日本最北らへんを歩く/抜海と利尻富士 【北海道・稚内市】

 2014-06-14
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宗谷本線で稚内まで行ったことのある人はご存知だと思いますが、稚内の2つ手前、抜海駅から南稚内駅までの間、時間にしてたぶん20秒から30秒、ほんのわずかな間だけ、海の向こうに利尻富士がその全貌を見せる瞬間があります。

僕が最初にその姿を見たのは、15歳の夏。
まだ宗谷本線には旧型の茶色い客車列車が走っていて、初めて北海道にやってきた僕たちは、その窓を全開にして、北の短い夏の風をいっぱいに受けながら、旅を続けていました。

旭川から名寄、美深、音威子府、幌延。
稚内までの道すがら、ポツンポツンと現れる町は、今よりはるかに賑やかだったはずですが、それでもだんだんと物寂しくなってゆく風景に、自分たちは今、日本の北の果てに向かっているのだ、ということが身を持って感じられました。

豊富の駅を過ぎると、まとまった人家はほとんど見えなくなり、列車は茫洋とした原野の中をこれでもか、これでもか、とひたすらに走りつづけました。鈍行列車のくせに、止まるべき駅がないために、恐ろしいほどのスピードで走り続けるしかない、というように。こんなに空しい土地の先に、本当に人の住む町なんかがあるのだろうか、そんなふうに思えるほどでした。

抜海、という駅名は、今でこそこれ以上なく素晴らしい名前だと思いますが、当時は海も見えない原野の中の小駅が、こんな大仰な名前を背負っている理由がわかりませんでした。

列車が抜海駅を出てしばらくは、今までと変わらず、サロベツの原生林や湿地帯が続きました。延々と続くその眺めに慣れてしまい、ただぼんやりとうつろに外を見ていた僕たちは、その瞬間、列車が空中に放り出されたのかと思いました。
いつの間にか、列車は原野の中を右へ左へと進みながら高度を上げ、じわじわと海辺へと近づき、とうとう何も遮るものがない、海岸段丘の上に到達したのでした。
荒い白浪を打ち寄せている日本海の向こうに、堂々たる利尻富士がありました。
堂々たる、という表現がいいのか、凛々しい、の方がふさわしいのか、あるいは秀麗な、というべきか、その時の感覚はうまく言い表せませんが、とにかく、まさにそこは抜海、そう、海を射抜くように利尻を望む、断崖上の天然の美術館のようでした。


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<逆光で見にくいですが、こんな景色です(2013年9月撮影)>

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<南稚内側から上り列車で (2013年9月撮影)>

しかし、突然予告もなく幕を明け、僕たちを完璧に覚醒させた展覧会は、終わりもまた突然でした。線路が右へとカーブを描くと、僕たちの目の前にはまた原野の台地が現れ、再び海を見ることのないまま、やがて高台の上に住宅地がポツリポツリと見え始め、列車は南稚内へと到着したのでした。
果てしなく続く原野、突然現れた幻のような利尻富士、この先もう見ることのないと思っていた分、想像以上に大都会に思えた稚内、この変化は正直、衝撃的でした。

その時から、いつかここに降り立って、ゆっくりと自分の足で歩いてみたい、と思っていました。
稚内駅前にはそのあと5,6回は降り立っていますし、列車の中からこの景色を眺めることも何度もあったのですが、実際に南稚内から抜海まで歩いたのはつい去年、そう、僕が初めて衝撃を受けたあの日から30年以上あとのことでした。



前置きが長くなりましたが、ここからが本編です。



2013年9月、札幌からの特急スーパー宗谷に乗って、終点一つ手間の南稚内で下車。
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ここから抜海駅までを歩きます。
寄り道せずに行けば12キロちょっとなので、ビックリするような距離ではありませんが、南稚内で昼食を済ませないと、稚内に戻ってくるまでこの先食事ができる場所はなさそうなので、駅前で牛丼(すき家はこんな北の果てにもありました)を食べ、コンビニで遭難時の非常食用に(笑)パンとお茶を揃えて午後1時10分過ぎ出発。

稚内は、稚内駅を中心とした「中央」地区と、南稚内駅を中心とした「南」地区に中心街が分かれているのですが、南の方がやや賑やかな感じがします。特に夜の繁華街は南が中心です。
人口はすでに5万人を切っているので、大きな街ではありませんが、(飛行機でやってくる以外は)あれだけ何もない原野を延々と通ってくるので、着いた瞬間は、感動的な大都会に見えるのです。

南駅から西に向かう道道106号線「オロロンライン」を歩きます。オロロンというのは天売島に住むウミガラスのことで、この道が天売島のある道北の日本海側に沿って続くことに由来するそうです。しばらくは道の両側、それから南側の高台の上に、住宅地が続きます。きっと列車から最初に見える住宅地は、この高台のものだったのでしょう。いくらでも土地がありそうなのに、わざわざ高台の上を切り開いて住宅地にしているのは不思議ですが、稚内は天塩山地から続く山が先細って海に落ちるところなので、意外に平地が少ないのかもしれません。

小さな峠を超え、少し坂を下るとすぐに目の前に日本海が見えました。そしてもちろん利尻富士も。
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残念ながら午後は逆光で、写真に撮ると利尻富士が黒い塊のよう。やっぱり来るなら午前だった、と思いながら海岸沿いに利尻富士を眺めながらオロロンラインを歩きます。

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車は2,3分に1台通るかどうか、という感じです。
14時23~24分頃に、海岸に一番近いところを通る列車があるはずなので、なんとか急いでそれを写真に収めたいと、あの、天空列車のような海岸段丘上の線路区間を目指して、右に海、左に原野を見ながらしばらく歩きます。

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海岸沿いから段丘の上にある線路まで歩いて行けるか、地図上では確認できなかったのですが(少なくともまともな道はなさそう)、行ってみると、背の高い藪の中を切り開いて、木製の階段が丘の上まで続いていました。
上まで登ってみると、そこには線路内立ち入り禁止の看板。
1時間に1本しか列車が来ないとしても、確かにこの場所にとどまっているのは見通しも悪く危険な感じはします。もっと高台に上って、列車と海と利尻富士、全部を構図に収められる場所があればいいのですが、そのためにはどうやら道なき藪の中をさらに登らなくてはならなそうなので、それはあきらめて、ここからの眺めを数枚だけ写真に収めて下に戻り、列車が来るのを待つことにしました。

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下に降りるとすぐに稚内行の1両編成のディーゼルカーがやってきました。
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下から見上げると、地上から30mの天空を走る列車のように見えますが、やっぱりあっという間に通り過ぎてしまいました(運転手によっては、利尻がきれいに見える日は、ここで徐行運転をしてくれる場合もありますが)。

列車が通り過ぎてしまうと再び静寂が戻ります。
オロロンラインを抜海に向けてさらに南へ7キロほど進みます。

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抜海の駅は海岸から内陸へ1キロほど入った宗谷丘陵の上にあるのですが、抜海の市街(と言っても民家が50~100戸程度)は海岸沿いの小さな岬のたもとにあります。

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小さな郵便局があり、抜海小中学校があり、お寺はありますが、商店らしきものはやっぱり見当たりません。
夕暮れの利尻富士が、目の前にひときわ大きく、黒くそびえていました。

海岸を少し戻ってから内陸に入り、駅へと向かいます。
抜海駅はすでにもうしばらく前から無人駅ではありますが、古いながらも木造の駅舎や、上下線の2面ホームを残している、昔ながらの駅らしい駅でした。

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永年憧れていた抜海と利尻富士を巡る旅は、寄り道も含めて16km、約3時間半の散歩でした。

1両のディーゼルカー乗り込んで、さっき通った道を左車窓に感じながら、稚内へと戻ります。
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なんと、稚内の駅は新しく生まれ変わっていました。
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駅の北側がすっきりと整備され、公園のようになっていて、かつて稚内駅と旧樺太航路の発着場を結んでいた北防波堤ドーム、が一層大きく、どっしりと見えました。

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