あしたのジョーのふるさとへ 「いろは会商店街」前編 【台東区日本堤】

 2016-04-17
したのジョーのふるさとに、迷い込んでしまいました。

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冬のよく晴れたある日曜日、スカイツリーがきれいに見えたので、日暮里駅で途中下車して、塔の見えるほう、見えるほうへとブラブラと歩いていたのでした。

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すると雑居ビルの間から、突然古びたアーケード街が現れたのでした。

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ここは台東区日本堤にある「いろは会商店街」。
今はもうありませんが、このすぐ近くに、かつて泪橋(なみだばし)と呼ばれた橋がありました。
そう、あの、あしたのジョーでは、丹下段平のジムがその泪橋の下にあったのでした。
そんなわけでこの「いろは会商店街」があしたのジョーのふるさと、となっているのです。

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ここは日本三大ドヤ街といわれる労働者の街、山谷にほど近い商店街。
すぐ裏には1泊2000円、3000円で泊まれる簡易宿泊所が並びます。

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僕はあしたのジョーをTVアニメでも漫画でもちょっとしか知らないのですが、それでもこの有名なセリフは知っています。

「この橋はな、人呼んでなみだ橋という。
いわく・・・人生にやぶれ、生活に疲れ果てて、このドヤ街に流れてきた人間達が、涙で渡る悲しい橋だからよ。三年ほど前のわしもそうだった。おめえもその一人だったはずだ・・・
だが、今度はわしとおまえとで、このなみだ橋を逆に渡り、あしたの栄光をめざして第一歩を踏み出したいと思う。わかるか、わしの言うてる意味が・・・? 」

少年院から出てきたジョーが、アル中の元ボクサー丹下段平と仲間の待つドヤ街に向かっている時のセリフですね。


「なみだ橋を逆に渡る」というこの有名なセリフは、当時この物語に熱狂していた人が聞くと、涙が出てくるほど懐かしいものなのだそうです。くじけそうになったり、あきらめて投げ出したくなると、この言葉を思い出して困難を克服した人々がたくさんいたのでしょう。

どんなに辛くても、歯を食いしばって頑張れば、きっと自分の力であしたを切り開くことができる。
「あしたのジョー」が多くの人々に受け入れられたのは、そんなテーマが底流に流れていたからなのだと思います。

と、そんな話をしておいてなんですが、本当の「泪橋」の名前の由来は、江戸時代、この近くにあった小塚原処刑場に向かう罪人がこの世との別れに涙を流してこの橋を渡ったことから付いたといわれています。
感動に水を差すようで申しわけありません。。。


おー、ジョーが帰ってきてるぜ!

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いろは会商店街の現在の店舗数は約30軒、「あしたのジョー のふるさと祭り」やミュージックフェスなど、あしたのジョーの街としてさまざまなイベントに取り組んでいて、ディープなファンも増えてきているようです。
とはいえ、僕がここを訪れた日曜日の午後は、あまり人通りもなく、シャッターを下ろしたお店が多かったような気がします。
山谷の労働者も最盛期に比べればかなり少なくなったのかもしれませんね。


中を歩いてみると・・・

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やはりディープです。


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すごくディープです。



<2015年1月18日訪問 つづく>





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