシペシッ」
彼女はときどきふざけて競走馬のように僕の背中やお尻を叩き、はしゃいでいます。
精神年齢は相当若い、ということは十分にわかりましたが、実際の年齢は全く見当がつきません。20代後半でも、40代前半でも不思議ではない気がします。

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国道を曲がると、桜並木の手前に桜前坂、という緩やかな登りが現れました。
車や歩きであれば大した坂ではありませんが、自転車、とくに二人乗りだと厳しい坂です。
桜前坂に差し掛かると、立ち上がって勢いよくペダルを漕いでもほとんど前に進みません。

「やっぱり私、ここで降りようかな…」
彼女が突然、そんなことを言いました。
「そうだね、坂の部分だけ自転車を降りて歩いてくれると助かるな」
「ううん、違うの。桜並木に行かずに、ここで帰ろうかなって」

びっくりして理由を聞く僕に、だって桜、きっと咲いてないでしょう、と彼女は少し拗ねたような表情で言いました。
せっかく東京からこんなに遠くまで来て、あなたにも一生懸命自転車漕いでもらって、でも肝心の桜が全然咲いてないなんて、なんだかバカみたいじゃない。
私っていつもそう。すごくタイミングが悪いし、いろいろなことがなかなか思うようにいかないの。


彼女の言う通り、桜はきっとまだ咲いていないはずでした。
例年ならGWの後半には開花することが多い静内の桜も、今年は5月になっても気温があがらず、開花予想もずいぶん後ろにずれ込んでいました。

それでも僕は、自転車を漕ぐことをやめませんでした。フラフラになりながらも10センチ、20センチと進み続けていると、やがて彼女は何も言わずに僕の背中にピタリと身を寄せました。

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「やっぱり咲いてなかったね」
桜前坂を登り切って、二十間道路と呼ばれる桜並木が目の前に現れると彼女はポツリとそう言いました。

「でもさ、ここに満開の桜が咲いてる、と思って歩けばいいんだよ」
僕がそういうと、彼女は吹っ切れたようにわざと大げさに驚いて、あなたのその楽観的な妄想、とてもいいわ、と言いました。

そうね。素晴らしい桜並木。
5月の真っ青な空、日高山脈の真っ白な残雪、ずっとずっと遠くまで真っ直ぐな道。
牧草の萌えるような緑、若いサラブレッドたちの艶のある茶、何十種類、何百種類にも見える桜のピンク。
最高の瞬間が目の前に広がってる。
これがひとつ目の妄想ね。

さあ、歩きましょう。
そう言って彼女は自転車を降り、僕の手をとってずんずん奥に進みます。

そうだ、もうひとつのほうの妄想を教えてあげる。
今、私の隣にいるあなたが、私の最高のスタリオンだって思うことにしたの。
だから今日はずっとずっと付き合ってもらうからね。
スタリオンは優秀な種馬っていう意味だから、夜も休めないわよ。

覚悟してね。


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春まだ遠い北海道GWたび 開花率0%の桜祭り編【静内二十間道路】 

 2015-04-25
前編 その1 津軽海峡冬景色編
   その2 函館の女(ひと)編
   その3 ヤリキレナイ川編
   その4 村上春樹のファーム編


<5月5日>


午前4時。苫小牧のホテルで目覚めます。
いくらなんでも早く目覚めすぎだろう、と思うのですが、5月の北海道は朝4時でもすでに外が明るいせいか、それ以上眠れなくなり、ベッドから起き上がります。

昨日は仁宇布のファームからの帰り道、名寄で車を降りた僕は旭川、札幌と経由してこの日の宿泊地、苫小牧まで移動したのでした。
苫小牧に泊まったのは朝一番の列車で、今日からはじまる静内の二十間道路の桜祭りへ行こうと思っていたからです。
静内の二十間道路には、約3,000本の桜が7kmにも及ぶまっすぐな一本道に沿って咲き誇る、日本一壮大とも言われる桜並木があるのです。

祭り初日の混雑で、桜並木が人また人になる前の、朝のうちに見てしまおうと考えていたのですが、どうやら桜は例年より開花が遅れ、まだつぼみのまま。そう、開花率は0%
つい1週間前は、ちょうどこの日あたりに開花の予想だったのですが、気温が上がらず開花日がどんどんあとの方にずれ込んでいるのです。
だから朝早く行かなくても大丈夫、というよりそもそも桜も開花してない静内に、わざわざ行く必要があるのか、とも思ったのですが、いまさら予定を変えるもの面倒なので、昨日はそのまま苫小牧に泊まったのでした。

ホテルの朝風呂に行くと、北海道に来て初めてちょっと晴れ間が見えました。やっぱり晴れると全然印象が違います。
桜はダメだと思うけど、やっぱり静内の二十間道路に行ってみよう、という気分になってきます。



5時半にホテルをチェックアウトして苫小牧駅に向かいます。
こんな朝早くですが、王子製紙の大きな煙突から煙が出ています。

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苫小牧は、氷上のスポーツが盛んなので、苫小牧駅前にはスケートとかホッケーの銅像があります。
僕的には、駒大苫小牧高校の北海道勢初の(というか東北以北初の)甲子園優勝碑もあったらいいのに、と思います。

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5:47発、日高本線の始発列車、静内行きに乗車します。

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白地に青帯の日高線色のディーゼルカー2両。ただし後ろの1両は途中の鵡川まで回送扱いらしく、乗車できないとのことでしたが、まあ、乗客はたった3人だったのでまったく影響ありません。

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日高線はたぶん3回目(か4回目)でしょうか。
苫小牧の次、勇払駅を出ると列車は海岸沿いの湿地帯を走ります。遠くに見える苫小牧の工業地帯の煙突と、荒れ果てた湿原との組み合わせが不思議な感じの車窓です。

富川駅の手前で海岸が見えてきます。
青い海と緑の牧草地に挟まれた中を、1両のディーゼルカーがコトコトと走っている、という風景が日高本線のイメージなのですが、海の水は泥色に濁っていて、大地にもまだ緑がほとんどないので、茫洋とした荒野を走っている感じです。

日高門別の手前からは緑の牧草が少しずつ広がり、ところどころに競走馬が見えてきます。
このあたりからは日本一の競走馬の産地となります。

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その先の新冠は小洒落た建物が多い気がします。駅舎もそうですが、駅前通りにも塔のようなものがある建物が目立ちますが、これは牧舎(馬舎)のイメージなのかもしれません。
新冠を出て、小さな岬を越えると終点の静内。7:33着。

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名所案内にはやはり二十間道路の桜並木が。

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日高本線のふたごのディーゼルカーが並んでいました。

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今日から桜祭りだというのに、やはり駅前はひっそりと静まり返っていました。

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二十間道路は、ここから15キロほど離れたところにあるのですが、まだ朝が早く、路線バスも走っていないので、駅前のホテルでレンタサイクルを借りて行くことにしました。


静内の市街地を抜けて、まっすぐな平坦な道を日高山脈に向かって北東へと進みます。
正面に雪を抱いた日高山脈が見えるのがおわかりでしょうか?

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5キロちょっと進んだあたりでしょうか、二十間道路入り口の大きな看板にしたがって左に曲がります。

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まわりにサラブレッドの姿が目立ち始めます。

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ゆっくりと右に曲がりながらゆるやかな坂を登ると、まっすぐな二十間道路が姿を現します。

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うーん、やっぱり咲いてなかったぜ。
しかもGWなのに人っ子ひとり姿が見えない。

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日本の道100選、だそうです。

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まあ、確かにこの桜並木が満開だったら、さぞ素晴らしいのでしょうが。

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まあ、そんなこと言っても桜が咲いてくれるわけじゃないので、イメージ貼っておきます。

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<2013年5月5日訪問>




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春まだ遠い北海道たび/村上春樹のファーム編【北海道・仁宇布】

 2015-04-23
前編 その1 津軽海峡冬景色編
   その2 函館の女(ひと)編
   その3 ヤリキレナイ川編



リキレナイ川がある、由仁から岩見沢まで戻り、乗り換えて旭川へ。
16時ちょっと前に旭川に着くと、駅前の気温は5℃。ここも霧のような細かい雨が降っています。

今回の北海道への旅は、村上春樹の小説「羊をめぐる冒険」に出てくる牧場のモデルと言われているファームの、一面の雪景色を見てみたい、ということがきっかけでしたが、どうやってそこに行くか、ということはあまり考えていませんでした。

ファームのサイトを見る限り、まだ一面の銀世界で、数十センチの積雪が残っているようです。
札幌や旭川では、もう雪はすっかり解けていますが、ファームのある美深町は旭川から北へ100キロ、日本の最北地にかなり近いところにあり、ファームはさらにそこから山の中へ20Kmほど行った仁宇布(にうぷ)ところにあるのです。
最北の山間地ならば確かにまだそんな感じなのかもしれません。

旭川から美深まではJRの宗谷本線で行けるのですが、そこから先の20キロは、オンデマンド(事前予約制)の路線バスが1日数本あるのみ。本当は名寄あたりでレンタカーを借りて行けばいいのですが、そんなに雪が残っているとなると、できればクルマには乗りたくないのが正直なところです。

オンデマンドの路線バスを事前に予約して(たぶん乗客はぼくひとりで)運行してもらうか、慣れない雪道をレンタカーで行くか、それともいっそやめてしまおうか、と迷っていたのですが、旭川に住んでいる知人にさりげなく聞いてみたところ、車で連れて行ってくれる、という思いがけない回答があったので、旭川に泊まって翌日に備えます。

しかしこんなGWのど真ん中に、なんでまたそんな遠くまで乗せて行ってくれるのか、と聞くと彼女は言いました。
村上春樹のことはあまり詳しく知らないけど「仁宇布(にうぷ)」なんて自分も全然知らなかった場所なので、なんだか冒険みたいでわくわくする。
今年のGWはずっと暇なので、出かける場所ができてよかった。
まだタイヤもスタッドレスだし、雪道ももちろん慣れているから大丈夫だ、と。



<5月4日>

翌朝9時に旭川を出発。
彼女はさすが地元民らしく、稚内へ向かう名寄国道(国道40号線)には進まず、裏道をどんどん走ります。
ピップエレキバンのCMで有名だった比布(ぴっぷ)や塩狩峠を通らずに、旭川から真北に進み鷹栖町から峠を越えていったん和寒へ。さらに農道のような道をズンズン進み士別でようやく40号線に合流します。

確かに途中ほとんど信号がないので、国道にくらべれば若干早いかもしれませんが、もともと北海道は一般道でも1時間に50キロや60キロは走れるので、さらにそれを上回るなんて、贅沢な裏道ですね。

名寄から美深までは無料の自動車専用道に入ります。美深のICで降りたらどこかで昼食をとろうと話していたのですが、美深の出口にはレストランどころかコンビニひとつありません。なんとなく想像はしていたのですが、やはり名寄で食べるべきだったかな、と後悔してもすでに遅し。
美深の町まで行けば食事処はあるのでしょうが、目的地とは数キロ逆方向に戻る形になるので、思い切って先に仁宇布まで行ってしまうことにします。

美深はJR宗谷線の特急も停車する町ではありますが、今は人口5千人も満たない、駅を中心とした半径1kmから外に出てしまうと、大平原以外は何もない、という北海道の典型的な小規模自治体です。

30年近く前まで、この美深から仁宇布まで、国鉄美幸線(びこうせん)という路線が走っていました。国鉄の赤字日本一の路線(100円の収入を得るのに3,859円の費用がかかっていたそうです)として知る人ぞ知る、有名な路線で、僕も名前を知っていました。
JRになる前に、当然のように廃止されてしまいましたが、今回これからクルマで通る道は、ほぼその美幸線に沿ったルートになります。

美深のICを降りたところが、一つ目の駅だった東美深駅に近いところでしょう。
道路沿いに稀に民家(農場)が現れる程度で、商店や食堂のようなものは見る限り皆無です。2つ目の駅だった辺渓(ぺんけ)まで4,5キロはそんな感じが続きます。雪はまだほとんど目立たず、日陰の路肩にかたまっている程度です。
辺渓(ぺんけ)の集落(といっても2,3軒)を過ぎると道路は深い森の中の丘陵地帯になり、人家は全く消えてなくなります。そして雪がみるみる増えていきます。

そんな景色が10キロ以上にわたって続きます。当然、昔も途中に駅などありませんでした。いくら北海道とはいえ、よくもこんなに人がいないところに鉄道を敷いたもんだな、と思います(昔はもう少しマシだったかもしれませんが)。
深い森を抜け、やや開けたところが仁宇布。旧美幸線の終点。
簡易郵便局と小中学校と民家が10~20軒くらい。人口は50人くらいの感じです。

目指すファームは仁宇布の集落からやや上りの農道を進んだ先にあるようです。

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あたり一面は、本当にまだ銀世界でした。
丘陵の端っこにロッジふうの建物があり、そこから先は急な坂道となって山の中へと続いています。
ロッジはこのファームの観光用宿泊施設で、村上作品の朗読会などが行われるのもここらしいのですが、今日はまったく人の気配がありません。

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『羊をめぐる冒険』に出てくる羊や鼠、あるいは不思議な女の子などは、みんなこの坂道の上の山奥にいるような気がしましたが、残念ながらこのクルマで行けるのはここまで。

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僕も旅行中に読もうと思って持ってきた村上本の新刊を雪原に置いて記念撮影。

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こうして今回の北海道たびの最大の目的を果たすことができたのでした。



帰り際に、旧国鉄美幸線の終点だった仁宇布駅の跡地に行ってみました。

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ここには旧美幸線の線路跡を利用して「トロッコ王国」という名前の観光施設として整備され、往復10キロのトロッコ体験ができるようです。

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4月の下旬から営業しているようで、GWなのでわずかながらお客さんも来ているようですがすが、屋根も覆いもない正方形の台車のような乗り物ゆえ、風を切って走るとまだ相当寒いのではないかと思いました。

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たったこのためだけに旭川から往復で300キロ近くのドライブに付き合ってくれた彼女がつまらなくなかったか心配だったので、帰りのクルマの中でどうだった?と聞いてみると、彼女はちょっと不満そうにこう言いました。

「うーん、なんだか全然冒険できなかったのが残念。 見渡す限りの雪原で吹雪にあって、遭難しちゃうとか、なんだかすごい冒険ができると思ったのに・・・」

「遭難?遭難しちゃったら困るじゃない」と僕。

「吹雪の中、運よく小さな洞穴を見つけてそこに駆け込むの。それで二人で裸になって温め合うの。そうしているうちに羊たちがやってきて、ふわふわの羊毛で温めてくれるの。ねえ、それってなんだかすごく気持ちよさそうじゃない?」



やれやれ。
まるで村上作品に出てくる、ちょっと不思議な女の子みたいじゃないか。




<2013年5月4日訪問>




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春まだ遠いGW北海道たび/ヤリキレナイ川編【北海道・由仁町】

 2015-04-21
前編 その1 津軽海峡冬景色編
   その2 函館の女(ひと)編


<5月3日 つづき>


館発8:30の特急で札幌に向かい、そのまますぐに乗り換えて岩見沢へ。
ここで12:52発苫小牧行きの普通列車に乗ります。
岩見沢と苫小牧を結ぶ区間は室蘭本線という名前になってはいるものの、道内でもとてもマイナーな路線です。昔は空知地方の石炭を苫小牧や室蘭の港に運んだ貨物列車が、さぞかしたくさん走ったとは思いますが、今は間違っても観光客が乗るようなルートではありません。僕も今回が2回目(もしかすると3回目?)くらいの乗車だと思います。

なんでまた、そんな時代遅れの石炭列車みたいなルートを行くかというと、実は今回の北海道の旅で重要度2番目くらいの目的地がそこにあるからなのです。

それは、僕の旅のバイブルのひとつである「世界でもっとも阿保な旅」(世界中・日本中の珍名を集めた本)にある「ヤリキレナイ川」で、ヤリキレナイ顔して記念撮影してみたい、というもの。



岩見沢を出ると、だだっぴろい農業地帯の中を、栗沢、栗丘、栗山というクリ駅シリーズが続いて、13:21に由仁駅に到着します。 ヤリキレナイ川は、この由仁駅から1キロほどのところにあります。

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ここは由仁ガーデンという広い庭園が多少有名ですが、僕以外に下車したのは地元の女子高生がひとり。GWなのに観光客が誰もいないのは雨のせいか、とも思いましたが、きっと普段も列車で来る観光客なんていないのでしょう。



外は相変わらず冷たい雨。傘がないので国道まで出てコンビニで折りたたみ傘を買い、町はずれにある「ヤリキレナイ川」の看板までまっすぐな道をトボトボと歩きます。

道路脇の家の犬が僕を見て狂ったように吠えはじめました。あまりにもうるさいので、ちょっと殺意を覚え、こっちも本気で睨みながら、一歩、二歩と近づいてみます。目が合っている瞬間は急に黙りこくるのですが、目を離して歩き始めるとまた騒ぎ始める彼。口ほどにもない奴だな。
でもまあ、彼が吠えるのもの無理もないかもしれません。見知らぬ人間がこんなところを歩いて来ることなんて、きっとめったにないことなのでしょう。

クルマの少ない道を、ときどき大型のダンプカーが水しぶきをあげながら通り過ぎていきます。
天気のせいもあるかもしれませんが、けっしてウキウキな気分ではありません。
どちらかというと、ヤリキレナイ気分の方が近かったかもしれません。
なんでわざわざこんなところまで来たんだ、俺!


やがて、道のわきに「ヤリキレナイ川」の看板を発見します。
どうやら、この道のわきの白い柵の中を流れているのがヤリキレナイ川のようです。

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ヤリキレナイ川は由仁町の郊外を水源として、夕張川に合流するまでの全長約5キロという短くて細い川です。
ヤリキレナイ川とはアイヌ語で「魚の住まない川」を意味する「ヤンケ・ナイ」から転じたようです。
語源もやはりヤリキレナイ感じですね・・・

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さて、しばらく進むと夕張川の堤防の手前に新しい看板がありました。
昔はヤリキレナイくらいにボロボロだったようですが、最近はTVでも何度も紹介され訪れる人も多いからでしょうか、新しくきれいなものに変わっていました。

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なになに?
川の語源は「イヤル・キナイ」という説もあるのか。
となると「ヤルキナイ川」でもよかったのかもしれません。

・・・いや、だめだな。やっぱり「ヤリキレナイ川」の方が悲哀があっていいネーミングだ。

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ヤリキレナイ川の最後の河口部分です。
この先で夕張川に吸い込まれて、彼の短くヤリキレナイ人生は終了となります。

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ヤリキレナイ川の看板をバックに、ヤリキレナイ顔をして記念撮影。
僕の「いつか行きたい場所ノート」の中の大物だったので、それなりに達成感はありましたが、仕上がりが予想通り、かなりヤリキレナイ表情になっていて、ここに載せるには耐えられない感じがするので、記念写真のアップは割愛させていただくことにします。


<2013年5月3日訪問 つづく>




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春まだ遠い北海道GWたび/函館の女(ひと)編 【函館・元町】

 2015-04-18
前編 その1 津軽海峡冬景色編


<5月2日 つづき>


厩(みんまや)発15:21の青森行き普通列車、1両。
三厩から乗車したのは3人で、いずれも龍飛からのバスを乗り継いだ観光客。地元の乗客はゼロでした。

三厩から2つめに今別町の中心駅、今別という駅がありました。
中心、といっても相当寂しい感じでしたが。
2016年3月に開通する北海道新幹線の新駅として「奥津軽いまべつ駅」が設置されますが、それは現在の津軽海峡線、津軽今別駅付近にできるらしく、ここよりさらにずっと寂しい場所になります。
この頃の津軽今別は駅前に道の駅がある以外、商業施設はおろか、人家もほとんどありませんでしたが、北海道新幹線開通に向けた大がかりな工事は進んでいたので、今はもしかすると駅周辺ももう少し賑やかになっているかも・・・、いや、たぶんなってないですね。

蟹田駅で乗り換えて16:22発のスーパー白鳥で函館へ向かいます。
たった今、津軽線で三厩方面から来た線路に寄り添ったり離れたりしながらしばらく走ると、やがて地上の津軽線のすぐ横を高架の津軽海峡線が走り、さらにその上を越える北海道新幹線の大高架橋を工事している現場を通ります。
こんなに何もない山の中に、3本の線路が立体交差するなんて胸アツですねー(立体交差マニアではありませんが)

スーパー白鳥の座席前には、青函トンネルの断面図や各列車がトンネルを通過する予定時刻が掲載されています。

p2 (640x444) ※イメージ

とはいうものの、何度通っても青函トンネルに入る瞬間がわからずに、これか?と思ってもまたすぐに地上に出ちゃったりするんですが、今回は車内放送による車掌の案内、車中の電光掲示板での表示(「ただ今、第1今別トンネル」・・・「ただ今青函トンネルに入りました!」など)もありました。

龍飛海底駅で海底駅見学をしてきた人たちが乗車してきます。
ワンダースポットのひとつとしていつか行かねば、と思っていましたが、予約制のため、なかなか機会がないまま過ごしていたら、なんとこの年の11月で駅が廃止され、見学ツアーも終わってしまいました。
うーん、無念!!!

トンネルを越えて木古内着。
新幹線のホームと駅舎が進行方向左側に建設中で、駅周辺には歓迎の幟がたくさんはためいていました。

青森側は鈍く曇っていましたが、北海道側に出るとところにより夕日がさしていました。
車窓右に函館湾、その向こうに函館山を眺めながら終点の函館には17:54に到着。

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函館駅前のホテルにチェックインして、窓の外から函館山が見えるなーと思っていると、なにやら下の方に文字を発見。

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むむっ!

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そっかー、俺って超ラッキー!!
さっそく明日の朝市で、今回の土産としてまとめ買いしちゃおう!!

・・・と、思う輩がどれくらいいるかはわかりませんが、新手の販促手法であることは間違いありません。



<5月3日>

この日からGW後半の4連休がスタート。
早くに目が覚めたので、早朝の函館の町を散策にでかけましたが、あいにくの空模様で、曇り時々小雨。
五稜郭か元町かどっちの方面にするか迷ったのですが、なんとなく雨も似合いそうな元町にしてみました。
函館元町にも何度か来たことがあるのですが、目的もなくぶらぶら歩くのは意外にも初めてかもしれません。



二十間坂(八幡坂の2筋東側の坂)を登って、ハリストス正教会。

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教会越しの函館の街と港。

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そのまま西に進んで旧函館区公会堂。

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外国人墓地。

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途中から雨がやや強くなって来たのですが、傘も持たずに出てきたのでそのまま濡れて歩くしかありません。
正面から通勤途中らしき若い女性がやってきて、僕とすれ違いざまに何かをちょっと気にしている感じがありました。
そこには「傘、どうしようか」と迷うようなそぶりが、かすかにありました。



「このすぐ下に函館どっく前の電停がありますから、よかったらそこまで入っていきませんか?」
振り返ると、そう話す彼女の白い吐息が、函館山の方に向かって立ち上っていくのが見えました。
彼女に並んで傘の下に入ると、かすかに甘い匂いがしました。

やっぱり、雨の函館元町、悪くないな。





なーんてことはまるでなく、ひとり雨に濡れながら市電の函館どっぐ前駅まで降りて、駅前のホテルまで帰りました。




<2013年5月3日訪問 つづく>



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春まだ遠い北海道GWたび/津軽海峡冬景色編【青森・竜飛岬】 

 2015-04-16

ょうど2年前の今頃、4月も半ばを過ぎたころでしょうか、Facebookでこんな写真を見つけました。

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これは北海道の道北、美深町というところの、とある農場の写真。
写っているのは、その時発売されたばかりの村上春樹の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。

この農場は、村上春樹の「羊をめぐる冒険」という小説に出てくる牧場にそっくり、ということで知る人ぞ知る場所。
時々、春樹ファンが集まって、ここで朗読会をしていたりするようです。
僕は大学時代に村上文学を研究していて、僕の書いた卒論「ハルキムラカミと神話の構造」は第78回ノーベル卒論賞を受賞してスウェーデン国王からサーモン250年分をもらったほどなので(ウソ)、もちろんこの場所のことは知っていました。

松山農場「ファームイン・トント」というこの牧場のFacebookで発信されていたのがこの写真。
GW間近だというのに、まだあたりは一面の雪景色。
まだホントにこんなんだろうか?

そんなわけで、なぜか急にここに行ってみたくなり、GWに5日間で北海道へ向かったのでした。





出発は、2013年5月2日(木) 

朝一番の東北新幹線、はやぶさ1号。
乗車率は8割くらい。GWの間の平日なので、まあそんなものなのかもしれません。
以前新青森まで行ったときに乗ったのは「はやて」だったので、考えてみたら「はやぶさ」に乗るのは初めてでした。

その日は素晴らしい天気で、宇都宮を過ぎると窓の外はどこもかしこも新緑に輝いています。
GWの旅、特に北国への旅はこれがいいんですよね。

仙台までノンストップで、大宮から1時間10分。なんだか通勤できそうなくらいです。
車窓から見ると仙台でも桜がまだ残っていて、盛岡あたりがちょうど満開。
例年は4月下旬に津軽海峡を越える桜前線は今年はかなりすすみが遅いらしく、津軽海峡は全然越えてない感じです。
函館とか札幌あたりでは桜が見られそうだ、と期待していたのですが、この調子だと、僕が北海道に滞在している間の開花はかなり厳しいかもしれません。

新青森で在来線に乗り換えて、青森駅から10:37発の蟹田行き普通列車に乗ります。
いつもは函館行の特急ですぐに青函トンネルを越えてしまうのですが、今回はその前にちょっと寄り道。
蟹田でさらに乗り換えて、津軽線の11:21発三厩行に乗ります。
僕の「いつか行きたい場所ノート」に書いてあった龍飛岬の「階段国道」を訪れるために、ここから津軽半島最北端まで向かったのです。

蟹田から先の津軽線は初めての乗車でした。
白地に赤のディーゼルカー1両。今まであまり見たことのない配色でした。

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三厩着12:00ちょうど。
津軽半島最北端の駅、と書いてあります。
ということは、本州最北端の駅?と勘違いしそうですが、下北半島にある大湊やその周辺の駅のほうが北にあります。
でも北風がめちゃめちゃ寒くって、まあ最北端みたいなもんだ、という感じです。

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みんまや、と読みます。
僕はここをずっと「みうまや」だと思っていました。

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三厩からバスに乗って30分、龍飛岬の手前の青函トンネル記念館でバスを降ります。
ここは青函トンネルの本州側の工事拠点になっていた場所でした。

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記念館には「日本で一番短い私鉄」と称するケーブルカーがあって、海面下140mに降りる、というワンダーな体験ができるのですが、今回は残念ながら列車?の時間が合わず断念。これは今度来たら乗ってみたいです。
たぶんあと数十年は来ないと思うけど。。。



青函トンネル記念館から岬方面へと歩いて行くと、見えてくるのが「津軽海峡冬景色歌謡碑」。

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♪ごらんあれが龍飛岬 北のはずれとぉぉぉ~ ♪
と、お約束通りの石川さゆりが繰り返し流れています。

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どうやらこの歌謡碑にあるボタンを押すと、「龍飛岬」のくだりが出てくるようなんですが、観光客が記念撮影のついでになぜかみんな必ず押すので、結局永遠にこのフレーズが流れ続ける、という仕組みになっていたようです。
今はGWで観光客もそこそこいるのでいいですが、誰もいない真冬の龍飛岬で、風がビュービュー吹いているときには聞きたくないです、たぶん。


青函トンネル記念館から歩いて龍飛崎へ。

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ごらんこれが龍飛岬、北のはずれよ。
向こうに見えているのは・・・北海道ですね。

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青森側を望む写真。GWとは思えない寒々しさですねえ。
真ん中あたりに津軽海峡冬景色歌謡碑がみえます。

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さて、今日のメインの階段国道。

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ここは読んで字のごとく車もバイクも(たぶん自転車も)通れないような階段が何かの間違いで国道指定されちゃった、という日本で唯一のワンダーな国道です。

太宰治ふうに言うと
「ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向って歩いている時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」(小説 「津軽」より)
という先端の道の尽きたところが階段になってかろうじてつながっているのが、ここなのですね。


龍飛崎側からの入り口(下り)
ご覧の通り、階段です。

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途中の踊り場みたいなところ。
国道339号、階段国道、と書いてあります。

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国道を降りたところ。
途中で何度か方向を変え、山を下ると、またもとの普通の国道に戻ります。

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龍飛の集落にあった郵便局。

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バスの時間まで少し間があり、とにかく風が寒かったので、近くにある奥谷旅館跡に逃げ込むように入りました。
ここは太宰治や文人たちが投宿した名物旅館だったのですが、廃業後、竜飛の観光案内と無料の資料館になっているのです。

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中に入ると先客はおらず、たった一人でポツンと座っていた観光案内兼資料館案内の若い女の子が『3年間お客さんが来るのをずっと待ち続けていました!』的な笑顔で大歓迎してくれたので、まさかバスの時間までの暇つぶしとは言えず、僕は太宰に心酔する文学青年のふりをしながら館内を回ります。

彼女は説明したいオーラを全身から発しながら、遠巻きに僕の一挙手一投足を凝視しています。
ふむふむ、と頷いてみる僕。さささ、と近づいてくる彼女。気配を感じてするっと隣の展示物に移る僕。
そんな攻防を繰り返し、バスの時間を気にしつつ、しかし彼女を悲しませないように最大限の配慮を図りながら、なんとかバス停まで駆け込み無事バスに間に合ったのでした。


<2013年5月2日訪問 つづく>




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「たびねす」に新着記事掲載「東洋のガラパゴス、奄美大島絶景ドライブ」

 2015-04-14
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



  入口⇒ 想像以上の青と緑!東洋のガラパゴス、奄美大島絶景ドライブ


大島海峡と加計呂麻島を望む

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ハートが見える風景

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マングローブ原生林

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ぜひ読んでみてください!



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バス停ものがたりVol.2 「別れ道」 【埼玉県・新座市】

 2015-04-12
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の昔、『別れ道』という不思議な名前のバス停の前にあるマンションに住んでいたことがありました。
それは長く長く続いてきた一本道が、名残惜しくも意を決したように右と左に、あるいは東と西に別れる、まちはずれの一角のような名前でしたが、実際は、東京と埼玉の境の、なんの変哲もないベッドタウンの狭い県道にあるバス停でした。



僕はその頃、毎朝7時ちょっと過ぎのバスに乗り、最寄りの私鉄駅で準急電車に乗り換えて都内の職場まで通っていました。それはまだ都会での仕事に慣れなくて、風の吹くままにふわふわと漂いながら、だんだんと空気が抜けて縮んでいく、青い風船のような日々でした。



向かい側のバス停に、毎朝彼女の姿を見かけることに気づいたのは、僕がそこに住み始めてから一ヶ月くらいたった頃のことでした。
平日の朝、僕がバス停に並ぶと、まるで僕が家を出るのをどこかで見ているかのように、彼女が向こう側のバス停に現れるのでした。
『別れ道』の停留所は、なぜかあまり人が並んでいることが多くなく、道路をはさんではいるものの、僕と彼女の二人きり、ということがよくありました。
彼女はいつも両肘を身体にピタッと付けて、控えめな感じで文庫本に目を落していました。
向こう側のバス停は、埼玉方面へ行くバスが発着するところでしたので、彼女はおそらくバスの終点の街か、あるいはそこから電車に乗り換えた埼玉のどこかで働いているようでした。

最初は何とも思わなかったのです。
彼女は、毎朝たまたまよく合う、ごく普通の女の子でした。
ところが、いつの間にか彼女と向かい合う毎朝の2、3分が、僕の生活の中で、だんだんと重みを帯びてくるようになってきたのです。
ごくたまに彼女がいつものように姿を現さない朝、あるいは僕の仕事の関係で、どうしてもいつもと違う時間に家を出なければならない朝がありました。そんな日はなんだか1日が長く、落ち着かないのです。



朝から厳しい日差しが照り付ける夏の頃から、自分でも気づかないうちにぼんやりと彼女を見ていることが多くなりました。彼女が突然顔を上げたりすると、真正面から視線がぶつかってしまって、僕は慌ててまぶしいふりをして、それを8月の太陽のせいにしたりしました。

彼女と偶然目が合うと、どちらからともなく会釈を交わすようになったのは、午前7時の空気がようやくひんやりと感じられるようになってきた、10月も下旬の頃だったと思います。
ちょっと微笑みながら、でもしっかりと僕の瞳をとらえて頭を下げる彼女に対し、僕は自分でも本当に不器用だと思うような中途半端な会釈しかできずに、毎朝ちょっとした後悔の念に駆られてばかりいました。

僕と彼女との間には、路肩もほとんどないような、片側1車線の県道があるだけでした。前後の信号が赤になって車の通りが途絶えてしまえば、さほど大声を出さなくとも、ひとことふたこと話はできるはずでした。
でも僕にはその、ほんの5mの距離が、1万光年の遠くのように思えてなりませんでした。

道のあちら側とこちら側に分かれているだけで、こんなに遠いものなのか、と思いました。隣にいれば、会釈だけでなく、何気ない会話が始まっていたかもしれません。一緒の方面のバスに乗れば、朝の2,3分どころではなく、もしかすると毎日の出来事を全部話しても余るくらいの時間が共有できたかもしれません。
でも、僕と彼女の間にある道は、まさに『別れ道』でした。
バスが来れば、僕は南へ、彼女は北へと向かわなければならないのです。

今日こそは県道を横切って、向こう側のバス停の、彼女の横に並んで、話しかけよう。
そしてそのまま埼玉行きのバスに乗り込んでしまおう。
何度となくそう思いましたが、結局、僕は毎朝、不器用な会釈を繰り返すばかりでした。
そうするうちにも彼女の吐息の色がだんだんと白く、濃くなってゆき、やがて凍りつき、新しい年がやってきました。



「今日は寒いですね」
目の前を通り過ぎる車が途絶えたとき、そんなふうに彼女が初めて僕に声をかけてきました。
それは前日までの春を思わせる穏やかな空気が一変して、厳しい寒さが戻ってきた3月下旬のある朝でした。
彼女はそういうと、暖かそうな毛糸の手袋をした両手を大げさにこすり合わせながら、何かを試すようにちょっと上目づかいに僕を見ていました。

「そうですね」
突然の出来事にびっくりしたため、不自然な間のあとに出てきた僕の第一声は、ぼそぼそとした、情けないものでした。

さあ、勇気を出して続きを。
そう思えば思うほど、それに続く言葉が出てこないのでした。

僕が何か話そうとしていたのに気づいたのか、彼女はしばらく何かを待っているふうでしたが、やがて意を決したように小さくうなづくと、あのう、と話し始めました。
先の交差点にある信号が変わって、朝の通勤に向かう車が、僕と彼女の会話を引き裂くように通り過ぎていきます。
あのう、わたし・・・と彼女がもう一度声を張り上げたところで、埼玉行きのバスが、僕の視線の先から彼女の姿を奪うと同時に、今度は東京行きのバスが、僕の目の前に立ちはだかりました。
乗り込んだバスの中から、向こう側の車内に彼女の姿を探そうとしましたが、間一髪の差ですでに埼玉行きのバスは『別れ道』のバス停を発車した後でした。



その日を境に、彼女がバス停に現れることはなくなりました。
僕は毎朝時間を変えてみたり、始発から遅刻ギリギリまで待ってみたりしましたが、そこに彼女の姿を見つけることはできませんでした。
僕の知らないうちに桜が咲き、そして散り、『別れ道』に住んでから2年目の日々が始まりました。
4月の、本当に平和で穏やかな朝でさえも、彼女が消えたバス停は、僕にとっては色彩を持たない人々が暮らす、無味乾燥な世界でした。毎朝、このバス停での2,3分が、僕にどれだけの勇気と力を与えてくれていたかを、今更ながら実感する毎日でした。



彼女の姿を見つけたのは、いっそのこと、もうバスに乗って通勤するのはやめてしまおうか、と思い始めていた、ゴールデンウイーク前のことでした。

彼女は、僕がバス停の前に立つと同時に、あの頃のように、どこからともなく僕の目の前に現れると、ちょっと微笑みながら僕の目をしっかりと見て、頭をちょこん、と下げました。
いつもと違ったのはそのあとのことです。
車の往来が途絶えたのを見ると、彼女が小走りに県道を渡って、こちら側にやってきたのです。
彼女は僕の隣りに並ぶと、あの日の続きのように、あのう、わたし、と話し始めました。



あのう、わたし、実は転勤で引っ越しちゃったんです。
4月から埼玉の北部の、すごく山深いところの中学校に異動になって、ここからは通えなくなっちゃったんです。
だけどあの時、お別れも言えずに立ち去っちゃったので、ずっとそれが気になってたんです。

あのう、わたし、きっと3年で戻ってくると思うんです。
そうしたら、また毎朝、このバス停で会えますか?
もしわたしが戻ってきた時まで、あなたがこうして待っていてくれるのなら、もう毎日『別れ道』ごっこなんかしないで、ずっと一緒にいてくれませんか?


<『別れ道』バス停 : 埼玉県新座市/西武バス>




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残花を愛でに、吉野山&馬子とかイルカとか【奈良/吉野・明日香】

 2015-04-10
花が名残惜しい季節になってきました。

高野山を訪れた2013年は(特に東京は)記録的に桜の開花も終わりも早かったので、春休みの旅行は、まさに残花を愛でに、という感じでしたが、そのときの桜スナップがちょっと残っていたので紹介します。


西日本の桜の名所といえば、吉野山。
一度は行ってみたい、と思っていたので、桜の季節に近くまでやってきて寄らない手はないだろう、ということで訪問。
東京は桜もすっかり終わり、という感じでしたが、ここは山麓から山頂にかけて1か月くらいの時間をかけて開花してゆくので、さすがにどこかで咲いているでしょう。


近鉄で、終点の吉野まで行って、ケーブルに乗り換えて吉野山駅を降りて15分くらい歩いたところからの写真。

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吉野の桜は、下界から下千本→中千本→上千本→奥千本というかたまりで咲いているのだそうで、たぶんこれは中千本あたりの位置から上千本の方向を映したんじゃないか、と思われます。

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こちらは逆に中千本から下千本方面を写した写真。

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本当は上千本まで行くと、花矢倉という展望台があって、ここが随一の景観らしいのですが、今回は時間が足りず。
しかしまあ、下千本、中千本、上千本ともちょうど満開で、一番いい時期だったのでは、という感じでした。
バスの運転手さんの話によると、例年だと、まだこの時期の上千本は咲かないことも多い、ということでした。



吉野山のあとは、飛鳥京の残花を愛でに、奈良の明日香村へ。

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うちの娘と同じ名前なので、一度本人を連れて行きたかったのです。



あいにくの空模様でしたが、高松塚古墳や岡寺などを見て、石舞台古墳へ。

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残花@石舞台古墳

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残花というより、ここはまだ満開ですね。
東京はすっかり散ってしまってましたが、関西はまだまだ見頃でした。

石舞台古墳の巨石

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石室の中に入って、小学生の娘に、これは昔の偉い人のお墓でね、なんて偉そうに講釈を垂れていたら、じゃあ誰のお墓なの?と逆襲を受けてしまいました。

えっと、確か蘇我だったよなあ、蘇我。
大化の改新のあたりだよたしか。ナカノオオエノオウジとかナカトミノカマタリとかの敵だよ敵。
あ、入鹿だイルカ!
ソガノイルカ!

わずか2秒くらいで、なんとか回答をひねり出し、面目躍如、やっぱパパまだまだいけるじゃん、なーんて思っていたところ
「ソガノウマコですよ、馬子」
どこからかそんな声が。

振り返ると、地元のボランティアガイドのおじさん(元中学校の社会科教諭ふう)がパイプ椅子から立ち上がってこちらの方へ。
「入鹿(イルカ)は馬子(ウマコ)の孫にあたるね。その間に蝦夷(エミシ)がいる」

娘が、ウマコだのイルカだのツッコみどころ満載の名前を聞いて、ニヤニヤしていると
「ウマコったって馬みたいな女の子じゃないよ。イルカも水族館にいるやつじゃないからね」とベタベタなボケをかましてくれたので、なんとか僕の失態は、これ以上追及されることなく終わりました。

ちゃんちゃん。



<2013年4月6日訪問>






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