広島 おりづる物語-後編 【広島・おりづるタワー】

 2017-02-28
 前編「広島 おりづる物語 前編


りづるタワーの12階は、おりづる広場という名前のフロア。

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ここには大画面のデジタルコンテンツを使ったおりがみ体験や広島の戦後の復興を表現したCG映像などが楽しめるコーナー、原爆の爆心地を目の前に見下ろす展望スポットなどがありますが、メインはなんといっても「おりづる」。

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このおりづるコーナーで専用のおりがみを購入して、おりづるを折るのです。

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おりづるの折り方は、おりがみセットの中に書いてあるほか、卓上のモバイルでも詳しい説明映像を見ることができます。
でも、なかなかうまく折れません。
僕だって昔は鶴くらいは何度か折ったことあるはずなんですが、途中でわからなくなってしまいます。

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僕の隣りで器用にすいすいと鶴を折っていく彼女を意識するたびに、どんどん焦って何度もやり直しして。

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彼女は最初、ひとつひとつの折り方を丁寧に説明してくれたんだけど、結局途中で僕が混乱しちゃうので、最後は彼女が自分で折って完成させてくれました。
まだ初めて出会ってから30分も経たないのに、手取り足取りはできないよね。

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僕と彼女、それぞれ1つずつのおりづるを手にすると、この「おりづるの壁」へと案内されます。

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このおりづるタワーのシンボルともいえる「おりづるの壁」。
おりづる広場で折った鶴を、平和への想いや祈りを込めながら、この壁際の隙間に入れるのです。
たくさんの人々により投げ入れられたおりづるは、タワーの壁面に積み重なっていきます。
そしてそれは外から見えるようになっていて、いつの日かそれが全面を覆い尽くせば「おりづるの壁」は完成するのだそうです。

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さん、にい、いち・・・・・

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二人同時に手を離すと、僕と彼女のおりづるはゆっくりと円を描くように、時々交わりあいながら落下していきます。

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やがてそれは遠く見えなくなって、たくさんの祈りの中のひとつになりました。

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再びひろしまの丘に登ってみると、ちょうど夕暮れが深まり、広島の街は幻想的な紺と紫のグラデーションに包まれていました。

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広島の夜景も、こんなにきれいだったんですね。
彼女は黙ってこの景色を眺め続けているだけでしたが、なんとなくそう言っているように思えました。

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このおりづるタワーの入場料は大人1700円。
地方の観光施設としては、この金額は高すぎるのではないか、という意見もあるのだそうです。
価格と価値とのバランスは、個人によって異なるので、いいとも悪いとも言えないのですが、世界遺産・広島の象徴として恥ずかしくないものを作りたい、というオーナーの思い通り、このおりづるタワー、ハード、ソフトともかなり完成度の高いつくりになっています。
僕の好きなセトゲーの犬島精練所美術館を建築した三分一博志さんのデザイン、館内のスタッフの数、ホスピタリティ(やや多すぎる感もありましたが)など相当なレベルにあるのは間違いありません。

あとはそれぞれがここで感じた思いに、いくらの価格をつけるかの問題だと思います。

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さっきはあんなに近く見えた彼女のマンションは、広島城の向こうの闇に染まって見えなくなっていました。
これからどうする?そんなに近いんだったら、アンデルセンでザッハトルテでも買って、1日早いけどクリスマスパーティーしようか?

いつもの調子で、そんな冗談を言おうとしましたが、家でこれから夕食の準備をしなければならない彼女が、なぜだか「くす。」と答えてしまうような気がして、僕はこの圧倒的な広島の夜景を見ながら、何も言えずに彼女の横に立ち尽くしていたのでした。



<2016年 12月23日訪問>




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広島 おりづる物語-前編 【広島・おりづるタワー】

 2017-02-25
島のおりづるタワーというところに、どうやら僕の友達がいるようでした。

彼は山口県出身の、僕の会社の同僚だったのですが、2年ほど前に地元に近い広島に戻っていたのでした。
その後連絡を取っていなかったのですが、どうやら彼をおりづるタワーで見かけた、という話を何人かから聞いたので、ホントかどうかちょっと確かめに行ってみよう、と思ったのです。


呉から広島に移動し、まずは前から行ってみたかった、美しすぎるゴミ処理場、「エコリアム」へ。

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ここはたびねすに詳しい記事を書いているので、まだお読みでない方はこちらをぜひ。
 ⇒美しすぎるゴミ処理場!広島・エコリアムがクールで参った!



実はここ、広島にいる知人の女性からの情報で知った場所なのです。
彼女は僕と同じ会社の広島の支店にいて、あるSNSを通じて繋がっているのですが、ある建築家の先生をこの「エコリアム」に案内した、という話を聞いて、ここに来てみたいと思ったのでした。
ちなみに彼女は僕の妄想小説ファンクラブ会員番号2番という輝かしい称号を持っているにもかかわらず、まだ一度もあったことがないという、まさに妄想つながりの女性なのでした。

せっかく広島に来て、エコリアムに行くことになったので、それを教えてくれた彼女に報告しようとメッセージを送ったところ、

「いらっしゃってるの?」
「うん、これからエコリアムに行くところ」
「あらっ!」
「エコリアムのあとはおりづるタワーに行こうと思ってます」
「まあ!そこは私の家から歩いてすぐ!」
「…じゃあ、あとでデートに誘います」
「くす。」


というわけで、この「くす。」はYESに違いない、と判断した僕は、エコリアムを見終わったあと、彼女を誘っておりづるタワーの前で待ち合わせをすることにしたのでした。


夕暮れの原爆ドーム。

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原爆ドームのすぐ左にある茶色い建物が、おりづるタワーです。

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ここは広島マツダ(マツダ本体ではなく、ディーラー)が建設・運営に携わった地上14階、高さ51.5mのビルディング。
この付近で創業した広島マツダさんは、原爆で全社屋、全社員を失うという悲劇に見舞われたのですが、戦後、見事に復活。
「創業の地に、原爆の悲惨さだけではなく、広島の復興や未来、希望を感じてもらえる場所を作りたい。そして広島から受けた恩を返していきたい」 といった思いが込められた建物、それがこの「おりづるタワー」なのです。

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入口前で待ち合わせていたら、プロフィール写真で見覚えのある、しかし写真よりずっと小さくて、色白で、きりっとした顔がそこにありました。

「恥ずかしいんだけど、私、広島にいながらこのおりづるタワー、初めてなんです」

SNSでずっとやり取りをしていたからでしょうか、彼女とは全然初対面って気がしません。声だって初めて聴くのに、ずっと前からこういう声だったよね、と思っちゃう感じ。

「大丈夫、大丈夫、ここ、友達いるから」
何が大丈夫なのかよくわかりませんが、なぜかそんなことを言いながら受付で友達を呼び出したら、今日はお休みです、とのこと。

ダメじゃん!クリスマス前の土曜日のかき入れ時に、なに休んでんだよ!

というわけで、2人分のチケットを買って、一般客人として入場することになっちゃいましたが、ドンマイ!


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このおりづるタワー、タワーといっても14階建ての複合ビルで、途中のフロアは一般のオフィスが入っています。
観光施設は1階のショップとカフェ、12階の「おりづる広場」、屋上部分の展望台「ひろしまの丘」のみ。
上層階まではエレベーターもあるのですが、散歩坂とよばれるスロープであがることもできます。

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まずは展望台に行ってみよう!ということで屋上階の「ひろしまの丘」へ。

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この「ひろしまの丘」は、ウッドデッキの展望スペースから平和記念公園・原爆ドームや広島城、晴れた日には宮島の弥山まで見ることができるスポット。地上14階相当の高さなので、すごく高所なわけではないのですが、なかなかの眺望です。

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原爆ドームも真上から、すぐ目の前に見下ろすことができます。
この角度から原爆ドームを見たことはなかったので、これだけでもちょっと感動です。

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「広島人もこの角度からみたことはないと思います」
僕の右側で、彼女がポツリとそういいます。
ドームの敷地に残されている、崩れた壁の破片もはっきりと見えます。

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あまり高すぎないから、いいのかもしれませんね。


ひろしまの丘から北方面の眺め。
手前の空き地は昔の広島市民球場跡。少し先に広島城のお堀が見えます。

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「私のマンションは、あのあたり・・・」
彼女が指差して教えてくれます。

うん、確かに近いね。


もう少し遅く、夜景の時間になってからもう一度ここに来てみたいので、12階のおりづる広場へと降りてみます。





<2016年 12月23日訪問 つづく>




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たびねすに新着記事掲載!原爆ドームの夜景もスゴイ!おりづるタワーは夕暮れがイイ!

 2017-02-22
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!



原爆ドームを望む夕景は、幻想的な紺と紫のグラデーションでした!


 入口 ⇒ 原爆ドームの夜景もスゴイ!おりづるタワーは夕暮れがイイ!


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ぜひ、読んでみてください!



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このセカ聖地巡礼&呉B級スポット弾丸たび番外編 Everfilterで巡る「この世界の片隅に」

 2017-02-19
Everfilterという、写真をアニメ画像風に変換できるアプリがあります。
発表当初は、そのあまりの出来のよさに大きな人気となったのですが、その後すぐに著作権の問題やら個人情報が盗まれるんじゃないか、といったうわさも広がり、一時配信停止となっていたのでした。

僕も当初の人気を聞いてDLしてあったものの、あまりよくないうわさを聞いたのでしばらく使わずにいたのですが、その後、問題を修正しアップデートする形で再配信されたので、今回の「このセカ」の聖地の写真にEverfilterを使ってみたところ・・・

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どーですか、これ?
ホントにアニメの中みたいじゃないですか?


そんなわけで番外編。
Everfilterで巡る、「この世界の片隅に」聖地巡礼、スタートです。



これはてつのくじら館。
大和ミュージアムの隣りにある、海上自衛隊呉史料館ですが、この巨大な潜水艦もアニメで見ると、なんだか間違って地上に出てきちゃった潜水艦みたいでかわいいですよね。

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呉のマンホールもアニメにするとこのとおり!
もともとこのマンホールのデザイン、ちょーカッコいいんですけどね。

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中心部を流れる堺川にかかる「小春橋」。ここは映画の中で夫の周作に呼び出されたすずが、めったにない二人っきりのデートの際に語り合っていた場所。

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堺川の上流方面に見えるのは呉のシンボルである標高737mの灰ヶ峰。この灰ヶ峰も防空砲台がある場所として映画の中でたびたび登場しています。
センパイとすずさんが言うには「灰が峰は怖かとこじゃけのー」ということですが。。。


呉港の海上自衛隊の敷地近く、呉市立美術館の横を通る通称「美術館通り」。
この通りの入り口にある赤い色の建物、現在の海上自衛隊の集会所が、すずの夫・北條周作が勤務していた、日本海軍呉鎮守府の跡となっていて、この通りも何度か登場しています。

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美術館通りの突きあたりに、見覚えのある階段が目の前に現れます。
これはすずが義父、円太郎の見舞いのため海軍病院へ行った際に上った階段。この階段の上には現在でも国立病院の呉医療センターがあり、映画の中とかなり近い雰囲気のまま残っている場所です。

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高台に登るとかつての海軍呉鎮守府、現在の海上自衛隊の呉地方総監部が。

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そしてこの道路は、このセカの中で一番悲しいシーンが起きた、海を見下ろす道。
主人公のすずと姪っ子の晴美ちゃんが、米軍の落した時限爆弾に遭遇してしまい、小さな命と右手を失ってしまうところ。

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センパイとすずさんによると、その場所は呉宮原高校から宮原小学校方面に向かう、この高台の道路に違いない!ということです。

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宮原小学校の一帯は「歴史の見える丘」と呼ばれ、ここから海側を望むと、ちょうど真下にかつて「大和」を建造した造船所のドックがあり、現在もジャパンマリンユナイテッドの造船ドックとして、大型船が建造されている様子を見ることができます。

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そしてこれが、すずが高台にある家から呉の中心部へと歩くシーンで何度も登場する印象的な建物「三ツ蔵」。
ここは澤田屋という屋号で代々庄屋などの要職を務めた商家、旧澤原家の住宅。

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その黄土色の特徴的な外観は、映画の中でもほぼ現在の姿と変わらず描かれているので、こんなふうにアニメ仕立てにすると、思わず「おおっ!」と声をあげてしまいそうなくらい。


三ツ蔵から先、さらに高台にずっと上まで登り、狭くて急な坂道を両側に、海を見下ろす家が並ぶあたりが、すずが嫁いだ北条家があった場所。
映画の中の北条家は、裏の段々畑から呉の港とその先に広がる美しい瀬戸内の海が見渡せる、とても美しい眺めの家として描かれていたので、どうしてもその場所を探したい、と思っていたのでした。

そんなわけでセンパイやすずさんと弾丸たびで巡った翌日、僕はひとりでその場所を探しに呉の高台へと向かったのですが、そこから先の写真は残念ながらお見せできません。

僕が東京に戻って年が明けたころ、「この世界の片隅に」の片桐カントクと制作チームからの公式発表として、北条家を探して住宅地をめぐる聖地巡礼はしないでほしい、またネット上でそうした場所をアップするのは控えてほしい、という声明が出たからです。
なぜなら、その付近は今でも一般の民家が並ぶ住宅地のため、私有地に入り込むなどのトラブルが起きるリスクがあること、また、付近は急坂で、車1台がやっと通れるような路地が続き、慣れない運転で訪問すると非常に危険だったりするからだ、とのことです。

僕もこの素晴らしい映画の制作チームに異を唱えるつもりはありません。

そんなわけで高台から撮った呉の港を望む写真を1枚だけ載せておきます。もちろんこの場所は北条家の場所ではありません。

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映画の中で戦艦大和が悠々と航海している姿があんなに広くはっきりと見えていた呉の海と港は、今はもう呉の市街に立ち並ぶビルに隠れて、少ししか見えませんでした。



<2016年 12月24日訪問>




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呉艦船めぐりとか呉のB級グルメラッシュとか【呉・このセカ聖地巡礼-3】

 2017-02-16
 
 前編「頑張れ!音戸の渡し船


想以上に興味深い見どころが多かったせいか、それともセンパイの組んだ日程が弾丸すぎたのか、予定はかなりずれこんでいましたが、次は呉港に戻ってクルーズ船に乗っての「艦船めぐり」。

でもその前に小腹空いたでしょ、というすずさんの案内で、れんが通りと呼ばれるアーケード街にある福住の「フライケーキ」を購入。

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このカリッとした食感が自慢の揚げまんじゅうは呉市民のソウルフードなんだそーです。

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と思っていたら、呉港のターミナルにあるセブンイレブンでこちらも呉名物のメロンパンを勧められて購入。

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これは市内にある「メロンパン」という会社の看板商品で、こちらも呉のソウルフード。現在では呉以外でも広島県内の各所で販売され、全国各地で行われる催事販売ではあっという間に売り切れてしまうほどなんだそうです。
ラグビーボールのような形の大きなパンに特製のクリームがたっぷり詰まったものなのですが、味も形もメロンとはあんまり関係ないような。。。

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このメロンパン、直営店や市内の百貨店でしか買えず、他のコンビニにはないのですが、この呉中央桟橋ターミナルのセブンイレブンでだけは売っているんだそうです。
だからここは穴場の売り場なんだよねー、とすずさん。

さすが呉ピカイチのニセガイド!でもお昼前にそんなにおやつ食えねえっすよ!


さて、呉の誇る名所としてセンパイとすずさんの次なるおススメは「艦船めぐり」。
この内容はたびねすに書いていますので、詳細はこちらを ⇒惚れ惚れするぜその雄姿、呉艦船めぐり


これがこの艦船めぐりのステッカーなんだけど、このタコが話してる「て~っ」という言葉の意味が気になる。。。

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呉中央桟橋を出発。
桟橋の向こうに大和ミュージアムや、どでかい潜水艦が目印の「てつのくじら館(海上自衛隊呉史料館)」が見えます。

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すぐ左に造船工場が見えてくるのですが、ここが戦艦大和が生まれた場所なんだそうです。

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「今日は艦船がみんなおめかししちょってかわいかねー」とすずさん。
「今日は天皇誕生日じゃけんのー」とセンパイ
 ※呉弁への翻訳は想像です

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これは「満艦飾(まんかんしょく)」と言って、祝日や自衛隊記念日など特別な日に飾られているんだそうです。
艦首からマストを通して艦尾まで、信号旗などの旗が連ねて掲揚されています。

うれしくて「わしゃーラッキーじゃのー」と僕もエセ呉弁で言ってみます。

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そー言えば、たびねすの原稿のタイトルを最初は「(艦船に)こんなに近くていいんですか?」的な内容にしたら、いろいろあるようで「あまり近いを強調しないでください」と言われちゃいました。

はい、そんなに近くはないですよ、ごれは1本300万円の望遠レンズ使ってるので近く見えるだけですわ。。。

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艦船めぐりも終わって、センパイの予定した弾丸日程もいよいよ最後のランチ。

海軍カレーとか、呉ふうお好み焼きとか選択肢はたくさんあったのですが、僕がまったく想像もしたことがなかった「呉の冷麺」を食べてみることにしました。
海軍カレーとかお好み焼きは、まあ「呉のグルメ」と言われても、なんとなくはいはい、という感じなのですが、冷麺は、
「は?冷麺?盛岡じゃなくて呉で?」
という感じだったので、どんなもんなのか、チャレンジしてみたいと思ったのでした。


呉の冷麺は、発祥の店、「珍来軒(ちんらいけん)」と「呉龍(ごりゅう)」が人気を二分するのだそうですが、今回は呉龍へ。

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ここの常連はだいたい「れーわんだい」なんで、そう注文してみんさい、とすずさん。
「れーわんだい?」ってなんすか?

で、出てきたのがこれ。

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「冷麺・ワンタン入り・大」すなわち「レイ・ワン・ダイ」ということなんだそうです。
このお店はワンタンが売りなので、男性はワンタン入り冷麺の大(1.5人前)がおススメなんだそう。
さすがに人気なだけあっておいしかったですよ。
韓国冷麺みたいな細い透明な麺ではなく、中華そば風の平麵にやや甘くてピリ辛のスープでクセになりそうな味ですね。


さすが呉の名士であるセンパイ(本当に町じゅうでいろんな人から声かけられててびっくりしました)の弾丸日程のおかげで、あっという間の半日でしたが、駅に送ってもらってこれでおしまい。
なんだかすずさんと別れるのも寂しくなっちゃいましたが、本業じゃないんですよね。
昨日も遅くまで働いてたのにお付き合いさせちゃってありがとーございました。
次回はセンパイとお店に行きますね。


たぶんセンパイとすずさんがいなかったら、僕は「この世界の片隅に」の舞台をちょちょっと見るだけで、呉の本当の良さなんか全然わからなかったと思います。

おかげでいつかまた来たい、恋するまちがひとつ増えました。



<2016年 12月23日訪問>




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呉の誇るB級スポット?頑張れ、音戸の渡し船!【呉・このセカ聖地巡礼-2】

 2017-02-13
 
 前編「このセカ聖地巡礼&呉B級スポット弾丸たび


ピカイチのニセガイド「すずさん」と、呉ラブなセンパイが口をそろえて「呉の誇るB級スポット」という音戸渡船。

ここは「音戸の瀬戸」と呼ばれる幅120mの海峡の両岸を結ぶ、江戸時代から続いている日本一短い定期航路なのです。

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この航路に時刻表はありません。
「乗りたい人は、桟橋に出て、まっとってください」
と書いてある通り、渡船が対岸にいるときでも桟橋に出て待っていると(すずさん曰く、大きく手を振ると気づくのが早いらしい)、こちら側まで迎えに来てくれます。

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もちろん一人でも運航してくれます。
それでいて乗船運賃は100円。

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ポンポンとのんきな音をさせながら対岸まで2,3分くらいでしょうか。

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この音戸の瀬戸は潮流が速く、海の難所として知られている上に、この狭い海峡を呉と松山や瀬戸内諸島を結ぶフェリーがたびたび通過するので、渡船といえどもなめてかかると転覆、というリスクもありそうですが、船頭のおじさんは大型フェリーからの波を避けながら淡々と対岸を目指します。

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船で渡った対岸は、かつて音戸町と呼ばれたところ。
現在は市町村合併して呉市の一部になっています。

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この音戸地区と呉市街は現在は音戸大橋、第2音戸大橋という2本の橋で結ばれています。
そのため音戸地区と呉市内は渡船を使わずとも車やバスで結ばれているのですが、最初に架けられた音戸大橋(下の写真手前の橋)には歩道がなく、徒歩や自転車の住民は音戸渡船を利用していたそうです。

僕が知ってる呉出身の女性も、音戸の渡船には高校時代の思い出が泣きたいくらいたくさん詰まってる!って言ってました。
彼と一緒に渡船に自転車載せて、音戸から市内まで通学してたんでしょうか。美しい映画になりそうなシーンですよね。

ところが2013年に歩道を備えた第2音戸大橋(下の写真奥の橋)が開通し、音戸渡船の利用者がさらに減少しているため、渡船維持のため地元住民による動きが始まっているそうです。
頑張れ!音戸の渡し船!

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この音戸の瀬戸は、もともとつながっていた土地を平清盛が「えいやー!」と言って1日で開削したとする伝説があるのです。
さすがに土地をくりぬいてこんな海峡にしちゃうなんて当時の技術じゃ無理だろーとも思うのですが、地元はこの説を支持しているようです。

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そんなわけで、音戸地区の入り口には清盛塚と呼ばれる石碑が。

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目の前のおんど観光文化会館にも、清盛像が。

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音戸はかつては「隠渡」とも書かれたとのこと。
隠れて渡る。。。いい響きじゃないですか。
隠れて渡る理由は平家の落人が渡ったから、とか、海賊が渡ったからとか言われてますが、すずさんの「音戸には遊郭があったからよ」という説明が一番しっくりきますね。

このあたりは遊郭跡ではないようですが、かつての花街っぽい雰囲気ありありですよね。

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この戸田本店も有名な料亭で、戦時中は軍の中枢会議が頻繁に行われていて、山本五十六元帥もお気に入りだったとか。

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「ごめーん、今日はやる気ないみたいで売ってなかったわ」
すずさんがどこからかそんなこと言って戻ってきます。
音戸には「音戸天ぷら」という知る人ぞ知る絶品の魚肉練り製品の揚げ物があるのだそうですが、毎日あるわけじゃないらしく、この日は残念ながらはずれの日だったようです。

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「あるときにはある。ないときにはない」
このユルさ。

すずさんやセンパイ自慢のB級スポットだ、という理由がわかってきました。
もちろん大好きですよ、この感じ。

音戸の渡し船に乗って再び呉側に戻ってくると、渡船乗り場の横にあるこのユルイ看板のお店からおばちゃんが出てきて、これ食べなさい、と煎餅が5~6枚入った袋をくれました。



<2016年 12月23日訪問つづく>




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「この世界の片隅に」 聖地巡礼&呉B級スポット弾丸たび【広島県・呉】

 2017-02-10
「この世界の片隅に」

この作品は第2次世界大戦中、日本最大の軍港であった広島の呉に嫁いできた主人公、すずの日常を描いたアニメ映画。
公開直後からその作品を絶賛する声が相次ぎ、上映終了後の映画館で自然に拍手が沸き起こったり、一部の劇場では連日立ち見だったりと、話題の作品となっていたので、ちょっと見に行ってみたのです。

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ところがこの映画を見終わった瞬間、もう僕はこの舞台となった広島の呉に行きたくて行きたくて仕方なくなってしまったのでした。



そんなわけで、さっそく来ました、呉!
はやっ。

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僕の会社の同じフロアに、呉で生まれ呉で育ち、呉で就職し呉で恋をし(これは想像)、呉の支店長まで務めて、現在は東京に単身赴任している先輩がいたので
「このセカに感動したので、呉に行くつもりです」
と話したら、その夜にすぐこんなメールが来ました。

8:30  呉駅集合
     映画ゆかりの地~中通り商店街(チラッと)
10:00 呉湾艦艇クルーズ
11:20 音戸の瀬戸(渡し船)
12:10 昼メシ
    呉名物は海自カレー、冷麺、呉地ビール、お好み焼きの呉焼き
    お好みに合わせてアレンジします。
13:30 解散
    ※貴君がB級好きということなので、B級スポット、グルメなども入れてみました。

センパイ、気合入りすぎじゃないっすか?
というか、わざわざ呉まで来ていただけるんでしょーか?


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当日朝8時30分、待ち合わせにしていた呉駅前のロータリーに向かうと、センパイの隣に見慣れぬ女性が。

「こんにちは。すずと申します」
センパイこちらはどなたでしょーか?
すずさんって、「この世界の片隅に」の主人公のすずさんってことですか?

センパイによるとすずさん(この日だけのニックネーム)の本職は、市内の料理屋さんの若女将なのですが、実は「呉を語らせたらピカイチのニセガイド」なんだそーです。

すずさん、センパイが無理言ってスミマセン。。。



そんなわけで、さっそくセンパイの車で、このセカ聖地巡礼&呉B級弾丸たびがスタート。
ちなみにセンパイはたまたまこの前日に広島出張があったので、呉の家に帰ってきていたので、わざわざこのために東京から来たのではない、と言うことでしたが、出張がなくても来ちゃったんじゃないですか?というくらい呉ラブな感じの方なのです。

最初は呉港周辺にある海軍関係の舞台へ。
呉港の東側はかつての海軍の呉鎮守府があったところで、現在も海上自衛隊の呉地方総監部があります。

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映画の舞台については「たびねす」のほうに詳しく書いていますので、映画を見た方、あるいはこれから見るので参考にしたい!という方はこちらをご覧ください。
「この世界の片隅に」聖地巡礼

ここから先は映画を見ていない人でも楽しめるように、B級スポットを中心に紹介していきたいと思います。



呉港周辺の聖地をひととおりめぐったあと、向かったのはセンパイとすずさんおススメの音戸の瀬戸の渡し船。
ですが、その前に途中下車したのが、ここ。

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「潜水隊前」。
なんちゅーカッコいいバス停なんだ!
しかもホントに潜水艦が目の前に見えるし。

「ここはたぶん日本で一番近くから潜水艦が見られる場所じゃけんね」
センパイとすずさん、ちょっと誇らしげ。

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おおおお、ホントだ!すごい迫力!

ここに海上自衛隊の潜水艦桟橋があるため、だいたいいつも潜水艦が停泊しているのだそうです。
すぐ横には潜水艦だけでなく、艦船も停泊しているので、こんな眺めも。

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この付近は現在「アレイからすこじま」という公園になっていて潜水艦や艦船を眺めながら、美しい小道をゆっくりと散策することができます。
ちなみに「アレイからすこじま」の名前の由来は、かつて魚雷発射訓練場として埋立られた周囲30~40mの「からすこじま」という小島の名称と、「小道」を意味する英語「アレイ」からきたものだそうです。

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潜水隊前から南へ向かうと、いよいよ呉が誇るB級スポット、「音戸の渡し船」。
なるほど、なんとなくほのかにB級の香りが漂ってきました。

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渡船される方は
桟橋まで出て
まっとって下さいね

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このユルさ、すごくいい感じです。



<2016年 12月23日訪問 つづく>




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たびねすに新着記事掲載!美しすぎるゴミ処理場!広島・エコリアム

 2017-02-07
門家が教える旅先ガイド「たびねす」に新着記事掲載しました!


ここは前から行ってみたかった場所。
土曜の夕方に行ったんだけど、誰もいなくってまるでSF映画のセットかと思った。。。


 入口⇒美しすぎるゴミ処理場!広島・エコリアムがクールで参った!




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ぜひ、読んでみてください!



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気仙沼漁師カレンダーとか、リアス・アーク美術館とか【2016気仙沼海中貯蔵の旅‐3】

 2017-02-04
  前編「北欧とかクロアチアとか気仙沼ニッティングとか




仙沼の女将衆を語る上で、もうひとり、欠かせない方がいるのだそうです。
それは斉吉商店の女将、斉藤和枝さん。

ちなみにあとの二人は、今日のガイド知子さんと、つなかんの女将、いちよさん。いちよさんは去年の記事に登場してます。
本当はもっとたくさんいるのかもしれませんが、僕が知っているのはこの3人なので、僕的気仙沼3大女将、ということで。
ちなみに3人ともかなりお美しいです(選定基準そこかも!)


さて、今日お邪魔した斉吉商店は気仙沼一の廻船問屋(船の世話をする船主代行業)からはじまって、現在は水産加工業として、サンマの佃煮「金のさんま」や「ぶっかけ海鮮丼」などで全国に数多くのファンを持っているお店。

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今日はこの斉吉商店の2階にある「ばっぱの台所(おばあちゃんの台所)」でメカジキの料理体験とランチを楽しむのです。
この「ばっばの台所」は予約専門の食事処。大きな家族のようにみんなで一緒に食べるお昼ごはんを2日前までの事前予約制で提供しています。

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この日の主役はメカジキ。
メカジキは「吻(ふん)」と呼ばれる剣のように鋭く尖った長い角みたいなのを持った魚。
カジキマグロとして販売されることもあるので、マグロの一種と思われがちですが、ぜんぜん違う種なのだそうです。
このメカジキ、カツオやサンマと並ぶ気仙沼のトップブランドの一つで、全国漁獲量はナンバー1(→気仙沼メカジキ

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僕はあまりグルメではないし、料理もしないので全くわからないんですが、このメカジキ、巷ではあまり高級な食材とされていないそうなのですが、ここで食べたものは刺身も煮つけも絶品!!!

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特に煮つけの作り方は和枝さんが直々に教えてくれました。
まあ僕は遠巻きにみとれてただけですが。

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この和枝さん、さっきの気仙沼ニッティング立ち上げの時も中心となって活躍したり、気仙沼の女将の会、つばき会でも、もちろんリーダー的存在。

その和枝さんが手にして熱弁するのが「気仙沼漁師カレンダー」。

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このカレンダーは気仙沼つばき会のおかみさんたちが気仙沼の漁師のカッコよさを知ってほしい、とつくったもので、全国カレンダー展で経済産業大臣賞にも輝いたことのある名物カレンダー。

気仙沼の女性にとって漁師さんたちは永遠のヒーロー。
「気仙沼の宝」「とにかくカッコいいんです~!」‥‥って、ちっ、うやらましいぜ。
でも今年はちょっとお茶目でかわいいバージョンだということなので、それなら僕もなれるかな、と思って買ってみました。。。

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ランチが終わると、ツアーのメンバーは東京へと戻るのですが、僕は今年もここでみんなを見送ることに。

♪ けんかをやめて~ ふたりをとめて~ 私のために争わないで もうこ~れ~以上~ 

僕のアタマの中には、河合奈保子のあのヒット曲「けんかをやめて」が流れていました。   
だってもう昨日のような無垢な4人じゃないから。
ストックホルム、ドブロブニク、気仙沼。
彼女たちとそれぞれすごした時間は、どれもかけがえのないものだったけれど、僕はやっぱり選べない。いろんな意味で!
そんなわけで新幹線の4人席ではるか、美玲、ガッキーと向かい合うことはできないのでした。

今年も結局選んでくれなかったのね、とはるか。
だから来年も来てもらうことになったから、と美玲。
なんなら来年も3人順番でいいわよ、とガッキー。

女を克服したらしたで、まだまだ修行は続きますね。



さて、一行から離団した僕は、以前からぜひ一度見てほしい、と言われていた「リアス・アーク美術館」へ。

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ここは気仙沼市街から少し離れた高台にある1994年に開館した公立美術館。
もともとは東北・北海道を中心としたアーティストの現代美術作品などを紹介する美術館だったのですが、震災後は「東日本大震災の記録と津波の災害史」という常設展示を新設、あわせて公開しています。

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この「東日本大震災の記録と津波の災害史」で展示されているのは、この美術館の学芸員が被災現場で撮影した写真203点、収集した被災物155点、歴史資料等137点ですが、その展示手法が非常に特徴的なのです。

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ひとつ目はここに飾られている写真。
ここにある写真は、被災地の外から来た報道陣が、ピカピカのスニーカーを履いて望遠レンズで撮影をしているものではありません。ここにあるのは自らも被災者であった学芸員たちが、着の身着のまま泥まみれになって、まさに命懸けで、時に涙を流しながら現場を歩いて写したものばかり。
そしてひとつひとつの被災現場写真には、このように撮影者による長文のキャプションが添えられています。

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『2011年3月29日、気仙沼市浜町(鹿折地区)の状況。
津波被災現場を歩くと、目にする光景の非現実性、あまりの異常さに思考が停止してしまう。常識に裏付けられた論理的な解釈ができず、一瞬、妙に幼稚な思考が顔をのぞかせる。「巨人のいたずら…」、などと感じたりするのだ。実際、そんな程度の発想しかできないほどメチャクチャな光景が果てしなく続いていた』 ⓒリアス・アーク美術館

被災現場を五感で知っている撮影者だからこそ、現場に立った人間しか味わえない感覚や思考が、まさに生々しい言葉で記されています。この言葉の力の強さに、これらの写真に添えられた言葉を一度読み始めると、すべての写真のキャプションを読まずにはいられなくなってしまうほど。



もうひとつは学芸員が被災現場から拾い集めた被災者の家財や思い出の品。
それらの横には、被災現場でそれらが発していた声なき声を基に、学芸員が創作した物語が添えてあるのです。

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『平成元年ころに買った炊飯器なの。じいちゃん、ばあちゃん、わたし、お父さんと息子2人に娘1人の7人だもの。だから8合炊き買ったの。そんでも足りないくらいでね。今はね、お父さんと2人だけど、お盆とお正月は子供たち、孫連れて帰ってくるから、やっぱり8合炊きは必要なの。普段は2人分だけど、夜の分まで朝に6合、まとめて炊くの。
裏の竹やぶで炊飯器見つけて、フタ開けてみたら、真っ黒いヘドロが詰まってたの。それ捨てたらね、一緒に真っ白いごはんが出てきたのね・・・夜の分、残してたの・・・涙出たよ』 ⓒリアス・アーク美術館


客観性を重んじる博物館学的な立場からは、展示物に主観やフィクションが入り込んでいいのか、という意見もあるようですが、この美術館はあえてそうした手法を選んでいます。
その理由は、この取り組みが将来この地域で再び想定される地震や津波災害に向けた防災教育や減災教育のためのきっかけとなることを目的のひとつとしているから。
人の命に関わることだからこそ、それを頭で理解するのではなく、身体が震えるような、気がついたら涙が出てくるような感覚にさせることが必要だ、という判断から、異例ともいえるこうした直情的な手法がとられています。


そしてその狙い通り、これは・・・正直泣けて泣けて仕方なかったです。

家のタイル、
鉄くずのようになった自動車、
赤いランドセル、
3時33分で止まった時計、
泥だらけのミッキーマウスのぬいぐるみ・・・

館内は撮影禁止だったので、借りた写真以外を紹介することはできませんが、この美術館は、ぜひみてほしい。

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それからもうひとつ、ここに行って初めて知ったことがありました。
それは「ガレキ」という言葉は、被災地の人々にとって正しい表現ではない、ということ。
瓦礫とは、本来瓦片と小石とを意味し、転じて価値のない物、つまらない物を表す言葉です。
そのためここでは被災現場から収集した物品を「被災物」と呼んでいます。

この美術館は私たちに問いかけます。被災者にとって被災物は「価値のない、つまらないもの」なのでしょうか?それらは破壊され、奪われた大切な家であり、家財であり、何よりも、大切な人生の記憶なのではないでしょうか、と。

おっしゃるとおりですね。。。



僕は社会派を気取るような人間ではありませんが、ここは知覧の特攻平和会館、信州塩田平の無言館とともにぜひ皆さんに行ってほしい場所だと思いました。



<2016年 11月20日訪問 このシリーズ完>




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北欧とかクロアチアとか気仙沼ニッティングとか【気仙沼 2016海中貯蔵の旅-2】

 2017-02-01
  
  前編「酒と貝と女克服の旅 第2章




覚めると、そこは北欧のストックホルムでした。

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「日の出前の、この冷たい霧が好きなの、ストックホルムの」

僕の横にはいつの間にか美玲がいて、僕は体の左側に彼女の冷たい肌を感じていました。

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僕が選んだのは美玲だったのか。

まだ覚めやらぬ頭でボーっとそんなことを考えていると、やがて東の空からゆっくりと、しかしその動きは肉眼でもわかるくらいしっかりと、太陽が上り始めました。

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港がだんだん金色に染まっていくと、僕はいつの間にかクロアチアのドブロブニクにいることに気づきました。

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「ね、朝日があたると、まるでアドリア海の真珠みたいに輝くでしょ?」

いつの間にか僕の隣りにいるのはガッキーに変わっていたのでした。
寒いけど、もう起きなきゃね。
そういいながら彼女は布団の中で恋ダンスをはじめました。

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と、いうことは、はるかはどこにいっちゃったんだろう?
僕は急に心配になってベッドから飛び起きると、窓の外はまたいつもの気仙沼に戻っていたのでした。

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「ねえ、朝ごはん食べに行こうよ」

はるかは下着の上に僕の大きめのシャツだけを羽織って、窓の外を見たまま振り返らずにそう言いました。


一体これはどういうことなんだろう。
まあ、去年は目覚めたとき誰も横にいなかったことを考えると(⇒港町の仕事ちょいのぞき)、たとえそれが夢であろうとも、今年は3人もいたんだから、今回は女の克服もした、ということにしていいんじゃないでしょうか。
というか、頼むから克服したことにしてくれ!


~~~~~~~~~~~~~~


この日は自由行動だったのですが、復興に向かい、歩み始めている気仙沼の「今」と「これから」を巡る、特別にアレンジされたオプショナルツアーあったので、それに参加することに。

今回のツアーのガイド役は、気仙沼市内のバレエスクール「気仙沼バレエソサエティ」の代表、高橋知子さん。

知子さんは、東日本大震災で当時のバレエスクールの代表であり素晴らしいバレエダンサーだった親友を亡くし、使用していたスタジオや設備も全てが流出してしまったため、もうここでバレエを続けるわけにはいかないと思っていたのだそうです。けれども親友の残されたご家族や教室の子どもたちから、もう一度、気仙沼でバレエを、という声を受け、自身の家の再建や生活もままならない中で活動を再開したのです。

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バレエスクールの再開、そして震災翌年11月の追悼公演。土地からスタジオから全部自分の名義で建て替えての再スタート。
震災からの復興の語り部として乞われた知子さんは、そうしたご自身の経験を話すうちにだんだんと自分自身が癒されていくのと同時に、気仙沼の魅力にも改めて気づいたのだそうです。

そして現在は「気仙沼つばき会」という、気仙沼を心から愛するの女性たちによる有志の会の中心メンバーとして活動し、気仙沼を広くPRしたり、地元のイベントを盛り上げたりしていて、今回のようなツアーでもガイドをしてくれているのです。
こういう人たちがたくさんいるのが、気仙沼の奥深さですね。



さて、この日のツアーの中で僕が特に行ってみたかった場所がここ。

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まるで気仙沼の海のように真っ青な外観のこの建物は「気仙沼ニッティング」のショップ「メモリーズ」。

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気仙沼ニッティングは気仙沼の女性たちが手づくりした最高級のニットを製造・販売する会社で、この「メモリーズ」は土曜日と日曜日だけ開く直営店。

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創業者は東大経済学部を卒業し、コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーから転じた御手洗瑞子(みたらい・たまこ)さん。
ブータンの初代首相補佐として観光産業の育成を主導していた御手洗さんは、東日本大震災をきっかけに日本に帰国し、自ら東北に入って復興支援をしつつ、地域の経済的な自立支援について考えていたのだそうです。そんなとき、震災以来気仙沼に寄り添ってきた『ほぼ日刊イトイ新聞』の糸井重里さんに誘われたこともあり、この気仙沼ニッティングの社長になったのだそうです。

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ここで作られるのは、最高級のニット。
編みものなら、編み針と毛糸だけで、被災地の気仙沼でもすぐにでも始められる。でもどうせ始めるなら、バザーで買えるようなものじゃなく、ハードルは高くても、最高と思えるものからスタートしよう。

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御手洗さんのそんな思いが見事に当たり、ここで作られる15万円のニットは全国から注文が相次いで、今でも順番待ちとなっているのだそうです。

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この気仙沼ニッティングの商品を編んでいるのは、気仙沼に住む編み物上手なお母さんたち。
それぞれの商品は、編み手の顔が見えるようになっています。

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この気仙沼ニッティングは初年度から黒字を計上し、納税も、もちろんここ気仙沼で行われています。
今では、被災地でも地域の経済に大きく貢献した象徴的な成功事例として語られているほど。
「被災したかわいそう人」のための事業ではなく、自分たちの力で稼ぎ、地域の経済を回している、という点が素晴らしいですよね。

せっかくなので僕もはるかと美玲とガッキーにマフラーの一つずつでも買ってあげようかと思いましたが、残念、2つしかなかったですね。。。

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あ、ふたつあるんだったら嫁と娘に買って帰れよ、って話ですね・・・




<2016年 11月20日訪問 つづく>




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