四国のよい旅、よくない遊び旅‐3【宇和町日本一長い廊下編】

 2015-07-31
 
 前編 内子の屋根付き橋


子駅に戻って、さらに西へ向かいます。

内子駅でJR四国の人気の観光列車「伊予灘ものがたり」のポスターを目にしました。

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これは九州の肥薩おれんじ鉄道のレストラン列車「おれんじ食堂」を模したもので、最近はやりですね。
この列車は松山から瀬戸内海沿いに走っていて、今回僕が通った山まわりの内子コースとは違うルートを通ります。
ホームと海が隣り合っていることで有名な下灘駅の写真がよく使われていますね。このポスターの写真もきっと下灘駅でしょう。
残念ながら基本は週末限定の運行なので、今回は乗れなかったのですが、まあまた今度いつか機会があったらトライしたいと思います。
ま、レストラン列車にひとりでは乗れないので、松山松子という新しい友達ができたら、の話ですが(笑)


内子から宇和島行きの特急に乗って伊予大洲を通ります。
車窓から見える大洲城がいいですね。

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昔、なぜか元旦に大洲に来て、雪がちらつく中を歩いた覚えがあります。瀬戸内とはいえ、四国山地が背後に迫っているので、冬にはそんな天気になることもあるんですね。


さて、内子のあとは卯之町という駅で列車を降ります。

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ここは今は西予市という町になっていますが、昔は宇和町といって、かつて宇和島藩の領地で、街道ぞいの宿場町だったため、今でも古い町並みが残っているところです。またここは米作の盛んな場所として藩の米蔵の役目を果たしていた「米」の町でした。

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人気のない商店街。

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商店街から一本山側の道へ行くと、ここが旧街道になっていたのか、古い町並みが現れます。

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このあたりは伝統的建造物群保存地区になっているようです。

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すごいなあ、こんな伝統的建造物が貸家になってるんだ!
どこかのITベンチャーあたりが古民家オフィスかなにかにしててもおかしくない感じです。

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町並みの中にあったいかにも老舗、という感じの雰囲気のある旅館

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よくみると、ここに滞在した人リストがなかなかスゴイ!
犬養毅に浜口雄幸、前島密に新渡戸稲造ですよ。
高校の日本史の教科書みたいですね。

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町並みからちょっと外れて、やや小高い場所にあるのが開明学校。

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ここは明治15年に建築された小学校で、日本の伝統的木造建築の中に洋風のアプローチ型の窓をとりいれたモダン建築で、国の重要文化財。長野県の松本にある重要文化財「旧開智学校」と昭和62年に姉妹館提携しているそうです。

館内は、明治時代を中心とした教科書を展示する教育資料館として利用されていて、明治・大正時代の授業が体験できる「明治の授業体験」を行っているとのこと。算術、読み書き、唱歌といった授業内容で、当時教科書として使用されていた掛図を使った楽しい授業だそうです。

受けてみたいなー、明治の授業。
でも一人だと寂しいので、宇和宇和子さんと友達になってからまた来よう!

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再び古い町並みを歩いて町はずれまで行くと、とんがり屋根のモダンな小学校が見えてきます。
これが宇和町小学校。

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この小学校のさらに山側、高台にあるのが、旧宇和町小学校。
昔の宇和町小学校の校舎を移築し、「米どころ宇和」のPRのため「宇和米博物館」として平成3年にできた施設です。

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中には100種類を越える稲の標本をはじめ、明治時代以降の農具が展示してあります。

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それだけなら、よほど農業に造詣がある方か、稲作オタクの方以外はあまり興味があるものだとは思えないのですが、ここの特徴は、この廊下。

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百間廊下と言われているこの廊下は、木造校舎の廊下としては日本一の長さで、なんと109m、しかも廊下と土間の間には柱が一本もありません。
しかもこの長い廊下で、雑巾がけ体験&タイムトライアルができるという話。
教室には完走者のタイムがズラーっと並んでいます。

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なんと毎年、雑巾がけのタイムを競う「z-1」グランプリ(雑巾がけグランプリ!)が開催されて いるのことでも有名だそうです(知らなかった!)

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芸能人の雑巾がけタイムの記録も!

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ここもやはり台風あけの平日なので、僕以外誰も入館者はいなかったのですが、スタッフのおねーさんに「雑巾がけ体験いかがですか?」とすすめていただきました。



その続きは次回、こうご期待!



<つづく>



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四国のよい旅、よくない遊び旅‐2 【内子/屋根付き橋】

 2015-07-28
 
 前編 その1 台風直撃 松山/内子編


子座を出て、さらに商店街を奥へと進むと、町の中心部あたりに出てくるのが内子町ビジターセンター A・runze(あるんぜ)。
もともとは警察署として建てられた建物のため、かなり重厚な作りになっています。

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その向かいあたりにあるのが、江戸から明治時代の商家を活用した「商いと暮らし博物館」。

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これは大正時代の薬局の店舗と家屋を再現しているそうです。博物館の中身にはあんまり興味がないのですが、この建物は立派ですね。

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これは何の建物でしょう?
2階の窓が独特ですね。自動販売機が・・・惜しいです。

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内子が奥深いのは、このメイン通りのさらに奥に、もっとすごい町並みが続いているというところです。

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重要伝統的建造物群保存地区に指定されている八日市・護国の町並みと言います。

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台風のあとなので、観光客も誰ひとり見当たらず、時代劇のセットのように静まり返っています。

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町並みの真ん中くらいにある、本芳我家住宅と大村家住宅。
木蝋(もくろう)の生産で財をなした本芳我(ほんはが)家の主屋は明治22年に建てられた、なまこ壁の黄色い建物。
その隣りの白壁の建物は、内子最古級の町家、大村家住宅で1793年に建てられたもの。

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なかなかじゃないっすか、内子町、奥が深い!
しかしバスの時間もあるので、あまりゆっくりはできず、いったん内子駅に戻ります。


今回の内子訪問のメインはこのあとの屋根付き橋に行くことでした。
何で見たのかは忘れましたが、山間の小さな川にちょこん、とかかっている屋根付きの木造橋を見て以来、僕の「いつか行きたいところリスト」にずっと入っていたのでした。

内子駅前から町営のバスに乗り、古い商店や住宅街が続く内子の生活道を経由しながら次第に山深くへと入っていきます。
台風で、山間部にはかなりの雨が降ったのでしょう。本来は春の小川のようなおだやかなはずの川には、濁流が渦巻いています。
バスは、切り立った崖が道幅いっぱいまで迫っている道を右へ左へと進むので、台風で緩んだ地盤から土砂崩れが起こらないようにちょっとだけ祈っていました。

内子のガイドを見ても、屋根付き橋までのバスでの行き方はどこにも案内されていないので(そもそもバスで行く人はいないのかもしれませんが)どのバス停で降りたらいいかわからなかったのですが、運転手に聞くと、下河内のバス停で降りなさい、とのこと。

なので僕が内子のガイドブックに変わってお教えしましょう。
内子の屋根付き橋へバスで行く方、内子町営バス「石畳の宿」行きに乗って下河内で降りてくださいね。
すぐ目の前です。料金はたぶん280円くらいだったかな(笑)

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ちなみに内子町営のバスは、こんな感じのマイクロバスでした。この区間は1日5往復くらい運行しているようです。

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屋根付き橋への降りる道の入り口には、ちゃんと案内板もありました。
正式には、河内にある田丸橋という屋根付き橋なんですね。

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内子には実は屋根付き橋が5つもあり、今回は行けませんでしたが、このずっと上流にも「弓削神社の太鼓橋」という有名な屋根付き橋があるそうです。


さて、念願の屋根付き橋。
上から下りて行くと、川面がみえないので橋というより小屋のように見えますね。

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しかし近づくと、やがて川面が見え、古い木造の橋であることがわかります7。

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雨上がりの緑が、素晴らしいですね。

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橋の上から見ると、やはり結構な濁流ですね。

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こんな古い木の橋だと流されないか心配でしたが、実は遠くから見ると橋脚は川の流れには接しておらず、両側の土手に「ふわり」と接しているのだそうです。これも洪水から守るための工夫なんでしょう。

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橋を渡った対岸側から。

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橋の屋根には昔の橋の様子を描いたこんな絵が。

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昔、ここは橋であると同時に物置だったり、井戸端会議の場所だったりしたようです。

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遠景。
春の小川のような、穏やかな晴れた日もいいのでしょうが、今日みたいな荒天明けの幽玄な感じも、なかなか絵になる内子の屋根付き橋でした。

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<つづく>



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四国のよい旅、よくない遊び旅‐1【台風直撃/松山-内子編】

 2015-07-26
の日の3連休前の木曜日、急遽、所用があって四国松山へ行くことになりました。
せっかく3連休が後ろに控えていたので、誰かのお言葉に甘えたわけではありませんが、自分で勝手に金曜日を1日休みにして、梅雨明け近い盛夏の4連休を四国からスタートすることにしたのでした。


ところが、なんと台風11号。

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事前予報では、どうやら四国直撃のようでした。


木曜日の松山での所用に影響がないように、さらに金曜以降の僕の旅には、もっと影響がないように祈ったことが功を奏し、なんと台風は木曜日の夜中がピークだったようで、ほとんど影響はありませんでした。

図1

これがピーク時の実際の天気図。
見事に僕のいるところからは雨雲が消えています。
まあ普段の行いがいい、晴れ男の僕ですから、こうなることはずっと前からわかっていたんですけどね!
松山市民の皆さんは、僕に感謝してもしきれないですね。


ちなみに。台風前の松山城。

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風雲急ですね。
まあ、デジカメマジックがかなり入ってますが(笑)


さて、翌朝の松山。
台風のピークは過ぎたとはいえ、雨は降っています。

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この日から休みなので、4日間、ぶらぶらと四国をまわりながら帰るつもりではあったのですが、急な用事で出かけてきたため、旅行の方まではあまり細かい日程を決めてなかったので、とりあえず雨の降っていなさそうなところに向かうことにしました。
ところが、朝からJR四国は全線で運転を見合わせているというニュース。
高知や徳島、愛媛でも東予の方はかなり激しい雨が降ったようで、安全の確認に時間がかかっている様子です。

そんなわけで、動いている交通機関を使ってとりあえず行けるところまで行ってみよう、ということで路面電車で松山市駅まで出て、伊予鉄道を使って伊予市まで行ってみることにしました。


伊予鉄市内電車(路面電車)の松山市駅。いよてつ高島屋に面しています。
むかしは「いよてつそごう」だったような気がしますが。

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これが伊予鉄郊外電車の松山市駅。
ここから3路線が松山郊外へ延びています。

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実は僕は伊予鉄の郊外電車に乗るのは初めてでした。
伊予鉄の郊外電車が伊予市まで行くことは知っていたのですが、駅に行って、伊予市までのきっぷを買おうと思ったら、どこにもそんな駅名はなく一瞬迷ったのですが、調べると、この電車の行先に書いてある、郡中港という駅が、伊予市のことだったのでした。
そんなわけで、今回はこの郡中線の電車に乗ります。

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松山市から郡中港までは11,2キロ程度の距離ですので、松山の市心から郊外にかけて数多くの小さな駅にチョコチョコと停車しているうちにとくにハイライト的な何かがあるわけでもないまま終点となっています。

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終点の郡中港駅。

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そしてそのすぐ前がJRの伊予市駅。

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もともと伊予市は、郡中町という名前だったため、古くあらある伊予鉄道の駅は郡中のままだったのでしょう。もちろん両方とも現在の伊予市にあります。


JRの伊予市に行ってみると、宇和島方面の特急列車は予定通り走り始めている、ということで、それに乗って内子に向かいます。

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内子は山間の小さな町ですが、木蝋(もくろう)や生糸などによって財をなした古い立派な商家が建ち並ぶ町並みがあり、近年は観光地としても有名です。僕もずっと前に一度来て、町並みを歩いたことがあったのですが、正直、どんなところかあまり覚えていませんでした。
今回は、その古い町並みをもう一度歩いてみたいのと、もうひとつ、僕の「行きたい場所リスト」に書かれている「内子の屋根つき橋」というところに行ってみたかったのです。

内子駅は松山と宇和島方面を結ぶ新線が開通した際に作り変えたられたので、高架の比較的新しい駅舎となっています。

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駅を出て町の中心部のほうに歩いていくと、狭い道の両側に古い商店街が出てきます。

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内子の町の中心にある内子座。
大正5年、芸術・芸能を愛好する内子の豪商たちが建てた劇場です。木造2階建てで回り舞台や花道、枡席などを整えた劇場で、当初は芝居などが上映されていましたが、その後映画館などに改装され、最後は老朽化のため取り壊されそうになりましたが、町並保存運動が高まったこともあり、昭和60年に復原され、劇場として再出発し、今では、町内外の芸術文化活動の拠点として活用されているそうです。

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今回はあまり時間がなかったので中には入りませんでしたが、徳島の脇町オデオン座、秋田・小坂の康楽館など、こういう劇場がある町並みはどこも風情がありますよね。

内子の町はなかなか奥が深く、この先にもたくさんの見所がありました。



<つづく>



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越後妻有 大地の芸術祭‐3【おっちゃんムンク/松之山編】

 2015-07-24
 前編  天国への棚田 松代編


代エリアの南側、松之山エリアも芸術祭の特徴的な作品がたくさんある場所です。
日本三大薬湯といわれる松之山温泉という鄙びた温泉街がある以外は、長野県境に接する山々に囲まれた急傾斜地の多いところで、冬はものすごい豪雪地帯でもある、厳しい自然にさらされた地域です。
「大地の芸術祭」がなければ、東京から人々が訪れることなんてめったにない場所だったと思います。

ここの中心施設が「森の学校キヨロロ」。
里山の自然と文化を学ぶ自然科学館です。

Y019_Anzai-720x360.jpg ©大地の芸術祭

昆虫や蝶のコレクションがあったり、里山の自然についての展示があったり、ちょっとしたアート作品があったりしますが、「里山の生き物体験」などの屋外・屋内でのワークショップが豊富なのがここの特徴だと思います。

キヨロロの塔と呼ばれる展望台からは、美しい里山の風景と、それを囲む周辺の深い森が見渡せました。



松之山地区の代表的なアートは、クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマンの「最後の教室」。

ここも廃校となった学校の校舎を使ったアートのひとつですが、「最後の教室」という名前の通り、かなり異色のアートです。
最初に真っ暗な体育館に入ります。
中に入ると、かすかな明かりの中に、草の匂いと、何かモーター音のようなもの。目が慣れてくると、それが藁の敷かれた館内に置かれた無数の扇風機だということに気づきます。

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撮影:倉谷拓朴


体育館を抜けて校舎に入ると、どこからかドクン、ドクンと低く脈打つ鼓動のような音が聞こえてきます。
2階に上がってその音の方へと進むと、一番奥の教室、昔の理科室らしき部屋から、真っ暗闇の中、一定の間隔で点滅する電球とともに鼓動の音が大きく鳴り響いています。
ここが学校の心臓、ということなんでしょうね。

3階にあがると、真っ白な布に覆われたく四角い箱が無数に並んでいるスペースがあります。
間仕切りの取り払われた教室や廊下に、蛍光灯の入った透明の箱型ケースがいくつも展示されています。

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ここはまるで学校の棺置き場ですね。


「最後の教室」のテーマは「人間の不在」なんだそうです。
なんとなくわかるような、わからないような・・・やっぱりわからないですね。


2012年の芸術祭限定で、今回はもう見られないのですが、人によってはこれが最も面白かった、という評価が多かったアートが、「上鰕池(かみえびいけ)名画館」。

この地区のおじさん、おばさんをはじめとする住人の皆さん(総人口で55人だそうです)が、美術の教科書で一度は見たことのあるゴッホやフェルメールの名画の登場人物になりきってカメラに収まっています。


フェルメールの「牛乳を注ぐ女」が

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こんなふうに。

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注いでるのはどぶろくでしょうか?



かの有名な「最後の晩餐」は、

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こんな宴会に。

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「田休祭(たやすまつり)」という、その年の収穫を祈願する宴会だそうです。



一番人気は、ムンクの叫びを題材にした、

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おじさんの叫び。

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タイトルは「宝橋」だそうです。
ちなみにこの方は、この地区の区長さんで、冬期「孤立集落」になっていた上鰕池に、平成6年、待望の「宝橋」が架けられたことに対して「ありがと~」と叫んでいるのだそうです。

テレビなどでも取り上げられて人気の高かったこの名画館、最盛期は連日住民人口の20倍を超える人々が押し寄せたということですが、残念ながら2015年の芸術祭ではないようです。
ただ、上鰕池という名前がついたアートが予定されているので、もしかするとまたこの村人たちが関わるものができるのかもしれません。



大地の芸術祭は今回紹介した十日町、松代、松之山地区以外にも、川西地区、津南地区、中里地区と広範囲にアートが散らばっているので、全部を制覇するのはなかなか容易ではありません。

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芸術祭のパスポートを買うと、訪れた場所にスタンプが押せるようになっているのですが、僕たちは2日間周って22個、それでも全体の10分の1くらいしか回れませんでした。

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越後妻有の夏は、正直めちゃくちゃ暑いです。
それでも、この里山をひーひー言って、水をガブガブ飲みながら巡った夏は、かけがえのない思い出です。


<おわり>



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越後妻有 大地の芸術祭-2 【天国への棚田/まつだい編】

 2015-07-22
 前編  その1 十日町編

大地の芸術祭で、十日町につぐ規模のアートが集まっているのが、松代(まつだい)エリア。
その中心にあるのが「農舞台」。
北越急行ほくほく線まつだい駅のすぐ目の前にある雪国農耕文化とアートのフィールドミュージアムなんだそうです。

D053_main-720x360.jpg ©大地の芸術祭

ここから見えるアートが、大地の芸術祭の代表的なシーンとして、いろんなところで紹介されている「棚田」という作品。

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これ、写真で見ていたときは棚田に立てた長い針金に、大きな文字を書いた透明な板を吊っていたのかと思っていましたが、実は農舞台の展望スペースに透明なガラス版が置かれていて、その文字の向こうに棚田があるので、棚田に文字が書いてあるように見える、というからくりのアートなのでした。

瀬戸内の直島かぼちゃで有名な草間アートもここにあります。

D061_Nakamura-720x360.jpg ©大地の芸術祭



松代はずっと昔から厳しい自然の中で知恵を絞りながら稲作を続けてきたのだといいます。
その代表が山間の土地を切り開いてつくりだした棚田。
この地域にはたくさんの棚田があるのですが、その中でも特に美しいのが星峠の棚田。

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やわらかに形取られた小さなたんぼの明るい緑が、天に向かってどこまでも続いていくようなこの風景、絶景です。

この星峠の近くにあるのが「脱皮する家」

D-143_2-940x470.jpg ©大地の芸術祭

これは、日大芸術学部彫刻コースの有志が、家全体を彫ることで、内側に内包された空間を広げ、空家をアートとして脱皮・再生させた作品(と説明がありました)。

ふと外を見ると、こんな民家が眼下に見えます。もちろんこれはアートではなく、この地方の普通の民家です。

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大地の芸術祭は、こういう場所でひと夏を過ごすのも、子供には必要なのかもしれないな、と考えてしまう場所でもありました。



<つづく>



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越後妻有 大地の芸術祭2012 【十日町編】

 2015-07-20
地の芸術祭―越後妻有アートトリエンナーレは、新潟県越後妻有地域(十日町市、津南町など)で開催される世界最大規模の国際芸術祭といわれ、2000年が第一回目の開催で、以降3年に一度行われています。2015年の今年は、第5回目の開催となります。
ちなみに妻有は「つまあり」ではなくて「つまり」と読みます。

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まだ子供が小さかったころ、僕の家では毎年夏に避暑を兼ねて新潟の高原へ家族旅行に行っていたので、いつかこの芸術祭も見てみたい、と思っていたのでした。
そして初めてこの芸術祭を見たのが、前回開催の2012年。
家族旅行の合間の2日間という限られた時間に主な会場を回ったのですが、これが想像以上に素晴らしく、僕たちはすっかり里山アート好きの家族になってしまいました(それで翌年は瀬戸内国際芸術祭にも行ったのです)。

今回はそのときまわったいくつかを紹介します。ほとんどのアートに子どもが写りこんでいるので、写真はあまり多くないですが、少しでも興味を持っていただけたら、ぜひ今年の「大地の芸術祭」に行ってみて下さい!


大地の芸術祭は十日町、松代、松之山、川西、津南、中里という6つのエリアで行われています。
その表玄関となるのが十日町エリア。
十日町駅まで、列車だとJR飯山線または北越急行ほくほく線の十日町駅下車(上越新幹線で越後湯沢でほくほく線に乗り換えが早い)、関越自動車道からだと六日町ICで降りて30分くらいでしょうか。

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大地の芸術祭の事務局機能などが集まっている十日町エリアの中心施設が、越後妻有里山現代美術館「キナーレ」。
「大地の芸術祭 」のメインステージとされています。

到着した僕たちの目の前にいきなりあらわれてきたのがこれ。

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いきなりアートですよ。
クリスチャン・ボルタンスキーの「No Man's Land」
およそ16トンもの膨大な古着の山。これらの衣服が、クレーンで無造作につかみあげられ落とされています。

ここは普段は中庭となっている場所で、これは大地の芸術祭2012期間限定のアートだったため、現在はもう見られませんが、今年は、きっとまた別のアートがここに完成するでしょう。


レアンドロ・エルリッヒの「トンネル」。

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遠近法を使ったトリックアートみたいな感じです。


カールステン・ヘラー「Rolling Cylinder, 2012」

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Photo by Osamu Nakamura

目が回るかどうかは、実際に入って体験してみてください。

この二つは常設作品として今でも展示されています。



十日町エリアのもうひとつのお勧めは、「絵本と木の実の美術館」。
絵本作家として有名な田島征三さんが中心となって十日町市内の廃校となった旧真田小学校の校舎を改修して作った美術館。
最後の在校生3人を主人公とした絵本の世界が校舎全体に展開する、いわば空間絵本ともいえる美術館です。

絵本のタイトルは、「学校はカラッポにならない」。
この物語がいいんですよ。


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絵本の出だしはこんな感じです。

ぼくは4年生のユウキ。
6年生のユウタロウと、3年生のケンタ、ぼくと同じ学年のユカ。
ぼくの学校は全員そろってもたった4人なんだぞ。
ながい冬がおわって、まちにまっ た春がやってきた。
なのにぼくらはさびしい。
ユウタロウがそつぎょうし、先生はいなくなった。
学校は、こわされてしまうんだろうか?

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閉校式の次の日、学校にやってきた3人は、学校オバケ・トペラトトに出会うところから物語が始まります。

館内はこんなふうに絵本の世界がそのままアートになっています。

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体育館においてあったピアノ、うちの娘、勝手に弾いてましたがこれもアートなんじゃないかな・・・(笑)

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なんか感動して絵本も買っちゃいました。


<つづく>



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たびねすに新着記事掲載!次の世界遺産はココ!【長崎・上五島】

 2015-07-17
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



  入口⇒ 次の世界遺産はココ!長崎・上五島の2大教会へ急げ!


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たびねすに新着記事掲載!瀬戸内豊島&犬島を巡ろう【香川・岡山】

 2015-07-15
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



  入口⇒ 直島だけじゃもったいない!瀬戸内豊島&犬島を巡ろう!



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たびねすに新着記事掲載!美しすぎる教会と絶景ビーチドライブ【五島・福江島】

 2015-07-13
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!
(ちょっと前ですが・・・)



  入口⇒ 美しすぎる教会と絶景ビーチ。五島列島・福江島一周ドライブ


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1982北海道‐8 岐阜のツッパリ君とか【札幌‐倶知安‐洞爺湖‐函館】

 2015-07-11
  前編 深名線とかウロコダンゴとか


6日目:札幌→(車中泊)→長万部140/252→倶知安437/744→壮瞥956/1000(バス)→1020洞爺湖→
        (ここから先メモなく不明)→函館015→(船中泊)
7日目:→青森440→(ここから先メモなく詳細不明)→遠野→仙台(駅泊/仙石線のホームで泊)
8日目:仙台→松島海岸→高崎(詳細不明)


幌で函館本線の函館行鈍行夜行列車に乗り込んで、この日も懲りずに夜中の長万部で上りから下りに乗り換える、という荒業。

当然長万部から乗ってもまっとうな空席はなく、まあ2時間くらいだからデッキにでも立っていよう、と思っていたら岐阜から来た、という同じ年のツッパリ君(原文通り)が交代で座っていいぜ、と声をかけてくれ、倶知安で降りるまでずっと話していた、とメモに書いてあります。
ツッパリ君、どんな姿かたちだったかもう覚えていませんが、当時のことですからおそらく横浜銀蠅並みのリーゼントをバシッとキメテて、派手なアロハでも着ていたのでしょうか。
でもこれも旅ですね。
天使のように穢れなく美しい僕と(久しぶり!)横浜銀蠅クラスのツッパリ君がこうして夜汽車の中で友情を育むなんて、旅先じゃなきゃ考えられないですよ!
あっ、そういえば僕も夏休みだということでシブガキ隊並みのパーマとかかけてましたが(笑)


倶知安に早朝4:37に到着、今はなき胆振(いぶり)線の列車を待ちます。
8月の早朝の倶知安なんて、さぞかし羊蹄山がきれいだったんだろう、と想像しますが、残念ながらこの日はあまり天気が良くなかったようで、メモにはその言及はありませんでした。

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胆振線にもこの1度しか乗ったことないまま廃止になってしまいましたが、喜茂別とか京極とか、なんだか懐かしい名前です。
大学時代に札幌に住むようになってから、バイクで中山峠というところを越えてニセコだのルスツだのに向かう時に、このあたりはよく通った場所なのでした。

P6212341 (640x480)


終点伊達紋別の2つ手前の壮瞥で胆振線を降りて、そこからバスで洞爺湖に向かいました。
この旅行で訪れた数少ない観光スポットが、これぞ北海道!といえるような場所、たとえば湖であれば摩周湖とか屈斜路湖、阿寒湖とか支笏湖のような場所ではなく、なぜ(一番俗世間的な)洞爺湖だったのか。

それはバス代が、安かったのです。

ちなみに阿寒湖だと、釧路からのバス代が片道1650円、しかしこの壮瞥から洞爺湖までは片道230円。
ビンボー学生にとって、その差は歴然です。
今から考えてみれば、バス代で行くところを選ぶなんてもったいない、と思いますが。

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壮瞥からバスで洞爺湖に着いたものの、写真をみると天気はあいにくの曇天だったようですね。昭和新山や有珠山も近くに見えた気がしますが、噴煙なのか雲なのかわからないような感じでした。

洞爺湖畔は当時から大型の温泉ホテルが立ち並び、あまり北海道らしくない場所でした。

洞爺湖からバスで室蘭本線の洞爺駅まで出たのですが、メモはここで途絶えています。
うーん、連日の野宿&車中泊で疲れちゃったのでしょうか。。。

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青函連絡船の夜行便で本州に帰ったことは間違いないので、長万部を経由してその日の夜までに函館に着いたのでしょう。

途中、森駅のスタンプが残っていますが、青函連絡船の乗るまでの記憶がありません。

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大沼公園・・・うーん、この時はたぶん降りてない
五稜郭も函館元町も函館夜景も記憶にありません。
どこに行ってたんだろ?

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早朝の青森で青函連絡船から東北本線に乗り換えたあと、2日間かけて東北地方を南下したのですが、メモがないので細かいことはもうわかりません。
途中寄り道をして遠野へ行ったのと、仙台駅の仙石線ホーム(昔は地下ホームがなく、仙台駅の外れに専用ホームがありました)で寝て、朝起きたら顔じゅう蚊に刺されていた、という記憶があります。
最後に松島を回って帰ってきたのは覚えています。

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そんなわけで、このシリーズはこれにて終了、としたいと思いますが、最後に今はもうない岩手県の東北本線「北福岡駅」のスタンプが残っていたので、貼っておきます。
「北福岡」は「二戸」という名前に変わって今は新幹線も停まる駅ですが、昔は上野から青森行きの夜行列車に乗ると、なぜかよくこの北福岡駅あたりで目を覚ますことが多く、今でも懐かしい名前の駅です。

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<終わり>



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