サヨナラ模様とか夜汽車とか。【青春18たび 1982春‐2】
2015-03-23
前編 君は「青春18のびのびきっぷ」を知ってるか? からつづく昭和57年3月26日、高崎駅深夜0時46分発の鈍行夜行長岡行きで、記念すべき「青春18のびのびきっぷの旅」がスタートしました。
今考えると、始発でもない駅からこんな夜行列車によく乗ったなあ、と思いますが、日記を見ると通勤客が高崎で降りたのか、何とかボックスシートを2つ確保して座れたようでした。
座席は8割がた埋まっていて、青春18キッパーらしい旅行客が多い、と書いてあるので、きっとみんなこのきっぷを持って夜行列車に乗り込んでいたのでしょう。
今は青春18きっぷで乗れる夜行列車は東海道線の大垣行「ムーンライトながら」だけになってしまいましたが、当時は東海道本線のほか上越線、中央本線、紀勢本線、山陰本線、土讃線、長崎本線、青函連絡船、函館本線と、全国に鈍行夜行列車が走っていたので、ビンボー旅人には優しい時代でした。。。
長岡行夜行は雪の上越国境を越えて、4時40分に長岡の一つ手前、宮内駅着。
ここで4時45分発の米原行きに乗り換えて北陸方面へ向かいます。
雪の舞う暗闇の中から「明治時代のような古い客車列車」がやってきた、と書いてあります。

(この写真は、同年5月に撮影したもの)
この列車、よくよく時刻表を見てみると新潟の長岡を4時40分に出発し、滋賀県の米原駅に17時45分に到着するという、426.9キロを13時間以上かけて走る超長距離の鈍行列車です。

当時は山陰本線に豊岡(兵庫)発門司(福岡)行き、という17時間近く走るもっとスゴイ長距離鈍行列車もありました。
柏崎の手前あたりで明るくなって、車窓右側に日本海が姿を現し始めますが、雪の舞う日本海は灰色。
左側に日本離れした雪山が見える、とあるのは上越国境の山々のことでしょうか。
直江津で36分停車するので特上の天ぷらうどん(290円)を食べたようです。貧乏なのに、特上なんて奮発したなあ。

(当時の直江津駅。同年5月撮影)
7時51分着の糸魚川で7時53分発の快速列車に乗り換え。
この列車は富山から急行立山2号になって大阪まで行くもので、ヘッドマーク付きの立派な電車でした。

(同年5月撮影)
糸魚川といえば、この雄大な北アルプスをバックにした赤レンガ造りの車庫。

(同年5月撮影)
初めて糸魚川を通ったこの日から、何度もこの眺めを見ていますが、めちゃくちゃ旅情あふれる風景なんです。
そういえば北陸新幹線開業で、糸魚川の駅も再開発されたようですが、このレンガの車庫は残っているのでしょうか?
当時の糸魚川駅。
北陸新幹線糸魚川駅決定、という横断幕が見えますね。
あれから32年、ようやく開通したんですね。

(同年5月撮影)
それから糸魚川といえば、伊藤敏博。
知ってますか?伊藤敏博さん。

国鉄の車掌として在職中に製作した「サヨナラ模様」がヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを獲得し、シンガーソング車掌として有名になったフォークシンガーです。
彼はこの糸魚川の出身で、ちょうどこの頃は富山県内を中心とした北陸地区で現役の車掌だったのです。
しかもこの方、「青春18のびのびきっぷ」の発売に合わせて、なんと「青春18」というシングルをリリースして、国鉄の観光プロモーションまでしていたのです。

「サヨナラ模様」は大ヒットしましたが、売れませんでしたね、「青春18」は。
彼のファーストアルバムの2曲目に「夜汽車」という曲があるのですが、これがいい。
♪ 夜汽車の窓に映る貴方の 横顔を見てると
♪ これが二人の最後の恋と とても思えない
暗いんですよ、全般的に。
灰色の日本海、って感じにぴったりなんですが、しかし、イイ!
伊藤敏博さんに敬意を表して、ウォークマンでそんな曲を聞きながら、雪の舞う暗い海を車窓に眺めていたのでした。
<1982年3月26日訪問 つづく>
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