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The Boys of Summer

 2018-08-26
の終わりが近づいてくると、僕はひまわり畑を思い出します。
あたり一面にひろがる、その黄色い世界を照らす日差しは、まだまだ夏の盛りのように見えたけれど、ふと気づくと、ハッとするような涼しい風が吹きはじめていた、あのひまわり畑を。

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その夏、僕は大学の映画サークルの撮影で、何回も何回もそのひまわり畑を訪れていました。
毎年、夏休みに、その年の新入生だけで映画を製作する恒例のイベントがありました。
僕たち1年生が、初めての作品のメインロケ地として選んだ場所が、札幌から100kmほど離れた北竜町という小さな町にある、その日本一のひまわり畑だったのでした。

7月中旬からはじまった最初の撮影の頃は、まだ遠慮がちな黄色をまとっていたひまわりも、数回のロケを経るごとに、いつの間にか原色に近い艶やかな明るさに変わっていました。
最後の撮影日、それは確かお盆を少し過ぎた頃だったと思います。

クランクアップ前の最後の1カットは、迷路のようなひまわり畑の中でのキスシーンでした。
そしてくじ引きで、仕方なく主人公にされてしまっていた僕が、その役柄でした。
相手のヒロイン役は、札幌市内の大学の芸術系学部から来ていた同じ1年生の女の子でした。

男優がくじ引きでようやく決まったのとは正反対に、女優は満場一致で彼女に決まりでした。
彼女はいつもポニーテイルにまとめた栗色の髪と長い首が特徴的な、完璧なスタイルの持ち主で、高校時代に何かのオーディションに通って、本当の劇場映画に準主役級で出演したことがあるといううわさをはじめとして、数々の逸話の持ち主でした。

そのうわさは果たして本当なのか、そして彼女のような女の子がなぜこんなちっぽけな無名の映画サークルへふらりとひとりでやってきたのか?サークルの定例会や飲み会でも、彼女が自分の過去のことを話すことはほとんどなかったので、結局最後まで誰もその真実を知ることはできませんでしたが、カメラの中の立ち振る舞いとその演技は、数々のうわさが偽でないと誰もが思ってしまうくらい、確かに完璧なものでした。



キスシーンといっても学生の自主制作映画でしたから、実際はキスシーンのように見せるだけで、実際は唇を合わせることなどありませんでした。
男優と女優が首を傾けたまま重なり合うような絵面を、斜めうしろからカメラに収めて終了。
もちろん彼女も僕たちのそんなルールは知っていたはずです。

「シーン21、カット7。これでラスト1本です」
ひまわり畑を見下ろす丘の上にいる監督役のメンバーがメガホンで叫ぶのが聞こえました。
「5秒前、4、3・・・」
背の高いひまわりたちに囲まれた、迷路のような通路で向かい合っていた僕が、スタートの合図とともに彼女の肩にそっと手をかけて首を傾けると、突然、彼女の長い首がすっ、と伸びてきて、唇と唇が触れ合うのを感じました。
生まれて初めて、目から火花が散るのがわかりました。
そう、それはまるで突然後頭部を強く叩かれたのと同じくらいの衝撃でした。


最初は僕たちのアップだったカメラは、だんだんと引いていって、最後は丘の上から、見渡す限り一面のひまわり畑のカットで終わるはずでした。
彼女の両腕が僕の背中に回り、ゆっくりと円をつくるように動き始めると、彼女の唇もうっすらと開かれて、あたたかくてやわらかい何かが僕の唇の回りで同じように円を描き始めました。
彼女の舌はびっくりするくらい長くて、僕の口の中で届かぬところはないくらい、縦横無尽に動き回っていました。


もう僕たちのアップのシーンは終わっているだろうか?
彼女の唇や、舌の動きがカメラに映ってしまわないだろうか?
僕はそんなことばかりを考えていました。
その間じゅうずっと、夏の終わりの、ひまわり畑の匂いがしていました。

「お前、ちょっと真剣に演技しすぎなんじゃないの?」
すべてが終わり、丘の上の撮影チームのところに戻るとみんなは笑いながら僕をそう冷やかしました。
「大丈夫だった?こいつが口に吸い付いてきたりしなかった?」
カメラの外の世界に戻った彼女は、そんな質問にも、ただ黙って笑っているだけでした。

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結局、僕たちが彼女の姿を見たのはその日が最後でした。
誰にも、何の連絡もなく彼女は僕たちのサークルから姿を消してしまい、作品完成を記念した試写会にも、とうとう最後まで現れませんでした。

今でも、カメラの中の彼女は、僕の家の押入れの奥にある、古いVHSテープの中にいるはずです。
1年に1回、夏の終わりが近づいてくると、僕は決まってあのひまわり畑を思い出すのですが、それを見るのはなんとなく怖くって、卒業以来一度も見ていません。
彼女の姿を見てしまったら、きっと僕は何もかもを放り出して、すぐにあのひまわり畑へと向かってしまうことでしょうから。

そう、雲ひとつない空からふりそそぐ太陽の光は、あたり一面に広がる熟した黄色に反射して、まだまだ夏の盛りであるかのように振舞っているけれども、栗色のポニーテイルを揺らして、僕のところへひまわり畑の匂いを運んできてくれる風が、びっくりするほど涼しいのを、もう一度感じたくて。



<了>




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