みやぎの明治村、とめかとよまか【登米市登米】2015北海道‐18 

 2015-12-11
津川から再びBRTに乗って列車との接続駅柳津へ。
気仙沼線はここ柳津から前谷地までの区間は以前のまま列車で運行しています。


日本三大虚空蔵尊とも言われる「柳津虚空蔵尊(宝性院)」が名所のようで、駅名標にも大きく写真が貼られています。

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会津にも柳津という場所(会津柳津)があって、そこにも有名な虚空藏菩薩(圓藏寺)があって、そしてそっちも日本三大虚空蔵尊をうたっていたような気がしますが、何か関係があるのでしょうか?
ちなみに日本三大虚空蔵尊は自称、他称含め、相当あるようです(その中でも会津のものは結構よく名前を聞きます)


さて、当然ここから列車に乗って仙台方面に向かい、あとはゆっくりと各駅停車を乗り継いで帰ろうと思っていたのですが、柳津駅前のBRTのバス停の横になにやら別のバス停が。

『登米市市民バス』

登米市?・・・・・まてよ、あの登米か!?

ビビッと来たのは、宮城の登米というところに明治のクールな木造小学校跡があって、全国の美しい小学校マニアの僕としては、あー、いつか行ってみたいなあ、と思っていたからなのです。

バスの時刻を調べてみると、明治の小学校の前を通るバスは休日は1日2本しかないようですが、なんとそのうちの1本が、今まさにこれからやってこようとしているじゃないですか!

これは乗れ!ってことでしょう。

というわけで、いつもの通り、予定変更です。



柳津駅から登米の町の中心部にある総合支所までなんとバスで10分ちょっと。
近いですね。これは本当にラッキーでした!

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歴史のある町だけあって立派な庁舎ですが、ここはもともと登米町(とよままち)の役場。
現在は周辺の市町村と合併して登米市になっていますが、読み方は「とめし」
ということで、現在この住所は登米市登米町。読み方は「とめ市とよま町」。

うーん不思議。

ここ、もともとは「トヨマ」という地名だったのですが、明治初めの郡区町村編制のときに簡易な読み方として「とめ」が採用されて、郡名が「とめ」、町名はそのまま「とよま」だったのに由来して、旧登米郡の町村が合併したから「とめ市」、町はそのまま「とよま町」なのだそう。


登米(どっちで読むかはおまかせします)は、古くは宮城県北部の中心として栄え、みやぎの明治村、と呼ばれるほどの歴史ある町なのです。

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その中心となるのが、この旧登米高等尋常小学校跡。

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明治21年に建てられ、昭和48年まで実際に使われていた木造校舎で、現在は「教育資料館」として公開されています。

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この木の校舎、素晴らしいですよね。
僕も小学校5年生までは木造校舎でしたから。

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でも、こんなにハイカラじゃなかったかな。
こんな白いバルコニーなんてなかったですからね。

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とうでもいいですけど、「白いバルコニー」って、「白いパラソル」と「渚のバルコニー」のあいの子で、松田聖子の歌みたいですね。

ホントにどうでもいいですね。。。


さて、資料館の中に入って2階にあがると昔ながらの教室がそのまま残っていたりします。

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ムムッ?タラちゃんが使った机?

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波平と舟?

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実はサザエさんで、この小学校跡を中心に登米が舞台となったお話しがあり、その時番組でタラちゃんやら波平・舟が座った机なのだそうです。

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なるほど。


中にはこんなリアルな展示がされている教室もありました。

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ここでは明治の衣装に着替えて写真撮影をすることもできるらしく、中学生くらいのきれいな女の子がバルコニーで記念撮影をしていました。

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「群馬の夏目雅子」と言われていた、僕の高校時代の彼女に似ていて、消えかけていた恋心がちょっとだけキュンとしました。

はい、次。


旧校舎の裏には、現在の登米小学校がありました。

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新たに土地を調達して、別の場所に新校舎を建てるのも大変だったとは思いますが、よくぞ旧い校舎を残してくれました、という感じですね。



「みやぎの明治村」だけあって、登米は町の中にも歴史的な見どころがあります。

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町中には武家屋敷跡が並ぶ通りがあり、沿道には水沢県庁跡の記念館があります。
かつてはここが岩手南部と宮城北部を管轄する水沢県の県庁だったため、これが当時(明治5年頃)の県庁舎だったそうです。

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これは旧登米警察署庁舎あとで、現在は警察資料館になっている建物。

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市街地にも古い建物がちらほらと残っていました。

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仙台まで直通する高速バスがあるのですが、時間があったので、ご当地グルメと紹介のあった油麩丼(あぶらふどんぶり)っていうのを食べてみます。

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ⓒ登米市商工観光課

なんでも、登米町の名物である「油麩」を使った甘口の丼で、イメージは「カツどんのカツの替わりに油麩を使ったもの」。
旧登米町内でも10軒以上のお店で食べられるのだそうです。
そもそも油麩というのは、登米地方に昔から伝わる食材で、小麦粉のたんぱく質成分のグルテンを油で揚げて作ったあげ麩です。

簡単に言うと、要は「お麩」ですね。

甘くておいしいのですが、普通はがっつり肉とか天ぷらとかがあるところにのっているのが、このヘルシーな「お麩」なので、肉食女子には物足りないでしょうね。

まー日頃から天使のような草食男子、と呼ばれている僕は、肉食女子と連れ歩くことなんかないので、全く問題ないのですが。
(とか言って実は登米肉子という超米食だか超肉食だかわからない女子と一緒に回ってたりしたら笑いますね)



登米を出ると、いよいよ本当にこのシルバーウィークの旅も終わりです。
仙台に向かう高速バスの窓から、まるで細長い湖のように雄大な北上川が見えていました。

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最初はテキトーな旅立ち方でしたけど、意外に充実してましたね。特に後半は。

6日間の旅が、このブログではその3倍の18回シリーズになっちゃったくらいですからね。
そう、けっしてネタがないから引き延ばしていたわけじゃございませんよ。



<2015年9月23日(水)訪問 / このシリーズ 完>



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コメント
こんばんは

2年前の7月に登米に行きました。

旧登米高等尋常小学校も入りましたが、サザエさん一家の机なんてあったかなあ、と当時の写真を見てみましたが残っていませんでした。見過ごしたのか、見たけど忘れてしまったのでしょうね。

それよりも、地震からまだ2年というのもあって、工事中の橋や建物があったり、ブルーシートを被った家が多かったのを写真で振り返ってみて思い出しました。
登米の現在はどうでしたか?
【2015/12/14 22:07】 | よっチィ #- | [edit]
表に見える限りはもうすでに震災の影響はほとんどなかった感じですけど、
確かにこのあたりは一番震度は大きかったんですよね。

北上川を津波がさかのぼって来たという話もありましたが
このあたりまで来たんでしょうか。

今は平和な古い町でしたね。
【2015/12/15 08:29】 | Wanderlust (ワンダーラスト) #- | [edit]












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