学校は、なくならない。粟島から高見島へ【2016瀬戸内国際芸術祭-4】
2016-11-18
前編「漂流郵便局で出せなかった一通を。」恋焦がれていた漂流郵便局に行ってしまったことで、この日のエネルギーを使いつくしてしまった感はあったのですが、粟島にはまだまだ見どころがありました。
旧粟島幼稚園あとの「Project for Awashima」

この独特のゆらぎやうねりのあるラインで、かつで多くの園児で賑わっていた空間を再現しているのだそうです。
確かに!
よく見ると、本当に子供たちが飛びまわっているようにも見えませんか?

旧粟島小学校、「過ぎ去った子供達の歌」


学校が消えてゆく、って寂しいですよね。
自分の学校でなくても、こんなの見ると涙が出そうになります。

セトゲーも、それから越後妻有の大地の芸術祭も、過疎の山村や島々を舞台にしていますので、必然的にこうした閉校を使ったアートが多くなるのですが、僕はこの閉校アートが大好きなのです。
瀬戸内でいうと男木島小中学校 「坂道・古民家・海からの風 2013」
越後妻有でいうと十日町の旧真田小学校 「学校はカラッポにならない 2012」
このあたりが特に記憶に残っているものですが、それ以外にもこのアートによって昔の賑わいを取り戻した学校がたくさんあるのです。
男木島小中学校は、2013年当時は島に1人も生徒がいないため閉校されていたのですが、その後この芸術祭で男木島の魅力に取りつかれた方が子供を連れて島に移住してきて、今は復活しているんですよ!
素晴らしいことですよね。
教室の時計の針はすべて4時9分。
子供たちが家に帰ったあとの誰もいない放課後、ってことなんでしょうか・・・

高台から島を見下ろすオーシャンフロントの角部屋に音楽室がありました。
ハワイのホテルだったら、相当高い部屋ですよ、これ。

粟島海洋記念館のブルーも見えますね。
海の向こうに見えるのは四国の本土ですね。

粟島で唯一中心集落から外れたところにある「Re-ing-A(れいんが)」というアートがこの海に浮かぶゾウ。

これは粟島沖に沈んだ船から引き揚げたレンガでつくられたものなんだそうです。

海岸道路の路肩に沿って絵文字でなにかの物語がかかれているので、もっと先まで行ってみたいのですが、船の時間も迫ってきてしまいました。

初っ端から粟島、素晴らしいところでした。
もっとゆっくりしたかったのですが今日はもう一つ島に行かなければなりません。
粟島から高速船で15分、セトゲーの舞台となっている西の島では一番小さな島が高見島。
ここはかつて除虫菊の栽培が盛んだったところ。

島のお母さんたちは、女中菊の花で真っ白に覆われた龍王山で摘んだ花をカゴに入れ頭に載せて運んでいたのだそうです。

そんなわけで高見島を象徴するアートはこの「除虫菊の家」
いわゆるひとつの蚊取り線香ですね、これ。

高見島は急な斜面や山の中腹にも家が建ち並んでいます。

その佇まいはとても美しいのですが、けっこう危ないですね、この道。

誤って足を踏み外すと、そのまま家と道の隙間に転落してはさまっちゃうことになりますからね。
「時のふる家」

外から見るとなんだかよくわからないのですが、中に入ると無数の光のアートでした。

島の中腹には不思議なかまどが焚かれていましたが、アーチストたちは実際にここでかまどを用いて島で暮らしていたのだそうです。

高見島は小さな島なので、今度は夕方の船までずいぶん時間が余ってしまいました。

といっても港のまわりにはカフェもお店もないし。。。
と思っていたら芸術祭期間中の臨時営業なのでしょうか、どうみても普通の民家の軒先に「喫茶」の看板が出ていたので入ってみたところ、やはりどうみても普通の民家の応接間に通されて、どうみても普通の台所で作ったコーヒーとジュースが出てきました。
まあ、貸切だったのでゆっくり休めましたが。
<2016年10月8日訪問> 続き→「大島なくして、セトゲーなし」
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