朝からアツい高松とか、レンタサイクル争奪戦とか【瀬戸内国際芸術祭-8 朝うどん~塩飽本島】

 2016-11-30
岐の朝は、早いのです。
朝の5時、6時から開いているうどん店に続々と人が来るのです。

我が家も、高松に泊まった朝はほぼ必ず早朝うどんを食べに行くのです。
今回は宿泊ホテルから歩いて10分ちょっとのところにある「うどんバカ一代」へ。

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高松市内のうどん店としては名の知れた名店であるとはいえ、朝6時の開店と同時に、すでにこの状態。
まあ3連休だったので、観光客が多かったのでしょうが、もちろんいつものように朝食として食べに来ているふうの高松市民もいます。

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うまくて安いさぬきうどん店の定番ともいえる、セルフサービス&トッピング。

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このお店の名物メニューは釜バターうどん。

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ということで、娘はそれに玉子をプラスしてましたが、さっぱりさわやか草食系の僕は朝からこってりはいかがなものか、ということで温かけにちくわ天のトッピング。
これでサイズ小ですからね。

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高松は朝からアツいのです。



さて、最終日の今日は高松からJRで丸亀まで行き、そこから西の島々の最後、本島へと向かいます。
高松駅、笑ってますね。ここは別名四国スマイルステーションなんだそうです。

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ホームにはたまたま高松駅に着いた寝台列車のサンライズ瀬戸が停車中でした。

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おお、乗りたかったぜ、サンライズ瀬戸。
3連休中はこんぴらさんの門前駅、琴平まで延長運転されているようです。


丸亀の駅前にある丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA/ミモカ)。
ここは全国でも類を見ない“駅前美術館”として1991年に開館し、丸亀市ゆかりの画家・猪熊弦一郎さんの作品を中心とした現代美術を展示しています。

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今回はまだ朝早くて開館していないので見られないのですが、この外観見るだけでも楽しそうですね。次回のセトゲーの際は行かないとですね。


丸亀駅から10分ほど歩くと丸亀港。
本島は、ここからフェリーで35分ほど。
フェリーを見送ってくれるのは、讃岐富士と呼ばれる飯野山でしょうか。

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この日のフェリーも一般座席は満員だったのですが、素晴らしい天気だったので、またも屋上デッキへ。

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本島へと向かうフェリーからは、瀬戸大橋がよく見えるので、船内よりもこっちの方が100倍楽しい!

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本島は、瀬戸大橋のほぼ真ん中にある与島のすぐ西にあるため、瀬戸大橋の眺めが素晴らしい島としても知られています。
これはのちほどの上陸後も、何度も楽しめる眺めです。

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本島は「塩飽本島(しわくほんじま)」とも言われ、塩飽諸島の中心。
この島の周辺は潮の流れが速く、腕利きの船乗りが多かったことから、戦国時代には塩飽水軍と呼ばれる海賊が活躍。信長や秀吉、家康らに重用され、自治を許されていたのだそうです。

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現在では人口400人にも満たない島となってしまいましたが、塩飽水軍の本拠「笠島」には美しい古い町並みが残る、歴史ある島です。



さて、この本島は周囲16キロで見どころが比較的分散しているため、歩いて回るには無理があり、島内のバスも本数が多くはないため、我が家恒例のレンタサイクル島一周にぴったりな場所なのです(当然島内にレンタカー、ありません)。

そんなわけで朝一番の船で行き、レンタサイクルを借りるつもりだったのですが、同じような考えの民衆がほとんどらしく、下船後はみんながレンタサイクル受付に殺到する始末。100台あった自転車はあっという間になくなってしまいました。

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おいおい大人げないぜ、走るな民衆、とか言いながら余裕くれて歩いていたのがいけなかったのでしょうか、一番最初のほうに下船したはずなのに、僕たちの前には結構な人の列ができてしまっていて、ゲットできたのは電動自転車最後の1台とママチャリ2台。
島はアップダウンがあるので電動自転車で余裕のサイクリングしようと思ったんですけどね。
まあ最後の1台だけでもゲットできてよかった、というべきなんでしょうかね。



港から西回りに進むとすぐにあるのが「そらあみ〈島巡り〉」

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天空へ向かいそそり立つ漁網は島民たちと編み込んだものだそうです。
しかし今日も素晴らしい青空。

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少し内陸に入ったところにある、カラフルな建物が、咸臨の家(かんりんのいえ)。
これは幕末、勝海舟やジョン万次郎がサンフランシスコに渡った船、咸臨丸の水夫だった横井松太郎の生家。
この塩飽諸島からは35人もの水夫が乗り込んだのだそうです。

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屋内はステンドグラスからの光を取り入れ、色彩豊かな空間になっています。

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雲一つない青空の下、左手に海を眺めながら快適に10分ほど走ると、いよいよ来ました、離島恒例のアップダウン。

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もちろんおとーさんに電動自転車があてがわれることはありません。。。



<2016年10月10日訪問つづく>



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ビートルズの名曲アートとか、プライスレスな夕日とか【2016瀬戸内国際芸術祭‐7 伊吹島】

 2016-11-27
 前編「人生一発大逆転のまち、観音寺



吹島の「トイレの家」は、この島を代表するアート。

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この日はなんとこのアートのクリエイターである石井大五さんが直接アートについて解説してくれました。

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伊吹島の多くのトイレが母屋から分かれた離れにあるのを見た石井さんは、母屋と離れの関係が、四国本土と伊吹島、大都市と僻地の関係に見え、日本の辺境のように位置づけられた伊吹島を、トイレが象徴しているように見えたのだそうです。
そこでこのトイレを島の中心のようにつくることで、伊吹島に暮らす島民に、自分自身が中心である、と考えてほしい、という思いからこの作品が生まれたのです。

建物は、11本の光のスリットが通るように設計されています。
うち6本は、この島を中心として世界の6大陸の6都市へと向かって広がる世界を、残りの5本は、島の伝統的な行事の開かれる日と夏至、冬至の日の午前9時の太陽方位の方向を示しています。

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迷路のような光のスリットの通り道は、まるでこの島の路地のよう。
季節や時刻によって、光の角度や、光の雰囲気が大きく変わり、路地の表情もその時々によって違うのだそうです。

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トイレの家なので、もちろん本当のトイレとしても利用できます。

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こんな青い空を見上げて開放感あふれるトイレなので、普段なかなか出ない人も、ここだとすっきりするとかしないとか。。。

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アート作品ではありませんが、トイレの家の隣には、同じく石井さんが設計した消防署が。

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今日は特別に屋上に登れる、というので、さっそく行ってみます。
島の家並みと海を見下ろす、素晴らしい眺めでした。

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この屋上は緑の人工芝で作られていて土足は厳禁。裸足でのんびりリラックスできることを基本としているのです。
例えば、昼寝がしやすいように、傾斜が付いていたりするのですが、本当に昼寝をしてる人がいるの、わかりますか?

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さて、トイレの家の向かい、旧伊吹小学校舎の中に入ると、そこで展開されている作品「沈まぬ船」。
島の人たちや小中学生らと一緒に約6万個の浮きを使って作り上げた魚群のイメージは迫力満点。

「魚群」なんて、まるでパチンコの激熱リーチみたいですね。
でもこんなスゴイ魚群が出れば、100%確変大当たりって感じですね。

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窓の外には島の立派な瓦屋根と瀬戸内の海。

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廊下を進むと、バイクゲームやりたい人が募集されてます。
やりたいやりたい!

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これは「伊吹島ドリフト伝説」と呼ばれるアート(たぶん・・・)。

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実際に取材して本物さながらに設定された伊吹島の路地を、スーパーカブ(?)で制限時間内に一周できたらミッション完遂!というレーシングゲームなのですが、これがかなり難易度が高いらしいのです。

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なんといっても伊吹島の路地は迷路のように細くてぐにゃぐにゃしてますからねえ。
目の前でお兄ちゃんがやってましたが、家や壁に衝突したり、路地から飛び出してきた猫をよけてコケたり、神戸からやってきたセトゲー女子(28歳独身・歯科衛生士・彼氏いない歴6ヶ月)に見とれてガードレールをつき破って海に転落したり、と散々で、隣で見ていた彼女にひっぱたかれてました。

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僕もチャレンジしてみようかと思ったのですが、セトゲー女子の誘惑に100%負ける姿を娘に見せるわけにはいかない、ということで今回はパスしました。。。

きっとこうい島のじいちゃんだったらクリアするんでしょうね。。。

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島の坂道をさらに上に行き、昔、保育園があった眺めのよい場所にあるのがフィリピンのアーティスト、アルフレド&イザベル・アキリザンさんによる「Here, There, Everywhere」。

ビートルズの名曲と同じタイトルのこのアートは島の林から切り出した竹を支えにしていりこ加工で使う網を組み合わせてつくったパラボラアンテナのような作品。

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アンテナの真ん中に登って、そこから外の世界を見ると、こんな感じ。

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ちょうど正面に、仲よさそうに寄り添うカップル。
まさにポール・マッカートニーのうたったあの美しいラブソングのラストフレーズ、

I will be there and everywhere  どこにいたって 僕は君のそばにいるよ
Here, there and everywhere   ここにいても、そこにいても、そう、どこにいても

の世界で、ちょっとうらやましく思いました。

なので制作者の本当の意図はわかりませんが、ここは自分の大切な人へ、愛を叫んで世界中に発信する場としていいのではないかと思います。

みなさんもぜひ、伊吹島の中心で愛を叫んでみてください。



伊吹島から観音寺への最終フェリーの出発時間は17時20分。
秋会期の10月から11月にかけては、ちょうど瀬戸内海に夕日の沈む時刻と重なるのです。

伊吹島の回りには、大きな陸地や島がないので、天気がいいと水平線近くに沈む夕日を見る絶好のポイントなのだそうです。

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この絶景は想定外でした。
ギリギリまで島を見て歩いていたので、船に乗り込むのが遅く、船内の座席に座れず、仕方なく親子3人で外のデッキの床に座り込んでいたのですが、まさにプライスレスなサプライズプレゼントでした。

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伊吹島も、素晴らしかった。。。



<2016年10月9日訪問>



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人生一発大逆転のまち、観音寺へ 【2016瀬戸内国際芸術祭-6 観音寺・銭形砂絵~伊吹島】 

 2016-11-24
 前編「大島なくして、セトゲーなし


戸内国際芸術祭が行われている「西の島々」の中でも一番西、愛媛県境にほど近い場所にあるのが、伊吹島。
その伊吹島へは香川県の西端の都市、観音寺からのアクセスとなります。
伊吹島への次の船まで時間があったので、観音寺をぶらぶらと歩いてみます。

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観音寺と言えば、青春デンデケデケデケ。
なんじゃそりゃ?とお思いの方もいらっしゃるかと思います(というかほとんどの方はそうでしょう)が、これは芦原すなおさんの直木賞小説で、あの大林宣彦カントクにより映画化された青春物語のこと。
ベンチャーズのデケデケデケデケ・・・に電撃ショックを受けた高校生が、うどんと海しかない香川の片田舎で、ロックバンドを組んでひっちゃかめっちゃかやっちまう、というお話。
僕はこの映画、結構好きなのです。

その、うどんと海しかない片田舎といわれているのが観音寺なのです。
しかし観音寺を舐めてはいけません。
うどんと海以外にもあるのです、立派に世の中に誇るべきものが。

それが、これ。
銭形砂絵「寛永通宝」ですね。

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これは海岸の白砂に描かれた東西122m南北90m周囲345mもある巨大な砂絵。
観音寺の町はずれにある琴弾公園の裏山の山頂展望台から見るとこんなふうにきれいな円形に見えます。

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寛永10年(1633)に高松藩主、生駒高俊がこの地を訪れた際、それを歓迎するために一夜にして作られたものですが、今も当時と同じ絵柄で残っているのだそうです。もちろんその裏では毎年春と秋に市民のボランティアが 「砂ざらえ」を実施し、砂絵を美しく整えているからなのですが。
夜は緑色にライトアップされていて、今や観音寺随一の観光スポット。
この銭形を見れば健康で長生きし、しかもお金に不自由しないと伝えられ、多くの人々がこの絵を見にくるのだと言います。

まあ確かに生で見るとなかなか迫力があるんですよ。
そんなわけでどうもこの観音寺、最近は「銭」とか「金運」をキーワードに町おこしを狙っているようです。

たとえば公園にも寛永通宝。

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マンホールも、もちろん銭形。

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そしてなんとこの観音寺の町なかにある宝くじ売り場「観音寺チャンスセンター」、こんな地方の小さな売り場のくせに、なんと国内の宝くじ史上最高賞金額8億円を2本も出したのです!
なので年末ジャンボの最終日でもないのに、ひっきりなしに購入者がやってきます。

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町のビルの壁には金運を前面に打ち出した巨大な看板が。
招き猫に寛永通宝に宝くじ8億円。
なんでもありですな・・・

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ぜひ、宝くじを買いに、観音寺へ!
購入前に寛永通宝の砂絵を見ておくとさらに効果ありまっせ!


さて、伊吹島へは観音寺港から船で25分。

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伊吹島の人口は574人で、セトゲーの西の島の中では面積は比較的小さいのですが、人口が一番多い、いわば最も人口密度の高い島。
それでも最盛期は4500人近くの島民がいたようですので、当時にくらべればずいぶんさびしくなってしまったのでしょう。

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ここは良質ないりこの産地として栄えてきた島。
讃岐うどんの出汁に欠かせない煮干しいりこ。そのいりこの中でも最高とされるのが「伊吹いりこ」なのだと言います。
恥ずかしながらここに来るまで「いりこ」ってなんだかわからなかったのですが、イワシの煮干しのことなんですね。

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島の沿岸部には平地が少ないため、中央部の高台が島の中心地となります。
アートも高台に集中しているので、みんな船を降りると港の前の激しい急坂を上るしかありません。

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起伏の多い島にはりめぐらされた迷路のような坂道。
これがこの伊吹島の魅力でもあります。

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夏だとこの坂道を上ったり下りたりするのはかなりきついでしょうが、今回は秋会期なのでなんとか大丈夫。

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港からの急坂を上り、かつて小学校があったやや開けた場所にあるのが、トイレの家。

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これは前回2013年の芸術祭からある、この伊吹島を代表する作品です。



<2016年10月9日訪問つづく>



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大島なくして、セトゲーなし【2016瀬戸内国際芸術祭‐5  国立ハンセン病療養所 大島青松園】

 2016-11-21
豆大島、奄美大島、気仙沼大島・・・
大島という名前の島は日本中にたくさんありますが、この瀬戸内の高松沖にある大島のことを知る人はそう多くはないのではないかと思います(同じ瀬戸内にも周防大島やしまなみ海道の大島がありますが、それらの大島とはまた別の大島です)。
なぜならばこの大島は、国立ハンセン病療養所のある島として、近年まで一般の人が近づくことのない島だったからです。

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ハンセン病は平成8年にらい予防法が廃止されるまで90年近くの間、感染や遺伝による不治の病と誤解され、その患者だけでなく親族も激しい差別・偏見の対象にされたため、罹患者の多くは家族と遠く離れて、生涯隔離生活を余儀なくされていたのでした。
この大島はそうしたハンセン病罹患者が長い間隔離されて過ごしてきた悲しい記憶を持つ島なのです。

その後、この瀬戸内の島々で芸術祭を行う、というプロジェクトが立ち上がった時、総合ディレクターの北川フラムさんがぜひこの大島でも開催したい(曰く「大島のない瀬戸芸はない」)、と熱望したことにより、こうして多くの一般の人々が大島を訪れ、過去の誤った歴史を知るようになったのです。

前回2013年のセトゲーでは僕たちはこの大島に行かなかったのですが、同時期にセトゲーに行っていた知人の女の子から、
「なんで大島に行かなかったの!あーもうわかってないんだから!」くらいの勢いで残念がられてしまったので、今回はぜひとも行ってみたいと思っていたのでした。



大島は高松沖の東方約8㎞の浮かぶ周囲7キロの小さな島。
この島には一般の船舶航路はなく、通常は高松港からの官用船が運航しているのみ。
この瀬戸内国際芸術祭期間中は、鑑賞者用に1日3往復の定期便が運航されますが、すべて先着の定員制。
当日整理券を手に入れないとこの島へは渡れないのです。

そんなわけで2日目の朝は、早めに高松港へ。

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瀬戸内国際芸術祭のインフォメーションセンターで整理券をもらうために並んでいるあいだ、大島を訪れるにあたっての注意事項が説明されるのですが、このシニアスタッフの方、めちゃくちゃカッコよかったのです。

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日本語でひと通り説明が終わると、列の中に外国人がいることを発見し、まったく同じ内容を英語で話しはじめたのです。
ネイティブというほどの流暢さはありません。けれどもそれは堂々として、とてもわかりやすい英語でした。
かつて企業人だったのか、教育者だったのかはわかりませんが、おそらくすでに現役の第一線をリタイアし、こうしてすすんでセトゲーのボランティアスタッフをやっているのでしょう。
こういうのもカッコいい生き方だな、と思いました。

大島に渡る船の整理券は1便あたり24名、と聞いていたので3連休の中日に果たして全員乗れるのか?と心配していましたが、土日祝日は定員が増えるようで、12名乗りの船と40名乗りくらいの船がそれぞれ一艘用意されていて、この便は希望者全員が乗船できたようでした。

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大島に到着すると全員に帰りの船の整理券が渡されます。
船は大島到着の1時間半後に高松に向けて出発するので、基本の大島滞在時間は1時間半ですが、事前に希望があれば次の便に変更し、島内にゆっくり滞在することもできます。ただし定員制なので一度決めたら必ずその船に乗らなければなりません。

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来島者はいくつかのグループに分けられて、こえび隊と呼ばれるボランティアガイドの案内で島内をめぐることになります。
ガイドさんは通常島内の主な見どころを1時間程度で案内し、残りの30分を自由時間にすることが多いようです。

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島内には入所者(現在ではハンセン病の治療は終わっているので患者ではなく、入所者と呼ぶのだそうです)の住居をはじめ療養のための病院のほか、公会堂・老人福祉会館・売店・理美容室・郵便局・公園・宗教施設などを備えていて、まるでひとつの村落であるかのようです。

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最初に案内されるのが、島内の高台にある納骨堂と慰霊碑。
この納骨堂にはこの島で亡くなったものの、生まれ故郷に帰ることができなかった方の骨を安置しています。
来島者はまず、この納骨堂で手を合わせます。

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納骨堂の隣、美しい瀬戸内の海をに背にした「鎮魂の碑」。
これは長年の隔離政策により、この世に生を受けることなく犠牲になった多数の胎児の命の供養と哀悼のための碑です。

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また、今回は時間がなくて行けなかったのですが、さらに海を見下ろす高台へ行くと「風の舞」というモニュメントがあります。

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ⓒ国立療養所大島青松園

これは亡くなった方を納骨しその残りの骨を納めたもの。天に向かって延びる円錐形に「せめて死後の魂は風に乗って島を離れ、自由に解き放たれますように」というメッセージが込められているのだそうです。


島内を歩いていると、他ではあまり見られない特徴的な設備があります。
たとえばそれは交差点を中心に、島内のいたるところで流れている童謡のオルゴール音楽。

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そして細い歩道にもセンターラインのように引かれている白線。

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これらは目の不自由な方でも安心して暮らしやすいような設備なのだといいます。



この島の中で、来島者がおそらく最も衝撃を受ける展示物はこの石の造形物。

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これはかつてこの島で使われていた解剖台なのだと言います。

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芸術祭をきっかけに、浜辺にうち捨てられていたこの解剖台を引き上げて、こうして展示がはじまったのだそうです。
かつてこの島で何を目的に解剖が行われたのか、まだ詳しくはわからないようですが、島の歴史を伝える象徴的なものとして見る人の心に刺さります。


大島でのアート作品は、島の北部、かつての入所者の住居跡に展開されていますが、ガイドさんによる案内はここまで。
ここから先は各自自由見学となります。

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これは僕たち一家が好きな田島征三さんの作品「青空水族館」

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中に入ると、大粒の涙を流し続ける人魚が。

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これは大島に流れ着いた漂流物で作られた「捨てられた海」という作品。
いろいろな国の言葉で「どうして私を捨てたの?」と話し続けています。

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大島で「どうして私を捨てたの?」と話しつづけ、大粒の涙を流しているのは、きっと海に捨てられた漂流物の声だけではないのでしょう。


名古屋造形大学のやさしい美術プロジェクトによる作品、「つながりの家」
これはかつて入所者たちが釣りをするために、高松の漁師がつくってくれた船。下からも見上げて鑑賞できるようになっています。

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アート作品のすぐ近くにあった、らい病予防法廃止を報じる当時の新聞。
入居者の生活やこうした歴史的な資料も数多く展示されています。

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正直なところ、1時間半はあっという間です。
この短い時間で大島のすべてを理解できるわけではありません。
それでも大島で見たこと、聞いたことを何かの機会にほかの人にも伝えてほしい、とガイドさんは言います。

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大島のことを「悲しいだけの島」と思うのではなく、この島の美しさも、現在の平和な暮らしも、この島が発する未来へのメッセージも含めて、きちんと伝えてほしいのです、と。


その思いに少しでも応えたいと思っています。



<2016年10月9日訪問つづく>



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学校は、なくならない。粟島から高見島へ【2016瀬戸内国際芸術祭-4】

 2016-11-18
前編「漂流郵便局で出せなかった一通を。


焦がれていた漂流郵便局に行ってしまったことで、この日のエネルギーを使いつくしてしまった感はあったのですが、粟島にはまだまだ見どころがありました。

旧粟島幼稚園あとの「Project for Awashima」

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この独特のゆらぎやうねりのあるラインで、かつで多くの園児で賑わっていた空間を再現しているのだそうです。
確かに!
よく見ると、本当に子供たちが飛びまわっているようにも見えませんか?

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旧粟島小学校、「過ぎ去った子供達の歌」

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学校が消えてゆく、って寂しいですよね。
自分の学校でなくても、こんなの見ると涙が出そうになります。

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セトゲーも、それから越後妻有の大地の芸術祭も、過疎の山村や島々を舞台にしていますので、必然的にこうした閉校を使ったアートが多くなるのですが、僕はこの閉校アートが大好きなのです。

瀬戸内でいうと男木島小中学校  「坂道・古民家・海からの風 2013
越後妻有でいうと十日町の旧真田小学校  「学校はカラッポにならない 2012

このあたりが特に記憶に残っているものですが、それ以外にもこのアートによって昔の賑わいを取り戻した学校がたくさんあるのです。
男木島小中学校は、2013年当時は島に1人も生徒がいないため閉校されていたのですが、その後この芸術祭で男木島の魅力に取りつかれた方が子供を連れて島に移住してきて、今は復活しているんですよ!
素晴らしいことですよね。


教室の時計の針はすべて4時9分。
子供たちが家に帰ったあとの誰もいない放課後、ってことなんでしょうか・・・

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高台から島を見下ろすオーシャンフロントの角部屋に音楽室がありました。
ハワイのホテルだったら、相当高い部屋ですよ、これ。

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粟島海洋記念館のブルーも見えますね。
海の向こうに見えるのは四国の本土ですね。

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粟島で唯一中心集落から外れたところにある「Re-ing-A(れいんが)」というアートがこの海に浮かぶゾウ。

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これは粟島沖に沈んだ船から引き揚げたレンガでつくられたものなんだそうです。

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海岸道路の路肩に沿って絵文字でなにかの物語がかかれているので、もっと先まで行ってみたいのですが、船の時間も迫ってきてしまいました。

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初っ端から粟島、素晴らしいところでした。
もっとゆっくりしたかったのですが今日はもう一つ島に行かなければなりません。



粟島から高速船で15分、セトゲーの舞台となっている西の島では一番小さな島が高見島。

ここはかつて除虫菊の栽培が盛んだったところ。

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島のお母さんたちは、女中菊の花で真っ白に覆われた龍王山で摘んだ花をカゴに入れ頭に載せて運んでいたのだそうです。

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そんなわけで高見島を象徴するアートはこの「除虫菊の家」
いわゆるひとつの蚊取り線香ですね、これ。

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高見島は急な斜面や山の中腹にも家が建ち並んでいます。

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その佇まいはとても美しいのですが、けっこう危ないですね、この道。

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誤って足を踏み外すと、そのまま家と道の隙間に転落してはさまっちゃうことになりますからね。


「時のふる家」

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外から見るとなんだかよくわからないのですが、中に入ると無数の光のアートでした。

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島の中腹には不思議なかまどが焚かれていましたが、アーチストたちは実際にここでかまどを用いて島で暮らしていたのだそうです。

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高見島は小さな島なので、今度は夕方の船までずいぶん時間が余ってしまいました。

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といっても港のまわりにはカフェもお店もないし。。。
と思っていたら芸術祭期間中の臨時営業なのでしょうか、どうみても普通の民家の軒先に「喫茶」の看板が出ていたので入ってみたところ、やはりどうみても普通の民家の応接間に通されて、どうみても普通の台所で作ったコーヒーとジュースが出てきました。

まあ、貸切だったのでゆっくり休めましたが。




<2016年10月8日訪問>



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漂流郵便局で、出せなかった一通を。【2016瀬戸内国際芸術祭‐3 粟島】

 2016-11-15
 前編「瀬戸の花嫁~誰かのための染物屋



つかのどこかのだれか宛。
届けようと思っても、もう届く宛先のない手紙を受け付けてくれる日本でたったひとつの郵便局が、漂流郵便局です。

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「漂流郵便局留め」という形で、実際に手紙やはがきを出せば、いつか宛先不明の存在に届くまで、郵便局内にある「漂流私書箱」に手紙を漂わせて預かっていてくれるのです。
もちろん漂流郵便局に実際にやってきて、ここで直接投函することもできます。
また、ここで漂流する手紙の中から、誰かが書いた自分あてのものを偶然発見したならば、それを持ち帰ることもできるのです。

過去/ 現在/ 未来
もの/ こと/ ひと
何宛でも受け付けてくれます。

いつかのどこかのだれか宛の手紙が、いつかここにやってくる、そのだれかに流れ着くまで。



僕が今回どうしてもここに来たかったのは、僕にももう届く宛先のない手紙が1通あったからなのです。



漂流郵便局は、前回2013年の瀬戸内国際芸術祭の際、現漂流郵便局員である久保田沙耶さんによってアート作品として制作されました。

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久保田さんがアート作品の制作のために粟島にやってきた際、当時廃屋となっていたこの旧粟島郵便局を発見し、その不思議な佇まいに魅かれたことによりすべてが動き始めたのです。

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久保田さんが最初に粟島の港に着いたときに目にしたのは、海からのたくさんの漂流物だったそうです。
行き先のないペットボトルや貝、木材、漁具、ガラス。
潮の流れのせいでしょうか、この瀬戸内にあるスクリュー型の小さな島、粟島には昔からたくさんの物、事、人が流れ着いてきたのでした。

そんな中、偶然発見したのがこの郵便局跡。
今はもう使われなくなってしまったその郵便局舎には、古いながらもかつてここにはたくさんの郵便物が行きかっていたことがわかるさまざまな郵便施設がそのまま残っていたのだそうです。
そんな郵便局のガラスに映った自分の姿を見て、きっと自分もここに流れ着いてしまったのだ、と思った久保田さんは、波打ち際で見た漂流物と、かつてここで行きかっていた郵便物、そしてここに流れ着いてしまった自分が頭の中で重なり「漂流郵便局」という名前が浮かんだのだそうです。

こうしてここに漂流してきた、宛先のないものたちを預かる「漂流郵便局」が生まれたのです。


窓口の前で仕事をしているのが久保田さん、ここでは久保田郵便局員と呼ばれています。
すごくチャーミングな女性です。

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そして漂流郵便局の局長は、中田勝久さん。
中田局長は、かつてこの粟島郵便局の局長を17年も勤めた方なのです。
笑顔が最高ですね。

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中田局長と久保田局員がこうして揃っている日はラッキーなんだそうですが、今日はこの粟島セトゲーの初日でしたので、こうしてお二人に会うことができました。


さて、ここに漂流してきた手紙は、この「漂流私書箱」に入れられて、文字通りこの郵便局の中をゆらゆらと漂流するのです。

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このビアノ線にマグネットでつながれたブリキのハコは、土台となっている八角形のテーブルを回すと、フワフワと揺れながら漂流するのだそうです。

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この箱の中の手紙は誰でも自由に読むことができます。
そしてそれが自分宛のものであれば、持ち帰ってもいいのです。

そしてこの1枚がたまたま僕が手にした手紙。

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そうですよね。天国のお父さんお母さんには今まで手紙を出したくても出せなかったですからね。


漂流郵便局内で売っているこのはがきを買えば、この場で手紙を書いて投函することができます。

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僕はこの2月に急逝した父親と別れの挨拶ができなかったので、思うところあってちょっと手紙を出したかったのです。
ただ、文章を載せるとみんなを泣かせてしまうので、ここではやめときます(笑)



手紙が書き終わったら、この赤い投函口に入れます。

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娘も20歳の自分に手紙を書いたらしく、絶対に見せない!とか言いながら投函しようとしてたら、久保田局員が「じゃあ私が投函を見守りましょう!」と言って一緒に記念写真に入ってくれました。

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漂流郵便局にたどり着いた手紙の中には、心を打つものもたくさんあります。
これはその中の69通が本になったもの。

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もっと早くに書いていれば僕の手紙もこの中に入ったかもしれませんが、それに劣らずいい手紙もたくさん掲載されていますので、機会あったら是非読んでみてください。


返事はないとわかっていても、想いを伝えたい人、あなたにもいませんか?

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そんなときはぜひ漂流郵便局へ。




<2016年10月8日訪問つづく>



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瀬戸の花嫁~誰かのための染物屋【2016瀬戸内国際芸術祭‐2 粟島】

 2016-11-12
 前編「ただいま、セトゲー&初めまして西の島々



島海洋記念館でさっそく予想外に長い時間を過ごしてしまったので、先を急ぎます。
あとから考えると、アートの内容的にはこの粟島が一番濃かったんですね。
ここでの滞在時間は5時間以上とってあったのですが、結果的にギリギリ間に合ったかな、という感じでした。

島の中央部に進むとあるのが、かつての粟島中学校、現在は「日々の笑学校/粟島研究所」。

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ここは粟島に集う若手芸術家らの作品が旧校舎のさまざまな場所に展示されています。
名前の通りディレクターはあの日比野克彦さん。

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そんななか、一番僕の心に刺さったのが、このプロジェクト。

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ウェディングドレスを着て、島のあちこちで微笑むおかあさんたち(と、その横のおとうさんたち)の写真。

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これは「粟島の女性が年齢に関係なく若々しくいられるための節目に着るドレス」として発注されたものなんだそうです。

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このドレスを発注した人は「島の誰か」なのでしょう。
「私が一番着てほしい人は、ヒガキミチコさん、次に栗田ヒロミさん、朝倉竹子さん・・・」と注文書にあります。

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そう、ここは誰かのために誰かが注文した布製品を作ってくれる場所なのです。
お代はその人にまつわるエピソードのみ。

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 瀬戸は日暮れて 夕波小波 
 あなたの島へ お嫁にゆくの
 若いと誰もが 心配するけれど 
 愛があるから 大丈夫なの

ずっと昔、もしかするとこのおかあさんたちも「瀬戸の花嫁」としてこの島にお嫁入りしてきたのかもしれません。
小さな船に身の回りのものだけを載せて、自分の生まれた島から、この粟島へと。
だからその時着られなかった鮮やかな明るい色のドレスを着ることができて、こんないい笑顔なんでしょうか。

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すごくいいプロジェクトですよね。
瀬戸の花嫁・・・ちょっと古いですけどね(笑)


日々の笑学校の講堂に行ってみるとそこにあったのはお面のアート。

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小さいお面は自由にかぶったりできるのですが、大きくて不思議なお面もたくさん。

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オモテ面がこの強面のおじさんみたいなのは、なんと粟島神社のお面。

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ウラ面はこんなんなってます。

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「私は粟島神社。伝統守る強い意思」
とか意外とかわいーでやんの。

トイレでも遊んでますね、この芸術家村の住人は。

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これもアートかと思ったら、どうやらこれはこのネコのお家みたいです。

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旧粟島中学校から出るとやがて道の両側に狭い田畑が現れ「漂流郵便局」という案内板が。

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そう、今回のセトゲーで、僕が一番行きたかった「漂流郵便局」が、もう目の前に迫っていました。



<2016年10月8日訪問つづく>



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ただいま、セトゲー&はじめまして西の島々!【2016瀬戸内国際芸術祭‐1 粟島】

 2016-11-09
トゲーこと、瀬戸内国際芸術祭。
僕は瀬戸内の美しい島々を舞台に3年に一度開催される、この現代アートの祭典が大好きなのです。

娘がまだ小さいとき、夏休みに苗場とか越後湯沢とか上越国際とか、よく新潟の高原に泊まりに行っていたのですが、その時にたまたま触れた「越後妻有 大地の芸術祭」という、日本で最初に広大な里山の自然を活かして行われていたアートの祭典に出会ったことで、右脳の奥深くでぐーぐー眠っていたクリエイティブ感性がガツン!と刺激を受け、それ以来、我が家はすっかり現代アートに目覚めてしまったのです。

その大地の芸術祭の海洋バージョンが、このセトゲーだということで、初めての訪問が前回の2013年。
 →貸切ナイトミュージアム 瀬戸内国際芸術祭 直島ベネッセハウス

そんなわけで、ただいまーセトゲー!という感じの、待ちに待った3年ぶりの訪問なのです。



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今回は、前回のセトゲーとはちょっと趣を変えて10月8日から始まる秋会期に来てみたのでした。
夏の容赦ない日差しの下で、汗をダラダラ流しながら、アートを巡って小さな島の細くて急な坂道を登り下りするのもセトゲーの醍醐味なのですが、実はこの秋会期にしか芸術祭が開催されない島々もあるからなのです。

セトゲーでは直島や小豆島といったこの芸術祭のメインになるような有名な島々を「東の島」と呼ぶのに対して、秋または春の短い会期でのみ開催される小さな島々を「西の島」と呼んでいます(もちろん地理的にも名前の通り東と西に分かれています)。
この西の島々、セトゲーがなければ、日本人の99.9%が名前も聞くこともなく、99.999%の人は生涯で一度も訪れることがないような島に違いありません。
でもセトゲーのよさはこういう小さい島にあるのです。
それを前回の訪問で知った僕たちは、今度はぜひ西の島々に行ってみたい、と思っていたのでした。


2016年のセトゲーの秋会期は10月8日の3連休の土曜日から約1か月間の開催。
子供の学校があるので今回の旅行は連休中の3日間なのですが、西の島4島と、前回行けなかった大島の計5島をまわるとなると結構ハードなスケジュールなので、前日の金曜の夜行で四国に向かって、朝一から行動することにしました。

ホントはJRの寝台列車「サンライズ瀬戸」に乗ってみたかったんだけど、さすがに人気の寝台特急なので3連休前の金曜日にとれるはずもなく、結局夜行バスになってしまったのですが、まあ3列シートだし、嫁も子供もおもしろそーだから乗ってみたいとかなり前向き発言だったので、このルミナス号に乗っていざ新宿から岡山へ。

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岡山からはJRで瀬戸大橋を越えて四国に入り、列車を降りたのはこの詫間という駅。

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場所的には丸亀と観音寺の間くらいですかね。
高松からJRで松山に向かう途中、車窓からきれいな瀬戸内海が見える区間がありますが、まさにそのあたりです。
この詫間駅から芸術祭の期間中は無料のシャトルバスで結ばれている須田港へ。

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ここから西の島の最初の一つ、粟島に渡ります。
桟橋もセトゲー仕様になってますね。
この青。かなりウキウキしてきました!

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高速船でほんの15分ほど。
鮮やかなエメラルドグリーンの建物が見えてくると、そこはもう粟島の港です。

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船を降りると、粟島の小さな港の前の広場では、なにやら式典のようなものが。

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そう、この日はセトゲーの秋会期の初日であり、この粟島にとっては、まさに3年ぶりの大イベントの開幕日。なおかつ僕らの乗った船が、セトゲーを見に来る観光客が乗ってくる最初の船だったので、その時間に合わせて記念式典をやっていたのでしょう。

船を降りた僕たちにも風船が渡され、式典のテープカットが行われると同時に風船を飛ばします。

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たくさんの風船が揺ら揺らと、ゆっくりと、秋色の空に吸い込まれていきます。
こののんきな感じ、瀬戸内に帰ってきたなあ、と実感します。

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粟島は人口約250人。
3つの島が潮の流れでつながってひとつづきになったため、スクリューのような形をしています。
比較的起伏の少ない中央部に主要なアートや建物が固まっているので、島内は徒歩で移動できるほどの距離。

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港の近くにある島のコンビニ的なお店。

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島の人々も、こうしてたくさんの観光客を迎えるのは今日が3年ぶりとなるので、まだちょっと緊張が残っていてぎこちない感じ。
そのうちだんだん慣れてくるんだと思いますが、島のおじちゃんおばちゃんは基本はみんなシャイなんでしょう。



さて、粟島といえば、日本で最古の海員養成学校が作られた島。
まだあどけなさを残す少年たちがかつては全国からここにやって来て、世界の大海へと旅立っていったのでした。

船から見えたこの鮮やかなエメラルドグリーンの建物が「粟島海洋記念館」。
もとの国立粟島海員学校跡です。

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この建物の中で展開されているアートが日比野克彦さんの瀬戸内海底探査船美術館プロジェクト。
これは海底から引き揚げられたものを展示する美術館「ソコソコ想像所」。

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このアートを外人さんが一生懸命スケッチしています。
セトゲーの特徴はアジア系ではなく西欧系の外国人観光客が多いことですね。

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かつての海員学校の教室は資料館となっています。

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ここでは「むかし粟島ボーイ」がガイド役。

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かつて海員学校の生活や卒業生たちが訪れた世界の国々、港々のことが展示されています。

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教室跡には海の遺物をテーマにした作品がいくつか続きます。

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あ、これは我が家のアート作品ですね。
3つのリュック@2016セトゲー。

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校庭に出てみると貝殻でできた朝礼台と校旗掲揚ポールが。

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この校舎や校庭のすぐ横にコテージのようなものがあるのですが、これがル・ポール粟島と呼ばれる宿泊施設。

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最初は島に泊まるのもいいかなあ、とこのコテージに1泊するつもりだったんですが、結局は日程の関係で高松に変更してしまったのです。

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でもこんなにアートに近いのであれば、やっぱり無理してでもここに泊まるべきだったかなあ、とちょっと後悔ですね。




<2016年10月8日訪問つづく>



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軍艦島ふたたび。恥ずかしながら、上陸率100%キープ【長崎・軍艦島】

 2016-11-06
界遺産になった軍艦島ですが、上陸のためには船が着岸するための風や波などの安全基準を満たしていることが条件になっており、行けば必ず上陸できるというものではありません。
せっかく軍艦島行ったのに上陸できなかったぜー、という話を結構いろんなところで聞いていたので、そこへの上陸率は、季節によっても多少前後はするものの、結構厳しい数字(平均すると5割から6割くらい?)なんじゃないか、と勝手に思っていたのでした。

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僕が最初に軍艦島に行ったのはたぶんもう10年以上前で、たしかその頃はまだ観光客は船に乗って島の周りを周回しながら見ることしかできませんでした。
そのあと2009年から島に上陸して観光ができるようになったため、2回目の軍艦島が上陸への初トライでしたが、無事に成功。
そして今回が3回目ですが、今回も全く波のない、素晴らしい天気だったのです。

さすが、俺。
あの困難な軍艦島上陸を2回連続、100%の成功率でキメちゃうだなんて!

なーんて感じでわりとSNS系でも自慢しちゃったりなんかしてたのですが、どうも帰ってから調べてみると最近はかなりの確率で上陸できているようで、運航会社によっては平均90%以上の上陸率、なんていう実績もあるらしく、2回連続なんてお茶の子さいさい、って感じなんだそーです。。。
僕に自慢された方、失礼シマシタ・・・



さて、今回はくまもと復興のための会議のあと、この軍艦島へやってきたのでした。
長崎市から許可を得て軍艦島への公認ツアーを運航している会社はなんと5社もあるようですが、今回乗船したのはブラックダイヤモンド号という船。

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ブラックダイヤモンド・・・軍艦島から生まれた黒い宝石、石炭のことですな。
土曜日ということもあり、船は定員めいっぱいのぎゅうぎゅう満席。

過去2回は「やまさ海運」という昔から軍艦島ツアーをやっている老舗の船に乗ったのですが、料金が他よりも高い分、船も大きくてゆったり感がありました。今回の船はリーズナブルな分、ハード面ではちょっと劣るかな。
しかし結果的に言うと、ガイドを含めたソフト面は素晴らしく、これはこれでよかったのです。まあ何を重視するかによりますね。

この他にも軍艦島コンシェルジュという船(運航会社)があって、ここは平均上陸率が90%超ということで人気。ガイドさんも面白くて総合評価は高いみたいですね。


さて、船は長崎港を出ると坂の上に長崎の町、海上に三菱の造船所などを見ながら女神大橋をくぐって湾の外へ。

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軍艦島同様、かつては炭鉱の島として栄えていた伊王島。
今はリゾート地として開発されています。

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このブラックダイヤモンド号は軍艦島に行く前に、高島に寄港して下車観光するのが特徴。

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この高島にもかつて炭鉱があり、石炭資料館というちいさな資料館があるのですが、そこに軍艦島の模型があり、実際に軍艦島に行く前にこの模型を使って概要や見どころを説明してくれるのです。

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軍艦島に停泊できる時間は各船それぞれ決まっていて、ここでその時間調整をしつつ、軍艦島にはトイレがないので、トイレタイムも兼ねた停泊なのかもしれません。


高島を出ると、いよいよ軍艦島に接近し、上陸、という流れになりますが、上陸後に見られる範囲が決まっているため、まずは陸上からは見られない場所を海上から遠望します。

このあたりからが、その名の由来となった軍艦(戦艦土佐)らしく見える最もいい角度ということです。

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軍艦島というのはもちろん愛称で、正式名称は端島。
長崎市の西約19キロメートルの沖合に浮かぶ、面積6.3ヘクタール、外周約1.2キロメートルの小さな島なのですが、海底炭田の採掘地として栄え、狭い土地にたくさんの労働者(とその家族)が住んでいたために、最盛期には東京ドームの1.3倍ほどの面積に約5200人が暮らし、人口密度はぶっちぎりの世界一だったのだそうです。

まあ、これだけ有名になるともうこれ以上の説明はいらないですよね。

海上から見た軍艦島の小中学校跡。

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なんと7階建てで、1~4階までが小学校、5階と7階が中学校、6階が共通の講堂だったようです。
エレベーターもない校舎を7階まであがってたんですね。


高層住宅の向こう側、左の高台の上に端島神社の祠跡が見えますね。

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この狭い島内には、病院や学校・寺院・神社・派出所や映画館・理髪店・パチンコ屋までが立ち並び、島の施設だけで完全な都市として機能していたんだそうです。


軍艦島に上陸後は、最初に第1見学広場という場所に案内され、全体の説明を受けます。
島内では参加者は全員で決められた見学ルートに沿って行動することになっていて、勝手に冒険したりすることはできません。
ま、万一船に乗り遅れでもしちゃったら、翌日の船が来るまでここで野宿するしかないんですが、灯りも何もない廃墟に夜ひとり、はさすがに怖いでしょうね。

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第2見学広場からの眺め。
灰色の軍艦島の中で珍しく色を感じられるレンガ色の建物が、総合事務所跡。
山の上にあるのは三菱の高級社員の社宅跡だそうです。

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これが見学ルート最奥の第3見学広場からの眺め。
正面に見えるのが大正5年建築で日本の鉄筋アパート最長老である30号棟跡。

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見学コースはどの会社で訪問しても同じなのですが、ガイドさんの説明はそれぞれ異なるようです。
今回のブラックダイアモンド号のガイドさんはストーリーテラー型で、話の内容はもちろん、ストーリーの構成、展開、そして話し方も非常に巧みでした。


そのクライマックスが、この第二竪坑桟橋跡の話。

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竪坑とは石炭採掘現場へ行くために垂直に掘られた穴の事。
つまり炭坑で働く人はこの橋を渡った先から、毎日地下深くへ仕事に出かけたのです。
この炭坑の深さは、閉山間際には地下1000m以上。
秒速8mというスピードで地中深くまで運ばれる中、採掘現場に到着する前に早くも体調を崩したり、失神してしまうこともあったそうです。
海底の坑道は気温30℃、湿度95%という劣悪な環境なだけでなく、他にも危険だらけ。昔はメタンガスによる爆発もしょっちゅうのことで、粉塵によるじん肺患者もたくさんいたのだそうです。

それゆえ桟橋に架かるこの階段は、命の階段と呼ばれていたそうです。
命をかけて毎日この階段を上り、無事に仕事を終えて戻ってきた時に下るこの階段で、今日もまた生きている、ということの大切さを実感できたそうです。

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「毎日毎日、命をかけて仕事場に向かうなんて、みなさん想像できますか?」

ガイドさんは私たちにそう問いかけます。

どこよりも賑やかで活気があって楽しい毎日。
子供も大人もみんなが家族のように一つの輪になった生活。
そんな穏やかな中、炭鉱内で事故があると島中にサイレンが鳴り響き、みんな裸足で家を飛び出したのだと言います。
そして島全体が悲しみに包まれる炭鉱葬。

「それでも命の階段を毎日上り、命のカンテラを頭につけて、黒いダイヤの石炭を男たちが命がけで掘っていたのは、命より大切な家族があるからなんですよ・・・」


しーん (&すすり泣き)


ですよ。


いやー、もちろん僕も感動したんですが、それよりも久しぶりにいいプレゼン聞いたなぁ、みたいな感覚。
やっぱり同じことを話すにしてもストーリーの構成、表現、伝え方は大切だな、と。
まあここに書いたのは抜粋でもあり、僕の表現にも変わっているので、実際の感動はうまく伝わらないかもしれませんが、いい勉強になりました。



※おまけ

軍艦島から戻ったあと、長崎の料亭花月に行きました。
あ、もちろん宴会でどんちゃん騒ぎしたわけではなく、あくまでも業務上の視察で(笑)

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ここは江戸の吉原・京の島原と並び日本三大花街に数えられた長崎の花街・丸山にあり、坂本龍馬ら幕末の志士たちをはじめ、勝海舟、シーボルトら諸藩の武士や文人墨客が数多く訪れた創業三百七十四年の史跡料亭です。

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この花月で有名なのがこの床の間の柱の傷跡。

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これはあの坂本龍馬が酔って付けた刀傷、と言われています。

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建物にもさすがに得も言われぬ風格がありますね。

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ま、今回はあくまでも業務視察だったので、次回来たときはは暴れて刀傷つけるくらい酩酊してみたいものです。。。



<2016年9月10日訪問>



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傷つけど、なお威風堂々、熊本城 【2016秋‐熊本】

 2016-11-03
本と大分、特に阿蘇・くじゅう地域は、僕の中では日本で3番目に好きな場所です。
3番目というとなんで3番なの?とムッとする関係者もいるのですが、僕としてはこれは最大級のほめ言葉だと思っています。

日本全国すべての場所に行ったとまでは言えないものの、僕が今まで平均換算すれは日本を7周、8周するくらい旅して来た中で、あまたある魅力的な場所の中での3番目なんです。
1番目は北海道、2番目が瀬戸内。
そして3番目が阿蘇・くじゅう。
1番目の北海道や2番目の瀬戸内が、かなり広域な範囲の地域であることにくらべて、阿蘇・くじゅうはかなり限定されています。
阿蘇・くじゅうというギュッと絞られた地域が、瀬戸内や北海道といった広大な地域と張り合うくらいの、それだけ魅力的な地域なんだともいえます。

そんなわけで熊本の震災後、できる限り早く九州に行きたいと思っていました。
本当は6月に行く予定があったのですが、諸事情があり9月に延期となり、今回の訪問に至った、ということになります。


今回の九州入りは、僕の苦手な飛行機です。
なぜかというと、会社の行事として来ているからなのです。

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僕の勤務する会社は観光業ですから、こうして震災で被害を受けた地域、特に復旧後も続く心理的な風評被害を世の中から払拭し、旅で復興を支援するということが大きなミッションです。
実は震災後の6月の会議を東京ではなく九州で行い、実際に自分たちで現地を見て、世の中に正確な情報を普及させようと計画していたのでした。ところがやむを得ない社内の事情があり、6月の実施がどうしても難しくなってしまい、ちょっと遅くなってしまったのですが、今回こうしてやってきたのです。
時期がずれたとはいえ、思いは同じです、


機上からは僕の好きな阿蘇が見えます。
いつも陸路なので、もちろん飛行機から見るのは初めてです。
こんなにきれいに見えるなら、飛行機も悪くないな、と思うくらい、草千里もはっきりと。

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噴火前の阿蘇中岳火口。
噴煙は少し上がっていますが、この1か月後に爆発的噴火がありました。

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熊本湾の手前で大きく旋回して、熊本市街の上空を通過すると、熊本城が見えました。
ただこの時はどんな状態になっているかはよくわからなかったのですが。

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熊本に着き、まず何よりも、ということで熊本城へ。
現在はまだ熊本城の中には入れないので、ボランティアガイドさんの案内で二の丸広場や加藤神社、その周辺から天守閣や櫓などを見学することになります。

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立ち入り禁止の看板の先で、大きな石垣が崩れているような姿がいきなり目に飛び込んで来ます。

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遠くから天守閣パッと見る限りでは、以前とあまり変わらないように見えました。
(よく見ると手前の塀が全部倒れていますが・・・)

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が、カメラで近接して見ると天守の瓦もこの状態。

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この熊本城には何度も来ていますし、つい去年の夏にも来たばかりだったので、やはり衝撃でした。
  →熊本城のスゴすぎる武者返し
僕でさえこんな衝撃なので、熊本の市民、県民の皆さんの思いはこれとはくらべものにならないのでしょう。
おそらくもう何度もこの姿を目にしているはずの地元のバスガイドさんが、そっと涙をぬぐっています。

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これは戌亥櫓(いぬいやぐら)。
よく見るとまわりの石垣が崩れ落ちる中、隅石だけで辛うじて櫓を載せてなんとか耐えているのです。

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同じ熊本城の飯田丸五階櫓が櫓の崩壊を一本足で支えているようにみえる、ということで「奇跡の一本足」として話題になりましたが、あちらはすでに補強工事が完成していて、今はこちらが「もう一つの一本足」として話題になっているのだそうです。

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「今しか見られない熊本城ですよ」

そんな光景を唖然として眺めている僕たちにガイドさんが言いました。

観光なんて不謹慎、ということはありません。
深刻な被害を受けてまだ復旧もままならない場所を興味本位で回るのはもちろんよくないことですが、少なくとも、こうして復興に向けて必死に頑張っている地域の方々は、まずとにかく一度来てみてほしい、と思っています。
そしてこうした「お城」や「人」の姿は、僕たちの心に必ず「何か」を伝えてくれるはずです。


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熊本城を復元するのにかかる時間は10年とも20年とも言われています。
しばらくはこうした「今しか見られない」熊本城の姿であり続けます。


傷つけど、なお威風堂々、熊本城。

自然とそんな言葉が出てきました。。



<2016年9月9日訪問>



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